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第15話 優しくて温かい

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  私の涙がようやく止まりかけた頃、リュート様がおそるおそる私の顔を覗き込んできた。

「ティアナ……大丈夫……?」

  リュート様は、どこまでも優しい人だ。
  ずっと何をしても無反応だった私が突然、泣き出した。
  こんな面倒でしかない私をとことん気遣ってくれる。

「涙は……止まったかな?」

  リュート様の温かい手が私の頬に触れる。
  私はこの優しい手が好きだと思う。

  そしてリュート様はまだ残っていた涙を優しく拭ってくれた。

「……ティアナ」

  そうして名前を呼ばれたと思ったら、今度は抱き締められた。

「……それでいい。君はもっとちゃんと泣くべきだ。我慢なんてしなくていい」

  リュート様が私の耳元でそう優しく囁いた。


  (…………泣いて、いい?)


  今までどんな扱いを受けても泣くもんかって思って生きてきた。
  お義母さまに辛く当たられても。
  アイリスに馬鹿にされても。
  お父様に顧みられなくても。
  ……社交界デビューで周りに嘲笑されても。


「泣きたくなったら、いつでも私の胸を好きなだけ貸すから。だから……」

  (リュート様……)

  そう口にした、リュート様の私を抱き締める腕にさらに力が入った。
  暖かい……人の温もり。
  その暖かさに、それまで強ばっていた身体が少し緩んでいくのを感じた。

  (………………)

  私は腕をおそるおそるリュート様の背中に回した。
  抱き締め返す形になる。

「……っ!  ティアナ!」

  リュート様が驚きの声をあげた。
  抱き締め返されるとは思っていなかったのだろう。私も自分がこんな行動を起こすとは思ってもみなかった。


  食事の用意が出来たと声をかけられるまで、私達は静かにお互いを抱き締めていた。



◇◇◇



「ティアナ、ほら、口をあけて?  あーん」

  (………………っ!)

  リュート様が、ニッコニコな笑顔で私の口に向けてスプーンを近付けてくる。


  ………………どうしてこうなったのか。


  食事の用意が出来た為、2人で食事の席についたのだけれど、
  正直、自分がお腹を空かしているのか、そうでないのか全く分からず私は動けずにいた。
  そんな私に業を煮やして、リュート様がとった行動が…………

「ティアナ?  今の君に必要なのは休息だ。だけど、その前に食事を摂って栄養を取らないとダメだ。それに…………ここ最近の君はまともな食事を摂ってなかったはず……だしね。だから、さ、口を開けて?」

  リュート様は、ここ最近の……と言った所でちょっと辛そうな表情を見せた。

  ……リュート様の言っている事は分かる。えぇ、食事は大事よ。
  分かるのだけれど……!

  きっと感情表現が豊かに出来ていた頃の私だったら、今頃、羞恥で顔を真っ赤にしていた事だろう。
  それくらい今、求められている行動は恥ずかしいものだった。

  そして、なんとなくだけど……
  リュート様はこれをわざとやっている気がする。
  私が、何か反応を示すか試しているのではないかな、と思った。

  きっと少しずつ、少しずつ……私の凍りついた心と身体を溶かそうとしている。
  そんな気がした。

「ティーアーナー?」

  そして、私は知った。
  リュート様は、ちょっとしつこい。
  こんな一面もあったのかと驚いている。

  そっと口を開いたら、満面の笑みで私の口の中にスプーンを運び込む。


  (…………美味しい…………)


  もうここ最近は何を食べても味なんてしなかったのに。

  私の身体の状態や栄養の事を考えて用意された食事は、身体中に染み渡っていくみたいだった。

  これは公爵家の料理人の腕が素晴らしいから?
  私がお腹を空かせているから?
  それだけじゃない……

  一緒に食べてくれる人がいるから……美味しいと思うのだと気付く。
  (今は食べさせられたとも言うけど)


「よしよし!  さぁ、ティアナ、もう一口だ!!」


  (!?)


  私が口を開けて受け入れた事に気を良くしたのか、リュート様は更に満面な笑みを浮かべてとんでもない事を言った。

  こうして雛に餌付けをするかのように、リュート様のあーん攻撃は全然おさまらなかった。




✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣


  「ふぅ……」

  本日の執務を終え、ベッドに横になりながら私は今日一日を思い出していた。


  ティアナが泣いた。


  ……本来なら決して喜ばしい事ではないのだが、今のティアナの状況では大変喜ばしい変化だと思う。

  感情という感情を封じ込めてしまったであろうティアナが涙を流した。
  それに、こんな事になる前から彼女は泣く事をしてなかった……のではないか?
  ならば、ティアナには泣く事も必要だ、そう思う。


  「ティアナ……」
  

  しかし、そのままの勢いで抱き締めてしまったが、まさか抱き締め返してくれるとは思ってもみなかった。
  ほんの囁かだったが、彼女は間違いなく抱き締め返してくれた。
  その事がたまらなく嬉しい。
  私の言葉は彼女に届いていて、ティアナも完全に心が壊れてしまったわけではない……と希望が持てた。

  子爵家を訪ね、最初にティアナの顔を見た時は完全に心を閉ざしてしまったのかと思っていたけれど、そうでも無いのかもしれない。
  それが今日一日ティアナと接して感じた事だった。

  確かに、彼女は感情を捨てて心を閉ざそうとしたのだろう。
  だが、捨てきれなかったのでは?
  そう感じた。
  涙を流してからのティアナの瞳には、ほんの少しずつだが感情の色が宿っていたからだ。

  食事で、あーんと私が手ずから食べさせようとしていた時の瞳には、明らかに困惑の色が見て取れた。
  ……あのおそるおそる口を開く仕草が可愛くて、手が止まらなかった事は……まぁ、許して欲しい……いや、ダメかな。
  あれを今までのティアナにしたら、きっと顔を真っ赤にしてたんだろうな……ちょっと見たいなぁ……うん、絶対怒られるけど、絶対可愛い。

「今は……少しずつ……だ」

  もちろん、強引に事を進めるつもりは無いけれど、
  ゆっくりゆっくり解きほぐしていけば、いつかまた笑ってくれるような気がした。

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