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11. 私の決意

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「す、すまない。その、ようやくユディットに会えた嬉しさでつい暴走してしまった」
「殿下……」
「そ、そろそろ行こうか?  こ、講師の部屋まで!  い……一緒に!」
「ふふっ」

  殿下が顔を赤くしたまま、ぎこちなく手を差し出してくれたので、私も微笑みながらそっとその手を取った。


───

「私があの時間に王宮に着くことをご存知だったのですか?」

  私達は手を繋いで、お互いの近況などを話しつつ私が講義を受けることになっている部屋まで一緒に歩いていた。
  
「いや……今朝、昼過ぎからユディットがお妃教育を再開すると聞いて、昼食後からずっとあそこで待っていた」
「えっ!  公務はどうしたのですか?」
「僕の分は全て午前中に全力で片付けた!  残りはローラン達の仕事だ。今頃後処理に追われているかな」

  殿下がとても爽やかな晴れ晴れとした表情で言い切った。

  (……お、お兄様)

  普段と違うスピードで仕事を回されたなら、それはそれは大変なのでは……
  また、悪魔が……とか言いそう。
  私が内心でお兄様達に同情していたら、殿下が頬を染めながら言う。

「だって……ユディットに早く会いたかったんだ」
「殿下……!」

  どうしたらいい?  殿下が可愛いの……犬みたい……
  垂れた耳の幻覚が見えるわ……!

「毎晩、毎晩、ユディットのことを夢に見ては早く本物に会いたいと思っていたんだ」
「ま、いばん……?」
「うん。だって僕がユディットの事を考えない日は無いからね」
「~~~!」
  
  殿下は甘く微笑むと、私の頬をそっと撫でた。おかげで一気に私の頬が熱を持つ。

「……ユディット、可愛い」
「っっ!」

  どうして殿下は、すぐこういう事を恥ずかしげもなく口に出来るの?  …………もう!

「…………簡単に会いに行こうと思えば行ける距離にいるのに」
「え?」
「だからこそ、会えないのが余計にもどかしかったよ」
「殿下……」

  殿下が、さっきまでの笑顔から一転、少し寂しそうに笑ったので胸がキュッとなった。

  (そうよね……)
 
  殿下と王女は、昔から互いに頻繁に国を行き来していたと聞いている。
  それでもやはり距離は遠かったはず……だからクーデターの時も殿下は何も出来ずに……

  (あぁ、もしかして、殿下は自分を責めているのかも)

  ジュディス王女が苦しんでいるであろう時に自分は何も出来なかった……と。
  悪いのはクーデターを起こした人達で、殿下がそんなにも思い悩む必要なんてないはずなのに!

  そう思った私は力を込めてギュッと殿下の手を握る。

「ユディット?」
「……私、はここにいます」
「え?」
「私は、これからも殿下の……お側にちゃんと……います、から!」
「ユディット……」

  この一年間の私は、ジュディス王女の事に思い悩んで、何度も殿下から離れるべきだと考えてばかりだった。
  大事な人を突然に……それもあんな理不尽な形で亡くしてしまう……そんな辛い思いをした殿下には、私みたいな政略結婚で決められた相手ではなくて、また恋をして好きになった人と結ばれて欲しいって。
  
  (ジュディス王女だって、きっとそう願っていると思ったから)

  でも、今は身を引くのではなく、私がその相手になりたい。強くそう思っている。

「…………側に?  ……ユディット、が?」
「はい!」
「……っ!」

  殿下が足を止めるとそっと私を抱きしめた。
 
  (……あ、殿下の身体が……震えている)

  ジュディス王女を想って泣いているのかもしれない。
  そう思った私は自分の腕を殿下の背中に回してそっと優しく抱きしめ返した。
  そして思う。

  (……立ち直っているように見えて、たまにこんなにも脆くなってしまう殿下にロベリアを会わせるわけにはいかないわ)

  何を考えているのかは分からないけれど、あの容姿で殿下の大事な思い出に土足で踏み入るような真似だけは絶対に許さない!

  私は密かにそう決意した。


❋❋❋


  お父様の命令を受けた使用人達は、私とロベリアが顔を合わせないようにとかなり徹底してくれていた。

  (びっくりするくらい会わないわ……!)

  あまりにもロベリアと会わないので、ついついお兄様に「まだ、我が家にいるんですよね?」と、聞いてしまったわ。
  反省しているのかいないのか……お兄様の話だと、あれから彼女はずっと大人しく部屋にこもっているそう。

  (それはそれで不気味……)



  そんなちょっと不安は残りつつも、平穏な日々を送っていたその日……

「───え?  殿下が倒れた!?」

  朝、仕事のために王宮に行ったはずのお兄様が何故かすぐに慌てた様子で帰ってきた。
  そして、私を呼ぶと殿下が倒れたんだ……と口にした。

  (殿下が?  嘘でしょう!?)

  私の顔からどんどん血の気が引いていく。
  動揺した私はお兄様に詰め寄った。

「ど、どうして!?  病気?  怪我?  よ、容態は……!?」
「お、落ち着け、ユディット。殿下は大丈夫だ……い、命に別状はない!」
「で、で、ですが……!」

  私は取り乱してしまい、お兄様がとにかく落ち着かせようとする。

「ユディット!  殿下は何かの病気になったわけでも怪我したわけでもない……過労……疲れが溜まっていたらしい。それで熱が出て寝込んでいる」
「……それでも苦しんでいるではありませんか!」

  私はいても立ってもいられず、お見舞いに駆けつけようと部屋を飛び出した。
  
「ま、待て!  ユディット!  会いに行った所で……」
「それでも構いません!  だって私は殿下の側にいると約束しました!」

  会えなくても構わない。ただ、近くにいたい。
  せめて殿下が目覚めた時、すぐに駆けつけられる距離にいたい!

「ユディット!  いくら病気ではないからお前に移らないとしても、だ。お前だって無理して倒れたらどうす────」
「───平気です!  自慢ではありませんが、私はで、それが取り柄だったんですから!」
「……え?  元気って、あ、お、おい……ま、待て!  ユディット……!!  お前……」

  そうして私はお兄様の制止の声を振り切って、殿下の元へと駆け付けた。


  ────この時、自分が何を口走っていたのかも気付かずに……



  お兄様を振り切って王宮に着いた私は、てっきり別の部屋で待たされると思ったのに、何故か殿下のそばに通された。
  不思議に思ったけれど、その理由は部屋に入ってすぐに分かった。

「……ユディ……ット……」
「!」

  熱にうなされている殿下が、苦しそうな声で私を呼んでいた。

「……殿下はこのように倒れてからずっとユディット様の名前をうわ言のように呼んでいます」
「ずっと?  ですか」
「はい。ずっと、です」

  (ジュディス王女ではなくて、私を呼んでくれるの?)

  その事に泣きそうになった。
  
「近くに寄っても大丈夫ですか?」
「はい」

  その言葉を受けて私は殿下の眠るベッドの傍らに静かに腰を下ろす。
  そして、殿下の手を取りそっと握る。殿下の手はとても熱かった。

  (昔、こうして手を握られるのが安心出来て好きだったわ……)

   自分で言いながら、あれ?  と思った。
   手を握られるのが好きだったの?  私……

「……うっ」
「で……バ、バーナード様!  大丈夫ですか!?」

  殿下が苦しみ出したので、さっき浮かんだ疑問は頭の隅に追いやり、慌てて殿下に声をかける。
  普段は恥ずかしくて“バーナード様”とは呼べないけれど……今なら。

「……くっ……うぅ……」
「バーナード様!」
「ユディット……」

  殿下はまた、苦しそうな声で私の名前を呼んだ。
  私はそれに応えるようにギュッと殿下の手を握る。

  (早くあなたが元気になりますように)

  そして、また甘く優しい顔で私に微笑んで?

  ───そう思った時だった。

「……ユディ……ごめ……」
「え?」
「……嘘を……僕…………ごめん」

    (────嘘?  なんの事……?)

「ごめん……ユディッ……ト、君を……」
「───……?」

  何を謝られているのか分からず、私はその場で固まった。
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