セカンドライフを異世界で

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閑話 20年目の奇跡

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 現在の恋愛ブーム、冒険者たちも例外ではない。リグレスは他と比べると穏やかだが、冒険者はやはり血気盛んだ。ナツメのファンも多いが、結婚はショックというよりやっぱりな、という感じだ。むしろ人妻女神というキーワードが加わって萌えている者がかなりいて、おかしな方向のファンが増えた。当然ナツメは知らないが。

  そしてこのギルドでナツメに次いで人気なのがサラだ。エルフ特有の綺麗な銀髪に涼し気な青い瞳、鼻筋はスッと通っていて高く、薄い唇は紅をのせなくても艶がある。身体のラインがバッチリ出るギルドの制服で抜群のプロポーションを惜しげもなく曝している。その匂いたつような色香は、ナツメとはまた違った魅力に溢れていた。そして、このギルドに無くてはならぬほど仕事が出来るのもサラの魅力のひとつだ。

  21の刻、ギルドの裏。今もまた冒険者の誘いを断った。

 「ふぅ…」
  今日だけで5度目、ため息も出る。帰ろうと足を踏み出した時、また立ちふさがる影。相手の顔を確認してウンザリする。
 「どいてください」
  サラの声は冷たい。
 「つれねえなあ、サラ。いい加減酒くらいつき合えよ」

  酒の臭いをプンプンさせながら厭らしくニヤついているこの男。Bランク冒険者、ブレガー。ナツメがリグレスに来る前からずっとサラに付きまとっている。何度断ってもしつこく言い寄ってきていたのだが、シザー達といる様になってからは来なかったのでホッとしていた。

 「何度言われてもお断りです。もう止めてください」
  睨みつけながら言い放ち、逆方向から帰ろうと踵を返す。と、
 「待てやコラァ!!」
  いきなりがなり声を上げて掴みかかってくる。肩を掴まれそうになって避けたのは良かったがブラウスに手が届き、ビリッ!と袖が破けた。元々デコルテが大きく開いたオフショルダーののブラウスだ。袖を破かれただけでも上半身は半裸状態になってしまう。
 「キャアア!」
  思わず悲鳴をあげ、残った服を胸元に手繰り寄せて両腕で隠す。サラの顔に焦りと恐怖が滲む。

  と、その時

 「おい、何してる」
  サラの背後から男の影。出てきたのはフレッドだった。

  フレッドはサラをちらっと見ると庇うように前に立つ。

 「てめえに関係ねえだろ!引っ込んでろ負け犬!」
 「…何だと?」
  ブレガーの言葉を聞いて怒気をはらんだ声色で返す。
 「負け犬は負け犬だ!ケガごときで引退なんざ負け犬以外の何でもねぇだろ!」
  ブレガーが喚く。
 「…随分偉そうな口を利くようになったもんだな…なぁ?ブレガー」
  フレッドの身体からゆらっと威圧が放たれ始める。
 「うっ…ぐ…く、そ」
  その途端、ブレガーは苦しそうに呻きだす。額から脂汗を垂らしながら何とか意識を保っている。
 「この程度の威圧でブルッてる奴が…生意気な口聞くんじゃねえ!!」
 「うが…!」
  フレッドに貫禄ある怒声を浴びせられ、ついに尻もちをつく。足がブルブル震えて立ち上がれない。
 「…二度とサラに手を出すな」
  そう言い残してサラを振り返り、自分のシャツを脱いで羽織らせると肩を抱いてその場を後にした。











 もう時刻は遅いが歩いている人がいない訳ではない。見られないようになるべく裏道を通ってサラの住んでいる小さな家の前へたどり着いた。

  家に着くまで2人に会話はなかった。だが肩を抱いて歩く姿は誰が見ても恋人に見えただろう。

  じゃあな、と呟いてフレッドが帰ろうとするとサラが服を引いて止める。

 「もう少し…いて」
  俯いて言うサラ。フレッドは一瞬ためらったが了解した。

  中に入り、ワインとグラスを2つテーブルに出す。小さなソファーに2人並んで座り、ワインを飲む。肩が触れ合うとサラの身体がピクン、と小さく跳ねる。

 「さっきは…ありがとう」
 「…たまたまブレガーが裏に行くのが見えたからな」

  本当はたまたまではない。神様の祝福があってから、サラは毎日冒険者に誘われていた。ある程度あしらい慣れてはいるが、ブレガーは別だ。しつこいし気が短い。すぐに手が出る。最近また言い寄られているのを知って気にしていたら、裏に行くのが見えてどうしても放っておけなくて行ってみたのだ。

  サラもなんとなく分かっていた。最近時々心配そうに見てくれている事を。こうして誤魔化すのも彼らしい、と思っていた。それでも嬉しかった。

 「そう…」
  一言返すと部屋はまた静寂に包まれた。











 20年ほど前、別の街で冒険者をしていた時に2人は出会った。互いに寂しく、人肌が恋しかった。だから身体を重ねた。惹かれあっているのは分かっていたがどうしても言い出せず、そのまま遠く離れた。

  それから12年後。

  サラがセクロに誘われてリグレスの冒険者ギルドに来た時、2人は再開した。

  サラはその時初めてフレッドがハーフエルフであることを知る。そして後悔した。人族とは結ばれない。そう思って諦めたが、あの時、思い切って気持ちを打ち明けていればもしかして、と。

  フレッドは戸惑っていた。

  あの時、ハーフエルフである事と自らの女へのだらしなさが原因で揉め事が絶えずあった。サラに惹かれていたが巻き込むわけにはいかないと思って離れた。振った女に背中から刺され、生死の境を彷徨ったがセクロに助けられて反省した。
  もしもサラにまた会えたなら、想いを伝えようか。そう思っていたのに言えなかった。…怖かったのだ。

  それ以来、微妙な距離と関係を続けてきた。その関係に変化が訪れたのはナツメが現れてからだ。サラがスキルを獲得したあの夜、20年ぶりに2人きりで飲んでフレッドは心乱され、サラも自らの心を自覚し始める。

  そして。

  信じられないような奇跡をこの瞳で見て、2人は、抗いきれない熱い想いが蘇るのを感じていた。

  先に覚悟を決めたのはサラ。意を決してフレッドを見つめ、口を開く。

 「私、やっぱりあなたが好き。このままの関係は嫌だわ」
  フレッドが目を見開く。
 「サラ…俺は…」
 「嫌ならはっきりそう言って。そうしたらきっぱり諦めるわ」
  強い意思の籠った口調に苦笑するフレッド。短く息を吐く。
 「気の強い所は変わらないな。お前の方が余程男らしい」
  静かにそう言ってサラを抱き寄せる。
 「…!」
 「俺も…ずっとサラを想ってた。言い出せなくてごめん。情けない男だが…ついてきてくれるか?」
 「フレッド…!…はい!」
  しっかりと抱き返すサラの瞳から涙が零れた。

  フレッドの手がサラの頬を包み、熱い口づけを交わす。乾いた心が愛で潤っていくのを感じていた。

 「お前が欲しい」
 「…私は20年前からあなたのものよ」
 「サラ…俺が欲しいと言ってくれ」
  情けなく眉を下げながらそんな事を言うフレッドを、愛おし気に見つめるサラ。
 「あなたが欲しいわ…今すぐに。ベッドへ連れて行って?」
  フレッドは艶然とした笑みを浮かべる彼女に降参の意を示す。
 「仰せのままに」
  かしこまって礼をし、愛しい女を抱き上げる。

  2人は20年の空白を埋めるかのように激しく求め合う。艶やかな吐息交じりの愛の囁きは空が白むまで絶える事はなかった。

  神様の祝福という奇跡は、ここにも幸福を齎したのだった。
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