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 グレイ先生や騎士科の皆さんが警護についてくれている校外学習用の遺跡は、遥か遠い昔は王家の宝物庫の役割をしていたのだという。
 石を積み上げた三角錐の巨大な遺跡で、遠目にみると森の中に唐突に現れた三角形の石、といった感じである。
 今は中の宝物は皆別の場所に移し、伽藍洞になったそこに魔物が湧き始めたので、王家の管理で定期的に魔物討伐を行っていたが、それならばと学園の実習場所に使用し始めたそうだ。
 崩落したり古くなった場所は作り直し、大型の魔物は取り除き、迷いやすい道には行き止まりの表示を置いている。まさに至れり尽くせりの最下部まで一本道。何の問題もない探索場所である。

「アリスベル君とコゼット君は、一番最後だな。他の生徒達が君たちの為にある程度魔物は取り除き、足場も確認している。問題は起こらないだろうが、何かあれば道標石の魔法を使うと良い。君たちの場所は常に把握しているし、道標石の魔力が発動すれば、何かあったと判断してすぐに救助に行く。……焦らず、ゆっくりいっておいで」

 グレイ先生が、学園出発時に持たされ、各々首から下げているアミュレットについて説明してくれる。
 一度その説明は聞いていたが、念のためにもう一度丁寧に教えてくださると、グレイ先生は遺跡の入り口に視線を送った。
 円錐形の真ん中に入り口があり、ぐるぐると回るように進んで行って中心部に宝物庫がある。
 そこが目標地点で、事前に置いてある遺跡踏破の証明書を持ち帰ってくるのが目的だ。実力のある男子生徒などは、開始時刻きっかりに遺跡に入りものの小一時間程で戻ってきている。
 既に帰ってきている生徒の姿があるぐらいに私達が遅くなってしまったのは、主にコゼットのせいである。
 昨日カードゲームでクロード先輩や他の騎士科の先輩方、それからシャルルからゴールドを勝ち取ったコゼットは、もう少し増やしたいと言って私達の制止もきかずに食堂で歓談していた騎士科の先輩方のところに突撃しに行った。私たちは先に寝てしまったけれど、その後騒ぎに気付いたオスカー様に怒られ、クロード先輩に担ぎ上げあげられて部屋に放り込まれるまで、集まってきた先輩方相手にカードゲームをしていたようだ。
 コゼットの一人勝ちだったというところまでば良いのだけれど、遅くまではしゃいでいたコゼットは朝になっても中々起きなかった。
 身支度をすませて起きるのを待っていたのだけれど中々目覚めず、シャルルが耳を引っ張り、私が足を引っ張り、くすぐり、叩き、つねり、大声で名前を呼ぶといった激しい戦いのあとやっと起きてくれた。
 そんなわけでコゼットの準備が整った頃にはすっかり他の生徒達は出かけてしまった後だった。
 それなのに遅くなってしまった私たちに、焦らずゆっくり行ってきて良いと言ってくれるグレイ先生の優しさが身に染みる。申し訳なくて小さくなっている私の隣で、コゼットが腕を振り回した。

「安心してください、アリスベル様は私が守りますから! この間鍛冶屋さんで作って貰った、蛸モップ一号の威力をいまこそ見せる時です!」

「蛸、モップ一号?」

 訝しそうにグレイ先生が言う。
 なんだかグレイ先生が口にしてはいけない言葉のような気がして、私は慌ててコゼットの口を塞いだ。
 もしかしなくてもそれはお兄様が武器屋さんに頼まれて作った、巨大蛸の触手を材料にした魔法武器である。
 心配だ、コゼットもお兄様も悪い人たちじゃないけれど、とても心配だ。

「大丈夫なのかしら、不安だわ……」

「大丈夫ですよぅ、シャルル様。帰ったら青毒蛙の卵パーティしましょうね~!」

「だから、それは嫌なんだってば! 美味しくても嫌なのよ、蛙のところが特に嫌なの!」

「食わず嫌いはいけませんよシャルル様、大きくなれませんよ~! ものの本によれば、青毒蛙の卵には成長促進効果があると言われています」

「……本当に?」

「嘘ですけど」

 見送りに来てくれていたシャルルは、無言でコゼットの頬を捻った。
 痛い痛いと騒ぐコゼットを、既に証明書を持って帰ってきた他の生徒たちが何事かと眺めている。
 私は二人の間に割って入りながら、ぺこりとお辞儀をした。

「それじゃあ、行ってきますわ。あまり遅くなって皆さんを待たせるのはいけませんし。コゼット、行きましょう」

「はい、アリスベル様!」

 コゼットは頬をつねろうと躍起になっているシャルルの両手から簡単に体をすり抜けさせた。
 コゼットに攻撃を仕掛けていたシャルルは体勢を崩して転びそうになる。すかさずそこに、救いの手が伸びる。
 それは今までどこにいてどこから現れたのかはよく分からないが、ともかくティグレ様だった。
 普段あまり動き回っている印象はないので忘れがちだが、ティグレ様も半獣族の血が流れている。当然、レオン様と同じように身体能力が高い。
 転びかけたシャルルを簡単に受け止めると、にっこりと微笑んだ。

「シャル、大丈夫ですか、怪我は?」

「いつからよ、どこからよ、どこにいたのよ!」

 ティグレ様の腕の中でじたじた暴れながら怒るシャルルをしばらく眺めていたけれど、あまりゆっくりしてもいられない。
 私たちは遺跡に向かった。
 シャルルが「頑張ってね!」と大きな声で言ってくれるので、振り返るとコゼットと一緒に手を振ってこたえた。

 遺跡の中はしんと静まり返っている。
 所々に空いている窓ガラスのない明り取りの窓、というよりは穴から、明るい日差しが入ってきている。
 遺跡内部の石は日差しと風が入るからだろうかよく乾燥しており、歩くと靴底がかつんかつんと音を立てた。

「やっぱりティグレ様追ってきてましたね~、そうじゃないかと思ってました。もう少し眺めてたかったですねぇ、痴話喧嘩」

「コゼットも、あれは痴話喧嘩だと思っていたのね」

「痴話喧嘩以外のなにものでもないじゃないですか。シャルル様って怒っても子犬がきゃんきゃん言ってみたいで可愛いんですよね」

「シャルルに聞かれたら怒るだろうけど、同感だわ」

 私が頷くと、コゼットは「ですよね!」と明るく言った。

「レオン王子も、ティグレ様のような人だったら良かったのに。そうしたら、アリスベル様は思い悩まなくても大丈夫でしたよね。でも、それじゃ私はアリスベル様と仲良くなれなかったかもしれないし……、悩ましいところですぅ」

「最初は色々あったけれど、私はコゼットと仲良くなれて良かったと思っているわ」

「アリスベル様~!」

 コゼットが腕に絡みついてくる。
 ちょっとだけ歩きにくい。

「私はアリスベル様が大好きですし愛してますけど、私としては、だからといってアリスベル様のお邪魔をしたいというわけでもなくてですね? アリスベル様が騎士科学科長様のことが好きなら、きちんと身を引いて全身全霊をかけて応援しますので、安心してくださいね! コゼットちゃんは邪魔王子と違って未練たらしくない良い女なので!」

「コゼットが素敵な女性ということは分かっているわ。……でも、そんな、私 ……」

「食堂に騎士科学長様が現れた時のアリスベル様ってば、それはもう可愛かったですもん。よっぽど会いたかったんだなぁ、って感じでしたよ。かなり、とても、物凄い羨ましいですけども! でも男女の愛情よりも女同士の友情の方がずっと強いので、ずっとお友達でいられるので、私は考え直したと言うわけです。シャルル様と私は、ずっとアリスベル様のお友達ですよ。おばあちゃんになっても、一緒にお出かけしたり、お茶を飲んだりしましょうねぇ!」

「コゼット……、えぇ、ありがとう!」

 ずっと友人でいてくれるのかと思うと、胸の中がいっぱいになる。
 なんて嬉しい事を言っていくれるのだろう。
 そんな未来の事なんて想像したことがなかったけれど、コゼットやシャルルがいるかぎり、私の人生は鮮やかに輝き続ける様な気がする。

「私は将来的には魔物料理の第一人者になってると思うので、魔物料理専門店を全国展開して、デンゼリン家をお金持ちにしてあげるのが最近の目標なので、アリスベル様、その時は是非宣伝をお願いしますねぇ! レミニス侯爵令嬢にして、聖クロノス騎士団長であるストライド家のお嫁さんのアリスベル様の宣伝。効果は抜群に違いないですね!」

「ええと、いや、だからね、お嫁さんとかそういうのは、……オスカー様と私は、ただのお友達で……」

 そう、ただのお友達。
 オスカー様は私に優しくしてくださるけれど、それは友人だからだ。
 それ以上でもそれ以下でもない。

「騎士科学科長様のあの態度を見て、ただのお友達だなんて思えませんけどぉ、まぁ、今はそういうことにしておいてあげます。……って、ほら、アリスベル様、魔物が現れましたよ~! あれは青毒蛙じゃないですか、シャルル様のごはんの為にやっつけましょう!」

 コゼットがオスカー様の話を切り上げてくれて、私はほっと胸を撫でおろした。
 どうして安堵したのかは自分でも良く分からない。ただ、何となく居心地が悪かったのだ。
 通路の先に、青くて背中に紫のぼつぼつのある人間の子供ぐらいの大きさの蛙が数匹跳ねているのが見える。
 背中に背負っている布鞄から、コゼットは手におさまるぐらいの黒い筒状の物を取り出した。

「さぁ、出番ですよ、蛸モップ一号!」

「蛸モップ一号……」

 私もいつでも魔法が使えるように、腕輪の宝石に手を置く。
 コゼットの言葉を思わず反芻した。
 蛸モップ一号はみるみる内にモップぐらいの長さに柄を伸ばし、その先端にモップ状の蛸足がうねうねと生え出した。
 そういえばお兄様は作成した魔法武器について、気持ちが悪いから持ち歩きたくない、と言っていた。
 確かにあまり、気持ちの良い形をしていない。
 コゼットは黙っていればとても愛らしい容姿をしているのに、蛸モップ一号を構える姿はちょっと怖い。

「その武器は……、収納可能、なのね……」

 とりあえず、穏便な感想を伝えた。

「はい、そうなんですよぅ。小さくしまえるようになってますね。収納しなくても良いんですけど、そのまま外に出しておくと先端の蛸の部分が勝手に色々食べちゃうので、しまってます」

「勝手に色々食べるのね……」

「ここに、口が」

 コゼットがも蛸モップを持ち上げて、蛸の部分を私に向けて見せてくれる。
 蛸足の中心に、ぎざぎざの歯のようなものが並んだ、口としか形容できないものがついている。
 私は息をのんだ。
 コゼットには本当に申し訳ないけれど、気持ち悪かったからである。

「アリスベル様、ちょっと見ててくださいね。この蛸モップ一号、物凄い強いので」

 何となくそんな予感はした。
 お兄様の得意な魔改造を心置きなく施されたであろう蛸モップは、うねうねとした蛸足を自由自在に伸ばしたり縮めたりしながら、向かってくる青毒蛙を捕食しそれもう簡単にばくばくと食べつくしてしまった。

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