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第1章

第249話 ランチミーティング

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「悪魔か・・なるほど」

 シュンは、リールからの報告を聴きながら小さく頷いた。
 霊気機関車"U3号"で、皆で食事をしている最中だった。現在"U3号"は、迷宮から遠く離れて隠密行動中である。

『まだ、悪魔を召喚する酔狂な輩がいるらしい』

 リールが笑った。

「召喚か・・おまえの住んでいた世界は、今も無事に残っているということだな」

 前の主神が行った使徒戦に参加した神々の世界は無くなった。しかし、使徒戦に不参加だった神々、招集されなかった神々の世界は無事に存在している筈だ。

『ルクーネが描いた姿絵を見る限り、魔神では無く、悪魔・・蛟龍族の女じゃな』

 リールが言った。

「どんな奴だ?」

『古い血脈を守っている・・と聴いた事があるな。固有の呪術を継承している種族で、どこぞの里に引き籠もって外に出て来ないらしい』

「面識は無いのか?」

『顔を合わせたことは無い。そうした一族がおると聴いただけじゃ・・転移の術を見た限り、魔法の腕はなかなかじゃな』

「そうか」

 真珠色の龍人は、その蛟龍族と手を結んで何をやろうというのか。
 人間を蛇身の巨人に変えたのは、蛟龍族の悪魔だろう。具体的に何をどうやったのかは分からない。しかし、霊虫やリセッタ・バグのようなものが存在するのだから、人を蛇身の化け物に変える虫が居てもおかしくは無いが・・。

「迷宮内に影響は無いな?」

『シータエリアから内は、妾の結界内じゃ。好きにはさせぬ』

 リールがきっぱりと断言した。

「よし・・ユキシラ」

 シュンは、"護耳の神珠"でユキシラに話し掛けた。

『シュン様』

「リールからあらましを聴いた。ブラージュ・・真珠色の位置はどの辺りだ?」

『迷宮から西南方面、距離にして800キロ以上離れております』

「転移幅は?」

『今のところ、最大で10キロほど』

 一回の転移で10キロ近く跳んでいるらしい。

「どちらへ移動している?」

『大きな円を描くように移動しています。"P号"による攻撃にも慣れ、余裕を持って回避しているようです』

「あいつなら、避けずに打ち払えるだろうが・・」

 アルマドラ・ナイトと互角以上に打ち合った龍人だ。本気で迷宮を攻められると、こちらもかなりの犠牲を出すことになるだろう。

『積極的な攻撃行動は見られません』

「例の勇者というやつを掠っただけか」

『はい』

 あれほどの強者が、蛇身になった勇者と使徒を掠め取っただけで、迷宮の領域内には踏み込まなかったという。

「時間稼ぎか」

 何かの目的のために、決戦を避けていると考えるべきだろう。

『恐らく』

「こちらの準備は、数日かかりそうだが・・」

 シュンとユア、ユナは迷宮に居ない。
 かなり前から迷宮を出て、異界神の行方を追っている。ムジェリと共に開発をした"隠密装置"によって、"U3号"は探知されない状態で、高高度を移動中だった。

 無論、ブラージュ達にも気付かれていないはずだ。迷宮にシュン達が居ないと知っていれば、勇者達を掠って逃げるようなお粗末な行動を取らず、もっと堂々と攻め込んで来ただろう。

『向こうも、その数日を稼ぎたいのかもしれません』

「人を蛇身に変えたのは攪乱目的か」

 シュンは監視を続けるように言って通話を終えた。頭の中で情報を整理しながら、じっと見つめているユアとユナへ眼を向ける。

「ユキシラが観測した結果、今、この世界で大きな動きを見せている勢力は、3つだ」

 シュンは壁の大陸図を見ながら言った。テーブルには、ユアとユナの他に、ロシータとアオイ、タチヒコの姿がある。アレクは早々に食事を終えて、運動室へ行っていた。

「俺達と異界神。それに、リールと同じ悪魔が参戦してきた・・と考えておこう。どうやら、真珠色の龍人が協力しているようだから、戦力としては侮れない」

「おぅ・・悪魔チームが来ましたか」

「おぅ・・落ち武者が雇われましたか」

「ロシータ」

 シュンは、黙って話を聴いているロシータに声を掛けた。

「はい」

「神殿町の人口はどのくらいになった?」

 天馬騎士達が方々へ出向いて"神の都"について喧伝しているため、マーブル迷宮を目指して命懸けの逃避行をしてくる者達が増えた。

 時折、神殿町からアリテシア教の修道女達が出向いて、病人や怪我人の治癒を行い、生活に困らない程度の布地や食糧などを配給している。

 治癒を受けたり、食糧を受け取っても、御礼にお布施を包む必要は無い。アリテシア神に感謝の祈りを捧げるだけで良い。
 心を込めろだの、仕草がどうの、祈りの言葉がどうの・・決まり事は何一つ無い。自分の言葉、自分の流儀で、アリテシア神に御礼を言えば良い。
 たったそれだけの事で、迷宮の近くに住むことが許される。大いなる安心が手に入るのだった。

 あれほど怖ろしかった魔王種が、迷宮の近くには滅多に現れない。
 たまに空を飛んで現れる魔王種がいるが、すぐさま天馬騎士が飛来して駆除してしまう。

 避難してきた者達は、これまでのように物音を立てないように気を配り、息を殺すように生活をする必要は無い。好きなように笑い、怒り、泣き、大声で喋り・・気分が良ければ歌っても良いし、鍋や木片を楽器代わりに叩いても良い。
 逃げ出して来た町や村では許されなかった暮らしが、ここでは当然のように許される。
 アリテシア神を悪く言う者は1人としていなかった。

「神殿町の住人は、9千を超えました。シータエリア外の待機民は、2万人近くまで膨れあがっています。漂着した民達は、住居が足りなくなったため、こちらに許可無く町を増築しているようですが・・黙認しております」

 ロシータが微笑した。ほぼ当初の予想通りの状況である。

「待機民の居る場所は、迷宮の領域外だったな?」

「はい。しかし、蛇身騒動は起きておりません」

 住人の誰1人として変異を起こさなかったらしい。

「・・リールの結界か? いや、シータエリアの聖光壁か? 何かが影響をして変異を寄せ付けなかったと考えるべきだろうな」

「ヘビのバグ?」

「メタモル・バグ?」

「ユキシラは、人を変異させる何かが降ってきたのではないかと言っている」

 シュン自身も、そのように感じていた。はっきりとした根拠は掴めていないが・・。

「それを悪魔チームがやった?」

「なにが目的?」

 ユアとユナが首を傾げる。

「分からないが・・俺達が知る必要は無いだろう」

 今は、やりかけている作戦を完遂することだけを考えれば良い。迷宮に、シュン達が存在しないことを悟られない内に・・。

「ところで、ボッス?」

「まだ、マーブル主神に連絡つかない?」

 ユアとユナがシュンを見た。
 これから行う予定の作戦は、準備に時間を掛けているだけあって、かなり大掛かりなものになる。
 当初の予定では、準備を始める前に、マーブル主神に許可を得るはずだった。しかし、何度もマーブル主神に宛てて連絡を入れているのだが、返事を得られないまま日が過ぎていた。

「作戦概要は手紙に書いてある。駄目だと返事が無い以上、容認されたと考えるべきだろう」

 明確に否定されない以上、許可を得たと考えて良い。

「ポジティブ!」

「とても前向き!」

 食後の甘味として取り出した棒状のアイスクリームを手に、ユアとユナが適当な感想を口にしている。

「仮に・・神界で何かあったとしても、オグノーズホーンと輪廻の女神様が側に居る。マーブル主神を害することは不可能だ」

 シュンは、まだ食べかけだった蒸し鳥竜の肉にナイフを入れた。

「しかし・・蛇の体をした巨人か」

「シュン様?」

 ロシータがシュンを見た。

「体が大きくなると、食べる量も増えるだろう?」

「・・でしょうね」

「魔王種でも喰うのか?」

 食糧事情は豊かとは言えない。人間や野山の獣では、小さ過ぎて腹の足しにならないだろう。

「確かに・・食糧の問題は起こりそうですね」

 ロシータがユアとユナを見た。

「何かね、ロッシ君?」

「我々は小食であるぞ?」

「いえ・・大蛇にされた人間達の食糧は、どの程度必要なのかと思って」

 ロシータが微笑する。

「蛇はカエル?」

「虫も食べる?」

 ユアとユナが、シュンを見た。

「腰から上は人の形をしているそうだ」

 半身が蛇だからといって、食べ物まで変わるのだろうか?

「まさかの・・イェシ?」

「まさかの・・チョコ?」

 ユアとユナの顔色が悪くなった。

「変異をどうやって引き起こしたのかは不明ですが、繰り返し何度も行われると、地上から人間が居なくなりますね」

 タチヒコが呟いた。

「食べ物を求めて、迷宮に押し掛けるようになるかもしれません」

「・・うちの迷宮は問題ありませんが、他の迷宮はどうでしょう?」

 アオイが言った時、


 ポ~ン・・


 やや間の抜けた音が鳴った。

『こちら指揮車、ミリアム。方位器に変化が出ました。集合願います』

 車内にミリアムの声が響いた。

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