アグナータの命運

あーす。

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戦うべき敵

21 デュランの懸念

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 テントの入り口の布を払って、ファオンは中へ入る。
毛皮の上に座るデュランは俯いたまま、振り向きもしない。

ファオンはその場でデュランを見つめ途惑う。

が、デュランは掠れた声で囁く。

「…いいザマだと思ってるか?
代わりに選出された俺が、こんな風で」

いつも輝いていたデュランの空色の瞳。

だが今は暗く、陰を帯びていた。

ファオンは声が出ず、俯く。

「…それなら君はもっとだろう…。
《勇敢なる者》レグウルナスになる筈だった、僕の今の惨めな境遇に」

デュランが弾かれたように顔を揺らす。

ファオンは掠れた低い声で囁き続ける。

「…君が僕にした事を忘れたか?
君は僕よりもっと、愉快なはずじゃ無いのか?」

デュランはそう言う、入り口の前で立ち竦む、顔を下げたファオンを見つめる。

「…俺は…!
俺は…………」

そしてデュランはようやく、思い当たる。

「…レオはお前を俺に与え…忘れろと言うのか?!
殆ど目前で…助けようと走った俺の目前で!
彼は殺された!
レオの投げた剣で首を突かれ!
もう…少しで手が届くはずだった!
彼の腕を引く《化け物》キーナンだって俺は殺(や)れた!
だがレオは俺を信じなかった!
…断末魔の痙攣しながら彼は崩れ落ち…《化け物》キーナンらは群がり喰らい始めた!
アリオンとシーリーンは俺を押し退け…喰らい付く《化け物》キーナンを殺し…。
殺し始めた……………」

ファオンはその場に立ち尽くし、それを聞いていた。

「…喰らい付く《化け物》キーナン全てが、アリオンとシーリーンに殺された後…。
その場に在ったのは無残な…。
無残な死体となった彼の姿………」

デュランは俯き、泣いていた。

「俺は見たんだ!
両側から腕を掴まれ、連れ去られようとした時振り向いた彼の恐怖に満ちた目!
救いを求める目を!

…その目玉は次に見た時………。
眼孔から零れ落ちていた……………」

ファオンは首を横に振った。

何が言える?
女なら…?!

ここに女がいたらデュランを掻き抱き…柔らかな胸に抱き止めて、口づけそして…忘れさせた。
愛し合う事で。

ファオンは震えて俯いた。

…だが僕は女じゃない…!
「…なら…助けろ!次は絶対!
レオは君を助けた!
助けられると過信して、《化け物》キーナンの群れに一人で挑みかかろうとする無謀な君を!」

デュランは驚いて顔を上げた。

「君は夢中だったろう!
《化け物》キーナンを切り裂きながら後を追った!
だが、助けようとしてほんの僅かな隙を見せた途端、群れは君に襲いかかる!
次なる食料として!
そんな敵を全部を殺せたか?!
君が…!
君一人で?!
君の見た彼に…その時君がなってないと、本当に言えるのか?!」

ファオンが顔を上げる。

デュランはファオンを見つめながら…目を見開き尋ねる。

「レオが言ったのか?
剣を投げたのは俺の為と」

「否!
…僕の推測だ。
《化け物》キーナンは今数が増えて肉に飢えてる!
剣を振るのを止めた途端、君は襲いかかられてた!」

デュランは呆然とファオンを見た。

闘技場に初めて姿を見せた時、あまりの美しさに目を奪われた。

剣を携え、すらりとした出で立ちで、長い白っぽい金の髪を振り真っ直ぐ顔を上げた時…。
湖水のような青い瞳の目鼻立ちが整いきった美人で、どの女より美しく見惚れた。

彼が女だったら間違いなく心を奪われていたと…その時そう感じた。

だが剣を振り始める彼は早い…!
ただひたすら早かった。

身のこなしも剣の軌道も。

…彼と剣を交えたあの、緊張の時間が無ければ、躊躇無く抱けた。

だが幾度も剣を突き付けられた。
つまり幾度も…ファオンに殺されたも同然………。

だが突然、レオの青い瞳が突き刺さる。

デュランは首を垂れて号泣した。

「うっ…ううーーーーっ!うっ…!」

助けた。
俺を。

俺の為に。

目前で助けを求めた雑兵アルナに救いは無かった。

だがレオは俺を助けた…………。

デュランはそれが嬉しかったのか…。
それとも救われず殺され喰われた、雑兵アルナが哀れで泣いたのか…。

もう自分では解らなかった。

ファオンは俯く。

「レオに助けられずに済むくらい…強くなれば必ず、君が助けたかった相手を助けられる!
次は…きっと!
次が駄目でもその次…!
それが駄目でもいつか…いつか!」

デュランは叫ぶファオンを見た。

剣士の道を閉ざされた彼にそれは訪れない。

けれどそう叫ぶ、ファオンに勇気を貰ったように、頷いた。

ファオンはけれど次にとても悲しげな表情でデュランを見つめ囁く。

「…僕を…抱く…?」

デュランはファオンを見つめる。

「…いや…。
俺はまだ君が、“女”に見えない」

ファオンが目を見開く。

デュランは顔を下げた。
「尾根に上がる前、かつて《勇敢なる者》レグウルナスだった叔父に言われた。
《皆を繋ぐ者》アグナータは男に見えない。
男の男根は持っていても、胸は無くとも、やがてかけがえのない唯一人の“女”に見えてくる』」

そしてデュランはファオンを見て囁いた。

「だから“男が女のように抱けるか?”などと、考える必要も無い。
…だが俺は………………」

ファオンは俯いた。
ファルコンもそう言った。

“まだあまり抱かれていない”

ファオンはその時直感した。

デュランもいつか…他の男達のように、情欲湛えた瞳で自分を見つめる日が来ると。

けれど今ファオンはゆっくりテントの布を持ち上げ、デュランのテントを後にした。
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