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第4章 英雄の落日

113.S級冒険者

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「まさか、ここで二人と会うとはな。」
「お久しぶりです。カイン様。」
「この方がカイン。ソラト様の方がずっと導くに相応しいではないか。」
「…。それもそうね。」

カインの目の前には、アルテミスとウィンディーネがいた。
アルテミスは、神聖ゾルタクス国軍を止めるために動いてもらった時ぶりに会う。

「一つ聞いていいか?連合軍とローマ帝国軍の戦線を開かせたのは二人で間違いないな?」

その問いにウィンディーネが答えた。アルテミスは、ばつの悪そうな顔をしている。

「そうよ。私たち二人が動いたわ。あの程度で戦線を開いてしまうなんて、どっちも大したことないわね。やはり、我々が人々を導くべきだわ。」
「アルテミスもそう考えているのか?」
「もちろん、アルテミスも同じ考えのはずよ。」
「ウィンディーネ、少し、黙れ!」

カインは、怒りのオーラを出した。それは、操られていてなお、心底恐れるものであった。

「俺は、アルテミスに聞いている。どうなんだ?」
「わ、私は…。分からない。もう何が正しいのか分からない。お願い、助けて。助けて、カイン様…。」

アルテミスの精神はおかしくなり始めていた。大好きなカインを目の前にして、自問自答の精神となってしまったのだ。

しかし、その二人にまたしても、邪魔が入る。
クレアが追ってきたのだ。

「サタンフレイム!」

カインは、クレアの一撃に対処する。しかし、その時間がアルテミスとウィンディーネに攻撃する機会を与えてしまった。

「空の姫巫女の名において命じる。
風切り!」
「月の姫巫女の名において命じる。
重力波!」

三人の同時攻撃がカインを襲った。しかし、カインは全ての攻撃を受け流す。
そして、アルテミスへ近寄ろうとする。だが、他の二人の攻撃が続けて放たれたため、近づけない。

そうこうしているうちに、三人の陣形が形を成してきた。
アルテミスは後衛となり、カインの速度を落とすための重力波を放つ。
ウィンディーネは中盤で中距離の攻撃を放つ。
クレアは、前衛でカインへ直接攻撃だ。

「やっかいなコンビネーションだな。」
「我々は負けない!ソラト様の悲願のためにも!」
「なぁ、クレア。ソラトの悲願ってのは何なんだ?」
「私が知るよしもない。」

カインは、頭を悩ませた。アルテミスはともかく、どうすれば残り二人の洗脳を解けるか分からなかったのだ。

そして、時間がなかった。ソラトの好きにさせていては、世界が滅ぶのだ。

「仕方ない。一度、全員を倒すか!」
「いや、カインは先に進みな。」

!?!?
全員が声がした方向を見る。
そこには、ジャックがいた。

「ジャックさん!?どうやってここへ!?」
「なぁに。地面を操って、階段を作っただけさ。まぁ、持続力がなくて、すぐ壊れちまったけどな。」

ジャックを見る。恐らく能力の使いすぎであろう。全身が汗まみれであった。
そして、ふと残りの三人を見る。クレアだけが、全身汗まみれだった。
クレアも能力の使いすぎなのか?
アルテミスとウィンディーネは変わらない。もともと二人は他の神から力を借りて戦っているからだ。

「クレア、どうしたんだ!?」
「カインの攻撃でしょ!よくとぬけぬけと!」

どうも、何やらおかしい。
ソラトが何かしているのかもしれない。ますます時間がなくなってしまった。
この時、カインは気づいていない。クレアは体も心も、すでにボロボロであった。

「カイン、ここは俺に任せろ。先に急がないと、まずそうだぞっ!」
「ジャックさん、すいません。できれば、三人とも救ってあげたい。ですので、二人で…」

その時、マリーナが消えたことを理解する。

「なっ!?」
「これは、マリーナが墜ちたのか?」
「そんな!?マリーナさま!?」

何故か、クレアも動揺した。
カインは、自身の中でこれから起こる運命へ覚悟を決める。

「クレア、これがお前たちが望んだことだ。身近な人を失うのが、お前の望みか?」

その時、クレアから涙が落ちた。
そして、ようやく気付いた。クレアも救われたがっていると。
もう、自分でもどうしたらいいのか分からないのだ。
そして、理解する。ソラトの呪縛は、誰かに破ってもらうものではない。自分の心で破るものだ。
アルテミスもクレアも、カインに殺されることで救われたがっている。俺では、二人は救えない。

「ジャックさん、お願いします。」
「承知した。なぁ、カイン。マリーナは…。」
「その先は言わないで下さい。」
「すまない。」

カインは、悲痛な面持ちをしながら、その場を駆け抜けた。
途中でウィンディーネが邪魔をしようとしたが、ジャックが防ぐ。

「させんよ。アースインパクト!」

そして、ジャックは三人と戦うこととなる。本来は圧倒的不利だった。
しかし、ジャックには秘策があった。

ジャックは、S級冒険者である。冒険の旅で、色々な者を手に入れていた。
そのアイテムの一つを手に持つ。それは瓶だった。

「これはな、エリクサーだ。どんな状態異常も一発で治してしまう優れものさ。これを飲ませて、三人を治してやる!一瓶しかないが三等分すれば、精神異常も少しは治るだろう。」

その瞬間、アルテミスとクレアは、一瞬だけ足が止まった。
その瞬間をジャックは逃さない。

ジャックは、クレアを後ろから筋肉で羽交い締めして、エリクサーを飲ませたつもりだった。

「ゴホッゴホッ!これがエリクサー!?」
「ん?おかしいな。味はしないはずだが…。」

クレアが暴れた拍子に、瓶を落とし、割れてしまった。
ジャックは、落ちた瓶から流れ出た液体の匂いを確かめる。それは酒の匂いだった。
クレアは、全て吐き出す。かなり、むせていた。
どうやら、かなりアルコールの強い酒のようだ。

「へっ!?あっ、まさか!?」

ジャックは、酔ったことが多々ある。
酔ったある晩、ジャックはエリクサーを呑んでしまったのだ。
更にお酒を飲むために。
そして、瓶がもったいなかったので酒を注いだ。
翌日、忘れたジャックはその瓶を大事に持っていたのだ。
それから、酒は寝かしつけていた。つまり、酒が臭くなっていた。
よく嗅いでみると、その部屋は酒臭くなっていたのだ。

酒には強い人と弱い人がいる。
アルテミスは、異常に酒に弱かった。タイプは泣き上戸である。
クレアは、異常に酒が弱かった。タイプは、辛み酒である。
ウィンディーネは、異常に酒に弱かった。タイプは、笑い上戸である。

「うっ、面倒くさいぞ。」

ジャックは、迷惑をかけることはあっても、迷惑をかけられることは少なかった。
因果応報である。まずはアルテミスからだ。

「ひっくひっく。私の攻撃なんて、どうせ大したことないんでしょ?もうやだー!」

泣きながら、あさっての方向へ重力波を放つ。もう酔いが醒めるまで、戦闘は不可能だった。
次はクレアだ。

「私の攻撃を受けれないの?喰らいなさい!」

壁に向かって、攻撃をし始めた。
そして、ウィンディーネは笑い続けた後、寝てしまった。

「なんなんだ?なんなんだ、これは!?」

そして、気付くとアルテミスも、ウィンディーネも寝てしまっている。
ジャックは、置いてけぼりになってしまった。
しかし、気を取り直す。

「クレア、お前の相手は俺だ!」
「んー、なんですか?お付き合いのお申し出なら、お断りですよ。私の操はカイン様に捧げると決めて…。」

その瞬間、クレアは動きを止めた。そして、少しだけ酔いから醒めた。

「何という攻撃ですか!あなたは、S級冒険者でしたね!これではまるで、Sの意味は、酒ではありませんか!」
「そんなことあるか!」

クレアは、先ほどまで壁を攻撃していた。そのため、天井も脆くなってしまっていたのである。
二人に対して、上から壁の塊が落ちてきた。そして、頭にぶつかる。

「「!?!?」」

二人は、ふらふらし、寄り添うように倒れ気を失った。


そして、二人は夢を見る。

「漆原先生!漆原司先生!」
「すまない、もう少しだけ時間をもらえないか?」

白衣を着た若き医師は、幼く入院を余儀なくされた子供の診察の時間を長くかけてしまい、ナースから次の診察へ向かうよう促されてしまったのだ。

「紅葉ちゃん、また来る。頑張って一緒に治そう。」

漆原司は、そう言い残し、予定していたその後の診察を終えると、ある場所へ向かった。
会計課である。

「あの子の治療には、あとは金銭面だけが問題なんです。なんとか方法はありませんか?」
「残念ながら、ムリです。ご両親が工面してもらうしか道はありません。」
「それができないから、相談しているんです。例えば、大学が立て替えるとか…。」
「立て替えても支払う能力がないんですよね?ムリですよ。」

紅葉の治療には、数千万円がかかると試算されている。支払う能力がない以上、困難だった。

「それとも、漆原先生が立て替えますか?そんなことを繰り返していては、先生自身がすぐに破産に追い込まれますよ。」

それは、最もな言い分だった。あとは、募金を募ることだが、それを他の患者にも同様にしていくことなどできない。
漆原司は、紅葉と約束したのである。絶対に治すと。そのために、色々な方法を考えた。

そして、その結果。
紅葉の両親は、漆原司が全てやってくれると思い何もしなくなってしまったのである。
決して金銭面で任せてもらうなどと言っていない。しかし、金銭を工面する姿を見られていたのである。
それが、マイナスへと繋がってしまった。

「何とか方法はないか?」

そうこうしていると、インターネット上に掲載されている一つの日記に目をとめた。
『夜霧空斗』に金銭面を立て替えてもらったという内容だった。
その条件は、お願いを一つ聞いてもらうことであるようだ。
その者は、人探しを頼まれたらしい。
金銭面に比べれば、非常に難易度は低かった。
そして、連絡を取る。

紅葉と空斗。
クレアとソラト。
二人を仲介したのは、漆原司。
つまり、ジャックであった。

二人は目を醒ます。

「今のは!?」
「あなたは、漆原先生だったんですね…。」

ジャックに頭痛が襲った。それは、忘れたい過去だったのかもしれない。

「さあ、分からんな。今の俺はジャックだ。そして、君を救おう。」

クレアは、少しだけ戸惑った。そして、ほんの少しだけ悲しそうな顔をする。

「二度も救ってもらうわけにはいきません。今度は、私が貴方を救いましょう。」

クレアは、アルテミスとウィンディーネにそれぞれ近づく。

「クロノスナンバーとして、月の女神アルテミスと、空の女神ウィンディーネへ願う。この者たちを、ソラトの呪縛から解放せよ。」

二人の体は、光った。この二人は神の加護を受けているのである。二人は、神の力を借り、そしてクレアが力を貸すことでソラトの呪縛から解放できたのだ。

「本当なら、自身で打ち破るべきですが、もうそうは言ってられないでしょう。」
「クレア…。もしや、君は。」

クレアは、カインとの戦いの途中で、ソラトの呪縛から逃れていた。
それでもなお、カインと戦う道を選んだのである。

クレアは、二人を引きずって、窓の方へと近寄った。そして、二人を投げたのである。

「ばかな!」

ここは、空に浮かぶ城である。この高さから落ちたら、間違いなく死んでしまう。
ジャックは、慌てて飛び降り、二人を助けた。

そして、地面に着地する瞬間、全力で地面を柔らかくする。

「『アースクリエイト』!」

ジャックは、二人を何とか救った。しかし、そこで力を使い果たし倒れてしまう。
もともと、城まで行ったことだけで、相当、無茶をしたのである。
ジャックは、限界を迎えた。

「ここは…?」
「なんだから長い夢を見ていた気がします。」

アルテミスとウィンディーネは、目が醒めた。しかし、記憶が混濁しているようだ。
そんな二人を横目にジャックは、城を見上げる。

「紅葉…。」

ジャックは、見守ることしかできなかった。
クレアは、三人が無事に助かったことを見届け、安堵し、次の戦場へと向かうのだった。 


次回、『114.決戦(カインvsソラト)①』へつづく。
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