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第4話 助けてくれた人は……

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  (───あ、これ轢かれたら絶対死ぬわ!)

  何で?  処刑でなくても私に死ねと言っているの?
  そんな事を思ってしまった私は硬直したまま一歩も動けず、迫り来る馬車をただ黙って見ていた。

「そこのお前!  ぼぅっとするな!  危ないっっ!!」

  (────え!?)

  突然のその声と共に腕を引っ張られ、私は道路の脇に引き倒される。

「痛っ」

  倒れた際に身体を打ち付けてしまったけれど、間一髪で馬車は私に接触せずにそのまま走り去っていった。

「……」
 
  心臓がバクバク鳴っている。

  (あ、危ない所だった……し、処刑でなくても死ぬ所……だったわ)

「死ぬ気だったのか?」
「え?」
「あんな道の真ん中でボケッとした顔で突っ立って!  そんなに死にたかったのかと聞いている!」

  本気で怒られている。でも当たり前。あれは確実に轢かれて死ぬ所だったのだから。

「ち、違います……し、死にたくなんてありません!!  絶対、何があっても!」

  処刑から逃げようとしていたのにそんな事あるはずがない!
  私が必死で首を横に振った後にそう叫ぶと、助けてくれた人は面食らった様子で「……なら、良いのだが」と小さく呟いた。

  (そうよ、お礼!  お礼を言わなきゃ!!)

「あ、あの!  た、助けてくれてありがとうございました」
「……」

  今度は急いで頭を下げる。
  助けてくれたその人は頭を下げている私をじっと見つめながら言った。

「ボロボロだな」
「は、はい?」
「着ている物もそうだが、何と言うか全体的に……」
「あ……」
  
  その言葉に一気に恥ずかしくなった。
  逃げ出す事ばかり考えていたけれど、よく考えれば着ている物はみすぼらしい服で、牢屋に連れて行かれてからは身体だって……
  そして、極めつけはあの埃っぽい隠し通路。私は今、とんでもない姿を晒している!

  助けてくれたこの男性はどこかの貴族かしら?  まともに顔は見ていないけれど、服装がとてもしっかりしている事は分かる。
  これはこんなボロボロ女が近付いていい相手では無い。
  私は一歩下がって距離を取り、再び頭を下げる。

「も、申し訳ございません……私のような者が大変失礼を……」
「なぜ謝る?」
「あ、貴方様がどこのどなたかは存じませんが、私のような身なりの者が近付いていい相手では無い事は分かります……」
「ふ……ん?」

  (何故かしら?  すごい視線を感じる)

  どうしてそんなに見てくるのかしら??

「……顔を上げろ」
「…………え?」
「いいから、しっかり顔を見せてみろ」

  (な、何で?)

  私は戸惑う。
  いくら、ボロボロ状態とは言え、私はこの国の元王女フェリシティ。
  この方がどこかの貴族なら私の顔を知らないはずが無い。

  (悪徳王女のフェリシティだとバレてしまう?)

  あてもないまま逃げ出したけれど、このままお城に連れ戻されてやっぱり私の運命は儚く……

「何を躊躇う?  まさか、顔が見せられない理由でもあるのか?」
「……っ!」

  しまったわ!  
  躊躇った事でますます怪しまれてしまった。

「こ、こんな身なりの為、恥ずかしくて……」
「そうか、ならば俺は全然気にならないからな。さ、顔を上げろ」
「……」

  随分と命令し慣れている人だなと思った。そして、これ以上は逆らえない。

  (お願い……どうか気付かれませんように!!)

  私はそっと顔を上げた。
  そうして、そこで初めて私は助けてくれたこの男性の顔を…………見た。

  (───え?  ひ、ひぇぇぇえぇ!?)

  何とか堪えたものの、私は思わずそんな叫び声をあげそうになる。

  (な、な、な、なんでが……!?)

  私は驚かずにはいられない。
  だってそれもそのはず───彼は。いえ、この方は……

  ────リアム・リュキアード。
  隣国、リュキアード王国の王太子殿下!!

  (どうして彼がこんな所に……)

  先程までとは違う変な汗が身体中から吹き出しそうになる。

  あ、いえ……違う。
  待って……そうよ。そうだった。
  彼が今、この国に居るのは不思議でも何でもない事なのだと思い直す。
  目の前の彼、リアム・リュキアード王太子殿下もこのゲームの攻略対象者だもの。
  それも……単なる攻略対象者ではなく、

  (確か身分や素性を偽っているのよね……)

  彼はヒロインとは素性も知らないまま出会って恋に落ちる設定……だったはず。
  けれど、私は彼の事は“設定”までしか知らない。
  リアムルートに入る直前に死んでしまったから。

  (そうよ!  徹夜までしてやっと、やっとルートが解放されたのに!!  あのまま私は!)

  私がぼうっと見つめていると、彼は言った。

「……何だ?  さっきから。最初は悲鳴でもあげそうな顔で俺を見たと思ったら、今度は何かを懐かしむような顔。不思議な女だな」
「!!」

  なんて事なの。全部、顔に出ていたらしい。

「……お前、名前は?」
「わ、私は……」

  (バレていないのなら、ここで“フェリシティ”と名乗る訳にはいかない)

  彼の様子から言って私がフェリシティ王女だと気付いた様子は無い。
  当たり前と言えば当たり前。
  今の私は、傲慢でホーホッホッホ……と高笑いしていた王女の頃とは違いすぎる。

「フェリ……と申します」

  (バカなの私!  まんまじゃない……)

  考え無しに口から出た名前はフェリ。自分を殴りたい。

「フェリ?  そうか。俺の事は……そうだな。“リー”とでも呼べ」
「!」

  (それは、ヒロインと出会った時に名乗る名前のはずでは……?)

  そう思って、ドキッとしたけれど彼は偽名を使う時はいつもそうなのかもしれない。

  (それに、そもそもゲームはもうエンディングを迎えているはずだもの)

「リー……様?」
「リーで良い。フェリ」
「そ、それは無理です!!」

  傲慢王女の頃ならいざ知らず……今の私が呼べるはずがない。

「そうか。まぁいい、では行くぞ。着いて来い」
「……行、く?」

  話の脈絡が全く見えない。どこに行くと言うの?
  私が呆けていると、リー様ことリアム殿下が強引に私の手を取る。

  (!?)

「俺の屋敷だ」
「え?」

  (えぇぇえ!?  何でなの!?)

  そしてグイグイと私を引っ張って行く。

「見た所、何か事情があって行き場がなくて困っているように見える」
「そ、それはその通りですが……」
「このまま行き倒れられたら俺の寝覚めが悪い!」
「そ、それはすみません……」
「謝るくらいなら黙って着いて来い!」

 (強引!)

  そう言ってリー様は私をやや強引に自分の乗っていたであろう馬車に乗せた。


  (何が起きたの……?)

 
   ───悪役王女フェリシティと隠しキャラの隣国王太子リアム。

  彼のルートの詳細を知らないから、悪役王女のフェリシティがどう立ちはだかる予定だったのかは知らない。
  でも、これだけは分かる。

  (二人の出会いは絶対にコレジャナイ!)

   
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