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第9話 ペトラの思惑
しおりを挟む王宮内の誰もが、フェリシティ元王女を探せと躍起になっている。
その様子を、王太子アーロンの元を訪ねて来たペトラは微笑みを浮かべたまま黙って見ていた。
(これだけの人数が動いているんだもの。あの王女様が見つかるのも時間の問題でしょうね)
そもそも、あの王女が牢屋から逃げ出した、という事に驚いた。
「悪運が強いわね……悪役王女フェリシティ」
あの牢屋には隠し扉と隠し通路がある。きっと偶然、王女はそこを見つけた。
……そして無謀にも逃げ出した。
逃亡が発覚した時、アーロン様は隠し通路の事にまで頭が回らなかったようで、こっちが話の誘導をする事でようやくその事に気付いたみたいだった。なんて情けない。
(現実のアーロン王太子殿下って、あんまり優秀じゃない気がするわ……ゲームではもっと優秀な人に思えたのだけど)
でも、せっかくこの世界のヒロインとして転生したんだもの。絶対に幸せにならなくちゃ!
そしてなるなら、やっぱり王妃一択。
だから、迷う事もなくアーロンルートを突き進んだ。ついでに途中までアーロンと共通のイベントが多いネイサンも好感度MAXで釣れたけれど。
けれど、逆ハーなんて狙わない。
ゲームには無い余計な動きをしてシナリオを壊したり、逆ハーなんて設定に無い展開を無謀にも目指して自分が逆にざまぁされる……なんて冗談じゃないもの!
(そうしてゲームは無事にエンディングまで辿り着いたのに。まさか、最後の最後、エピローグの部分でつまづくとは夢にも思わなかった)
それまで微笑みを浮かべていたペトラは、今のこの状況を思い苦虫を噛み潰したような表情になる。
「エピローグで、悪役王女の処刑というエピソードは必須なのよ。これが起こらないと私は本当の意味で幸せになれないかもしれない……そんなの困るわ」
悪役王女フェリシティは、ハッピーエンドのエンディングに至るまでとにかくテンプレの行動ばかりしてくれた。
記憶持ちのヒロインからすれば毎日笑いが止まらなかった。
教科書を破かれようと階段から突き落とされようと、それがペトラの幸せに繋がると分かっていたから。
我儘な性格と傲慢な振る舞いで誰からも嫌われ、実の兄と婚約者からも疎まれていた王女……
なのに、本人はその自覚すらないおめでたい王女様だった。
最初は少しだけ可哀想な気もしたけれど、あまりもゲームの性格そのままだったので、そんな気持ちも直ぐに消え失せた。
だから、罪悪感を抱くことも無く、シナリオ通りに「フェリシティ王女がこの先も生きているのが怖いのです」とペトラはアーロンに訴えた。
(それで、ちゃんとシナリオ通りの展開になったのに)
「どうして突然最後の最後でシナリオが狂ったのかしら?」
アーロンルートの悪役王女フェリシティは処刑エンディングのみ。なのに、ここに来て悪役王女は逃げ出した……
ペトラにはどうしてもそれだけが疑問だった。
「ペトラ? どうしたんだい? そんな深刻な顔をして」
「アーロン様!」
そんなペトラに後ろから声をかけて来たのは、アーロン。
ペトラは即座に“可愛いヒロイン”の笑顔を張り付けて振り返る。
(私はヒロイン! 明るくて可愛くて健気なヒロイン!)
「君にそんな憂い顔は似合わないよ?」
「まぁ! アーロン様ったら」
ペトラは頬を染める。こうすると単純なアーロンは喜ぶ。
(男って単純よねぇ……)
「君がそんな顔をするという事は……フェリシティの事かい?」
「え、ええ……王宮の皆様の様子を見て、まだ、見つかっていないのね、と思いまして」
ペトラのその言葉にアーロンの顔も歪む。
どこからどう見ても実の妹に向ける顔では無い。
「そうなんだよ。そんなに遠くに行けるとは思えないのに忽然と姿を消している。逃げ出した牢屋にあった通路の中も一応調べたけど居なかったよ」
「……そうなのですね」
「ただ、通路に人が通った形跡はあったし、出口の近くにあった城壁の穴の事から考えてもやはりフェリシティは外に出ているとみて間違い無い」
「偶然にしては凄いですわね」
(あの穴は私と別の攻略対象者とのイベントの為に空く穴だったのに)
そのルートには入らなかったのに穴だけはちゃっかり空いていたらしい。
それを見つけて逃げるなんてやっぱり、悪運が強すぎる。
そんなペトラの言葉にアーロンも頷く。
「本当にそうだね。それで今朝は騎士団を動かして、貴族街の方まで注意喚起をしに行ってもらっている」
「え! 騎士団を!?」
さすがにペトラも驚いた。
騎士団まで動かすとは! これは見つかるのも時間の問題だとペトラは内心、ニヤリとほくそ笑む。
「どこに、逃げているか分からないからね。まぁ、フェリシティに手を貸す貴族なんているはずがないけれど、先手を打っておくに越した事はないだろう? だから、フェリシティはこれからあっちに逃げても無駄だ」
アーロンはニヤリとした黒い笑みを浮かべる。
「……無事に見つかるでしょうか?」
「見つかるさ。見つかってもらわないと僕も困るからね」
「アーロン様……絶対に見つけてくださいね? (私の幸せの為に)」
「あぁ」
アーロンは力強く頷いてくれたので、ペトラは任せる事にした。
(少し頼りないけれど大丈夫でしょう……)
「そう言えば、アーロン様。いつ私を婚約者として世間に公表していただけるのでしょうか?」
「あ……うん」
この質問にアーロンは困ったような表情を浮かべて目を逸らす。
(無事にゲームのエンディング通り、アーロンからプロポーズはされたわ。だけど、話がその先に進まないのは何故なの?)
ペトラは焦っていた。
このままでは、自分はただの“王太子の恋人”。これでは弱い。弱すぎる!
だから早く“王太子の婚約者”になりたい。
「……僕は王太子だからね。婚約発表も国内外、含めて色々調整が必要なんだよ」
「そうなんですか……でも、私」
ペトラは目元を潤ませ、うるうるした瞳を見せつける。
けれど、いつもなら瞬時にペトラに対して甘くなるアーロンも今回ばかりは無理だった。
「それに、特に今は隣国のリュキアード国の……」
「え?」
「何でも無い。でも、調整は進めているから心配しないで待っていてくれ」
「……分かりましたわ」
ペトラは内心に渦巻く黒い気持ちを隠して華のような笑顔で微笑んだ。
(───あぁ、きっと思った通りに物事が進まないのは、やっぱりフェリシティ王女のせいに違いないわ!)
イレギュラーな事が起きて物語がストップしてしまったに違いない。
ペトラはそう考える。
つまり、フェリシティ王女さえ無事に見つかって処刑されてこの世界から消えてくれれば、約束された幸せに向かってシナリオは動き出すはず!
だから、お願いよ。フェリシティ王女。
私の幸せの為に早く戻って来て…………そして、さっさと処刑されて頂戴。
この世界のヒロイン──ペトラはそう願った。
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