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本編第五章:宴会編

第八十話「休息」

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 五月一日の正午頃。
 迷宮管理局で魔王たちと朝食を摂った後、定宿である“癒しの宿ヒーリング・イン”に戻った。四月二十七日に宿に戻ることなく、ハイランドに向かったため、四日ぶりに戻ってきたことになる。

 睡眠が必要な身体ではないが、ベッドに身体を横たえると三時間ほど眠ってしまった。
 大きく伸びをして身体を起こす。首をコキコキと鳴らしながら左右に振り、もう一度伸びをする。精神的な疲れもすっかり取れ、リフレッシュできていた。

「ようやく目覚めたようじゃな」

「気持ちよく寝させてもらったよ」

 相棒のウィズは睡眠を全く摂ることなく、宿の支配人バーナード・ダンブレックに酒を出してもらったようで、サイドテーブルには白ワインが入ったグラスとボトルが置かれていた。
 バーナードだが、彼は自分の宿に泊まるシーカーたちを支援するため、避難せずに残っていたらしい。

「昼飯はどうするのじゃ?」と聞いてきた。待ちくたびれていたようだ。

「やっている店も少ないだろうし、バーナードさんに何かお願いしようか」

「そうでもないぞ」

「どういうことだ?」と聞くと、ニヤリと笑う。

「町の中には思いの外、人が残っておる。特にこの探索者街シーカーズタウンにはの」

「つまりやっている店があると言いたいのか」

「そうじゃ。ポットエイトもこの時間から開いておる。既にシーカーたちが多く飲んでいるようじゃ」

 俺が寝ている間に気配察知で町中を探査していたらしい。

「じゃあ、ポットエイトにでも行ってみるか。小腹を満たすにはちょうどいいしな」

 既に行く店も決めているようなので、彼女の願い通りの提案をする。

「そうしようぞ! 久しぶりにエダマメとポテサラ、カラアゲでビールを飲みたいのじゃ!」

 久しぶりというほど間が空いているとは思わないが、主観の問題なので黙って頷いておく。

「魔王たちも誘ってやるかの」

「疲れているだろうから休ませてあげよう。どうせ、夜には一緒に飯を食うんだから」

 本当に疲れているかは分からないが、俺はともかく、ウィズと一緒だと心が休まらないだろう。

「そうじゃな。また今度誘えばよいか」とあっさり納得してくれた。魔王に気を遣ったというより、単に早くいきたいだけだろう。

 夕方には迎えの魔導飛空船が来るらしいので、一応宿の人に行先を告げてから居酒屋ポットエイトに向かった。

 ポットエイトはヒーリングインからすぐ近くにあるため、数分で到着する。
 ウィズが言った通り、いつもは開いていない昼間にも関わらず、酔ったシーカーたちの声が店の外まで響いていた。

 中に入ると、多くの若いシーカーがジョッキを何度も呷り、戦いの話に花を咲かせていた。

 俺たちが入ると、一人のシーカーが気づいた。

肉収集狂ミートマニアの登場だ!」

 その声で店内は一瞬静まるが、すぐに「我らの英雄に乾杯!」と各々にジョッキを掲げ始める。

 ウィズはその熱気に手を振って応え、「盛り上がっておるの」と満足げに頷いていた。

「ここが空いていますよ!」と二十歳くらいの若いシーカーの男が手招きをする。

「ありがとうございます」と礼を言い、店員を待っていると、シーカーたちが次々と現れ、

「凄い活躍だと聞きましたよ」、「本当に戦いながら酒を飲んでいたんですか」などと聞いてくる。

 とりあえず、ウィズに酒を与えないといけないので、人垣の隙間から店員に向かって、「とりあえずビールで!」と叫んでおく。

「まずは飲ませてくださいね」というと、

「もちろんですよ。お二人の酒の邪魔をしたら、オーガロードですら吹き飛ばされるって聞きましたから。ハハハハハ」

 お調子者がそう言って笑いを誘う。

「これを食べてください」、「これもどうぞ」という声がいろいろなところから掛かり、何も頼んでいないのにテーブルの上はつまみで一杯になった。

「お待たせしました、ビール二丁です!」と、いつもより元気な声と共にジョッキが置かれる。店員たちもスタンピードが無事に終わったことを祝いたいようだ。

「ゴウさん、乾杯しましょうよ」という声が掛かる。

 向こうは知っているようだが、この中に俺が知っている人はいない。そのため、僅かに気後れする。

「カンパイをせねば飲めぬ。ゴウよ、早うせい」

 ウィズがせっつくのでジョッキを持って立ち上がり、高く掲げる。

「では、グリーフ迷宮のシーカーの勝利を祝って、乾杯!」

 俺の声に「「乾杯!!」」と唱和し、そこかしこでジョッキが打ち鳴らされる音がする。

 ウィズともジョッキを合わせ、一気にビールを呷る。

 ほとんど寝起きの状態であり、乾いた喉にビールが美味い。

「やっぱり居酒屋で飲むビールは美味いな」

「うむ。迷宮内で飲んでも美味かったが、やはりこういう雰囲気で飲むのは格別じゃ」

 そう言って一気に飲み干す。
 俺もほとんど一気に飲み干すと、既に誰かが頼んでくれたのか、新しいジョッキが置かれていた。

 その後も俺たちの周りには人だかりができたままで、二百階での戦いの様子を知りたがる。

「肉を全部拾ったって管理局の職員から聞いたんですが、本当なんですか?」

「全てではない」とウィズが不機嫌そうに言った。

「いくら何でも無理ですよね」と周囲の者が苦笑する。

「口惜しいことにブラックコカトリスの肉をサイクロプスに踏み潰されておる。その一つだけが回収できなんだのじゃ」

「一つだけなんですか……」と一人の若者が呟く。

 それ以外をすべて回収していると知り、茫然としている感じだ。
 そんな若者に構うことなく、ウィズは無念さを滲ませながらそれに答えていく。

「そうじゃ。せっかくの肉を踏み潰された気持ちは今でも忘れぬ。まことに無念じゃった」

 ウィズの言葉に全員が呆れている。もちろん俺もだ。

「そう言えばお礼を言っていなかったです」と話題を変えてきた。

「礼ですか?」と理由が分からないため聞き返す。

「戦っている時にカールさんとマシューさんから差し入れがあったんです。それも高級肉を使った料理が。ゴウさんが自由に使っていいとおっしゃってくれたと聞きました。あんなに美味い料理を食ったのは初めてでした。なので、お礼を言いたかったんです」

 カール・ダウナーの“探索者たちの台所シーカーズダイニング”もマシュー・ロスの“ロス・アンド・ジン”も高級店であるため、ここにいるような若いシーカーが気軽に行ける店ではない。

 その高級店の料理人がキロ何万円もする肉を惜しげもなく使って調理した。そんなものを無償で食べることができたことは、若い彼らにとって望外のことだったのだろう。

「気にしないでください。頑張った皆さんへのご褒美みたいなものですから」

「そうじゃ。美味いものは皆で味わうのがよい。それにまだまだ肉はたっぷりとあるのじゃ」

 俺たちの言葉にシーカーたちから称賛の声が上がる。

「そう言えば、いつやるのじゃ?」とウィズが唐突に聞いてきた。

「何のことだ?」と聞くと、

「我らが獲ってきた肉を皆で食すという話のことじゃ」

「皆でってことは、俺たちも食べていいんですか!」とシーカーたちが驚くが、

「当たり前じゃ。先ほども申したが、美味いものは皆で楽しむのが一番じゃからの」

「やったー!」という歓声が上がり、すぐに「ありがとうございます!」と頭を下げる。

「そうだな。王都から戻ってきたらこっちも落ち着いているだろうし、迷宮に残された人も戻ってきているだろう。そのくらいのタイミングでマーローさんか局長さんに相談してみようか」

「それがよい。我はバーベキューを所望する」

「そうだな。焼肉パーティみたいにしたら、マシューさんやカールさんみたいな料理人も参加できるだろうし、その方向で考えてみるか」

 ポットエイトで二時間ほど居酒屋料理を楽しんだ後、宿に戻る。

 宿に戻り、シャワーを浴びてさっぱりすると、支配人のバーナードが部屋を訪れた。

「白騎士団より使者が参っております。国王陛下が到着されたそうで、至急管理局に来ていただきたいと」

 白騎士団、すなわち国王直属の騎士団からの呼び出しということで、いつもは優雅な笑みを見せているバーナードもやや焦っている感じだ。

「では、準備が終わったらすぐに管理局に向かいます」

「承りました。使者の方にはそのように伝えます」

 そう言って出ていこうとしたので、

「そういえば、今日はこのまま王都に向かうことになると思います。明日か、明後日には戻れると思いますが」

「そちらも承りました。お気をつけていってらっしゃいませ」

 バーナードが出ていった後、準備を始める。

「それほど急がずともよかろう。宴にはまだ時間があるのじゃから」

 まだ午後三時くらいで、夜の宴には三時間以上ある。移動を含めても一時間以上の余裕はあった。

「話をしたいんだろうな。やることもないんだから、さっさと向かうぞ」

「面倒じゃの」と言いながら、立ち上がった。

 準備と言っても特にすることはない。着替えるべき服も持っていないし、ウィズも化粧をするわけでもないからだ。
 外した装備を簡単に片づける程度で終わり、すぐに管理局に向かった。

 管理局に近づくといつもより物々しい雰囲気に気づく。正門前には増援されてきた白騎士たちが警備に立ち、厳しい目つきで警戒している。
 近づくと最初は威嚇するようににらんだが、すぐに俺たちに気づき、笑顔を見せる。
 隊長らしき騎士が現れ、にこやかに声を掛けてきた。

「陛下がお待ちです。ご案内いたします」

 騎士について管理局の応接室に向かう。
 すぐに応接室に通され、そこにはトーレス国王アヴァディーンが一人で待っていた。国王が側近すら連れずにいることに違和感を持つ。
 アヴァディーンは俺たちに気づくとすぐに立ち上がり、俺の手を取った。

「此度のこと感謝の言葉もありませぬ。我が国を救っていただき、真に感謝いたします」

 そう言って深々と頭を下げ、俺の後ろにいるウィズにも同じように手を取って感謝の言葉を告げた。

 俺たちが魔王ですら相手にならない魔物を倒したと知っており、以前よりも更に腰が低くなっている。当然と言えば当然なのだが、国王がへりくだっている姿は他に見せたくない。

「我々は当然のことをしたまでです。陛下もそれ以上、へりくだるのはおやめください」

「貴殿の言いたいことは分かっています。無論、人の目がある場ではこのような態度は取りません。ですが、今は我が気持ちを知っていただきたい」

「十分に伝わりました」

 それで落ち着いたのか、ようやくソファに腰を下ろすことができた。
 落ち着いたところでドアがノックされる。外には白騎士団の団長グラディス・レイボールド子爵とレイフ・ダルントン局長がいた。

 中に入るとすぐにダルントンが今後の予定の説明を始める。

「既にシーカーたちには周知しておりますが、午後四時より管理局の正門前において、陛下より今回のスタンピードでの対応について、戦った者たちへの感謝の意を表していただきます。エドガー殿、ドレイク殿には功労者として、アンブロシウス陛下らと共に出席いただきたいと考えております」

 正直なところ気乗りしない。横に座るウィズも面倒くさそうな表情を浮かべている。

「今回はアンブロシウス陛下を第一の功労者とし、エドガー殿たちが対応しきれなかった部分を補っていただいた旨を公式に発表する予定です」

 俺の意向を酌んで、噂が広がる前に魔王が頑張ったという話にしてくれるようだ。

「それは助かります。先ほども居酒屋で英雄として持ち上げられましたので」

 ダルントンはそれに頷くと、その後の予定について話を続ける。

「午後五時頃にグローリアス号にて王都ブルートンに移動していただき、王宮におきまして晩餐会に参加いただきます。晩餐会と申しましても、我が国からは陛下及び王妃殿下、リチャード殿下のみとし、魔王国からもアンブロシウス陛下と四天王方だけがご出席される予定です。この晩餐会は非公式のもので、エドガー殿たちは明日の王都での祝勝会に出席していただくため、陛下と共に王都に向かったと発表いたします」

 いろいろと気を使ってくれているようだ。

「明日の祝勝会につきましても、エドガー殿にグリーフ迷宮所属のシーカー代表としてご出席いただくだけで、演説等、個人的に何かしていただくことは考えておりません」

「シーカーの代表ですか……グリーフ迷宮の所属になって日が浅いのですが」

「今回のスタンピード対応に参加した唯一の最上級ブラックランクでございますので、その資格は十分にあるかと思います。本来であれば、ドレイク殿にもご出席いただきたいところですが、このような行事は好まれないと思いまして」

 そう言ってウィズを見る。

「うむ。確かに面倒じゃ。ゴウよ、そなたに任せる」

 予想通りの答えであり、苦笑するしかない。

「分かりました。いるだけでいいなら出席します」

 面倒ではあるが、ここまで気を使ってもらったので了承するしかない。

 国王が正門の前で演説を行った。
 俺たちもシーカー代表として魔王たちの横に立っていた。

「……アンブロシウス陛下及び魔王国軍の精鋭方の尽力によって、我が国は救われた! これに対し、余は最大限の感謝の言葉を捧げたいと思う……」

 更に演説は続き、俺たちの名前が呼ばれる。

「……ブラックランクシーカーであるゴウ・エドガー及びウィスティア・ドレイクはアンブロシウス陛下が手を差し伸べられるまで、僅か二人で強力な魔物に敢然と立ち向かった! この行いにより、地上での戦闘が優位に運べたことは疑いようのない事実である! 余はこの勇者たちに褒美を渡そうと考えた!」

 そこで拍手が沸き起こる。

「しかし、二人は受け取ろうとしなかった。なぜかと問うと、ここで戦ったすべての者が褒美を受けるべきであると答えたのだ! その謙虚さに余は心を打たれた! よって、戦ったすべての兵士、シーカーに対し、王国として褒美を与えることとしたい!」

 シーカーたちから盛大な拍手と「「国王陛下、万歳!」」という大きな歓声が上がる。
 両手を上げて歓声を鎮めると、更に演説を続けていく。

「未だに迷宮に残り、脱出を試みているシーカーがいる。彼らが無事に脱出した後、余は再びここを訪れ、皆と祝宴を開きたいと思っている。皆も賛成してくれるだろうか!」

 再び大きな歓声が上がる。

「勇者たちよ! ゆっくりと休養してほしい。数日後に再び会おう!」

 そう言って演壇を下りていった。
 管理局前では十分近く万歳の声が続いていた。
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