Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第二部

50.緊張 1

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 十一月の末の週末。東京。

 全日本ジュニア一日目は、開会式と抽選で始まった。それが終わると僕たちは宿泊先へと移動した。西日本の時もそうだったけれど、どうして開会式と抽選だけのことがこんな夜に行われなくちゃならないのか。不思議に思いながら、電車に乗った。宿泊先についた時にはすでに夜の九時を過ぎていた。

 僕は南場さんと相部屋だった。
 部屋に入って荷物を整理していると先生が訪ねてきた。僕と南場さんは扉のところまで呼び出される。

「いい? 男二人になったからって、飲酒とか絶対にしないでよ」
 旅行気分で羽目を外すことのないようにとの注意が、先生たちの間で回っているらしい。こんな日に羽目を外すなんて僕にはとても考えられない。南場さんは分かってますよと慣れた風に答えていた。
「それから、陽向ちゃんのお部屋にはぜっっったいに入らないでよ」
「分かってますよ」
 再び南場さんが答えると、
「あなたは分かっているかもしれないけど、制覇君は初めてだから」
 と言って僕に厳しい顔を向けた。
「陽向ちゃんが来ても絶対に入れちゃだめよ。他にも何か困ったことがあったらまず私を呼びなさいね」

 そう言って先生は自分の部屋番号をメモして僕たちに渡した。先生と陽向さんは、僕たちとは違う階にそれぞれ個室を取っているらしい。陽向さんのお母さんも一緒に東京まで来ていて、すぐ近くの別のホテルに泊まっているらしかった。

 先生が帰ってから布団に入るまで、僕と南場さんの間には先生が心配するような羽目を外すイベントは当然何も起こらなかった。真面目に翌日の準備をして、普通に電気を消した。
 南場さんとはリンクでみんなといる時は普通に仲良くやれているのだけれど、実はまだなんとなく完全に打ち解けられずにいた。
 最初の時の印象をまだ引きずってしまっているんだろうか。真面目にしていなければ、とがめられるような気でもしてしまうのだろうか。
 布団にもぐってからも、僕は彼と二人で同じ部屋にいる緊張感に包まれていた。試合前なんだし、とにかくちゃんと眠らなくてはと思いながら、じっと静かにしていた。
 しばらくして、南場さんの声がした。
「寝た?」

 正直に答えていいものか悩みながら返事をした。
「……起きてますよ」
「最近、調子どう?」
「……まあまあです」
「まあまあって……勝てそうなの?」
「……勝つつもりでやろうとは思ってます」
 当然そのつもりでやってきた。

「勝てたら、点数によっては世界ジュニアか」
「そのつもりみたいですけど」
「そうなったらまずミニマム取りにトルン杯か」
「多分。よく分かんないですけど」
 ミニマムというのはミニマムスコアのことで、世界選手権へ出場する資格として最低取らなくてはならない点数のことだ。どの大会の点数でも有効というわけではなく、ちゃんとした国際大会で取る必要があるため、この時期からとなるとトルン杯に行く必要があった。
 といっても僕にとって全日本は流斗に勝つまでの道のりとして明確なイメージのあるものだけれど、そこから先についてはほとんど何のイメージもなかった。

「受験生だったよな」
 話が飛んだ。
「はい」
「進路決まってんの?」
「一応。西日本の結果と全日本出場決定ってことで、陽向さんの学校から推薦の内定はもらえたんですけど」
「へー。いいね」
「でも、今回の結果に授業料免除が取れるかどうかがかかってて。もし取れなかったら、うちの都合で辞退しなくちゃならないことになってます」
「ふーん」
 そのあと再び沈黙が訪れた。僕はなるべく早く寝ようと思いながら薄暗い天井を見つめていた。

 あれからかなり滑り込んだつもりだ。西日本の点数から考えてももうここから先は自信を持って本番に挑むしかないというのに、いよいよ直接対決をする日が来るのだと思うと胸の奥のざわめきを抑えることは簡単ではなかった。


 緊張の中迎えた翌日のリズムダンス、僕たちは3・24差で負けた。僕たちの点数が伸びた以上に相手の点数が伸びていた。西日本の時には、失敗しなければ彼らより高い点がついたのではないかと言われていたのに、それが三点以上もの差をつけられてしまったということに僕は穏やかではいられなかった。

 でも先生は想定内というように言った。
「もともと神宮路・蒼井組は、どちらかというとリズムダンスの方が得意なのよ」

 流斗たちは、チャチャコンゲラートからルンバへと曲を変えて滑った。ラテンというのは明るくはじけたもだと思っていたのに、僕たちの使ったチャチャとはかなり印象の違う、大人しくて、少し重たいプログラムだった。
 勢いや派手さはない代わりに、細かい所まで丁寧で伸びのある彼らの滑りは、よく曲にマッチしていた。
 その動きには、僕の目を引きつけて離さない何かがあった。きわどいカーブを二人はお互いに大きく回り込んでいく。取り立てて難しいステップではないというのに、ぞわっとした。

「こんなに点数を伸ばしてくるなんて。滑走力のわりには、しっかり仕上げてきたわね。ダンス歴が長いだけあってさすがツボを心得てるわ。でも三点なら、フリーで十分巻き返せる点数よ。勝負は明日。がんばりましょう」
 陽向さんも、気分を切り替えて明日に備えましょうと言った。

 先生も陽向さんも、二日に分けて勝負するこの形式での戦い方に慣れているのかもしれない。どの程度の点差がどの程度翌日に響くのか、計算もできているだろうし、翌日のために気分を変える大切さもよく分かっているだろう。僕にはこれを平然と受け止めている先生と陽向さんが不思議だったけれど、彼女たちが明日巻き返せるというのであればそうなのかもしれないと漠然と思い、そうやって漠然と不安を消す程度のことを気分を変えていると捉えその場をやり過ごした。

 観客席に移ると、向かいの席に果歩が座っているのが見えた。わざわざ応援のためだけに来たと知って、陽向さんは少し驚いていた。

 男子ジュニアが始まると、陽向さんは時おり選手の下の名前を呼び捨てでコールした。まわりの席に座っている子たちも、知っている子が出ると同じように叫んでいた。


 そして、南場さんと二人きりで過ごす二回目の夜が訪れた。フリーが翌日に控えているというだけでも落ち着かないのに、リズムダンスの結果について何か言われるんじゃないかと思うと気が重かった。
 部屋に入ってからずっとドキドキしながら二人の時間を過ごして、結局何も言われずに電気を消すことができた。
 寝たふり、寝たふり。そう思って息を殺した。
 しばらく経って、南場さんがぽつりと言った。

「誰にも言ったことがなかったんだけど、俺、陽向のパートナーに誘われてたんだよ」
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