【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。

Rohdea

文字の大きさ
26 / 44

25. 醜い争い、そして……

しおりを挟む



(コルネリア……?)

 その名前にも何だか聞き覚えがあって私の胸がドクンッと疼く。

 ───ヘンリエッテ、テオバルト、アルミン、コルネリア……
 その中の誰か一人の名前を聞くだけでも気分がおかしくなりそうだった。

 懐かしい──でも、これ以上踏み込みたくない。
 怖い──でも、本当は知りたい。

 そして思う。
 本物のヘンリエッテ王女はどこにいるの?
 婚約者のテオバルト、護衛騎士のアルミン、侍女のコルネリア……
 この三人が現世で揃ったことは偶然なんかじゃないのでは?

 ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てる。

(……落ち着くのよ、それを考えるのは“今”じゃない)

 軽い深呼吸をしてから私は前を向いた。


 コルネリア。
 そう呼ばれたヴァネッサ嬢の反応は、人違いだとかそんな人は知らないなどと決して言い逃れ出来ないほどの動揺っぷりだった。
 そんなヴァネッサ嬢の反応をリヒャルト様が逃すはずがない。
 リヒャルト様は口の端を上げて静かに笑った。

「その表情にその反応……どうやら間違いないようだな」
「ぁ……っっ!」

 ヴァネッサ嬢は何かを言いかけたけれど、声を詰まらせギリッと悔しそうに唇を噛んだ。
 そんな彼女にリヒャルト様はもちろん容赦ない。冷たく言い放つ。

「ヘンリエッテ王女の名を騙ったこと、現世では罰せられないのが残念だ」
「……っ」
「──だが、まぁその分、ヴァネッサという名の男爵令嬢の今後の未来は茨の道だろうがな」
「え……」

 ヴァネッサ嬢の顔がどういうこと?  と言いたそうな表情。
 そのままリヒャルト様は、周りをよく見てみろ、と言った。
 そう言われて初めてヴァネッサ嬢は周りを確認した。

「ひっ!?」

 小さなは悲鳴をあげて後ろに下がるヴァネッサ嬢。
 そうなるのも仕方がない。なぜなら今、彼女に向けられているのは冷たい視線ばかりだから。

 私という婚約者のいたハインリヒ様と堂々と不貞したり、前世の記憶があると言って他人の名を騙って好き放題したりしたヴァネッサ嬢。
 しかも騙った相手は王女様だ。
 遠い過去に滅んだ国と言えど許されることではない。
 この先、社交界で生きていくにはかなり恥ずかしい醜聞。

「なんで?  ちょっとそんな目で見ないでよ…………はっ!  そうだわ!  アルミン……さま!」

 ヴァネッサ嬢はハインリヒ様の顔を見る為に振り返る。
 今まではお姫様の振りをしていたためのアルミン呼びがアルミン様に変わっていた。
 もしかすると無意識なのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、ハインリヒ様がヴァネッサ嬢に対して口を開く。
 顔は真っ青。
 こんなの嘘だ、という表情をしている。

「コ、コルネリア……だと?」
「……」

 そう口にしたハインリヒ様がヴァネッサ嬢を凝視している。
 ヴァネッサ嬢は無言のまま答えようとしない。

「僕の大事な大事な姫……ではなくコルネリア、だった……?」
「ア、アルミンさま!  ……あ、あの、わたし」

 ヴァネッサ嬢が“わたし”と言った瞬間、ハインリヒ様の顔が苦しそうに歪んだ。
 そしてヴァネッサ嬢が縋るように伸ばしていた手を思い切り振り払う。

「畜生!  ふざけるな!  実はコルネリアでしただと?  人を騙しやがって!」
「そんな!  アルミン……さま」

 もう隠す気は止めたのか、ヴァネッサ嬢は自分が“コルネリア”であることを否定しない。

「──どうせ、お前のような女に騙されてうつつを抜かして姫と呼び続ける僕を影でバカだと嘲笑っていたんだろう!?」
「影で嘲笑う?  な、なんでそんなこと?  ま、まさかするわけがないわ!」

 ヴァネッサ嬢は必死で否定するけれど、ハインリヒ様は全く聞く耳を持とうとしなかった。

「おい!  なんで、見た目だけはまんま姫なんだよ!  それすらもわざとなんじゃないのか!?」
「っ!  アルミン……さま……!」

 ハインリヒ様はほんの少し前まで、うっとりした顔で酔いしれていたはずの女性にとんどん罵声を浴びせる。

「違うの……わたし、わたしは前世の時からずっとあなたがアルミンが好きだったの……!  それで……」
「はぁ?  信じられるかそんなこと!  僕の心は永遠に姫のものだ!」

 ヴァネッサ嬢がその言葉に大きなショックを受ける。

「どうして?  どうしてわたしでは駄目なの?    いつだってあなたは、ヘンリエッテ、ヘンリエッテ……わたしが話しかけてもいつもヘンリエッテのことばかりだったわ!」

 そのままの勢いでヴァネッサ嬢はハインリヒ様に抱きついた。

「離せ!  紛い者!」
「きゃっ!?」

 前に二人がうっとりした様子で抱き合っていたのが嘘かのようにハインリヒ様は冷たく突き放した。
 その際にバランスを崩してヴァネッサ嬢は床に尻もちをついてしまう。
 それでも彼女は諦めようとしない。

「酷い……今のわたしはヘンリエッテと瓜二つだし、コルネリアだって元々はヘンリエッテとよく似ていたじゃない!」
「……」
「あんなお転婆王女がよくて私が駄目な理由はなんなのよーーーー!」

(……お転、婆王女?)

 ヴァネッサ嬢がそう怒鳴った時だった。
 私の頭の中に、前にも流れてきたものと同じものが流れてくる。


 ───あなたを追いかけて見つけるくらいのことが出来ないと、将来、あなたの騎士にはなれませんから。
 ───騎士?  私の騎士になりたかったの?  でも私は………… 
 ───とりあえず危ないので降りてきて下さい、

 この間はこの後にΘΠλΨξτ様。
 とか聞こえて来て何を言っているのか分からなかった。
 なのに今は……

 ───とりあえず危ないので降りてきて下さい。──

 なぜか、はっきり聞こえた。

(ヘンリエッテ!)

 ───もう!  τΦдΙτ───は相変わらずね?  分かったわ。それじゃあ、降りるから支えてくれる?
 ───喜んで。

 こちらも、この間は何を言っているのか分からなかったτΦдΙτ……

(テオバルト!)

 どうして私の記憶かもしれないのにその二人の名が出てくるの───……?


 ───ヘンリエッテ様は本当にお転婆ですね?
 ───あら、王女が木に登ってはいけないなんて決まりはないじゃない?  相変わらず頭が固いわね?  テオバルト!


 そんな話をしながら手を繋いで歩きながら微笑み合う二人。
 そんな王女の瞳の色は私と同じ色で───

「……」

 この時、私はようやく自覚をする。

 ヘンリエッテ───あれは、私。
 ナターリエとして生まれ変わる前の……私。

 本当の姫は私だった────……
しおりを挟む
感想 269

あなたにおすすめの小説

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)今月は2冊出版!
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からなくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

ループした悪役令嬢は王子からの溺愛に気付かない

咲桜りおな
恋愛
 愛する夫(王太子)から愛される事もなく結婚間もなく悲運の死を迎える元公爵令嬢のモデリーン。 自分が何度も同じ人生をやり直している事に気付くも、やり直す度に上手くいかない人生にうんざりしてしまう。 どうせなら王太子と出会わない人生を送りたい……そう願って眠りに就くと、王太子との婚約前に時は巻き戻った。 それと同時にこの世界が乙女ゲームの中で、自分が悪役令嬢へ転生していた事も知る。 嫌われる運命なら王太子と婚約せず、ヒロインである自分の妹が結婚して幸せになればいい。 悪役令嬢として生きるなんてまっぴら。自分は自分の道を行く!  そう決めて五度目の人生をやり直し始めるモデリーンの物語。

処理中です...