アグナータの命運

あーす。

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二つを兼ねる者 セグナ・アグナータ

80 英雄としての夕べ

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 レオが再び口を開く。

「ファオンは今日…我々を護る為の重要な働きをした。
群れの杖付きを殺したのだ。
それが何を意味するか…。
番人らは確かめた」

番人とは…かつて《勇敢なる者》レグウルナスだった者で、《化け物》キーナン住む地に詳しい者達。
危険な《化け物》キーナンらの巣の周囲を探索し、《化け物》キーナンらの動きの情報をくれる者達。

レオが顔を上げる。
「彼らは今日我々が殺した杖付きの群れが、巣に戻った途端共喰いを始め、その数をもう半分に減らしたと。
そう教えてくれた」

ファオンは気づく。
皆の顔を上げるその瞳が、輝いているのを。

そして誰もが、その時願うのを感じた。
“杖付きを全て滅したい!”

「…杖付きを殺せたら…奴らの群れはもう、人を喰わない…!」
そう叫ぶデュランの声は、震えていた。

だがファルコンがデュランの希望を打ち砕くように、ぼそりと呟く。

《化け物》キーナンが飢えてる時に側にいたらそれでも危険だ。
手近に食べられる物があれば、わざわざ人を襲わないだけで」

アランがぼそり。と尋ねる。
「…どうして杖付きは人を襲えと命じるのかな」

レオが呟く。
「…保身の為だろうな。
杖付きは群れの中で、体力的に最も弱い」

キースも口を開く。
「あの杖って何なんだ?
杖に力があるのか?
それともあの老いた《化け物》キーナンが魔術使いか?」

ファオンが見ていると、その場で皆がそれぞれ意見を口々に述べ始め、その場は一気に、騒がしくなった。

ふと気づくと、横のシーリーンが自分を挟んだ向こうにいるアリオンを、睨んでいた。

「戦場で、“《皆を繋ぐ者》アグナータの救い”を体験したのか?!」

ファオンが呟く。
《皆を繋ぐ者》アグナータの救い…って、何?」

シーリーンはアリオンで無くファオンに返答され、途惑う。

横からアリオンが、顔を傾けてファオンを見る。

《勇敢なる者》レグウルナスの伝説で、英雄と呼ばれる《勇敢なる者》レグウルナスほど《皆を繋ぐ者》アグナータの恵みを多く貰い、危機を教えて貰えるそうだ」

「シリルローレルもそう言ってた。
離れているのに、はっきり聞こえて助けられた。
自分は危機を教える声を聞く事が出来たから、英雄になれたって」

ファオンの返答に、アリオンは頷き、顔を上げてシーリーンを見る。
「だが俺はあの時“《皆を繋ぐ者》アグナータの救い”だと思わなかった。
ただファオンが俺やレオの身を心配して叫んでると…感じた」

シーリーンはアリオンをそれでも、睨んでた。
「俺の時は聞こえなかった!」
アリオンは目を見開く。
「どんな時が危機だったんだ?」
「デュケスが俺を挫かせた時…!」

「…………………………………………」

ファオンも絶句したけど、アリオンが代わって言った。

「…俺の時、レオは完全に危なかった。
お前、足挫いただけで死にかけてなかったろう?」

アリオンに素っ気無く言われ、シーリーンは歯噛みする。
「俺の中では最悪に無様な出来事だぞ?!」

「同情はするが、その程度で奇跡の“《皆を繋ぐ者》アグナータの救い”が得られると思ってる考えが、間違ってる」

ファオンはシーリーンに顔を上げる。
「ごめん…。
僕も特別アリオンを贔屓ひいきしたとかじゃなくて…あの時アリオンがあんまり必死で、胸が痛むほど伝わってきて…。
だから…」

そう呟いて顔を下げる。
アリオンが素っ気無く言った。
「お前は悪くない。
シーリーンは足手まといになってるのが、不満なんだ。プライドの高い男だから」

シーリーンは皿から肉を口に運びながらぼやいた。
「今日なんかは、デュランに庇われたんだぞ?!」

アリオンが横で頷くのを、ファオンは見た。
「…それは最悪だな」

シーリーンも頷く。

ファオンはその時、かつての《皆を繋ぐ者》アグナータ、シュティッセンが
“二人は競い合ってるけど、実はお互いを頼りにしてる”

と言う言葉を思い出して、くすっ。と笑った。

二人は真ん中で笑うファオンを、目を見開いて見つめる。

シーリーンが、ぶすっ。として言った。
「おかしくないぞ」

ファオンが振り向く。
「けどデュランだって、大事な戦力のシーリーンが、また無茶して怪我が長引いて、戦えないと困ると思って必死だったんじゃないの?」

そう言われた時、シーリーンはデュランをチラ。と見た。

そして溜息を吐く。

アリオンが言った。
「…(デュランに)礼を言えそうか?」

シーリーンは返す。
「…口に出して言えるかどうかは、疑問だな」

アリオンが囁く。
「心では、思ってるんだな?」
「一応な」

シーリーンはアリオンを真っ直ぐ見つめる。
アリオンもシーリーンを見返す。

ファオンは不思議な気がした。
二人は…いつも互いを認め合ってる…。

けど気づくとリチャードがこちらを見ていて、ファオンと目が合うと、慌てて顔を背けた。


リチャードはファオンに言われたことが心の中で反復するのをずっと、感じていた。

“凄く、辛かったから自分を殺したんじゃないの…?”

母の自殺は自分を捨てたと同然だと…思っていた。
けれど確かに自殺したからこそ、血の繋がらない…地元で有力で裕福な実力者の父は、息子としてずっと自分を育てなければならなくなって、金は使いたい放題。
我が儘も言いたい放題だったのだと気づく。

それでもリチャードはもっと別の道を望んでいた。
母と、実父と。
金が無くても幸せに暮らす生活を。

けれど出来なかったから…自分を殺したのか?


リチャードはファオンをまた、見た。
以前、アリオンとシーリーンと一緒にいる姿を見かける度、胸が焼けるような辛く激しい嫉妬は…もう感じなくなっていた。

浮かぶのは…美麗なキリアンの、くっきりとした碧緑の瞳。
だが途端にロレンツが寄り添う姿が浮かぶと…ファオンの時と違い、切なくなるようなどうしようもない胸の痛みに襲われて、リチャードは俯いて吐息を吐き出した。
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