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血吸い花
仕事の終わりはお別れの合図
しおりを挟む話は終わったとばかりに立ち上がった呂希さんは、私の手を優しくひいて立たせてくれた。
「お疲れ様、呂希。支配の蠱毒は、呪具としては影響する範囲が狭くこれ自体はあまり力は強くないが、かなり陰湿な類のものだ。遺物のせいで不幸になったものたちのことを考えれば、回収してくれたお前の行動は、遺物そのもの以上の価値がある」
「つまり、何が言いたいの、摂理?」
「謝礼は、八百万。いつもの口座に振り込むように指示しておく」
「それはどーも」
「新しい依頼については、メールで送っておくから、見ておいてくれ」
「えぇ、嫌だよ。働いたばっかりなんだよ、僕。今回の八百万円で、杏樹ちゃんとバリ島にでも旅行に行くから」
「バリ島で八百万じゃ、ものすごく豪遊できるわよ、呂希ちゃん。それこそ、王様みたいな。お土産よろしくね」
マリアンヌちゃんが「杏樹ちゃんも、またきてね、それじゃあねぇ~」と手を振ってくれるので、私はペコリとお辞儀をした。
呂希さんんや摂理さんの話は半分ぐらいしか理解できなかったけど、元々私は部外者なので、口を挟んだりはしなかった。
それにーー呂希さんは、仕事があったから、私のそばにいてくれたのかもしれない。
支配の蠱毒という、よくないものを回収するために、それが私の通っている学校にたまたまあったから、私の家に滞在していたのかもしれない。
これで、呂希さんとお別れなのかなと思うと、胸にぽっかり穴が空いたような喪失感が、体を支配して頭が働かなくなってしまった。
夜の街を、バイクで駆ける。
制服のスカートや、赤みを帯びた長い髪が風に靡く。
目まぐるしく景色が変わっていき、気づけばいつものアパートの前に、辿り着いていた。
「杏樹ちゃん、疲れたでしょう。お風呂に入ろ。一緒に入る? 杏樹ちゃんの家のお風呂、杏樹ちゃんが僕の膝の上に座れば、ぎりぎり一緒に入れる気がする」
ヘルメットを外した呂希さんが、いつものようにふにゃりと笑いながら言った。
アパートの自転車置き場に雑にバイクを突っ込んで、私のヘルメットも外すと、座席の上に適当に置いた。
高そうに見えるけれど、あんまり大切にしていないように見える。
依頼の謝礼に八百万円と言っていたし、私とはお金の感覚が違うのだろうと思う。
「呂希さん、……お仕事、終わったんじゃないですか。だから、帰るんじゃ……?」
「え、え、なっ、なんで? 仕事は、杏樹ちゃんと僕の関係には、なんの関係もないっていうか……! 仕事なんておまけみたいなものだし、そんなのどうでも良いっていうか……でも、そうすると無職になっちゃうから、僕が無職だと杏樹ちゃんに迷惑かけちゃうし、格好悪いから、どうでも良いわけじゃないんだけど。ともかく、そういうことだから」
「呂希さんは、さっきの、遺物っていうんですか、あれ。あのこわいものを回収するために、私と一緒にいたんですよね? 私が襲われることを心配して、守るために……だから、もう、安全になったから、お別れなんじゃないかと、思って」
私と呂希さんは、住む世界が違う。
私はただの人間だし、何の力もないし。呂希さんの食糧になることはできるかもしれないけれど、それは私じゃなくても良いはずだ。
呂希さんが私の部屋で暮らすようになって、少し困ったような気がしたこともあったけれど。
でも今は、寂しいと思ってしまう。
化け物に襲われたのは怖かったけれど、でも、それでも。
一緒にいたいと思ってしまうのは、日常生活とはかけ離れた光景を見たから?
自分も特別の仲間入りができた気がしたみたいで、嬉しかったから?
何もできないくせに。
私、……馬鹿だ。
「嫌。絶対に嫌。杏樹ちゃんは、死にかけてた僕を助けたんだから、責任とって。最後まで、僕と一緒にいて」
「……え?」
「僕に君の血の味を覚えさせた罪を償ってね、杏樹ちゃん。それに……まだ、終わってないから」
呂希さんは、小さな声でそう呟いた。
そして、やや強引に私の手をひいて、アパートの階段を上がる。
部屋の前までたどり着くと、銀色の髪をしたスタイルの良い異国の男性が、壁に背を預けて立っていた。
二十代後半程度に見える整った容姿をした男性は、呂希さんと私を一瞥すると「迎えにきましたよ、お二人とも」と、落ち着いた声音で言って、礼儀正しく立礼をした。
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