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第10話 王子様からの話

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  少しでも自分が“フェリシティ王女”だと分からないようにと思って髪を切ってもらったけれど、きっと分かる人には分かってしまう。

  (これ以上、リアム殿下にも迷惑はかけられない)

  たった1日でも、こうして匿って貰えただけでも充分過ぎる。

「フェリ」
「は、はい」
「待たせてすまなかったな。朝食にしよう」
「は……はい」

  リアム殿下は“フェリシティ王女”の逃亡については、特にそれ以上何かを語る事もなく、あっさりと終わらせた。
  それだけ?  と拍子抜けしたけれど、我が国の人間ではないリアム殿下にとってはフェリシティ王女が逃げようとも捕まって処刑されようともあまり関係無い話なのだと気付いた。

  (私はあんな性格だったから、他国との外交の場に顔を出す事も殆ど無かった。外交にも使えない王女)

  王女という立場故に他国に嫁いでもおかしくないのに、私にあてがわれたのは公爵令息のネイサン。
  面倒な王女は他国にやってもトラブルを起こすだけ。だから、さっさとお目付け役の彼の元に降嫁させて厄介払いしてしまいたかったという事が今ならよく分かる。

  (ネイサン……)

  社交界デビューした15歳の時に彼との婚約は結ばれた。
  彼はずっと私の事が好きではなくて。いえ、むしろ嫌いで……でも、王命だから。家臣だから。向こうからは断る事が出来ないから結ばれた婚約。

  (ネイサンには不満しか無かったのでしょうね……)

  ペトラと知り合ってからは、いつも私には見せた事の無い顔ばかりをペトラに見せていて──激しい嫉妬の炎を燃やしたけれど──……
  今なら思う。

  (あれは“恋”とは違った気がする)



「……リ」

「フェリ、どうした?」

  リアム殿下のその声でハッとする。
  いけない!  朝食の席でぼんやりし過ぎていた!

  目の前のリアム殿下は心配そうな目で私を見つめている。

「食欲が無いのか?  あまり進んでいないようだが。口に合わなかっただろうか?  あぁ、それともまだ胃が……」
「い、いえ!  そんな事はありません!  今日もとても美味しいです」
「フェリ……」

  何とか無理やり笑顔を作ってそう口にしてみたけれど、リアム殿下の顔は心配そうなまま。
  そして、彼は小さくため息を吐いた後、私の目を見て言った。

「フェリ。朝食の後、話がある」
「え?  は、はい……」
「執務室に来てくれ」

  (こ、これは……!)

  ドキッと心臓が大きく跳ねる。

  やっぱり、私が誰か分かってしまった?
  このまま迷惑をかけずにここからお暇するから、黙っていて欲しい……なんてお願いするのはやっぱり我儘になるのかしら。

  (でも、我儘だと言われても……それでも死にたくない)




  朝食の後、私はリアム殿下の執務室に向かう。緊張のせいでガチガチだった。

「……」

  (よし!)

  扉の前で深呼吸してからノックをすると、殿下自身が扉を開けて招き入れてくれる。

  (え!?  他の人は?)

  驚いた事に部屋の中にはリアム殿下以外の人はいない。まさか、人払いしたの?
  これは、ますます正体がバレてしまっている予感しかしない。
  ヒヤリとした冷たい汗が背中を流れていく。

「そこに座ってくれ」
「はい……」

  さすがに、扉は完全に閉めきらないもののさすがにこれはますます緊張して来た。

「あ、あの。は、話とは……」
「ちょっと待ってくれ。何で、そんなにガチガチなんだ?  顔も強ばっているし……いいから落ち着いてくれ。話がしにくい」
「は、はい……で、で、でも……」

  そう言ったリアム殿下は、ちょっと待ってろと言って、なんと自らお茶を用意し始めた。
  その光景には緊張も忘れ、心の底から驚いた。

  (王子様が、自らお茶を入れているですって!?)

  自慢ではないけれど、私はこれまで自分でお茶なんて入れた事も無い。だって王族とはそういうものだったから。
  そう言えばリアム殿下は何かワケあってここに来ている様子。余程、王子だとバレたくないのかもしれない。

  (だからと言って貴族の当主でも自分でお茶なんて入れないと思うけれど)

  でも……と思う。
  このまま逃亡したまま生きていくには、今まで誰かがしてくれていた事、全てが自分で出来るようにならなくてはいけない。

  (私は……何も出来ない、一人で出来る事が……無い)
 
  とことん、自分の考えの甘さを突きつけられたような気がした。



「フェリ。お前はこの先どうするつもりだ?」
「は、い?」

  リアム殿下が入れてくれたお茶を飲みながら切り出された話はちょっと私が思っていた方向と違っていた。

  (あれ?  “フェリ!  お前が逃亡中のフェリシティ王女だな!”では無いの?)

「……?  何でそんな変な顔をしているんだ?」
「い、いえ、何も」

  私は、この気持ちを上手く説明出来ないので首を横に振る事しか出来ない。

「それで?  どうなんだ?  どこか行く当てはあるのか?  頼れる相手はいるのか?」
「…………いません」
「親から捨てられた、と言っていたな?」
「…………何も出来ない、要らない子なので」

  間違ってはいない。
  処刑になった理由はペトラへのいじめや王女としての素行の悪さが理由だけれど、私が何も出来ない子なのは確かだし、不要と見なされたのも間違いではない。

「……分かった」
「?」

  何が分かった……なのかしら? 
  と思ったら、リアム殿下はそのままとんでもない事を口にした。

「それなら、ここが今日からフェリの家だ」
「!?」

  思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

  (あ、危なっ……大惨事になる所だった……!)

  ケホケホとむせてしまう。

「大丈夫か?」
「だ、大丈夫……です、すみません……そ、それよりも」

  私は困惑の目をリアム殿下に向ける。
 
「何だ?」
「ここが、今日から私の家……と言うのは?」
「何だ?  不服か?」
「不服だなんて!  そ、そういう事ではありません!」

  そうじゃない。そういう意味ではない。私はそんな思いを込めて再び首を横に振る。

「ですが、私は今日、このままお暇するつもりで」
「行く当てもないのにか?」
「そ、それは……」

  例え、無謀で考え無しだと言われても、リアム殿下に……こんな怪しい私に優しくしてくれたここの人達に迷惑はかけられない。かけたけくはない。

「そんな様子なのに、ここでお前を放り出すなんて真似は俺には出来ない」
「で、ですが……私がここにいたら必ず迷惑が……」
「フェリ!」
「っ!」

  リアム殿下の真剣な瞳が私を射抜く。
  ドキンッと大きく胸が跳ねた。

「迷惑かどうかは俺が決める」
「え?」
「少なくとも俺はフェリがここにいる事を迷惑だとは思っていない」
「!」

  リアム殿下は真っ直ぐそう言い切った。

「いいか?  フェリ。俺はお前がこれまでどんな人生を歩んで来て、どんな事をして来たかは知らない」
「……」
「だが、俺はお前を悪い奴だとは思えない」
「ど、どうしてですか?」
「……」

  何故か、リアム殿下はそこで一瞬黙り込んだ。
  そして、少し間を置いてこう言い切った。もちろん顔は大真面目。

「…………勘だ!」
「!?」

  (か、勘!?)

  その言葉に驚きすぎて、ごちゃごちゃ考えていた事が全部吹き飛びそうになった。

  
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