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36. 地獄にご招待
しおりを挟むそして、いよいよハインリヒ様とヴァネッサ嬢との決着をつける日がやって来た。
「お嬢様、頼まれていたドレス……こんな感じのものでよろしいでしょうか?」
「ええ、ありがとう」
我が家の侍女が用意してくれたドレスを見て私は満足気に頷く。
「えっと、それで髪の毛は巻かれるのですよね? ……それから、お化粧も……」
「用意されたドレスといい全体的に可愛らしい雰囲気なんですね?」
「あ! もしかしてこちらが、リヒャルト殿下のお好みなのですか?」
いつもと違う雰囲気での装いや化粧を私が指定したからなのか侍女たちが明らかに困惑している。
「……」
リヒャルト様曰く、私は子供の頃から無意識にとる行動や発言はヘンリエッテを彷彿させることが多かったらしい。
だからといって全てが前世のヘンリエッテに引きずられていたのかと言えば、そういうことではない。
時代の違いもあれど服装の好みなどは今の私とは違っていた。
(こういう時、やっぱり別人なんだなって思うわ)
前世の記憶を思い出してからもう何日も経った。
けれど、ハインリヒ様のように人格が変わった? と思えるほど過去に引きずられている感じはしない。
それはきっとリヒャルト様がそばにいてくれるから。
───ナターリエ!
リヒャルト様は当たり前のように私のことをそう呼ぶ。
互いに前世の話をする時は、もちろんヘンリエッテの名は出すけれど、混同して不用意に呼んだりはしない。
だから、私も道を間違えずに済んでいるのだと思っている。
(それでも胸につっかえている想いは残っていて消えない───)
だから、今日で終わりにする。
ナターリエとしてこの先を大好きな人と幸せに生きていくために。
「普段のお嬢様と真逆の雰囲気になりそうでしたので、どうなることかと思いましたが」
「お嬢様は可愛らしい雰囲気もお似合いですね!」
「──ありがとう。皆のおかげよ」
無事に支度を終えて、鏡の中に映る自分の顔を見ながら侍女たちにお礼を言う。
「これは……殿下も惚れ直すかもしれませんよ?」
「っ!」
その発言に私が顔を赤くして言葉を詰まらせると侍女たちは顔を見合せて嬉しそうに笑った。
「どうして笑うの?」
「いえ、だってお嬢様の反応が可愛らしくて」
「可愛らしい?」
私は意味が分からず首を傾げる。
「ハインリヒ様との婚約中のお嬢様はそんな風に笑ったり照れたりする様子がなかったので」
「!」
(それは、マリーアンネ様にも言われた……!)
「ハインリヒ様には申し訳ないですけれど、そう考えるとお嬢様は殿下と一緒の方が幸せそうだなって思ってしまいます」
「……そ、そう、かしら?」
「そうですよ!」
侍女たちの言葉に改めてリヒャルト様と出会えたことに感謝した。
(そろそろかしら?)
お迎えはリヒャルト様が来ることになっている。
お忙しいでしょうから、一人で行けますよ?
そう言ったのに絶対に迎えに行くと言って譲らなかった。
(頑固……そして、過保護だわ)
でも、そんな所も好き───
そんなことを考えていたら、馬車が門の前に止まる音が聞こえた。
「ナターリエ!」
「リヒャルト様、おはようございます」
「うん、おはよう」
玄関で出迎えるとリヒャルト様は眩しい笑顔を私に向けてくれた。
そしてじっと私を見つめる。
「ど、どうですか? ヘンリエッテ風ナターリエです」
私はくるりと一周回って全体を確認してもらう。
今日の装いはわざと前世を彷彿させるような姿で行こうと決めていた。
なのでリヒャルト様の格好も“テオバルト風リヒャルト様”だ。
「…………可愛い」
頬をポッと赤く染めたリヒャルト様は一言だけそう口にする。
そしてしばらく私を見つめた。
「……知らなかった。ナターリエはそういう装いも似合うんだな」
「ありがとうございます。いつもはシンプルなので少し変な感じもしますけど」
「髪もクルクルだ……」
「侍女たちに巻いてもらいました」
ヘンリエッテは緩い巻き髪だったので、ストレート髪の私とはかなり違う。
「顔立ちは違うからさすがにそっくりとまではいきませんが、だいぶヘンリエッテに近付けたと思うわ!」
「雰囲気は間違いなく“ヘンリエッテ様”だよ…………ハインリヒの興奮する姿が目に浮かぶな」
「想像するだけで気持ち悪いです」
私がはっきりそう口にすると、リヒャルト様が苦笑しながら腕を伸ばして私を抱きしめる。
「ハインリヒ──これまで、ナターリエのことを可愛いなんて一度も口にしなかったくせに、今日の装いを見てそんなことを口走ったらまた殴ってもいいかな?」
「ふふ、リヒャルト様って意外と好戦的だったんですね?」
私がクスクス笑いながらそう言うと、リヒャルト様がじっと私の顔を見つめる。
「?」
「大事な人を守るためならそうなる」
「……!」
その言葉に照れた私を見てリヒャルト様も嬉しそうに笑った。
胸の奥がキュンッとなる。
私、リヒャルト様のこの笑顔が好きなのだと心から思った。
「……ナターリエ」
優しく私の名前を呼んだリヒャルト様の顔がそっと近付いてくる。
「リヒャルト様……」
私も呼び返すと嬉しそうな表情のリヒャルト様からの甘いキスが降って来た。
そんな優しい時間にほんの少しだけ酔いしれた。
出迎えた玄関でそのまま愛を振りまく私たちを、家族と使用人は影からコソッと見守っていた。
また、侍女たちは慌てて部屋へと化粧道具を取りに戻り、こちらも準備万端で待機してくれていた。
❈❈❈
「化粧直し……はは、ノイラート侯爵家は優秀だね」
「……お恥ずかしながら」
素早い化粧直しを終えて、私たちは馬車へと乗り込んで出発。
すると腰を下ろすなり、リヒャルト様が笑いながらそう言った。
「そういうことなので馬車の中ではキスを禁止されてしまいましたわ」
「ははは、それは俺も残念」
リヒャルト様はまた大きく笑いながらそっと私の手を取る。
そして指を絡めるとギュッと握りこんだ。
「でも、俺はこうしていられるだけでも……幸せだから」
「リヒャルト様……」
「ナターリエが俺の名前を呼んで俺に笑いかけてくれて…………こうして手だけでも触れられる。それだけで幸せなんだ」
そう言ってリヒャルト様が本当に心の底から幸せそうに笑うから。
───私は幸せになりたい。
でも、私がこの人を幸せにしたいのだと心からそう思った。
そうして、馬車は王宮に到着し、私たちは手を繋ぎながら話し合いの場へと向かう。
「ハインリヒと男爵令嬢は先に来ているそうだ」
「……逃げずに来たんですね?」
「呼び出し状に散々脅しを書いておいたからかな」
ただでさえ、立場が悪くなっている二人。
王子の呼び出しに断るという選択肢は存在しないも同然だった。
まさに地獄への招待状。
そんな話をしながら部屋の前に着くと、話し声が聞こえてくる。
(これは、ハインリヒ様とヴァネッサ嬢?)
私とリヒャルト様は顔を見合わせる。
「────酷いわ! どうしてわたしからの手紙を無視するの!」
「無視なんかしていない。忙しかっただけだ」
どうやらヴァネッサ嬢がハインリヒ様に詰め寄っている様子。
ハインリヒ様が責任取って結婚することを拒否しているというのは本当のようね。
きっと、二人はあのパーティー以来に顔を合わせたのだろう。
「嘘よ! 今回の騒ぎが原因で仕事も干されたって……聞いたわ!」
「干されてなんかいない! ちょっと長い休暇を与えられただけだ!」
(え? 実質、クビよね? それ)
私はチャンスがあれば後でこの言葉を本人にはっきり言ってあげようと思いながら心の中で突っ込む。
ハインリヒ様は官僚の補佐仕事をしていたのだけど……
ヴァネッサ嬢と出会ってから、嘘をついて仕事をサボってデート三昧していたことも判明していた。
そのこともきっちり調査書に書いて提出をしたから問題になったのかもしれない。
(嘘ついて仕事サボって浮気して……信用なくなるわよねぇ)
「いいから、もう僕に構うな! 偽者め」
「酷い……あんなにわたしを愛してくれたのに」
「勘違いするな! 僕はお前なんか愛していないし、愛したこともない! 僕が愛しているのは姫だけだ!」
(気のせいかしら? ハインリヒ様の最低男度が上がっているような……)
だって絶対ヴァネッサ嬢に愛を囁いていたでしょ。
「(……やはり、かなり姫に執着しているな)」
「(はい)」
私たちは扉の前でコソッと話し合う。
「姫って……ほ、本物のヘンリエッテの生まれ変わりはナターリエ様であなたは振られていたじゃない!」
「う、うるさい……黙れ!」
これ以上は醜い不毛な争いとなることが予想された為、私とリヒャルト様は部屋へと入ることにした。
そして、扉を開けて部屋に入って来た私の姿を見たハインリヒ様が……
「────ひ、姫!?」
真っ先にそう叫んだので、改めてこの人はもうダメだと思わされた。
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