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34. こんなはずじゃなかった──愚かな人たち
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ルウェルン国を追い出され、フィルムレド国の王宮に到着した一行。
元公爵は、馬車から降りるなりすぐさまアンディ王子に声をかけた。
(リリーベルを連れて来れなかった……大丈夫なのだろうか?)
フィルムレド国はリリーベルを欲しがっていた。
その張本人を連れて来れなかった場合、果たして約束されていた話は守られるのだろうか……
そんな不安があった為だ。
「アンディ殿下……私の待遇は……」
「───すまないが……今はそれどころではないんだ。後にしてくれ」
「……」
「とりあえず、準備が出来たら呼びに行くのでそこの部屋で待機していてくれ」
アンディ王子はそれだけ告げて王女と奥に行ってしまう。
冷たく突き放されたことで、嫌な予感が元公爵の頭の中を駆け巡る。
部屋に入っても落ち着かずソワソワしてしまった。
「ふふ、新しい生活が楽しみだわ。生意気になったトラヴィスも気味の悪いリリーベルもいない! 清々するわ」
「……」
落ち着かないせいか、横ではしゃいでいる妻の姿を恨めしく思う。
「それにしても、あなた……まだその顔の腫れ引かないの? 酷い顔ね」
「……」
これはリリーベルの呪いのせいで、どうにかしたくともどうにもならん顔の腫れなんだ!
そう言った所でこの妻にはきっと伝わらん……そう思い口を噤んだ。
(本当なら……ティファとこの場にいるはずだったのに! どうしてこうなったんだ……畜生!)
実は元公爵は何とか頼み込んで、出発前に妻にバレないようにこっそり愛人のティファに連絡を付けてもらっていた……が。
───前に話を聞いた時は絶対に行くって答えちゃったけど、色々考えたら隣国なんて知り合いもいなくて不安だし……それに公爵じゃなくなった貴方に魅力はないわ。
なんとティファにはその一言でバッサリ切り捨てられてしまった。
公爵ではなくなったが隣国で特別な地位につくかもしれないと言っただろう? と念を押してみても……
───そんな不確かな情報では頷けないわ。その特別な地位? とやらについてから改めて連絡をくれたら考え直してもいいわ。
そう返されてしまった。
(チッ……妻に隠れてこっちでもティファとの生活を送ろうと思っていたのに……)
元公爵の目論見は外れ、言葉に出来ない不安を抱えたまま部屋で呼ばれるのを待った。
────
その頃の王子と王女は……
「アンディ! アリーリャ! これはどういうことだ!」
「……」
「……」
その頃、フィルムレド国の王宮に国王の怒号が響き渡っていた。
アンディとアリーリャは気まずそうに互いの顔を見合わせる。
「お前たちはルウェルンに行く際、なんて言って出て行った?」
「…………真実の瞳を持った公爵令嬢を花嫁として連れ帰ります……」
「代わりにルウェルンの王子の花嫁になります……」
「──そうだな。そう言っていた。だが、これは何だ?」
そう言って国王が見せたのは、ルウェルンの王子イライアスが送った手紙だった。
「これを読むとあちらの王子が大変激怒しているのだが? アンディには自分の最愛の婚約者に手を出されそうになった……アリーリャには下着姿で部屋に不法侵入された……とな!」
「……」
「……」
二人はとても気まずそうに顔を見合わせる。
「最愛の婚約者とは何だ? 不仲らしいから割り込んでも問題はない。出発前にはそう言っていたな?」
「そ、それは……」
アンディ王子が答えようとするも、上手く言葉に出来ず黙り込む。
「アリーリャ! 不法侵入とは何だ! しかも下着姿だと?」
「ゆ、誘惑を……しようとして」
「それで怒らせたのか?」
「……」
二人の返答と態度に国王はため息しか出ない。
「クロムウェル王国がルウェルン国に吸収される話の情報については何か得られたのか?」
「いえ……」
「全く……」
この返答についに国王の怒りは爆発した。
「───何の成果も得られず、しかもルウェルンの王子を怒らせるだけ怒らせて、さっさと送り返されて来ただけ!? もういい! お前たちはしばらく謹慎だ!」
「……っ!」
「お父様……! 聞いてください! わたくしは騙されて……」
アリーリャはせめて自分は友人だと思っていた侯爵令嬢に騙されたことを訴えようとしたが……
「どんな理由があろうと、お前たちが恥をさらしたことは変わらん! 反省しろ!」
国王の怒りがとけることはなかった。
「それから、アンディ。真実の瞳の持ち主は連れて来れなかったのになぜ、その父親と母親だけやって来た?」
「そ、それは……えっと……」
「あの父親は分かっているのか? あくまでも真実の瞳の持ち主のおまけとして付き添ってくるならこの国でも新たな地位を授けると言ったのだ」
「……です、よね……」
アンディ王子は顔を俯けながら苦笑いする。
リリーベル嬢を連れていくことが出来ないと分かった時点で父親も要らないと言わなければいけなかった……
「……真実の瞳の持ち主がいないのに両親のみを特別待遇することは出来んぞ」
アンディは思った。
あの夫婦になんて説明すればいいのか……と。
────
「何ですってぇぇぇ!? 私たちには貴族の地位も与えられない!?」
「───はい」
「それなら、いったい私たちにどこで生きていけと言っているのよ!?」
「……街で平民として」
「平民!? この私が!? ルウェルンでは公爵夫人だったこの私が平民!?」
アンディが暗い面持ちで“特別待遇は出来ない”と告げに行ったところ、激怒したのは夫人の方だった。
元公爵の方はそんな予感がしていたのかまっ青な顔で無言で項垂れている。
「私もこの人も平民として生活なんて出来るはずないでしょう!?」
「そう言われてもこちらもどうすることも出来ません」
首を横に振るアンディに夫人は詰め寄った。
「それならせめて私たちを王宮に滞在させるとか!」
「無理です。父上……陛下が、許可を出しません」
「なーんーでーよーーーー!」
「王宮からの支援もありません。持参された荷物だけで生きていけと……」
そう言われた夫人はハッとする。
トラヴィスに必要最低限のものしか用意することは許されなかった。
売って金に出来そうな貴金属類も持ち出しを禁止された。
「嘘……嘘でしょう!? ねぇ、あなた! あなたも何とか言いなさいよ!」
「ぐはっ……痛……やめ、ろ……!」
揺さぶられた夫が何やら痛がっているが夫人にとってはそんなことは関係ない。
夢見た輝かしい新たな生活が崩れようとしているのだから。
「無理よ。ねぇあなた、帰りましょう? こんな所で生きてなんていけない! ルウェルンに帰るのよ」
「……ゲホゲホ、ケホッ……それは、無理だ」
「え?」
「忘れたのか? イ、イライアス殿下に帰国は絶対に許さないと言われてお前がノリノリで返事をしただろう!?」
「あっ……」
夫人は今、ようやく思い出し口を押さえる。
「そ、それなら内緒でこっそり……」
「それも無理だ……もしも万が一、我々が今後、ルウェルンに一歩でも足を踏み入れたらトラヴィスが直ぐに感知するそうだ……」
「そっ……」
その日、フィルムレド国の王宮には夫人の悲痛な叫び声が響き渡ったという。
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