【完結】どうやら転生先は、いずれ離縁される“予定”のお飾り妻のようです

Rohdea

文字の大きさ
20 / 24

19. 夫はストーカー?

しおりを挟む


「この世に……いない……」
「すまない」

 何故かカイザルが謝ってくる。そう言ったのは彼ではないのに。

「謝らないで?  それよりそれを聞いたカイザルは……」
「……あんなに、絶望したことはなかったよ。目の前が真っ暗になった」

 カイザルは悲しそうな表情を浮かべるとそう言った。

「……」

 ディバイン前伯爵夫妻の言い方には明らかに悪意がある。
 だけど、その言葉は間違ってはいない。
 だからこそ何だか悔しい。
 確かにあの日、平民の“シェイラ”はこの世から居なくなった。
 でも、そんなことは当時のカイザルに分かるはずがない。

(……カイザルがシェイラのことを諦めるように仕向けたかったんでしょうね)

 前伯爵夫妻はカイザルのことを何も分かっていないと思った。
 そういうことをすれば余計に相手のことを忘れられなくなるというのに。

「最初は信じられなくて、でも調べたら、確かにその日……俺とシェイラがいつも待ち合わせをしていた場所の付近で女の子が母親に突き飛ばされて馬車に……という話を聞いたんだ」
「それ……!」

 私は大きなショックを受けて記憶を失ったものの、結果として無傷だった。
 だけど、噂というものは勝手に尾ひれがついて広がっていくもの───
 おそらく、カイザルが聞いた話での私は無傷ではなかった。なんなら轢かれたと聞いたのかもしれない。
 そんな話を耳にしてしまっては、カイザルが“シェイラは死んだ”と思いこんでしまうのも当然だった。

「そこからは何もかもやる気が起きなくて、空っぽの抜け殻みたいになって過ごす自分がいた」
「……カイザル」
「シェイラは俺のせいで……俺がもっとしっかりしていたら……そんなこと、ばかり……」

 カイザルがそこで苦しそうに言葉を詰まらせる。
 私はそっと彼の背中を擦った。

「それから、何年経っても、もう二度と会えないんだと頭では理解していてもシェイラは俺の初恋で……いつだって心の奥底にいて忘れられなくて───でも、そんなある日、俺は見つけたんだ」
「見つけた?」
「ああ───コレット・ラフズラリ伯爵令嬢……君だよ」
「私……を?」
「その日は、コレットの社交界デビューだった」

 カイザルがじっと私の顔を見つめてくるので、私も見つめ返した。

「ラフズラリと聞いて俺は動揺した」
「……」
「そして、コレット……君の姿を見て俺は更に動揺した」

 苦笑したカイザルの手がそっと私の頬に触れる。

「シェイラが成長したら……と、ずっと俺が心の中で思い描いていた姿そのものにしか見えない令嬢が目の前に現れたのだからね」
「あ……私、変わっていなかった?」
「うん。髪の色も瞳の色も……顔立ちも全部……シェイラだと思った」

 平民だった頃の私のことを知っている貴族なんて殆どいない───
 お父様も、カイザルのことは話に聞いていたとは思う。
 でも、成長し何年も経っているからコレットと同一人物だと気付くはずがない……むしろ、ほんの数日ちょっと遊んだだけの平民の女のことなんてすっかり記憶の彼方に追いやって忘れているに違いない。
 そう考えたのだと思う。
 だから、私は外見を変えることなくそのまま成長した。

「どうしても他人の空似……とは思えなかった。俺にはもうあの瞬間から、コレット嬢がシェイラにしか見えなくなったんだ」
「……っ」

 カイザルのその言葉は、どんな愛の言葉よりも深く私の胸に刺さった。
 だって、それだけシェイラへの想いを強く持ってくれていたということでしょう?

 そう思うと、また目から涙が溢れそうになる。

「コレット……」
「ご、ごめんなさい、あなたのその言葉が嬉しくて自然と、な、涙が……」

 私がそう言うとカイザルが優しく微笑んで、また私の涙をそっと拭う。
 そして、今度は目尻にそっと口付けた。

(ひゃっ!?)

「な!  何をするの……!」
「ん……こうしたら涙も引っ込むかと思って」
「もう!」
「ははは!」

 私が怒るとカイザルが笑った。
 その笑顔が私の脳裏に昔の彼を思い出させる。

(カイザル……変わってない)

 ──その笑顔も……好き。




 そうして、お互いしばらくじゃれ合った後もカイザルは話を続けた。

「そして俺は、ふと気付いた」
「気付いた?」

 私が聞き返すとカイザルは頷く。

「───あの時期、我が家が訪ねていたのはラフズラリ伯爵領だ」
「そうね……」
「そうして思い出したのは、到着した時に一度だけ俺も両親について領主宅に挨拶へ行ったことがあった。けれど、その場には令嬢……コレット嬢はいなかった」
「!」

 カイザルたちが到着した時なら、当然ながら私がまだ引き取られる前───……

「俺と歳の近い娘がいる……そんな会話すらなかったな、と」
「……」
「コレット……」
「……ん」

 カイザルがギュッと私を抱きしめる腕に力を入れる。

「だから、俺は君を……コレット・ラフズラリ伯爵令嬢を調べることにした」
「それで、“シェイラ”だと確信出来たの?」
「……いや。だけど、コレット・ラフズラリには不審な点がいくつかあった」
「……」

 不審って……言い方!
 それではまるで、私が推理小説の犯人みたいじゃないの。

「誰もコレットの子どもの頃のことを知らないと言うんだ」
「あー……そうでしょうね」

 むしろ、私自身もそんなものかと思って分かっていなかったくらいだもの……
 私は遠い目をする。

「コレットは、ダンスやマナーがとにかく苦手のようで、特にダンスは幼少期から教育を受けてきたようにはちょっと見えないと」
「うーん……みんな、結構鋭いのね」

 それだけ私のダンスの腕が壊滅的だったとも言える。
 なかなか失礼な物言いなのが気になるけれど。
 私がそんなことを考えて、ちょっとむくれていたら、カイザルがクスッと笑う。

「でも、コレットをシェイラだと確信したのはもう少しあとだ」
「そうなの?」
「うん。いつだったかな?  どこかのパーティーでこっそり見かけた時にコレットは、うっとりした顔で庭園ばかり見ていたんだ」
「……えっ!」
「そのコレットのうっとり顔は、完全にシェイラのそれと重なったんだ」

 ええっ!?  そんなの知らない!  私が参加したことのあるパーティーにカイザルもいたことがあったなんて初めて知った!
 いつ見られていたのかしら……

「それに色気より食い気よりも庭!  ってそんな妙ちくりんな思考の女の子は俺の知っている限りはシェイラだけだったから」
「……っっ」

 妙ちくりんってなによ!  と怒りたいのに怒れない。

「これまでもコレットを調べる度に必ず俺の中のシェイラがちょこちょこ顔を出していたけれど、こんなにもシェイラ!  と叫びたくなったのは初めてだったかな」
「……っっ」

 もう、聞いているだけで恥ずかしくなってくる。
 無性に照れくさくなってしまい目を逸らしたらまた、笑われた。

 それにしても、カイザルの情報収集能力がすごい。
 私の知らない所でこんなに動いていたなんて!
 でも、これ、一歩間違えるとストー……

 私が少しだけ疑惑の目でカイザルを見たら、何かを感じとったらしいカイザルが少し脅えた様子を見せた。

「──コレット、俺は……」

 カイザルが何かを言いかけたその時、部屋の扉がコンコンとノックされた。

しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

不仲な婚約者の捨て猫になったら、甘々な本音がダダ漏れでした

三崎こはく
恋愛
伯爵令嬢ジェナ・アシュリーは、婚約者である侯爵令息イーサン・ブライトンと仲が悪い。それはもう、周囲から心配されるくらい仲が悪い。 ある日、イーサンと喧嘩をしてやさぐれていたジェナは、林の中で不思議な木に触れた。そして気がつくと――猫になっていた!? うろたえるジェナ(猫)を抱き上げたのは、不仲な婚約者のイーサンで――? ※他サイトにも掲載

公爵令嬢は運命の相手を間違える

あおくん
恋愛
エリーナ公爵令嬢は、幼い頃に決められた婚約者であるアルベルト王子殿下と仲睦まじく過ごしていた。 だが、学園へ通うようになるとアルベルト王子に一人の令嬢が近づくようになる。 アルベルト王子を誑し込もうとする令嬢と、そんな令嬢を許すアルベルト王子にエリーナは自分の心が離れていくのを感じた。 だがエリーナは既に次期王妃の座が確約している状態。 今更婚約を解消することなど出来るはずもなく、そんなエリーナは女に現を抜かすアルベルト王子の代わりに帝王学を学び始める。 そんなエリーナの前に一人の男性が現れた。 そんな感じのお話です。

あなたを愛する心は珠の中

れもんぴーる
恋愛
侯爵令嬢のアリエルは仲の良い婚約者セドリックと、両親と幸せに暮らしていたが、父の事故死をきっかけに次々と不幸に見舞われる。 母は行方不明、侯爵家は叔父が継承し、セドリックまで留学生と仲良くし、学院の中でも四面楚歌。 アリエルの味方は侍従兼護衛のクロウだけになってしまった。 傷ついた心を癒すために、神秘の国ドラゴナ神国に行くが、そこでアリエルはシャルルという王族に出会い、衝撃の事実を知る。 ドラゴナ神国王家の一族と判明したアリエルだったが、ある事件がきっかけでアリエルのセドリックを想う気持ちは、珠の中に封じ込められた。 記憶を失ったアリエルに縋りつくセドリックだが、アリエルは婚約解消を望む。 アリエルを襲った様々な不幸は偶然なのか?アリエルを大切に思うシャルルとクロウが動き出す。 アリエルは珠に封じられた恋心を忘れたまま新しい恋に向かうのか。それとも恋心を取り戻すのか。 *なろう様、カクヨム様にも投稿を予定しております

師匠の嫉妬で才能を奪われた薬師見習いの私、牢獄で本物の力を取り戻す

er
恋愛
辺境貴族の娘セシリアは宮廷薬師見習いとして働くが、師匠エリザから無能と罵られ続ける。疫病が王都で流行すると、エリザはセシリアに濡れ衣を着せ処刑させようとする。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

婚約者は無神経な転生悪役令嬢に夢中のようです

宝月 蓮
恋愛
乙女ゲームのモブに転生したマーヤ。目の前にいる婚約者はそのゲームの攻略対象だった。しかし婚約者は悪役令嬢に救われたようで、マーヤそっちのけで悪役令嬢に夢中。おまけに攻略対象達に囲まれている悪役令嬢も転生者で、何だか無神経発言ばかりで少しモヤモヤしていしまうマーヤ。そんな中、マーヤはゲームには関係ない隣国の公爵令息と仲良くなり……!? 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

処理中です...