翠玉の魔女

鳥柄ささみ

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10 タイムリミット

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「色々と荷物持ちをさせてしまってすみません」
「いえいえ、鍛えておりますから、これくらいどうってことはありません」

なんだかんだ人手があるからと、ついつい多く買いすぎてしまった。イミュに無駄遣いのし過ぎだと怒られてしまうかも、と頭の片隅で思いながら帰路につこうとする。が、今日は来ていないと思っていた移動書店が街の中央部に来ているのを発見した。

「アレス、ちょっとごめんなさい、待っててもらえる?」
「私はかまいませんが、時間大丈夫です?」

時間……と空を見上げるとだいぶ日は傾き、夕暮れでもうすぐ日の入りというところだ。

(どうしよう)

移動書店はいつ来るかわからない。不定期に街にふらっとやってきて営業し、本もそのときの入荷状況によって品揃えが全く異なっている。

当たりであれば欲しかったあの絵物語が買えるし、ハズレだったら買えない。正直ある確率の方が少ないだろうが、今その少ない確率を逃したくはないのも事実である。

(果たしてどうしたものか)

「すぐ戻りますから、ちょっとだけ待っててください!」
「わかりました」

意を決し、慌てて早足で移動書店へ向かう。時間がない、時間がない。目を一生懸命キョロキョロと動かす。

確か背表紙は大きくて分厚くて、装丁が丸背の茶色の皮で誂えられていて、絵物語にしては立派なものだからすぐにわかるはずだ。タイトルは……『英雄王レナード』だ。

「あった!」

これください!と店主にお願いする。ゆったりとした手つきで値段を確認し始めるその動作に、イライラとしながらも、グッと堪える。

言われた金額は多少高い気もしたが、背に腹はかえられないために、払うとすぐに背を向けアレスの元へ駆けていく。

「はぁ、……はぁ、はぁ……っお、待た、せしました」
「いえ、では参りましょうか。息が上がってますが大丈夫ですか?」
「あまり、走るという、行為を……したことが、なくて……っ」
「なるほど、失礼」

ふっと身体が軽くなる。いわゆるお姫様抱っこをされていることに気づいて、慌てて降りようと試みるが「暴れないでください、落としてしまいます」と言われて大人しくする。さすがに落とされたくはない。

「……重くないですか?」
「羽のように軽いですよ。持ったうちに入りません」
「アレスって、口下手っていうわりに、結構口がお上手ですよね」
「そうですか?あまり自分ではそのように思った覚えはないのですが……」

きっとそういうところもヴィヴィアンナに気に入られた部分でしょ、と心の中でツッコミながら彼を見れば、薄らと髪が本来の金色に戻っていた。

まずい、今はまだ街の中心部、出口まで保たない。駆けていくにしても私を抱いたままだと間に合わないし、彼だけ先に行ってもらったとしても私が追いつけない。

この様子だと、このままでは完全に魔法が解けるところを見られてしまう。残すは最終手段だが……。
周りを見回す。やはり夕暮れで人通りは少ないとはいえ、まだ人が減る気配はない。

往来で姫抱きされているので余計に視線を集め、ちらちらと視線を感じることもよろしくないだろう。これは腹を括るしかない。

「アレス」
「はい」
「ごめんなさい、先に謝っておきます」
「はい?」

アレスの後頭部を押さえるとグッと引き寄せ唇を合わせる。道中の人からの視線をさらに感じる気もするが、そんなものを気にしている余裕もなかった。

目を見開いたまま固まっているアレスには申し訳ないが、深く口付けて魔力を送り込む。すると、先程まで金色に戻りかけていた髪は、再び茶色に変わっていた。

それを確認すると唇を離す。ゆっくりと腕の力が解けるのに気づいて、地面に足をつけた。

「すみません、急に、その……魔法が切れかかっていたので、魔力を補充させていただきました」
「あ、あぁ……なるほど……そういうことでしたか」

沈黙が恐い。できればしたくなかった魔力補充。急に口付けられたら誰でも混乱するだろうし、不快に思うだろう。しかもまだ会って2日目でキスするだなんて、痴女と思われても仕方ない。

顔が見られない。怒られないだろうか、気色悪がられないだろうか。あぁ、きっとイミュにもどやされる。

ちらちらっとアレスの顔をうかがうが、暗くてよく見えなかった。はぁ、と小さく溜息をつくと、そのままお互いあまり言葉を交わすことなく家路へと向かった。
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