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「わたしを傷付けまいと、そのようなこと……でも、真に愛する人を傷付けては、本末転倒なのでは?」
「真に愛しているのはきみだ。だから誰より、傷付けたくない。こんなよく知りもしない令嬢と、ぼく。どちらを信じる? 考えるまでもないだろう?」
「……そうですね。最初は信じられませんでした。でも……」
「でも?」
「わたしの屋敷の者ではなく、あえて第三者の立場である探偵を雇い、この数ヶ月、あなたの素行調査をしてもらっていました。だからもう、嘘なんてつかなくてよいのですよ」
ベイジルは「は?」と、目を剥いた。
「素行調査? なに勝手なことをしているんだ。それは、ぼくに対する裏切り行為だろ」
怒気を含んだ声色に、わたしだって、とクラリッサは呟いた。
「……わたしだって、こんなことはしたくありませんでした。でもネリーさんが、学園でいきなり、あたしとベイジル様は愛し合っているなんて言ってきて……信じたくなくて」
ベイジルは横目でギロリとネリーに鋭い視線を送り「どうして真っ先に、ぼくに相談してくれなかったんだ」と、クラリッサに静かな怒りをぶつけた。
「あなたは優しくて、きっとわたしを傷付けまいと、本心を隠すと思ったから……」
はあ。ベイジルは大きくため息をついた。
「きみはぼくが大好きだからね。ぼくのために行動してくれたことには感謝してる。でも──まあ、うん。わかった、浮気していたことは認めるよ。けど、誤解しないでくれ。あくまでネリーとは遊びで、本気じゃなかった」
ネリーは、そんな、と目に涙を浮かべた。
「……ひどい。あ、あんなにあたしだけを愛してるって言ってくれてたのに」
慌てたようにフォローしはじめたのは、クラリッサだった。
「ネリーさん。ベイジルはわたしを傷付けまいと、心にもないことを言っているだけです。信じないで」
「……クラリッサ! きみは誰の味方なんだ!」
「もちろん、あなたです。ごめんなさい、ベイジル。あまりにわたしの魅力がないせいで、あなたに浮気をさせてしまいました。わたしはあなたの隣にいる資格はありません」
「……確かに、ネリーの方が愛嬌はあるし胸も大きいさ。でも、女性の魅力はそれだけで決まるものじゃないだろ? それに、もっと努力すればきみもきっと、素敵な令嬢になれるよ。だろ?」
「優しいあなた。わたしは、わたしのせいであなたが不幸になるのが耐えられないのです」
「不幸になんてならない。嫡男がいないモンテス伯爵の令嬢のきみと結婚すれば、ぼくはいずれ、領主になれる。貴族の次男として生まれてしまったぼくにとって、これほど嬉しいことはない」
クラリッサはあからさまに、しゅんと肩を落とした。
「……やはり、そうだったのですね。あくまでそれが目当てで、わたしのことなんか愛してなどいない……」
しまったとばかりに「い、いや。ちゃんと愛してるよ」と、ベイジルが慌てる。
「ならば浮気など、するはずがありません。わたしという婚約者がいながら、真面目なあなたがネリーさんと男女の関係になったのは、ネリーさんが、運命の相手だったから」
「……だ、抱いてくれと泣かれたんだっ。ぼくは女性の涙に弱くて……つい」
ネリーが「どうしてそんな嘘をつくのですか」と、呆然とする。
「先に好きだと言ってくれたのも、口付けをしてくれたのも、ベイジル様ではありませんか。愛してるからあたしは身体を許したのにっ」
ベイジルは、黙れ、と冷たく吐き捨てた。ネリーが、びくっと肩を揺らす。
「クラリッサ。同情から仕方なくとはいえ、他の女性を抱いてしまったこと、すまないと思っている。もうこんな女とは縁を切るから、どうか許してほしい。これからはきみだけを愛すると誓うよ」
嬉しい。という言葉がクラリッサから出てくるものとばかり思っていたベイジルは。
「──ならば、ネリーさんと婚約してください。そうしたら、あなたを許します」
という意味不明な提案に、目を点にさせた。
「……なんだって?」
「わたしとの婚約を解消し、ネリーさんと婚約してください。そしたら慰謝料も請求しません」
「……はは。冗談」
「冗談などではありません。わたしはあなたに幸せになってもらいたい。そのためなら、なんでもします」
「……だから。ぼくはきみと結婚することで幸せになれるんだってばっ」
「愛はお金では買えないのです」
「きみを愛していると言っているだろう!」
「ならば浮気なんて、あなたはしません」
「ぼくは優しいから、ネリーの誘いを断れなかっただけだ。何度も言わせないでくれ」
苛ついてきたベイジルに、困りました、とクラリッサが呟いた。
「なにを困ることがある。ネリーとは遊びであって、ぼくが愛しているのはクラリッサだ。予定通り、ぼくときみは結婚して、幸せになるだけだよ」
「わたしはもう、あなたと別れる覚悟をしてきたのです」
ベイジルが、ふっと優しく笑う。
「その必要はないって、理解しただろう?」
「でも。あなたとネリーさんが心から愛し合っていること。丁寧に丁寧に綴った手紙を、お父様とロペス伯爵に、もう送ってしまいました」
ベイジルは「……はあ?」と、顔を大きく歪ませた。
「真に愛しているのはきみだ。だから誰より、傷付けたくない。こんなよく知りもしない令嬢と、ぼく。どちらを信じる? 考えるまでもないだろう?」
「……そうですね。最初は信じられませんでした。でも……」
「でも?」
「わたしの屋敷の者ではなく、あえて第三者の立場である探偵を雇い、この数ヶ月、あなたの素行調査をしてもらっていました。だからもう、嘘なんてつかなくてよいのですよ」
ベイジルは「は?」と、目を剥いた。
「素行調査? なに勝手なことをしているんだ。それは、ぼくに対する裏切り行為だろ」
怒気を含んだ声色に、わたしだって、とクラリッサは呟いた。
「……わたしだって、こんなことはしたくありませんでした。でもネリーさんが、学園でいきなり、あたしとベイジル様は愛し合っているなんて言ってきて……信じたくなくて」
ベイジルは横目でギロリとネリーに鋭い視線を送り「どうして真っ先に、ぼくに相談してくれなかったんだ」と、クラリッサに静かな怒りをぶつけた。
「あなたは優しくて、きっとわたしを傷付けまいと、本心を隠すと思ったから……」
はあ。ベイジルは大きくため息をついた。
「きみはぼくが大好きだからね。ぼくのために行動してくれたことには感謝してる。でも──まあ、うん。わかった、浮気していたことは認めるよ。けど、誤解しないでくれ。あくまでネリーとは遊びで、本気じゃなかった」
ネリーは、そんな、と目に涙を浮かべた。
「……ひどい。あ、あんなにあたしだけを愛してるって言ってくれてたのに」
慌てたようにフォローしはじめたのは、クラリッサだった。
「ネリーさん。ベイジルはわたしを傷付けまいと、心にもないことを言っているだけです。信じないで」
「……クラリッサ! きみは誰の味方なんだ!」
「もちろん、あなたです。ごめんなさい、ベイジル。あまりにわたしの魅力がないせいで、あなたに浮気をさせてしまいました。わたしはあなたの隣にいる資格はありません」
「……確かに、ネリーの方が愛嬌はあるし胸も大きいさ。でも、女性の魅力はそれだけで決まるものじゃないだろ? それに、もっと努力すればきみもきっと、素敵な令嬢になれるよ。だろ?」
「優しいあなた。わたしは、わたしのせいであなたが不幸になるのが耐えられないのです」
「不幸になんてならない。嫡男がいないモンテス伯爵の令嬢のきみと結婚すれば、ぼくはいずれ、領主になれる。貴族の次男として生まれてしまったぼくにとって、これほど嬉しいことはない」
クラリッサはあからさまに、しゅんと肩を落とした。
「……やはり、そうだったのですね。あくまでそれが目当てで、わたしのことなんか愛してなどいない……」
しまったとばかりに「い、いや。ちゃんと愛してるよ」と、ベイジルが慌てる。
「ならば浮気など、するはずがありません。わたしという婚約者がいながら、真面目なあなたがネリーさんと男女の関係になったのは、ネリーさんが、運命の相手だったから」
「……だ、抱いてくれと泣かれたんだっ。ぼくは女性の涙に弱くて……つい」
ネリーが「どうしてそんな嘘をつくのですか」と、呆然とする。
「先に好きだと言ってくれたのも、口付けをしてくれたのも、ベイジル様ではありませんか。愛してるからあたしは身体を許したのにっ」
ベイジルは、黙れ、と冷たく吐き捨てた。ネリーが、びくっと肩を揺らす。
「クラリッサ。同情から仕方なくとはいえ、他の女性を抱いてしまったこと、すまないと思っている。もうこんな女とは縁を切るから、どうか許してほしい。これからはきみだけを愛すると誓うよ」
嬉しい。という言葉がクラリッサから出てくるものとばかり思っていたベイジルは。
「──ならば、ネリーさんと婚約してください。そうしたら、あなたを許します」
という意味不明な提案に、目を点にさせた。
「……なんだって?」
「わたしとの婚約を解消し、ネリーさんと婚約してください。そしたら慰謝料も請求しません」
「……はは。冗談」
「冗談などではありません。わたしはあなたに幸せになってもらいたい。そのためなら、なんでもします」
「……だから。ぼくはきみと結婚することで幸せになれるんだってばっ」
「愛はお金では買えないのです」
「きみを愛していると言っているだろう!」
「ならば浮気なんて、あなたはしません」
「ぼくは優しいから、ネリーの誘いを断れなかっただけだ。何度も言わせないでくれ」
苛ついてきたベイジルに、困りました、とクラリッサが呟いた。
「なにを困ることがある。ネリーとは遊びであって、ぼくが愛しているのはクラリッサだ。予定通り、ぼくときみは結婚して、幸せになるだけだよ」
「わたしはもう、あなたと別れる覚悟をしてきたのです」
ベイジルが、ふっと優しく笑う。
「その必要はないって、理解しただろう?」
「でも。あなたとネリーさんが心から愛し合っていること。丁寧に丁寧に綴った手紙を、お父様とロペス伯爵に、もう送ってしまいました」
ベイジルは「……はあ?」と、顔を大きく歪ませた。
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