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25. 醜い争い、そして……
しおりを挟む(コルネリア……?)
その名前にも何だか聞き覚えがあって私の胸がドクンッと疼く。
───ヘンリエッテ、テオバルト、アルミン、コルネリア……
その中の誰か一人の名前を聞くだけでも気分がおかしくなりそうだった。
懐かしい──でも、これ以上踏み込みたくない。
怖い──でも、本当は知りたい。
そして思う。
本物のヘンリエッテ王女はどこにいるの?
婚約者のテオバルト、護衛騎士のアルミン、侍女のコルネリア……
この三人が現世で揃ったことは偶然なんかじゃないのでは?
ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てる。
(……落ち着くのよ、それを考えるのは“今”じゃない)
軽い深呼吸をしてから私は前を向いた。
コルネリア。
そう呼ばれたヴァネッサ嬢の反応は、人違いだとかそんな人は知らないなどと決して言い逃れ出来ないほどの動揺っぷりだった。
そんなヴァネッサ嬢の反応をリヒャルト様が逃すはずがない。
リヒャルト様は口の端を上げて静かに笑った。
「その表情にその反応……どうやら間違いないようだな」
「ぁ……っっ!」
ヴァネッサ嬢は何かを言いかけたけれど、声を詰まらせギリッと悔しそうに唇を噛んだ。
そんな彼女にリヒャルト様はもちろん容赦ない。冷たく言い放つ。
「ヘンリエッテ王女の名を騙ったこと、現世では罰せられないのが残念だ」
「……っ」
「──だが、まぁその分、ヴァネッサという名の男爵令嬢の今後の未来は茨の道だろうがな」
「え……」
ヴァネッサ嬢の顔がどういうこと? と言いたそうな表情。
そのままリヒャルト様は、周りをよく見てみろ、と言った。
そう言われて初めてヴァネッサ嬢は周りを確認した。
「ひっ!?」
小さなは悲鳴をあげて後ろに下がるヴァネッサ嬢。
そうなるのも仕方がない。なぜなら今、彼女に向けられているのは冷たい視線ばかりだから。
私という婚約者のいたハインリヒ様と堂々と不貞したり、前世の記憶があると言って他人の名を騙って好き放題したりしたヴァネッサ嬢。
しかも騙った相手は王女様だ。
遠い過去に滅んだ国と言えど許されることではない。
この先、社交界で生きていくにはかなり恥ずかしい醜聞。
「なんで? ちょっとそんな目で見ないでよ…………はっ! そうだわ! アルミン……さま!」
ヴァネッサ嬢はハインリヒ様の顔を見る為に振り返る。
今まではお姫様の振りをしていたためのアルミン呼びがアルミン様に変わっていた。
もしかすると無意識なのかもしれない。
そんなことを考えていたら、ハインリヒ様がヴァネッサ嬢に対して口を開く。
顔は真っ青。
こんなの嘘だ、という表情をしている。
「コ、コルネリア……だと?」
「……」
そう口にしたハインリヒ様がヴァネッサ嬢を凝視している。
ヴァネッサ嬢は無言のまま答えようとしない。
「僕の大事な大事な姫……ではなくコルネリア、だった……?」
「ア、アルミンさま! ……あ、あの、わたし」
ヴァネッサ嬢が“わたし”と言った瞬間、ハインリヒ様の顔が苦しそうに歪んだ。
そしてヴァネッサ嬢が縋るように伸ばしていた手を思い切り振り払う。
「畜生! ふざけるな! 実はコルネリアでしただと? 人を騙しやがって!」
「そんな! アルミン……さま」
もう隠す気は止めたのか、ヴァネッサ嬢は自分が“コルネリア”であることを否定しない。
「──どうせ、お前のような女に騙されてうつつを抜かして姫と呼び続ける僕を影でバカだと嘲笑っていたんだろう!?」
「影で嘲笑う? な、なんでそんなこと? ま、まさかするわけがないわ!」
ヴァネッサ嬢は必死で否定するけれど、ハインリヒ様は全く聞く耳を持とうとしなかった。
「おい! なんで、見た目だけはまんま姫なんだよ! それすらもわざとなんじゃないのか!?」
「っ! アルミン……さま……!」
ハインリヒ様はほんの少し前まで、うっとりした顔で酔いしれていたはずの女性にとんどん罵声を浴びせる。
「違うの……わたし、わたしは前世の時からずっとあなたがアルミンが好きだったの……! それで……」
「はぁ? 信じられるかそんなこと! 僕の心は永遠に姫のものだ!」
ヴァネッサ嬢がその言葉に大きなショックを受ける。
「どうして? どうしてわたしでは駄目なの? いつだってあなたは、ヘンリエッテ、ヘンリエッテ……わたしが話しかけてもいつもヘンリエッテのことばかりだったわ!」
そのままの勢いでヴァネッサ嬢はハインリヒ様に抱きついた。
「離せ! 紛い者!」
「きゃっ!?」
前に二人がうっとりした様子で抱き合っていたのが嘘かのようにハインリヒ様は冷たく突き放した。
その際にバランスを崩してヴァネッサ嬢は床に尻もちをついてしまう。
それでも彼女は諦めようとしない。
「酷い……今のわたしはヘンリエッテと瓜二つだし、コルネリアだって元々はヘンリエッテとよく似ていたじゃない!」
「……」
「あんなお転婆王女がよくて私が駄目な理由はなんなのよーーーー!」
(……お転、婆王女?)
ヴァネッサ嬢がそう怒鳴った時だった。
私の頭の中に、前にも流れてきたものと同じものが流れてくる。
───あなたを追いかけて見つけるくらいのことが出来ないと、将来、あなたの騎士にはなれませんから。
───騎士? 私の騎士になりたかったの? でも私は…………
───とりあえず危ないので降りてきて下さい、
この間はこの後にΘΠλΨξτ様。
とか聞こえて来て何を言っているのか分からなかった。
なのに今は……
───とりあえず危ないので降りてきて下さい。──ヘンリエッテ様
なぜか、はっきり聞こえた。
(ヘンリエッテ!)
───もう! τΦдΙτ───テオバルトは相変わらずね? 分かったわ。それじゃあ、降りるから支えてくれる?
───喜んで。
こちらも、この間は何を言っているのか分からなかったτΦдΙτ……
(テオバルト!)
どうして私の記憶かもしれないのにその二人の名が出てくるの───……?
───ヘンリエッテ様は本当にお転婆ですね?
───あら、王女が木に登ってはいけないなんて決まりはないじゃない? 相変わらず頭が固いわね? テオバルト!
そんな話をしながら手を繋いで歩きながら微笑み合う二人。
そんな王女の瞳の色は私と同じ色で───
「……」
この時、私はようやく自覚をする。
ヘンリエッテ───あれは、私。
ナターリエとして生まれ変わる前の……私。
本当の姫は私だった────……
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