理由を与えなかった聖女は、名を呼ぶことを選んだ

鷹 綾

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第四十話 それでも、人は名を呼ぶ

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第四十話 それでも、人は名を呼ぶ

 

 問いからは、
 逃げられない。

 理由を拒否された社会は、
 必ず
 最後の問いに
 辿り着く。

 

 ――
 「誰が、
 決めたのか」

 

 

 王宮の会議室は、
 夜明け前でも
 明かりが消えなかった。

 

「……貼紙は、
 増え続けています」

 

「……兵が
 命令を
 躊躇しています」

 

「……教会が、
 沈黙を
 破りました」

 

 報告は、
 もはや
 状況説明ではなく、
 期限の宣告だった。

 

 

 強硬派が
 声を荒げる。

 

「ならば、
 制圧しかない!」

 

「紙を剥がし、
 集まる者を
 拘束すれば――」

 

 その言葉を、
 ルーファス・ヴァルディオスは
 静かに遮った。

 

「……それは、
 “理由を与えない”
 という合言葉に
 理由を与える」

 

 沈黙。

 

「力で黙らせた瞬間、
 この国は
 自分で
 答えを
 宣言する」

 

「――
 人の命は、
 秩序のために
 使っていい
 と」

 

 誰も、
 それを
 否定できなかった。

 

 

 夜が明ける。

 王都の中央広場。

 

 誰かが
 最初に
 立ったわけではない。

 

 ただ、
 人が
 集まった。

 

 叫ばない。
 掲げない。
 煽らない。

 

 そして――
 名を呼ぶ。

 

「……アレン」

 

 一人が、
 亡くなった工房主の
 名を口にする。

 

 続いて、
 別の声。

 

「……ミリア」

 

「……トーマ」

 

 理由も、
 説明も、
 ない。

 

 ただ――
 名だけ。

 

 

 兵士たちは、
 動かなかった。

 

 命令は、
 届いている。

 だが――
 彼らの前にいるのは、
 暴徒ではない。

 

 名前を
 思い出している
 人々だった。

 

 

 教会の鐘が鳴る。

 

 ミレイア・ルミナスは、
 広場に
 姿を現す。

 

 彼女は、
 聖女としてではなく、
 一人の人間として
 声を出した。

 

「……死に、
 理由は
 ありません」

 

 ざわめき。

 

「だから――
 私たちは、
 名を
 呼びます」

 

「理由ではなく、
 数字でもなく、
 評価でもなく」

 

「生きていた
 人として」

 

 

 その瞬間。

 広場の空気が
 変わる。

 

 誰かが
 泣き、
 誰かが
 頷き、
 誰かが
 深く
 息を吐く。

 

 

 王宮の高窓から、
 ルーファス・ヴァルディオスは
 その光景を
 見ていた。

 

 彼は、
 静かに
 言う。

 

「……終わったな」

 

 側近が
 震える声で
 問う。

 

「何が、
 でしょうか」

 

「この国が、
 命を
 数字で
 扱う段階が」

 

 

 その日、
 命令は
 出なかった。

 

 拘束も、
 制圧も、
 発砲も、
 なかった。

 

 代わりに――
 官報に、
 短い文が
 載る。

 

 ――
 「評価制度、
 一時停止」

 

 理由は、
 書かれていない。

 

 だが――
 誰も、
 理由を
 求めなかった。

 

 

 一週間後。

 貼紙は、
 自然に
 姿を消した。

 

 剥がされたのではない。
 役目を終えたのだ。

 

 

 集住区域では、
 人々が
 再び
 名を呼び合う。

 

「……おはよう、
 リナ」

 

「……久しぶりね」

 

 それだけで、
 十分だった。

 

 

 一方、
 シュヴァルツガルト公国。

 セラフィーナは、
 報告を読み、
 静かに
 微笑んだ。

 

「……引き返しましたね」

 

 アーヴィンが
 問う。

「奇跡か」

 

「いいえ」

 

 彼女は、
 首を振る。

 

「選択です」

 

 

 社会は、
 いつでも
 壊れ得る。

 

 沈黙し、
 合理化し、
 理由を
 積み上げれば、
 人は
 簡単に
 数になる。

 

 だが――
 最後に残る
 防波堤がある。

 

 名を呼ぶこと。

 

 それは、
 制度ではない。
 思想でもない。
 命令でもない。

 

 ただ――
 人が
 人であると
 思い出す行為だ。

 

 

 エルディア王国は、
 完璧な国に
 なったわけではない。

 

 失われたものも、
 戻らない命も、
 確かにある。

 

 それでも――
 この国は
 一度、
 踏み出した足を
 止めた。

 

 だから、
 次に
 問われるのは
 こうだ。

 

 ――
 「あなたは、
 誰の名を
 呼びますか」

 

 それが、
 この物語の
 唯一の答えだった。
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