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第四話 光は降りても、不安は消えない
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第四話 光は降りても、不安は消えない
王宮大聖堂の朝は、いつもより慌ただしかった。
新聖女ミレイア・ルミナスが、正式に国民へ披露される初の大祈祷の日。
聖堂の外には早朝から人々が集まり、期待と高揚が渦巻いている。
「いよいよだな」
「本物の聖女様のお力を、この目で見られるとは……」
囁き合う声の中、ミレイアは祭壇の前に立っていた。
純白の聖衣。
磨き上げられた床。
注がれる無数の視線。
――大丈夫。
私は、選ばれた。
そう自分に言い聞かせながら、彼女は静かに目を閉じる。
神に祈ることは、もう慣れている。
祈れば、光は応えてくれる。
それは、これまで何度も証明されてきた。
「……我が神よ」
ミレイアが声を上げた瞬間、聖堂の空気が変わる。
天井近くから淡い光が差し込み、祭壇を包み込む。
人々がどよめき、歓声が上がる。
「おお……!」
「これぞ、聖女の奇跡……!」
光はやがて収束し、聖堂全体を柔らかく照らしたまま、静かに消えていった。
成功。
誰の目にも明らかな奇跡。
ルーファスは満足そうに頷く。
「見ただろう。
これが、我が国の聖女だ」
人々は一斉に頭を垂れ、ミレイアを称える。
――なのに。
ミレイアの胸の奥で、不安が消えなかった。
光は降りた。
確かに、降りた。
けれど――
それだけだ。
祈祷が終わった後、聖堂の外で待っていた報告が、その不安を現実のものにする。
「聖女様……」
役人が、顔色を悪くして近づいてきた。
「どうしました?」
「城下で……昨夜からの雨で、川が少し増水しています。
橋の補強が必要かと……」
「増水……?」
この程度の雨で、川が荒れるはずはない。
それは、誰もが知っている事実だった。
「……大きな被害は?」
「今のところは……ですが、農地への影響が出始めています」
ミレイアは、思わず唇を噛んだ。
――なぜ?
私は、祈った。
神は応えた。
なのに、どうして?
その日の午後。
王宮では、次々と小さな報告が上がってきていた。
・倉庫の屋根が一部崩落
・市場での転倒事故が増加
・兵士の訓練中の怪我が相次ぐ
どれも、致命的ではない。
だが、確実に“多すぎる”。
「偶然が重なっただけだ」
ルーファスはそう断言した。
「不安を煽るな。
聖女は、ちゃんと役目を果たしている」
その言葉に、誰も逆らえなかった。
夜。
ミレイアは一人、私室で祈りを捧げていた。
「……どうか、国をお守りください」
何度祈っても、胸の奥がざわつく。
ふと、脳裏をよぎるのは、
何も言わずに去っていった前任の聖女――
セラフィーナ・アッシュクロフトの姿。
あの人は、祈っているところを、ほとんど見たことがない。
それなのに、国は穏やかだった。
――まさか。
そんな考えを、ミレイアは必死で振り払う。
私は、選ばれた聖女。
彼女は、役立たずだった。
そうでなければ、困る。
その夜遅く。
王都の外れで、小さな地鳴りがあった。
誰も気に留めない程度の、短い揺れ。
だが、古い城壁の一部に、細い亀裂が走った。
翌朝、その報告を受けた時、
ルーファスはわずかに顔をこわばらせた。
「……調査を急げ」
初めて、彼の声から余裕が消える。
光は、降りている。
奇跡も、起きている。
それでも。
エルディア王国を覆い始めた不安は、
誰の祈りでも、もう拭えなくなっていた。
そして誰もが、まだ口に出さない一つの疑問を、
胸の奥に抱え始めていた。
――本当に、“失ってはいけないもの”は、
すでに失われてしまったのではないか、と。
王宮大聖堂の朝は、いつもより慌ただしかった。
新聖女ミレイア・ルミナスが、正式に国民へ披露される初の大祈祷の日。
聖堂の外には早朝から人々が集まり、期待と高揚が渦巻いている。
「いよいよだな」
「本物の聖女様のお力を、この目で見られるとは……」
囁き合う声の中、ミレイアは祭壇の前に立っていた。
純白の聖衣。
磨き上げられた床。
注がれる無数の視線。
――大丈夫。
私は、選ばれた。
そう自分に言い聞かせながら、彼女は静かに目を閉じる。
神に祈ることは、もう慣れている。
祈れば、光は応えてくれる。
それは、これまで何度も証明されてきた。
「……我が神よ」
ミレイアが声を上げた瞬間、聖堂の空気が変わる。
天井近くから淡い光が差し込み、祭壇を包み込む。
人々がどよめき、歓声が上がる。
「おお……!」
「これぞ、聖女の奇跡……!」
光はやがて収束し、聖堂全体を柔らかく照らしたまま、静かに消えていった。
成功。
誰の目にも明らかな奇跡。
ルーファスは満足そうに頷く。
「見ただろう。
これが、我が国の聖女だ」
人々は一斉に頭を垂れ、ミレイアを称える。
――なのに。
ミレイアの胸の奥で、不安が消えなかった。
光は降りた。
確かに、降りた。
けれど――
それだけだ。
祈祷が終わった後、聖堂の外で待っていた報告が、その不安を現実のものにする。
「聖女様……」
役人が、顔色を悪くして近づいてきた。
「どうしました?」
「城下で……昨夜からの雨で、川が少し増水しています。
橋の補強が必要かと……」
「増水……?」
この程度の雨で、川が荒れるはずはない。
それは、誰もが知っている事実だった。
「……大きな被害は?」
「今のところは……ですが、農地への影響が出始めています」
ミレイアは、思わず唇を噛んだ。
――なぜ?
私は、祈った。
神は応えた。
なのに、どうして?
その日の午後。
王宮では、次々と小さな報告が上がってきていた。
・倉庫の屋根が一部崩落
・市場での転倒事故が増加
・兵士の訓練中の怪我が相次ぐ
どれも、致命的ではない。
だが、確実に“多すぎる”。
「偶然が重なっただけだ」
ルーファスはそう断言した。
「不安を煽るな。
聖女は、ちゃんと役目を果たしている」
その言葉に、誰も逆らえなかった。
夜。
ミレイアは一人、私室で祈りを捧げていた。
「……どうか、国をお守りください」
何度祈っても、胸の奥がざわつく。
ふと、脳裏をよぎるのは、
何も言わずに去っていった前任の聖女――
セラフィーナ・アッシュクロフトの姿。
あの人は、祈っているところを、ほとんど見たことがない。
それなのに、国は穏やかだった。
――まさか。
そんな考えを、ミレイアは必死で振り払う。
私は、選ばれた聖女。
彼女は、役立たずだった。
そうでなければ、困る。
その夜遅く。
王都の外れで、小さな地鳴りがあった。
誰も気に留めない程度の、短い揺れ。
だが、古い城壁の一部に、細い亀裂が走った。
翌朝、その報告を受けた時、
ルーファスはわずかに顔をこわばらせた。
「……調査を急げ」
初めて、彼の声から余裕が消える。
光は、降りている。
奇跡も、起きている。
それでも。
エルディア王国を覆い始めた不安は、
誰の祈りでも、もう拭えなくなっていた。
そして誰もが、まだ口に出さない一つの疑問を、
胸の奥に抱え始めていた。
――本当に、“失ってはいけないもの”は、
すでに失われてしまったのではないか、と。
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