半獣王子とツンデ令嬢

束原ミヤコ

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越冬の祭典

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 雨にうたれて濡れたせいか、熱が出た。
 寮の部屋で、ルシアナが治療院で買ってきてくれた薬を飲みながら丸二日休むと、体調はすっかり元通りになった。
 私の体は結構頑丈にできているようだ。
 熱にうかされながら、昔の夢をつらつら見ていた気がする。
 無邪気にクロヴィス様のことを好きだと言えたのは、親愛と恋愛感情の区別がついていなかった時だけ。
 意識をすればするほど、私は昔から――駄目だった。
 恥ずかしくて、照れくさくて、緊張してしまって、素直に自分の感情を口に出すことができなかった。
 クロヴィス様はいつだってまっすぐ好意を伝えてくれていたのに、私は、逃げてばかりいた。
 感情を向けてもらえるのを良いことに、自分からは何もしようとしなくて。
 徐々にクロヴィス様が私から離れていっても、理由も聞かず、追いかけず、ただ、見ているだけだった。
 ――今も、そうだ。

「リラ。大丈夫?」

「リラ様! 心配しましたのよ!」

 ベッドから起き上がって、普通の生活に戻ることができた私の元へ、フィオルとミレニアが駆け込んできたのは、翌日に越冬の祭典を控えた夕方のことだった。
 元気にはなっていたものの、大事をとって今週いっぱいは授業を休むつもりでいた。
 ルシアナに休むように言われて、――学園に行かない理由を見つけることができて安堵していた。
 ほら――また、逃げようとしている。
 無邪気にロヴィが好きだと言っていた幼い私が、心の中で私を責めているのを感じた。

「熱が出たって聞いて。何度か見に来たのだけど、ルシアナさんが中に入れてくれなくて。面会謝絶だって言うから」

 私の顔を覗き込むようにして、フィオルが言う。それから、「顔色、悪くないわね。良かった」と安堵のため息をついた。
 私はもう元気なので、リビングルームの椅子に座って、長らく休んだせいで遅れてしまった分を取り戻すために、教科書を開いていた。
 越冬の祭典の後に、学期末試験がある。療養を理由に、無様な成績を晒すことは避けたかった。
 こんな状況でも残っているなけなしの自尊心が、成績についてエイダに嗤われたくないと訴えている。
 フィオルとミレニアは、私の座っているテーブルセットの椅子に座った。
 私は教科書をぱたんと閉じる。ルシアナが三人分の紅茶をいれて持ってきてくれた。

「心配かけて、ごめんね」

「謝る必要はありませんわ! 私はいつだってリラ様の味方ですのよ!」

 私の謝罪に、ミレニアがぶんぶんと首を振った。
 それから、両手を握りしめて力強く言った。
 その口ぶりから、私の事情を知っていることが分かる。フィオルもそれに気づいたらしく「ミレニア」と咎めるように言った。

「ご、ごめんなさい……、私、つい。あまりのことに、頭にきていて、それで……」

「大丈夫よ。クロヴィス様と、エイダのことでしょう? 知っているわ」

 しゅんと項垂れるミレニアに、私は言った。

「……エイダ・ディシードは嫌な女ね。リラのこと、あることないこと吹聴して回っているわ。あんまりムカつくから、この間突風を拭かせて、ご自慢の金髪を落ち葉だらけにしてやったわ」

 フィオルは腕を組んで、眉を寄せる。

「エイダは、ミレニアと違って、侯爵家の権力を存分に使うような方よ。だから、フィオル。手を出してはいけないわ。何が起こるか、わからないもの」

 本来――貴族とは、そういうものである。
 私もだけれど、格下のフィオルから気安く呼ばれて喜んでいるミレニアが特殊なだけだ。

「返り討ちにしてやるわよ。リラ……、あまり、気にしては駄目よ」

「そうですわ。リラ様、どうか何を言われてもお気にやみませんよう。ミレニアは、いつでもリラ様を信じておりますわ」

「ありがとう、二人とも。私は一体何を言わているの? 寮に男を連れ込むふしだらな女だとか?」

「……まぁ、そんなところよ。男って、カレルでしょう? 私の兄の。いっそ、カレルにしちゃえば、リラ。そうしたら私と姉妹になれるじゃない。エンバート家は楽しいわよ。にぎやかで」

 とても良いことを思いついたとでもいうように、フィオルが言う。
 ミレニアが頬を膨らませた。

「ずるいですわ。ずるいです、フィオル。私も、リラ様と姉妹になりたいですわ。シグ様の元へ嫁いで来たら、リラ様の傍で暮らせるって思っていましたのに」

「エンバート家も王都にあるわよ」

「それなら良いですわ」

「……あの、一応私、まだ、クロヴィス様の婚約者なのよ」

 私は遠慮がちに言った。
 二人は顔を見合わせる。

「リラは、殿下が好きなの?」

「リラ様は、殿下が好きなのですか?」

 同時に尋ねられて、私は言葉に詰まった。
 二人の前では、私はクロヴィス様に対してひねくれた態度しかとってこなかった。
 それこそ、話しかけられるのが迷惑――とでも言うような。
 でも、それではいけないのよね。逃げたら、いけない。きっと、後悔する。

「……ん」

 私は、小さく頷いた。
 今更、と思う。
 情けない。

「リラ。……明日の、王家主催の晩餐会、リラも行くわよね?」

 フィオルが気遣うように言う。
 二人とも、クロヴィス様の心変わりを知っているのだろう。けれど、それについては触れようとしなかった。
 優しさが、有難い。

「……行こうと思っていたけれど、相手がいないの。一人で参加する勇気は、出ないわ」

「じゃあ、私と一緒に行きましょう」

「私もいますわ」

「フィオルは沢山誘われていたでしょう? ミレニアにはシグがいるじゃない」

「断ったわよ。全員。元々兄に頼む予定だったのよ。カレルじゃないわよ。エンバート商会を継ぐ予定の、アーサーにね。若い貴族女性のドレスや化粧や装飾品の流行りが知りたいから、一緒に来たいと言われていて。でも別に良いわ。アーサーの頼みよりも、リラの方が大事だもの」

「で、でも……、晩餐会には、男女で参加するものよ」

「あのね、リラ。私ずっと思っていたのだけれど、ドレスとかスカートって動きにくいじゃない。だから、私、タキシードを着ていくわ。リラのエスコート、私がしてあげる」

 女性が、男性のようなズボンを履くなんて聞いたことがない。
 そんなことをしたら、フィオルは悪目立ちしてしまうだろう。
 フィオルは背が高いし、すらりとしている美人なので、きっと似合うだろうけれど。

「フィオル……、そんな、でも」

「フィオルばっかりずるいですわ。私も一緒に行きますのよ。フィオルは、私のエスコートもしてくださいまし。両手に花ですわ。シグ様のことは気にしなくて大丈夫です。何やら仕事があるとかで、忙しそうでしたもの」

 ミレニアが耳をぱたぱたさせながら言った。
 それから邪鬼の無い愛らしい顔で「きっと楽しくなりますわ」とにっこり笑った。

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