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「これはなにごとだ!?」
遠くから慌ただしい足音とともに父が駆けつけてくる。隣には母もいる。
どうやら会合から戻ってきたようだ。
「フィリエル殿下に……お前はランザス・ロージア!? なぜここにいる!?」
「旦那様、自分が説明します。実は……」
父に使用人がことの次第を報告する。
「な、ナイフで脅迫だと? レイナ、大丈夫か? 怪我はしていないか」
「どこか痛いところはない?」
駆け寄って心配してくれる両親に私は言った。
「だ、大丈夫です。フィリエル殿下が助けてくれましたから」
「そうか……フィリエル殿下、このたびは娘を助けていただき誠に感謝いたします。本当に……本当にありがとうございます」
父に頭を下げられて、フィリエル殿下は首を横に振った。
「いえ……もう少し早く来られればよかったのですが。とにかく、その者を拘束しないと」
「そうですね。私にお任せを。――おい、ランザス・ロージア。よくも娘をかどわかそうとしてくれたな。今から貴様を衛兵の詰め所に連れていく。その後は王都に送還してやろう。借金取りが貴様を探していると聞いているからな」
「い、嫌だ。許してくれ」
「許すわけがないだろう。せいぜい自分の浅はかさを後悔するんだな」
うずくまっていたランザスの首根っこを掴み、父がその場からランザスを引きずっていく。
「私も主人に付き添います。レイナは……フィリエル様、一緒にいてやっていただけますか?」
「もちろんです」
母の言葉にフィリエル殿下が頷く。
「嫌だ! 助けてくれ! レイナ! レイナあああああああ……」
ランザスは最後まで私の名前を叫んでいたけれど、私はもうなんの感慨もわかなかった。
哀れとも思わない。もうどうでもいい。
ただ、彼は自分のやったことと向き合う必要があるだろう。
父がランザスを引きずっていき、母もそれに同行する。状況説明のために使用人もついていってしまう。
必然的に、その場には私とフィリエル殿下が残されることになる。
フィリエル殿下は改めて私のほうを見た。
「レイナ、本当に怪我はない?」
「大丈夫です」
「本当の本当に?」
「少し喉に圧迫感があるような気がしますけど……大したことありません」
ランザスに乱暴に扱われたせいで、多少体に違和感もある。
けれど怪我はなさそうだ。
不意に、フィリエル殿下が私をぎゅっと抱きしめた。
……え!? な、なんで?
驚いて私は硬直してしまう。
「……すまない。僕がもっと早く駆け付けていれば」
そっとフィリエル殿下が私の首筋に触れる。
すると私の体から力が抜けていくのが自分でわかった。
ああ……どうやら私は本当は怖かったらしい。
しばらくフィリエル殿下の体温を受け入れてから、私は改めて言った。
「フィリエル殿下が謝ることなんてありません。……言うのが遅くなりましたが、助けてくれてありがとうございます。私だけでは、どうしようもありませんでしたから」
改めて思うと危ない状況だった。
まさかランザスが誘拐なんて手段に出るとは、さすがに想定外だった。
「それに……ランザスから私を庇ってくれたフィリエル殿下は、とても格好良かったですよ。だから申し訳なさそうにしないでください」
感謝の意味を込めて、ぎゅっ、とフィリエル殿下の体を抱きしめ返す。
「……っ」
「ふぃ、フィリエル殿下。どうして力を強めるんですか」
「いや……ちょっと、顔を見られたくなくて」
「はあ……?」
困惑する私だったけれど、ふと気付く。
さっきより強い力で抱きしめられたせいで、お互いの胸が触れ合う。
すると、ドキドキという心音がフィリエル殿下のほうから伝わってくる。
緊張しているみたいに。
……なんで?
わからないけど、なんだかこちらまでドキドキしてくる。
というか冷静に考えて、フィリエル殿下に抱きしめられているんですが私! 意識したら急に顔が熱くなってきた。
「その、フィリエル殿下。そろそろ……し、しんどくなってきましたので」
「あ、ああ、すまない。力が入り過ぎたね」
「そういうことではないんですが……」
このままでは本当に心臓がもたない。
フィリエル殿下はようやく抱擁を解いた。心臓は落ち着いていくけど、なんだか名残惜しく感じてしまう。
こ、このままではいけない。
なんだかわからないけど色々と自分を見失ってしまいそうだ。
「そ、それにしても、フィリエル殿下はどうしてここに? ランザスの行き先を突き止めていたんですか?」
「半分は勘だけどね」
「そうですか」
「それに……一応、レイナに別の用事もあったんだ」
「私の用事ですか?」
「うん。まあ、こっちについてはミドルダム卿が戻ってからのほうがいいだろうね。ご両親にも関わる内容だから」
そう言ってフィリエル殿下は懐からなにかの書状のようなものを取り出した。
……一体どんな内容のものなんだろう?
気にはなるけど、フィリエル殿下が『両親が戻ってから』と言うなら従うことにしよう。
遠くから慌ただしい足音とともに父が駆けつけてくる。隣には母もいる。
どうやら会合から戻ってきたようだ。
「フィリエル殿下に……お前はランザス・ロージア!? なぜここにいる!?」
「旦那様、自分が説明します。実は……」
父に使用人がことの次第を報告する。
「な、ナイフで脅迫だと? レイナ、大丈夫か? 怪我はしていないか」
「どこか痛いところはない?」
駆け寄って心配してくれる両親に私は言った。
「だ、大丈夫です。フィリエル殿下が助けてくれましたから」
「そうか……フィリエル殿下、このたびは娘を助けていただき誠に感謝いたします。本当に……本当にありがとうございます」
父に頭を下げられて、フィリエル殿下は首を横に振った。
「いえ……もう少し早く来られればよかったのですが。とにかく、その者を拘束しないと」
「そうですね。私にお任せを。――おい、ランザス・ロージア。よくも娘をかどわかそうとしてくれたな。今から貴様を衛兵の詰め所に連れていく。その後は王都に送還してやろう。借金取りが貴様を探していると聞いているからな」
「い、嫌だ。許してくれ」
「許すわけがないだろう。せいぜい自分の浅はかさを後悔するんだな」
うずくまっていたランザスの首根っこを掴み、父がその場からランザスを引きずっていく。
「私も主人に付き添います。レイナは……フィリエル様、一緒にいてやっていただけますか?」
「もちろんです」
母の言葉にフィリエル殿下が頷く。
「嫌だ! 助けてくれ! レイナ! レイナあああああああ……」
ランザスは最後まで私の名前を叫んでいたけれど、私はもうなんの感慨もわかなかった。
哀れとも思わない。もうどうでもいい。
ただ、彼は自分のやったことと向き合う必要があるだろう。
父がランザスを引きずっていき、母もそれに同行する。状況説明のために使用人もついていってしまう。
必然的に、その場には私とフィリエル殿下が残されることになる。
フィリエル殿下は改めて私のほうを見た。
「レイナ、本当に怪我はない?」
「大丈夫です」
「本当の本当に?」
「少し喉に圧迫感があるような気がしますけど……大したことありません」
ランザスに乱暴に扱われたせいで、多少体に違和感もある。
けれど怪我はなさそうだ。
不意に、フィリエル殿下が私をぎゅっと抱きしめた。
……え!? な、なんで?
驚いて私は硬直してしまう。
「……すまない。僕がもっと早く駆け付けていれば」
そっとフィリエル殿下が私の首筋に触れる。
すると私の体から力が抜けていくのが自分でわかった。
ああ……どうやら私は本当は怖かったらしい。
しばらくフィリエル殿下の体温を受け入れてから、私は改めて言った。
「フィリエル殿下が謝ることなんてありません。……言うのが遅くなりましたが、助けてくれてありがとうございます。私だけでは、どうしようもありませんでしたから」
改めて思うと危ない状況だった。
まさかランザスが誘拐なんて手段に出るとは、さすがに想定外だった。
「それに……ランザスから私を庇ってくれたフィリエル殿下は、とても格好良かったですよ。だから申し訳なさそうにしないでください」
感謝の意味を込めて、ぎゅっ、とフィリエル殿下の体を抱きしめ返す。
「……っ」
「ふぃ、フィリエル殿下。どうして力を強めるんですか」
「いや……ちょっと、顔を見られたくなくて」
「はあ……?」
困惑する私だったけれど、ふと気付く。
さっきより強い力で抱きしめられたせいで、お互いの胸が触れ合う。
すると、ドキドキという心音がフィリエル殿下のほうから伝わってくる。
緊張しているみたいに。
……なんで?
わからないけど、なんだかこちらまでドキドキしてくる。
というか冷静に考えて、フィリエル殿下に抱きしめられているんですが私! 意識したら急に顔が熱くなってきた。
「その、フィリエル殿下。そろそろ……し、しんどくなってきましたので」
「あ、ああ、すまない。力が入り過ぎたね」
「そういうことではないんですが……」
このままでは本当に心臓がもたない。
フィリエル殿下はようやく抱擁を解いた。心臓は落ち着いていくけど、なんだか名残惜しく感じてしまう。
こ、このままではいけない。
なんだかわからないけど色々と自分を見失ってしまいそうだ。
「そ、それにしても、フィリエル殿下はどうしてここに? ランザスの行き先を突き止めていたんですか?」
「半分は勘だけどね」
「そうですか」
「それに……一応、レイナに別の用事もあったんだ」
「私の用事ですか?」
「うん。まあ、こっちについてはミドルダム卿が戻ってからのほうがいいだろうね。ご両親にも関わる内容だから」
そう言ってフィリエル殿下は懐からなにかの書状のようなものを取り出した。
……一体どんな内容のものなんだろう?
気にはなるけど、フィリエル殿下が『両親が戻ってから』と言うなら従うことにしよう。
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