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第1章

第74話 逆鱗っ!

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「美女の裸体に高耐性・・」

「ボスの将来がとても不安・・」

 ユアとユナがブツブツと言っている。
 少し離れた場所で、シュンは黙々と羽根と真核の採取を行なっていた。

 双子が言うように、現実離れをした美しい肉体の美女ばかりだったが、当然のように全てが死体になっている。女の裸がどうこうより、これを解体するという作業がシュンの精神的な負担だった。
 シュンが真核の採取を終えるとカーミュが燃やす。この作業をかれこれ6日間も続けていて、さすがのシュンも精神的な疲労が蓄積して表情は暗かった。
 羽根を切り取った後はまるっきり人体解剖である。

『ご主人、テイプルネフガが消えるです』

 不意のカーミュの声に、

「・・うん?」

 シュンは疲労でぼんやりとした視線を向けた。

『この階層から気配が消えて行くです』

「蛾女が・・消える?」

 朗報だった。
 延々とリポップを続けていた蛾女もようやく打ち止めらしい。これでやっと人体解剖まがいの解体作業から解放される。

『一つだけ大きな気配が向かって来るです。これが最後なのです』

「そうか・・やっと最後か」

 シュンはホッと息を吐いた。真実、安堵の溜め息である。

「ボス?」

「平気?」

 双子が近寄って来る。

「最後に、一体だけ向かって来るそうだ。さすがに人の体を解体しているようで気が滅入ったが・・」

 シュンはMP回復薬を飲んだ。真似て、双子もMP回復薬を一気飲みにする。

「シュン様・・」

 ユキシラ・サヤリが、シュンを背に庇う位置に立った。

 全員が見つめる先、広場の中央部に黒々とした霧状の物が出現し、球状に凝縮しながら色を濃くしていた。何かが出現する予兆と考えるのが自然だろう。

「リビング・ナイト」

 シュンは召喚の声を出しつつ、テンタクル・ウィップを伸ばして黒霧を貫いた。

(手応え無しか)

 出現を待つまでも無いと思ったのだが・・12本の触手全てが空振りに終わった。

「ホーリーレイン!」

「ホーリーサークル!」

 禍々しい雰囲気を感じたのだろう、双子が周囲を聖域に変えていく。すでに、"ディガンドの爪"はパーティの左右を守って浮かんでいた。シュンの"ディガンドの爪"は真後ろへ向けられている。正面には水楯が展張され、どんどん厚みを増していた。

「上方より何かが襲来・・」

 ユキシラ・サヤリが正面を向いたまま囁いた。

「了解だ」

 シュンは、即座に上方へ水楯を出現させつつ振り仰いだ。ダーク・グリフォン譲りの双眼が、高度500メートルほど上方、燃え盛る岩塊が落下してくる様子を捉えた。数は300前後。全てが人の頭ほどもある岩だ。

(・・ここに、そんな高さは無いぞ?)

 200メートル足らずの天井高しか無い場所で、いったいどういう魔法なのか・・。
 訝しくは思うが、とにかく防がないと危ない。あれが隕石のような物だとすれば、落下後にとてつもない爆発が起こる。

「リビング・ナイト、パーティを護れ!」

 水楯では防ぎきれない。そう判断し、シュンはリビング・ナイトに命じつつ、前方へ展張した水楯に力を集中した。
 直後、黒霧の塊を引き裂いて、黒々とした太い蛇頭が現れるなり、凄まじい速度で喰いついて来た。

 長い牙の生えた蛇咬が水楯を引き裂く。同時に、燃える岩が降り注いで激しい爆発を引き起こし、熱風と衝撃波が荒れ狂った。

 襲撃者からすれば、会心の先制だったに違いないが・・。
 リビング・ナイトが立ちはだかった。
 降り注いだ燃える岩をリビング・ナイトの騎士楯が防ぎ止め、襲ってきた大蛇を長剣を横殴りにして受け止めている。
 その陰で、シュン達は防御と回復魔法で高熱の衝撃波を凌いでいた。

 リビング・ナイトの長剣で打ち払われた大蛇がするすると黒霧の中へと退いて消える。
 その間に、シュンが水楯を展張し、霧隠れを重ね、ユアとユナが防御魔法と継続回復の魔法を掛け合った。

「サヤリに代わります」

 短く告げて、"ユキシラ"が仮面を被った。

(かなりの威力だが・・本当の隕石ほどでは無いか)

 シュンは岩肌に覆われた天井を見上げ、周囲へ落下した岩塊を見回した。大きく岩床を打ち砕いて陥没させ、岩を赤々と灼いている。

(おっ!?)

 シュンのテンタクル・ウィップが何かに触れた。黒霧から蛇頭が突き出された時に、逆に黒霧めがけて生え伸ばしてたのだ。瞬間、触れた物ものに触手を巻き付かせた。

(・・これは、生き物じゃないな?)

 触手を伝わる感触からして生物では無さそうだ。内心で舌打ちをしつつ、テンタクル・ウィップが巻き付いた物を強引に黒霧から引き摺り出そうとする。

「椅子・・か?」

 やたらと大きく宝石の埋められた豪奢な造りの椅子が少し見えた。これ以上は動かない。

「玉座?」

「王様の椅子?」

 双子が小首を傾げる。

『蛇龍王・・』

「ん?・・カーミュ?」

『ご主人、長生きした邪蛇が変異したものです。人間の女を食べるのが好きです。テイプルネフガに誘われて出てきたです』

「王・・邪蛇という魔物なのか?」

 テイプルネフガは人間では無いが・・。女に誘われて出てきたというのはありそうだ。あれだけ連続して出現した蛾女と無関係とは思えない。

「気をつけろ! その霧の奴は女を狙うらしい!」

 シュンが双子に向けて注意を促した瞬間、黒霧を貫いて蛇頭が突き出され、めがけて襲いかかった。

 すかさず、リビング・ナイトの騎士楯が受け止め、長剣で斬りつける。だが、わずかに傷を付けただけで、大蛇は素早く黒霧の中へと引っ込んでいた。
 霧から突き出る蛇身は15メートル足らず。それでも、まだ半身も外に出していないだろう巨大な蛇だった。

「・・ボス、何か言った?」

「・・ボス、女がどうとか?」

 双子が左右からシュンを見つめて来る。

「妙だな」

 シュンは首を傾げた。

『ご主人、たぶん成熟した女を狙うです』

「・・そうか」

「ボス、何を納得?」

「カーミュと何を話した?」

 何を感じたのか、双子が追求してきた。こういう時の勘がとっても鋭いのだ。

「ん・・蛇龍王という魔物らしい」

「それで?」

「それから?」

 そこじゃないと、双子の黒瞳が語っている。

「人間の女を好んで食べるらしい。テイプルネフガに誘因されて出現したのだろうと・・カーミュが教えてくれた」

 シュンは素直に答えた。

「ボス、女はここ」

「どちらもスルーした」

 双子が自分の身体をぱたぱた叩いて見せる。シュンを見つめる黒い瞳が底光りしていた。
 シュンは小さく嘆息した。

「その・・まあ、ユキシラを女だと誤認したらしいな」

「ボス、3本っ!」

「乙女の怒りっ!」

 ユアとユナが憤然と黒い霧を睨み付けた。

「・・好きにしろ」

 シュンはリビング・ナイトを送還し、ユキシラを後方へ退かせた。双子が噴火寸前だ。ここはMP消費量を度外視して、2人の気が済むまで魔法を撃たせるしかない。

 丁度その時、何の未練か、大蛇が黒霧から頭を出してユキシラめがけて咬み付いた。しかし、ユキシラは、"サヤリ"と化して幻術を使っている。虚しく幻身を咬んで抜けた蛇頭に、シュンのテンタクル・ウィップが幾重にも巻き付いた。

(馬鹿が・・)

 シュンは呆れながら、残りのテンタクル・ウィップを黒霧の中へと伸ばした。
 蛇の本体らしき巨大な体躯を捉えていた。

 テンタクル・ウィップからは逃げられない。逃がすつもりも無いが・・。

「ボス、引き摺り出して!」

「ボス、引っ張って!」

 すでに、ユアとユナが半身になって並び立っている。頭上には黄金色の魔法陣が出現してぐるぐると高速回転を始めていた。

「リビング・ナイト、手伝ってくれ」

 身体強化を使ってなお重過ぎて動かないのだ。リビング・ナイトと一緒に綱引きをしてやっと、黒霧の中から巨大な蛇身が引き摺り出せた。全長が100メートルを超える三つ首の大蛇だった。すでに、三つの蛇頭を触手で拘束し、口も開けない状態で抑え込んでいる。
 巨体の半分以上が引き摺り出された所で、ユアとユナが軽く助走をつけるなり高々と宙空へ跳び上がった。

「シャイニングゥーーー」

「バーストカノーーン!」

 掛け声と共に右手を振り下ろす。
 2人の頭上で回転していた黄金の魔法陣から、巨大な光砲弾が連続して撃ち出された。

 その数、9発・・。

 計18発の巨砲弾が黒霧の大蛇めがけて撃ち込まれる。

(・・また、水魔法の練度があがるな)

 シュンは全身全霊を込めて水楯を連続して発現させ続けていた。
 何しろ、これで終わりでは無い。

「シャイニングゥーーー」

「バーストカノーーン!」

 双子の憤懣を載せて光る砲弾が大蛇を粉々に打ち砕いていった。
 さらに、もう一度・・。空になったMP回復薬の瓶を放り捨て、

「シャイニングゥーーーー」

「バーーストカノーーン!」

 もう破壊する対象が消え去った洞窟に、ユアとユナの怒りと哀しみの咆吼が響き渡った。
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