アグナータの命運

あーす。

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戦闘

103 東尾根へ向かうキーナン《化け物》の群れ

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 皆が無言で歩き始め、ファオンは思い返す。

谷に無数にある、《化け物》キーナンの“巣”…。

北の“巣”は、谷底近くの入り組んだ岩場の、あちこちに点在し…今回潰した“巣”は、岩場を抜けた谷底の最奥。
平らな草地にある洞窟内に在った。

東と北尾根が担当する北東にある“巣”は、森の中の幾つもある洞窟に。

南、東尾根担当する南東にある“巣”は、切り立つ岩に囲まれた幾つもある岩の窪みに。

そして…南尾根担当の最も南にある“巣”は、岩の中を下った、大きな洞窟内の、あちこちに…。

中でも東尾根担当の森の中の“巣”が、一番繁殖しやすく…多いと200をも越す…。

南尾根担当、南の陽の差さない洞窟内の“巣”の繁殖が、一番少ない…。
それでも、50から80近くまでは増える…。

岩場に在る“巣”は、それぞれ120前後。

一番坂もなだらかで岩が少なく、草地の多い東の坂が、最も激しい襲撃に晒される。
…だから…東尾根の《勇敢なる者》レグウルナスの数は多く、身軽さより強さを求められる…。

反対に南は岩場が多いから…身軽で俊敏。
知恵があり機転が利かないと戦えない…。

東の《勇敢なる者》レグウルナスは足場の悪い南尾根での戦いを嫌うし、南尾根の者は、平地で力で押す東での戦いを、“不利で、つまらない”と言う………。

北は…身軽さと強さ。
両方を持っていないと、対応出来ない地形だけれど、南の曲芸のような身軽さまでは、要求されない。


そんな事を考えながら、ファオンは北東の、谷底の森を目指し、レオらの背後に続いて坂を下って行く。
ふと視線を前に向けると、こちらに向かって来る黒い点が、坂の下方に見える。

心の中で、ファオンは叫んだ。
「(《化け物》キーナン!)」

レオが直ぐに怒鳴る。

「左の岩場に走れ!」

《勇敢なる者》レグウルナス雑兵アルナの精鋭達。
全員が一斉に、左の端にある岩場目指して駆け始める。

…小さな岩しかない、なだらかな横幅の広い坂には、隠れる場所は他に無い。

皆が遮二無二、岩がでこぼこと連なり身を隠せる、左端の岩場を目指す。


はぁ…はぁはぁ…。

皆、岩の間に滑り込んで、荒い吐息を整える。

ファオンはもう、岩を伝って下へと移動を始め、シーリーンとアリオンが後を追う。

アランもが三人に続き、岩陰を坂の下へと伝い行く。
リチャードは、どうしよう。と首振って、アランの背と、岩に身を隠し、坂の広い草地を伺うレオを、交互に見た。

キースがファルコンに振り向く。
「お前がリチャードを見てくれるなら、俺が行く」

が、ファルコンは眉を寄せる。
「…お前…治ったからって無茶したらまた、痛み出すぞ!」

レオが小声で言った。
「リチャードは俺が見る。
ファルコン、ここに残れ。
キース、行っていい。
セルティスもデュランを、連れて行け。
が」

もう、キースは背を向けて岩を伝い行こうとして、振り向く。
「セルティス。
デュランとキースを連れて後方援護だ。
必要以外は、出るな。
二人を見張っとけ」

セルティスが、岩の後ろを移動しながらぼやく。
「俺の言う事なんて、キースが聞くかな?」

キースは進み来るセルティスに振り向き、にやり。と笑った。

リチャードは前を通って進み行くキースら三人を、後ろに引いて見送る。

レオが振り向いて、言った。
「…リチャード。
俺とファルコンの、後ろにいろ」

リチャードはやっとしっかり、レオに頷き返した。



「ち!」

アリオンとシーリーンは相変わらず、疾風のように岩の間をすり抜け、坂の下へと下って行くファオンの背を必死で追う。

横の広い草地の坂を、《化け物》キーナンの群れが上がって行く。

が、ファオンは見向きもせず、どんどん下方。
群れの後方目指して岩を下る。

そして止まる。
岩陰から、そっ…と覗く。

草地の坂を、どんどん登って行く《化け物》キーナンの群れ。
その数、200に匹敵する程、列は長い。

アリオンとシーリーン。
そして、後から来たアランもが、岩の影に隠れて、群れが通り過ぎるのを待つ。

皆無言で、4m程離れた横の坂を、ぞろぞろ登り行く《化け物》キーナンらを見送る。

「…長いな」
アランが囁くと、いつの間にか背後に来ていたキースが囁く。
「あんま待つと、東の《勇敢なる者》レグウルナスらが駆けつけて来るぞ」

けれどその時。
最後尾の群れなす《化け物》キーナンが途切れ…少し遅れて、杖を付く、小さく萎びた《化け物》キーナンが姿を見せた。

アリオン、シーリーン。
そしてアランまでが剣を抜く。

が、ファオンは動かない。

三人は顔を見合わせ、ファオンが動くのを、待った。

キースの背後に、セルティスとデュランが伺い付く。
デュランが、ぞろぞろ坂を上がる《化け物》キーナンの姿に落ち着き無く、セルティスは横でデュランの、腕を掴んで耳打ちする。

「…音立てるな。
ヘタに動くと、抱きつくぞ!」

デュランは目を見開いて考える。

「(だ…抱きつく…?!
そ…そんな脅し、今まで聞いたこと無いぞ………)」


杖付きの、坂を上がり行く姿が目前を通り過ぎ、群れがかなり先へと上がりきった時、ファオンは身を屈め、岩の影からそっ…と出る。

アリオン、シーリーンが動こうとするのを、アランが腕を握り止め、制す。

「…気づかれたら、杖を振られる」

アリオンとシーリーンが、アランに頷く。

背後でデュランが
「杖振ると、どうなるんです?」
とセルティスに小声で尋ねる。

キースが笑いながら振り向く。
「あの群れ全部が、振り向き襲いかかって来る」

デュランは笑いながらそんなぞっとする事で平然と言う、キースに怖気て顔を伏せた。


ファオンは岩の横から一気に駆け出す。
もう剣を抜き、杖付きの斜め後ろに迫る。

杖付きが、気づいて振り向く。
ファオンは、飛ぶ。

杖付きが、上を見上げた時。
ファオンはもう剣を、振り切っていた。

「…凄い!
距離が足りない分飛んで、剣の長さで補った!」

セルティスが咄嗟、デュランの口を首の後ろから手を回し塞ぎ、キースは振り向いて
「しっ!」
と言った。

ざしっ!

ざんっ!

杖付きが、血飛沫上げて倒れる。

どうん!

草地に横たわり一度跳ねて、倒れ伏す。

ずっっ!

ファオンの剣が、倒れる杖付きの心臓を貫き、止め刺す。

「ファオン!」
とうとう、シーリーンが叫ぶ。

ファオンはこちらに向きを変えて駆け始め、だが《化け物》キーナンの群れは、一瞬の空白後。
怒濤の如く向きを変えて押し寄せ始めた。

「!」

シーリーンとアリオンは必死で走る。

アラン、キースも駆け出し、坂を下り始める群れの《化け物》キーナン数体を切り裂きながら、ファオンを目指す。

が、こちらに走るファオンの姿が、下る群れに黒く埋め尽くされ、皆の目前から、消えた。
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