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9. 距離が近いですわよ!?
しおりを挟む「……近いですわ」
「何がだい?」
わたくしのその言葉を聞いても、ラファエル様はとても涼しいお顔をされています。
「ですから! この距離ですわ」
「距離?」
「……」
ラファエル様は全く意味が分からない、というお顔で首を傾げられました。
意味が分からないのはこちらでしてよ!!
「……それでは単刀直入にお聞きしますわ! どうして、毎日わたくしの隣にお座りになるのです?」
「えー?」
ラファエル様は不思議そうにもう一度、首を傾げられました。
そうなのですわ。
ラファエル様はどうしてなのでしょうか。ここ数日、毎日お昼の時間になると当たり前のようにわたくしの隣にお座りになられるのです!
時間をずらそうとも、座る席を変えようともラファエル様は、どこからか必ず目の前に現れまして……さも当然と言わんばかりのお顔で、
「お、それも美味しそうだ。ミュゼット嬢は今日は何を頼んだの?」
などと呑気な事を口にされわたくしの隣に座ります。
(どうしてわたくしは連日、ラファエル様と仲良くお昼ご飯を共にしているの!?)
これではまるで今もわたくしの視界の端で毎日仲良く、
「ねぇ、リスティ。食べさせて?」
「ダ、ダメです、ルー様」
「何でだい?」
「やっぱり恥ずかしいのです……」
「ははは、大丈夫。誰も気にしないよ!」
などと言いながら、結局最後は“あーん”というやり取りをするあそこのカップルとあまり変わらないではありませんか!!
(そもそもですわよ? あのカップルは学園の食堂という場で何をしているのでしょう? ちょっとリスティ様! 恥ずかしいと言うのは口だけですの!? 王太子殿下も何を仰って……あれでは単純なリスティ様はコロッといってしまいましてよ! 全くあの方達は相変わらずですわ~~!)
今はすっかり慣れましたが、初めてこの光景を目にした時のわたくしは、あまりにも衝撃的で情けない事に泡を吹いて倒れてしまいましたのよ。
……ふっ。思い出したくもない話ですわね。
「ミュゼット嬢? どうかした?」
「え?」
本日も自然にイチャイチャを始めたあちらのカップルの様子に気を取られてしまっていたわたくしの顔をラファエル様が覗き込んで来ました。
「っ!!」
ち、近いですわぁーー!! そんなにお顔を近付けないで下さいませーー!!
と、叫びそうになった所を必死で抑えましたわ。
声の代わりに縦ロールが、ぶぉん、ぶぉんと音を立てて少しだけ荒ぶっております。
そんな髪の一部が、ペチッと音を立ててラファエル様のお顔に軽く当たってしまいました。
「はっ! ラ、ラファエル様……」
「ん? あぁ、これくらい大丈夫だ」
先日、ラファエル様が鼻血を出された姿を思い出してしまって顔が青くなったわたくしにラファエル様は何でもない事のように微笑みます。
そして、今日も絶好調で巻き巻きの縦ロールをひと房ほど手に取られました。
「! な、何を……!?」
「いや? 同じクルクルでも随分と手触りとか巻き具合とかも違うんだなと改めて思って……」
「え?」
(同じクルクル?)
ラファエル様は誰の髪と比べてそう仰っているのかしら……?
何故かわたくしの心がモヤッとします。
「……マンディー」
「!?」
(マンディー? 女性の名前ですわ!)
まさか、それがわたくしとは違う手触りを持つと言うクルクルの事ですの!?
(クルクル女!!)
ますます、わたくしの心の中がモヤッとします。
(手触りや巻き具合に言及するということは、ラファエル様はそのクルクル女の髪をよく触っていた……?)
……モヤッ
……ぶぉん
わたくしには関係無い事のはずなのに、何故こんなに暗い気持ちを抱いてしまうの……? 分からないわ。
「ミュゼット嬢?」
名前を呼ばれてわたくしの意識がそちらに戻りました。
わたくしは慌ててラファエル様から距離を取ろうとします。
「わ、わたくしのこの高貴な髪に、き、気安くお触りにならないで下さいませ!」
「あ、そっか。申し訳ない」
ラファエル様がどこか残念そうに、わたくしの髪から手をお離しになります。
「……!」
(何故、そんなお顔を! それに、さ、さみしいなどと思ってはいけませんわ!!)
わたくしは自分に喝を入れます。
そんな内心大暴れなわたくしを見て、ラファエル様は何故か笑い出しました。
「な、何なんですの? どうして笑われるのです??」
「いや、やっぱり可愛いなと思って」
「か、か、か、か、可愛!?」
ふぉん、ぶぉん、ぶぉん、ぶぉん、ぶぉん……
大変ですわ。あまりの動揺にわたくしの髪も全然抑えがききません!
あぁ、そう言えばラファエル様って前にも縦ロールでなくても可愛いなどと、おかしな事を言っていましたわ……
「可愛い。もういちいち可愛いよ。だから」
「だから?」
か、可愛い……!?
「だから、連れ帰りたい」
「!?」
つ、連れ!?
意味不明な事を口にされたラファエル様は、今度は私の手をそっと取ると優しく手を握ります。
……きゅん!
(ちょっと! わたくしのポンコツな心臓! 何を勝手にきゅんとしているのです!?)
そんな脳内パニックを起こすわたくしの目をラファエル様がじっと見つめます。
「うん。だから、ミュゼット嬢……決めたんだ、俺は君を」
キ~ンコーンカ~ン
「……」
「……」
と、またこのタイミングで音が鳴りましたわ! これは予鈴の音ですわよ!
「い、行きませんと……」
「うん」
「手を離して下さいませ」
「……」
ちょっと!? ラファエル様!
何故、手を離すどころかますます強く握るんですのよぉぉ?
お耳が遠くなられたのではありませんーー??
「なら、このまま一緒に手を繋いで教室に……」
「行きませんわよ!?」
わたくしは間髪入れずにそう叫びながら、少し乱暴に手を離しました。
「ちぇ……」
でーすーかーらー!?
どうしてそんなお顔をするのです!?
あなたが何を考えていらっしゃるのかさっぱり分かりませんわーー!!
「わ、わたくしは先に行きますので! し、失礼いたしますわ!!」
「え? あ、ミュゼット嬢……」
それだけ言ってわたくしは引き留めようとするラファエル様を置いて、急いで食器を下げて教室へと向かいました。
頬が熱いのは気の所為ですーー……
────
それからもラファエル様は事ある事にわたくしの前に現れては、わたくしを翻弄していかれるのですが……
そんな日々も、彼の国からやって来たとある転入生の登場で大きく変わっていく事になります。
「──初めまして! アマンダ・エドポルトと申します。どうぞ、マンディーと気軽に呼んでくださいね」
その日、わたくしの教室にやって来た転入生は、
ゆるふわのストロベリーブロンドの髪をフワフワさせながら、可愛らしい笑顔でそう挨拶されました。
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