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第5話 隠しキャラは世話焼き王子
しおりを挟む「ここが俺の屋敷だ」
そう言って連れてこられた場所は、華やかな貴族街から少し離れた所にひっそりと佇むお屋敷だった。
(隣国の王子様……しかも王太子なのに……どうしてこんな所に?)
馬車の中でも、リアム殿下は「まぁ、一応爵位は持っている貴族だ」と、大嘘をついてきた。確かに殿下は爵位は持っているとは思うけれど貴族じゃなくて王族でしょう?
だから、私も「色々ありまして家族から捨てられた平民です」とだけ説明しておいた。
多分、間違っていない。
「でんー……コホッ、旦那様、お帰りなさいませ……って、そちらの方は?」
リアム殿下を出迎えた家令が、言い間違いを誤魔化しながら彼の横にいるみすぼらしい格好で小汚い私を見て眉を顰めた。
自分の主人(しかも王太子)がこんな怪しい人間を連れて帰ってくればそういう態度になるのも仕方がない。
「拾った」
「は? ひ、拾った……ですか?」
「そうだ。拾った」
家令は主人であるリアム殿下の言葉に目を丸くする。
「み、見るからにこの方は人間の女性ですよ!?」
「……? 当たり前だろう?」
リアム殿下は怪訝そうな顔で首を傾げる。
その目は“お前は何を言っているんだ?”と言っているのが私にも伝わって来た。
「人間の女性は拾うものではありません」
「いや、でも拾った」
殿下は譲らない。随分と頑固な方だ。
「……だとしても、もう少し言い方というものがあるでしょう!? 犬や猫では無いのですから。はぁ、本当に昔から貴方という方は──……」
何やらお説教が始まってしまう。
リアム殿下はお説教には慣れているのか右から左へ受け流していて全く聞いていない。
そんな二人の様子を見ながら私は段々いたたまれなくなって来た。
(私、お言葉に甘えて着いて来てしまったけれど、本当に良かったのかしら?)
はっきり断るべきだったのでは?
でも、胸の奥で“助かった”と思っているのも事実。
彼の登場で思っていた以上にお城から離れる事が出来たから。
(一人で歩いて移動していたら絶対に無理だったわ。ここまでは来れない)
お城でダミーの王女に扮した毛布をもう発見したかどうかは分からないけれど、それでもここまで来れただけでも本当に有難い。
「分かった、分かった。分かったからまずはフェリを休ませてやってくれ」
「?」
(私を休ませる? ……どういう意味?)
お説教から何とか逃げようと発したと思われるリアム殿下の言葉に私は首を傾げた。
「あ、あ、あの! 本当に私の事はお構いなく……」
「いいえ、ダメです。主の命令ですから」
「ひぇっ!?」
私を休ませてやってくれ、という主の命令を受けたこの屋敷の使用人達は真っ先に私を浴場へと連れて行った。
(まぁ、当然そうなるわよね……)
むしろ、ここまでが申し訳なくなるくらい。
湯船に浸かりお湯を流されながら思う。
何でこんな事に? このまま厚意に甘えてしまっていいのかしら?
そんな気持ちが湧いてくるけれど、湯船に浸かれるこの気持ちよさには抗えなかった。
「最初に見た時には分かりませんでしたが……」
「フェリさんってお肌、綺麗なんですねースベスベです」
「!」
一応、つい先日まで多くの人達に手厚くお世話されて来た元王女ですから、ね。
「髪の毛も埃まみれでしたけど、しっかり洗えば見事な艶が……」
「あら、本当」
話が良くない方向に向かっている気がする。
これ、私が単なる平民ではないとバレるのも時間の問題な気が……
「ご主人様はフェリさんの事をワケありの平民と仰っていたけれど、実はいい所のお嬢様なのでは……」
「……っ!」
(あぁ、ほらもう早速! どうしよう──……)
「こらこら! 詮索しないの!」
「そうでしたね」
あっさりと追求を下げたので、どうしてかという目で見たら、彼女達は言った。
「ご主人様から、詮索しすぎるなと言われているんです」
「え?」
「はしゃぎ過ぎてしまって、すみません」
(リアム殿下……)
どうやら、殿下が気を使ってくれていたみたい。
隠しキャラの王子様は随分と世話焼きなのね、と思った。
「でも、青みがかった銀色の髪はとても綺麗ですね」
「外にいると目立ちそうよねー」
(……!)
そんな会話が聞こえて来て私はハッとする。
牢屋生活と隠し通路で埃を被ってくすんでいた時は気にならなかったけれど、汚れが落ちた後の私の髪は確かに目立つ。
「……」
(この先の事を考えたら……躊躇っている場合では無いわ!)
「あの、ここまでしてもらっていて大変申し訳ないのですが、この後もう一つ頼まれてくれませんか?」
「へ?」
私のその“頼み”に使用人の皆様は目を丸くした。
────
湯浴みと頼み事を終えて、客間に戻ろうとしたら何やらいい匂いが漂って来る。
(何の匂いかしら?)
すごく美味しそうな匂い。牢屋生活になってからまともな食事を与えられていなかった私には少々刺激が強い。
思い出すのは、毎日当たり前のように並んでいた豪華な料理。
あの生活は決して当たり前なんかではなく、ふとした事でいとも簡単に崩れ落ちる生活だったのだと改めて思わされた。
「あぁ、来たか」
「え?」
客間に戻ると、テーブルの上には先程から美味しそうな匂いを漂わせていた料理たち。
「こ、これは?」
「フェリの為に用意させた」
「わ、私……の為ですか?」
「そうだが? フェリは何が好きか分からなかったし、その様子だとここ数日はまともに食べていなさそうだったからな。胃に優しい料理も作らせたぞ?」
「……」
心の底から驚いた。
隠しキャラの王子様が有能過ぎる!!
「それより、フェリ」
え? と思う間もなくリアム殿下の手が私に伸ばされる。
その手は私の髪の毛にちょんと触れた。
「髪の毛を切ったのか? 随分バッサリと……これは思いきったな」
「はい、湯浴みの後にお願いしました」
何年も長く長く伸ばして来た自慢の髪だったけれど、これからの逃亡生活を考えたらイメージチェンジをした方がいいと思った。
「そうか……」
まじまじと私の顔を見つめたリアム殿下は、髪の毛に触れていた手を離すと、そのまま優しく私の頭をポンポンすると言った。
「フェリに似合ってるよ」
「……!」
王女の私の頭をポンポンするなんてーー!
という言葉が喉まででかかったけれど、無性に照れ臭くなってしまった私は小さな声で「ありがとうございます……」とだけ口にした。
「さぁ、食事にしようか」
「は、」
ぐるるる~きゅるるる~……
「!?!?」
「ははははは! これはまたなんとも元気な返事だな」
「ちっ……違っ!! こ、これはー……!!」
私の返事は私自身のお腹の音に遮られ、リアム殿下は愉快そうに笑い出す。
「ははは!」
「笑いすぎです!!」
逃げ出した先で、まさかこんな風に笑えるなんて思ってもいなくて、私は何だかとても不思議でこそばゆい気持ちになった。
(誰かとこんな風に笑い合えるのって……楽しい事なのね)
───その頃の王宮がどんな騒ぎになっているのかも知らないまま。
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