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第4話 最低な婚約者

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  レイズン殿下のプロポーズにアビゲイル様が頷いたものだから、会場はますますヒートアップするというあまりの展開にパニックになってしまった私はそのまま逃げるように庭園に来ていた。

「……レイズン殿下が、アビゲイル様の事をお好きだったなんて……」

  兄の婚約者に片思いだなんてそれはそれは辛かっただろう。
  そんな愛する人が苦しめられてるのを黙って見ていられず、颯爽と助けに入る。
  …………この世界はゲームだけど、まるで物語のヒーローそのもの。憧れる……とっても憧れるわ。
  私も自分がこんな立場に置かれていなかったら、目を輝かせてあの光景を見ていたに違いない。
  
  ……でもね?
  
「せめて……私への婚約破棄宣言の後に突入して欲しかったわぁぁぁーー」

  そう嘆いて再び、はぁぁぁぁ……と大きなため息を吐いた。

「あ、でも……」

  本っっっっ当によく分からないけれど、王太子殿下と愉快な仲間たち&ヒロインは断罪されていた。
  つまり、何かしらのお咎めが彼らにも……?

  (もしかして、この件でジョバンニ様に何らかの罰が与えられれば……)

  お父様も婚約解消に頷くかもしれない!
  まだ、希望は失っていない!
  
「あぁ、あのまま会場にいて行く末を見ておくべきだったわ!」

  今からでも会場に戻ったら、何らかの状況は分かるかしら──と思った時だった。

「────あぁ、見つけた。ここにいたのか、クロエ」
「っっ、ひぃっ!?」

  突然現れたその声に私はビクッと大きく身体を震わせ、小さな悲鳴を上げた。

「ははは、まるで化け物にでも遭遇したかのような驚き方だ」
「……し、失礼しました。ですが、こんな暗闇で背後から声を掛けられたら、私でなくても誰だって驚くと思いますわ」

  (いいえ、化け物の方が遥かにマシよ!  ジョバンニ様!!)

  そう言ってやりたいのをグッと堪えながら、作り笑いで何とか答えた。

「そうか……まぁ、君の姿が見えなくなってしまったからね、捜していたんだ」
「……まあ!  そうでしたか。私に何か?」

  ───なんでなのよ!
  どうして断罪されていたメンバーが、のこのことこんな所に来ているのよ!

「あー……その、クロエも見ていただろう?  レイズン殿下とアビゲイル嬢の……」
「え、ええ、見ておりましたわ……」

  私がそう答えると、ジョバンニ様が私の隣に腰を下ろして、何故かグッと近付いて来た。

  (なんで隣に座るのよ!  近い!  気持ち悪い!)
   
  咄嗟にそう思った私はそっとさり気なく距離をとる。
  ジョバンニ様はそれを気にした様子もなく私を見ると叫ぶように言った。

「クロエ!  聞いてくれ!  僕は……騙されたんだ……僕も被害者なんだ!」
「だ、騙された、ですか?  誰にです……?」
  
  この場合は、ヒロイン……? 
  何だかもう誰がヒロインなのかよく分からなくなっているけれど……
  そう思いながら聞き返すと、ジョバンニ様は勢いをつけながら言う。

「決まっているだろう?  グレイソン殿下だよ!  殿下に唆されて僕らはあんな事をしたんだ!  全ては殿下が悪いんだ!  僕は悪くない!  本意ではなかった、あれは全部、言わされただけなんだよ!」
「……」

  (──は?)

  ジョバンニ様は、急に主であるはずの王太子殿下を貶めるような事を言い出した。
  言わされただけ?
  それにしては、かなりノリノリだったように私の目には見えたけれど……

  (それに仮に、全てが王太子殿下の命令だったとしても……もう少し自分のした事に反省というものは無いの?)

  アビゲイル様は大勢の前であんなに辱められたのに、ジョバンニ様には反省の色が全く見えない。
  ひたすら、僕は悪くないを繰り返していた。

「まぁ、そういうわけだから。全ての罪は全部グレイソン殿下にある」
「……え!」

  何だか嫌な予感がした。

「……ジョバンニ様?  それって、まさか側近のあなた方……は」
「ああ、その通りさ。全部、責任は殿下に押し付けてきた」
「!」
「僕たちも被害者なんですって泣きながら訴えたら、皆の非難は全部殿下に向いてたよ。おかげで、僕らの罪はさすがに免除にはならないだろうけど、かなり軽くで済みそうだ。ははは!」

  なんで笑えるのかしら、と思う。
  グレイソン殿下と愉快な仲間たち……いえ、側近たちは幼い頃からの付き合いだったはず。
  それをこうもあっさりと?
  しかも、これを機会にレイズン殿下派になろうかなぁ、もう、あの人は終わりだし……などとジョバンニ様は口にする。

  (何かしら……この違和感)

  悪役令嬢が逆転勝利するくらいだから、もはや、ゲームとは?
  になりかけているし、現実とは違うと言われてしまえばその通りとしか言えないのだけれど……
  ゲームの中の王太子殿下は、メインキャラなだけあって、ちゃんと人にも部下に慕われていた真っ直ぐな人だった。
  また、こんな風にあっさり責任を全て押し付けられて黙っているような性格ではなかった……はず。

  そもそも……これまで私が耳にしていた彼の評判だって悪いものではなかったし、アビゲイル様と不仲だという話も聞いた事がなかった……

  (うーん?)
 
  何かが心に引っかかるけれど、それは置いておくとして。
  今はジョバンニ様のこれからだ。

  さっき罪は軽くで済みそうだ……そう口にしていた。
  もし本当にその通りなら……

  ───婚約解消は望めない!  
  
  ジョバンニ様がいっそ今回のことを罪に問われて廃嫡になれば、お父様だって頷いたかもしれないのに……
  遠ざかっていく希望に愕然とし、俯いていたらジョバンニ様が話を続ける。

「───そういうわけでさ、こんな事に巻き込まれて、非常にむしゃくしゃしているんだよね」
「え?」

  むしゃくしゃ?  そう思いながら顔を上げる。

「たいていこういう時は、に慰めてもらう事にしているんだけど、さすがに今日はダメみたいでさ。どの人も残念ながら僕と目を合わせようとしてくれない」
「……ジョバンニ……様?」

  (なに?  何を言い出したの……?)

「だからさ、今日はもうクロエでいいかなと思ってさ。それで、君を捜してたんだ」
「!?」
「君は僕の婚約者なんだから、僕を慰めるのも仕事の一つだろう?」

  その言葉にビクッと私の身体が震える。
  この人……まさか……
  怯えた私とジョバンニ様の目が合う。彼はニヤリと笑った。

「こんな所に一人でいてくれるなんて、ついてたなぁ」
「い、いや……これ以上近付かないで!」

  私は必死に首を横に振る。
  そして身の危険を感じた私は逃げようと立ち上がり体勢を変えた……けれど。

「ははは、これは今日も照れてるのかな?  クロエはいつもそれだ。本当に素直じゃない……」
「ち、違います……!  本当に、嫌…………あっ!」

  腕を掴まれてしまい捕まってしまう。
  おそるおそる振り返った私に、ジョバンニ様はニコリとした笑顔を浮かべて言った。

「クロエがいつもいつも、婚約者のいる身で他の女性と……って僕にお小言を言っていたのは、僕に手を出されなかった事からの不満なんだってちゃーーんと、分かってるよ?」

  (分かってないーーーー!)

「──違うわ!  全然違う!  嫌っっ!  だから離して!」
「なんでそこで素直にならないかなぁ……クロエ。ここは素直に嬉しいと言うべき所だよ?」
「嬉しくない!  嬉しくないので離してください!!」

  私が嫌がる様子を見てジョバンニ様は眉を顰める。
  掴まれている腕にも力が込められた。痛い!

「うーん?  あ!  初めてがこんな所なのが不満なのかな?」
「そこじゃない!  そこじゃないです……私は、あなたの全てが……キモ」
「───ごちゃごちゃ煩いなぁ、ま、いっか!」

  (この……最低男ーー!)

  ジョバンニ様がそう言って私を襲おうとしたのと、耐え切れなくなった私が拳を握りしめて、ジョバンニ様を殴ろうとしたのと、「───何をやっているんだ!」という男の人の声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
  
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