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1章 あらたなる挑戦
第5話 ランチタイムにて
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所長さんに付いて応接セットに行くと、牧田さんと岡薗さんはすでに食べ始めていた。ふわりと上がる湯気は美味しそうな香りも運んで来る。オイスターソース芳しい香りが鼻をくすぐった。
「あ、天野さん、弁当温めるんやったら、給湯室のレンジ好きに使ってな」
「ありがとうございます。でも私のお弁当箱、レンジ使えなくて」
「そうなん?」
紗奈は言いながらソファに腰を降ろし、お弁当箱を開く。
紗奈のお弁当箱は曲げわっぱである。万里子いわく、中身の余分な水分を取ってくれて、美味しくいただけるらしい。紗奈のお弁当生活は、ほとんど覚えていない幼稚園時代と、高校と大学時代である。ずっと万里子に作ってもらっている。
幼稚園の時にはプラスチック製の、蓋に当時好きだったテレビアニメのキャラクターがプリントされたお弁当箱を使っていて、それはいまだに押入れの収納箱の中に、思い出として大切にしまわれている。どうしても子どもが扱うので、キャラクターは剥げかけているのだが、そういうのも愛着のひとつになってしまうものである。
小学校と中学校は給食だった。高校に入学して再びお弁当生活になった時、好みのお弁当箱を買ってもらおうと思っていたのだが、万里子が楕円型の曲げわっぱを用意したのだ。
当時は可愛く無いなと思い、がっかりしたものだったが、今にして思えば、冷めてしまうお弁当を少しでも美味しく食べて欲しいという、万里子の心遣いだったのだろう。そして今はお気に入りである。丸っこい形や木目の風合いが良いと思える様になったのである。
「あ、なるほどな、曲げわっぱか。今って確かレンジ対応のやつも出てるんやっけ」
「そうみたいですね。でもこれまだまだ使えますしね。買い替えまではええかなって思いまして」
「せやな。ものは大事にせなな」
所長さんも言いながら、黒いプラスチック製の大きなお弁当箱を開く。ちらりと中を見せてもらうと、白いご飯に卵焼き、茶色いおかずがメインでぎっしりと詰まっている。色合いは地味なのかも知れないが、身体には良さそうで、奥さまの気遣いが感じられた。ご夫婦仲が良いのだなと微笑ましくなる。
万里子のお弁当に必ず入っているのは卵焼きと青い野菜とプチトマト。そしてメインのお肉かお魚だ。
SNSなどで見る人さまのお弁当には、もっと華やかなものもたくさんある。だが紗奈は万里子のお弁当に満足していて、いつも美味しくいただいている。
紗奈は「いただきます」と手を合わせ、まずはお米を食べる。冷めてしまっているが、曲げわっぱのお陰でべちゃっとはしておらず、ふっくらと美味しく食べられる。
続けてプチトマトを口に放り込んだ。へたを取っただけでなんの手も加えられていないプチトマトである。ぷちっと噛むとほのかな酸味と甘みのあるジュースがじゅわりと口の中に広がった。
青い野菜、今日は春きゃべつのごま和えだった。いつものきゃべつとは違う、柔らかな春きゃべつが持つ甘みとごまの香ばしさの相性がとても良い。
メインのおかずは豚ばら肉と新玉ねぎの炒め物だった。甘じょっぱい風味が舌に乗る、馴染みのある味付けだった。
卵焼きは卵とお塩だけでシンプルに巻かれていた。万里子定番の一品である。
そうした万里子のお弁当はとても美味しい。だが冷めてしまっているからか、隣でできたてのご飯を食べている牧田さんと岡薗さんを少し羨ましく感じてしまった。
紗奈は料理ができないので、お料理部に入れてもらうことはできない。しかし男性である岡薗さんがお料理部に加わっているということは、当たり前だがお料理ができると言うことだ。今散見する「お料理男子」というものか。紗奈はなんだかできないことに恥ずかしさを覚えてしまう。
これまでお料理ができないことに何の疑問も感じていなかった。家ではずっと万里子がしてくれていて、それが当たり前だと思っていた。
なのに羞恥を感じてしまうのはどうしてなのか。紗奈は考えるが、答えは出て来てくれなかった。
「今日は何にしたんですか?」
所長さんが牧田さんに聞くと、牧田さんは口の中のものをごくりと飲み込んで、微笑みながら口を開いた。
「今日は鶏肉とカシューナッツの炒め物と卵スープやよ。中華やね」
「そら豪勢ですなぁ」
「しかもめっちゃ旨いですよ、所長。さすが牧田さん、ベテラン主婦さんですよねぇ」
岡薗さんがにこやかに言うと、牧田さんは「あらまぁ」と照れた様に口元を抑える。
「そんな大層なもんや無いんよ。鶏肉とお野菜とカシューナッツ炒めて、味付けしただけやからねぇ」
「それだけって言いますけど、それで美味しいもんができるっちゅうのが凄いんですよ。ねぇ所長、天野さん」
「そうやんなぁ」
「そっ、そうですね!」
自分にも振られるとは思っていなかったので、突然紗奈の名前が出て驚き、焦った様な返しになってしまった。
「あ、天野さん、弁当温めるんやったら、給湯室のレンジ好きに使ってな」
「ありがとうございます。でも私のお弁当箱、レンジ使えなくて」
「そうなん?」
紗奈は言いながらソファに腰を降ろし、お弁当箱を開く。
紗奈のお弁当箱は曲げわっぱである。万里子いわく、中身の余分な水分を取ってくれて、美味しくいただけるらしい。紗奈のお弁当生活は、ほとんど覚えていない幼稚園時代と、高校と大学時代である。ずっと万里子に作ってもらっている。
幼稚園の時にはプラスチック製の、蓋に当時好きだったテレビアニメのキャラクターがプリントされたお弁当箱を使っていて、それはいまだに押入れの収納箱の中に、思い出として大切にしまわれている。どうしても子どもが扱うので、キャラクターは剥げかけているのだが、そういうのも愛着のひとつになってしまうものである。
小学校と中学校は給食だった。高校に入学して再びお弁当生活になった時、好みのお弁当箱を買ってもらおうと思っていたのだが、万里子が楕円型の曲げわっぱを用意したのだ。
当時は可愛く無いなと思い、がっかりしたものだったが、今にして思えば、冷めてしまうお弁当を少しでも美味しく食べて欲しいという、万里子の心遣いだったのだろう。そして今はお気に入りである。丸っこい形や木目の風合いが良いと思える様になったのである。
「あ、なるほどな、曲げわっぱか。今って確かレンジ対応のやつも出てるんやっけ」
「そうみたいですね。でもこれまだまだ使えますしね。買い替えまではええかなって思いまして」
「せやな。ものは大事にせなな」
所長さんも言いながら、黒いプラスチック製の大きなお弁当箱を開く。ちらりと中を見せてもらうと、白いご飯に卵焼き、茶色いおかずがメインでぎっしりと詰まっている。色合いは地味なのかも知れないが、身体には良さそうで、奥さまの気遣いが感じられた。ご夫婦仲が良いのだなと微笑ましくなる。
万里子のお弁当に必ず入っているのは卵焼きと青い野菜とプチトマト。そしてメインのお肉かお魚だ。
SNSなどで見る人さまのお弁当には、もっと華やかなものもたくさんある。だが紗奈は万里子のお弁当に満足していて、いつも美味しくいただいている。
紗奈は「いただきます」と手を合わせ、まずはお米を食べる。冷めてしまっているが、曲げわっぱのお陰でべちゃっとはしておらず、ふっくらと美味しく食べられる。
続けてプチトマトを口に放り込んだ。へたを取っただけでなんの手も加えられていないプチトマトである。ぷちっと噛むとほのかな酸味と甘みのあるジュースがじゅわりと口の中に広がった。
青い野菜、今日は春きゃべつのごま和えだった。いつものきゃべつとは違う、柔らかな春きゃべつが持つ甘みとごまの香ばしさの相性がとても良い。
メインのおかずは豚ばら肉と新玉ねぎの炒め物だった。甘じょっぱい風味が舌に乗る、馴染みのある味付けだった。
卵焼きは卵とお塩だけでシンプルに巻かれていた。万里子定番の一品である。
そうした万里子のお弁当はとても美味しい。だが冷めてしまっているからか、隣でできたてのご飯を食べている牧田さんと岡薗さんを少し羨ましく感じてしまった。
紗奈は料理ができないので、お料理部に入れてもらうことはできない。しかし男性である岡薗さんがお料理部に加わっているということは、当たり前だがお料理ができると言うことだ。今散見する「お料理男子」というものか。紗奈はなんだかできないことに恥ずかしさを覚えてしまう。
これまでお料理ができないことに何の疑問も感じていなかった。家ではずっと万里子がしてくれていて、それが当たり前だと思っていた。
なのに羞恥を感じてしまうのはどうしてなのか。紗奈は考えるが、答えは出て来てくれなかった。
「今日は何にしたんですか?」
所長さんが牧田さんに聞くと、牧田さんは口の中のものをごくりと飲み込んで、微笑みながら口を開いた。
「今日は鶏肉とカシューナッツの炒め物と卵スープやよ。中華やね」
「そら豪勢ですなぁ」
「しかもめっちゃ旨いですよ、所長。さすが牧田さん、ベテラン主婦さんですよねぇ」
岡薗さんがにこやかに言うと、牧田さんは「あらまぁ」と照れた様に口元を抑える。
「そんな大層なもんや無いんよ。鶏肉とお野菜とカシューナッツ炒めて、味付けしただけやからねぇ」
「それだけって言いますけど、それで美味しいもんができるっちゅうのが凄いんですよ。ねぇ所長、天野さん」
「そうやんなぁ」
「そっ、そうですね!」
自分にも振られるとは思っていなかったので、突然紗奈の名前が出て驚き、焦った様な返しになってしまった。
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