アグナータの命運

あーす。

文字の大きさ
上 下
180 / 286
夢の中の逃避行

180 キーナンの襲撃

しおりを挟む
  ファオンが夢の中の自分を見て、囁く。
「…僕…17の筈なのに、今とあんま変わってない…」
「俺もだ」
「俺も」

アリオンとシーリーンの声が聞こえて、ファオンは尋ねる。
「…もしかして、二人共同じ夢見てる?」

「………………………」

二人は沈黙した後に言った。
「…そうかもな」
「そうみたいだな」


ファオンはでっかい寝台に、嬉々として転がる。

「気持ちいい!」

バタン!
水汲みから帰って来たアリオンが、ゼーハー言って肩を落とす。

「…《化け物》キーナンに会った…」
ファオンが振り向く。
「ちゃんと、殺した?」

シーリーンが暖炉につり下がる鍋に、瓶詰めの食べ物を適当に入れ、振り向いて目を見開く。

「ここにも出るのか?!」

ファオンは何て無い表情で言う。
「たまに。
すんごくお腹減らして群れからはぐれたのが、迷い込んでくる」

アリオンはぜーぜー言いながら返答する。
「突然飛び出して来たから、条件反射で思い切り蹴った」
「その後は?」
アリオンは尋ねるシーリーンを睨む。
「水を汲みに、剣持って出ない。
…けど…崖下に落下する音がしたから…」

シーリーンはそれを聞いて、ファオンの乗る寝台横の剣を取り上げる。
「生きてたら、怪我負おうが、また登って来るぞ」

ファオンはシーリーンに振り向く。
「じゃ、登って来るまで待ったら?」

シーリーンはファオンを見る。
「…襲って来るまで、待てって?」

アリオンも俯く。
「外、もう真っ暗だぞ?」

「………………………………………」
シーリーンは無言で、剣を置いた。

「扉、かんぬきかけた?」
ファオンの問いに、アリオンが頷く。
「なら外に出なけりゃ大丈夫だよ。
煙突からは、流石に熱いと思うし」

確かにこの小屋の窓は、換気の為に幾つかあるものの、どれもとても小さい。
子供ですら出入り出来るかと言う程だった。

シーリーンが少し俯く。
「けどもし…群れで来られて囲まれてたら…?!
外に出た途端、殺しまくるのか?」

ファオンがシーリーンを見る。
「地下に道がある。
《化け物》キーナンの谷の方向じゃないし…。
一旦地下道に入って蓋締めたら…《化け物》キーナンは入って来れないから、大丈夫だよ」

アリオンとシーリーンに見つめられ、ファオンは付け足した。
「けどもう、ここには戻って来られない」

それを聞いて、アリオンとシーリーンは項垂れた。

「でも用心の為、暖炉の火は炊き続けた方が良いね。
唯一入れるの、煙突だから」

アリオンもシーリーンも仕方無く…持っていたコインを放り投げた。

「…俺が先だ」

シーリーンが言うと、アリオンは頷く。
「明け方起こせ」


けれどアリオンは食後ファオンと寝台に横になると、甘い気持ちに襲われて、つい顔を寄せる。
流石…ずっと《皆を繋ぐ者》アグナータだったせいか、ファオンは直ぐ気づいて顔を上げ…アリオンの唇を唇で受け止める。

暖炉の前で、シーリーンが歯を剥いて振り向く。
アリオンはそちらを見もせずに、再びファオンの唇に倒れ込みながら、囁く。
「明け方からはお前の番だ」

シーリーンは一っ言も文句を言わせないアリオンを、もっと睨んだ。

アリオンがファオンを下にして抱きしめ…手を腿に伝わせ…男根を、握り込もうとした時…。

がんっ!がんっがんっ!

かんぬきをかけた筈の扉が激しい音を立てる。

シーリーンが直ぐ、剣を持ち振り向く。
「…来やがったか…!」

ファオンが直ぐ、小窓へと張り付く。

「…群れが…来ちゃってる…。
ええと…五・六匹?
もっといるかな………」

アリオンも、咄嗟寝台の上で身を返し、横の机の上に置かれた剣の柄を握り込む。

「…逃げよっか」
「…こんな、夜中に?」
ファオンの言葉にシーリーンが尋ね、アリオンもまだがんがん体当たりされてる扉の方を睨む。
「外の扉が破られても…ここの内扉まで、破られるとは限らないだろう?」

「…………………」
ファオンは横の、鉄製のはしごに飛び付く、そしてするすると登り、天井の扉の押さえを横に引いて外し、屋根に出て行く。

「……………!」
アリオンとシーリーンは呆(ほう)けて見上げる。
二人は顔を見合わせ、近くにいたアリオンが先にはしごに飛び付き、シーリーンも剣を持ったまま続く。

ファオンは薄衣のまま、少し斜めの石造りの屋根から下を見下ろしていた。
びゅっ!と風が吹き、髪が斜めに靡いたまま。
やたら寒い。

が、屋根の下は《化け物》キーナンだらけ…。

「…20匹くらい居るか?!」
天井に出たばかりのシーリーンに尋ねられ、アリオンは頷く。

ファオンはじっ。と、冷たい風に吹かれながら月明かりの下。
三メートル程下で蠢く《化け物》キーナンを見、手を差し出す。
「剣、貸して」

アリオンが、手にした剣を見る。
が、手渡す。
ファオンはアリオンの剣を持つと、突然…飛ぶ。

「ファオン!」
叫んだのは、やっと屋根へ出たばかりのシーリーン。
アリオンは声も出ず、目をまん丸に見開く。

ファオンは身軽に飛ぶと、壁を取り巻く《化け物》キーナンではなく…その少し後ろで杖を付く、小柄な《化け物》キーナンの真ん前へと着地し、直ぐ剣を横に、振り切った。

シーリーンとアリオンは、ファオンがその、《化け物》キーナンの中では一番小さく、萎びてヨボヨボの《化け物》キーナンを切り裂いた途端、壁に張り付く《化け物》キーナンらが一斉に、ファオンへと振り向くのを見た。

「!」
「!」

アリオンが飛び降りる。
シーリーンは怒鳴りながら続いて飛んだ。
「お前、剣持ってないだろう?!」

《化け物》キーナンがファオンへと飛びかかり始め…けれどファオンは倒れる杖付きに、真上から止めを刺す。
ざしっ!

剣で胸を一突き。
杖付きは息絶えてごろん。と転がった時…。
飛びかかる《化け物》キーナンは突然…動きを止める。

「シーリーン!
何体か斬って!」

ファオンの叫びに、シーリーンは呆気に取られながらも、横で突っ立つ《化け物》キーナンを斬った。

「離れて!」

一瞬棒立ちになった《化け物》キーナンらは、シーリーンに斬られた仲間が血を吹き出し、胸を押さえた途端、一斉にその傷付いた《化け物》キーナンに襲いかかる。

シーリーンは仲間に襲いかかる《化け物》キーナンの横から、素早く剣を振り切る。
そしてもう一体。

斬ったばかりの《化け物》キーナンに襲いかかる《化け物》キーナンも、斬った。

ファオンはシーリーンとアリオンの元に突っ走って、戻り来る。
アリオンの手に、借りてた剣を押しつけると、壁の横の藁の下の、木のハシゴを屋根に立てかける。

アリオンは背後に振り向く。
襲いかかってくる《化け物》キーナンを振り被って斬り殺した。

「早く上って!
巻き添え食うよ!」
ファオンはもう、壁の半分くらいの高さまで上ってる。

シーリーンが直ぐ続き、アリオンは背後を振り向きながら上った。

…不思議な事に、《化け物》キーナンはアリオンが斬った、傷付いた《化け物》キーナンに喰らい付き…はしごを上る自分らには、襲って来ない。

むしろ…我先に、仲間の死体を奪い合い、肉の切れ端を掴むと、慌てて崖を下って行く。

アリオンとシーリーンはその風の吹き抜ける屋根の上で、最後に残る《化け物》キーナンが、ファオンの殺した杖付きの肉を屈んで貪り…そして、少し腹が膨れたのか、肉を掴んで崖を下って行くのを見た。

ファオンが寝台の上から屋根に叫ぶ。
「はしご、外して倒しといて!」

アリオンは屋根に繋がるハシゴを、シーリーンと一緒に屋根から倒した。

二人が天井から降りて来る。
アリオンは天井を戻すと、横の鉄の棒を引いて戻し、出口を固定した。

部屋に戻ると、ファオンが顔をしかめる。

「…《化け物》キーナン…離れて斬った?」
ファオンに言われ…シーリーンは返り血が服に付いてるのを見る。
アリオンも。

「…臭い………」

アリオンとシーリーンは暖炉の燃える暖かな室内に、《化け物》キーナンの血の腐臭が充満するのを感じ、同時に、溜息を吐いて顔を下げた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,205pt お気に入り:93

噂の不良は甘やかし上手なイケメンくんでした

BL / 連載中 24h.ポイント:8,890pt お気に入り:1,340

前世持ちは忙しい

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:338

恭介の受難と異世界の住人

BL / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:162

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:404pt お気に入り:387

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,470pt お気に入り:3,013

処理中です...