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第一章
花より団子
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しばらくグダついていた沙奈だが、給仕がやってきたことで渋々と起き上がった。ホットコーヒーと共に出されたブラウニーのようなものを見て、気分が少し浮上したようだ。
「はぁ…おいし」
ナッツとチョコチップの食感や風味が良く、コーヒーとの相性が抜群だ。毎回、砂糖やミルクが添えられていないのをみるに、コーヒーは無糖ブラックが基本で、甘味をつけ合わせるのがここのスタイルなのかもしれない。
甘いもので癒されてひと心地ついたところで、沙奈が改まって話し始めた。
「ノアの結界で音が外に漏れないようにできる?」
「…うん。できると思う」
「今、少しだけお願いしていい?私のやり方はこういう時あんまり向いてなくて」
「この部屋全体にかけるね。…たぶん、できた」
防ぐことに万能を発揮する結界は、条件付けができるため特に苦も無く張ることができた。
これまで見てきたことを思い返すと、沙奈の隠密能力は自身のみか対象者がはっきりとしている場合に限られるのかもしれない。
内緒話、となると、先ほどの件だろうか。
「ありがとう。さっきのレッドドラゴンなんだけどね、私についてる加護の火神と何か関係があるらしいの。あの場でゆっくり話なんてできなかったから、詳しくはわからないんだけど」
「会話、少し聞こえてたけど、悪い関係では無さそう?」
「あ、そうなんだ。…たぶんね。悪意はなさそうだったかな」
「なんで襲ってきたの…?」
「襲った自覚はないみたいで…ただ話がしたくて近づいたら攻撃されて、反射的にちょっと抵抗しちゃっただけなんだって。あんなに大きな姿で前触れもなくいきなり近寄られたら誰でもびっくりするからもうやめてとは言っておいたけど。まぁ言ってたように、興奮気味であんまり周りが見えてなかったのかもね」
「そっか…用はなんだったの?」
「さぁ…とにかく自分の巣?とやらにきて欲しそうだったから、またの機会にしてもらったよ。神関連なら、こっちが欲しい情報を持ってるかもしれないし、そのうち行ってもいいかなと思って。それにしても…」
沙奈は言い淀むように話を区切ると、伺うような目を向けて乃愛を見つめた。
「ノアの加護も何か反応があった?」
「あ…うん…あのとき何かすごく怒ってた。でも今は落ち着いてるよ」
「じゃあそれの影響なのかな?私の加護はすごい面倒くさそうにしてたのに、嫌々あのドラゴンを押さえつけに行ったんだよね。私じゃなくて、加護が勝手に」
「え…そうだったんだ…突然消えるから焦っちゃった」
「いやほんとにもう…勝手に動かれるの、精神的に割としんどいのよね。はあぁ…これも早くなんとかしたい…」
盛大に溜め息を吐いた沙奈は、両手で顔を覆い隠して俯いてしまった。
今回に限らずこれまでもそういうことがあったのだろうか。確かにそこまであからさまに動かれるようなら、操られているようであまり気分はよくないのかもしれない。
しかし、加護間で影響を与えることがあるというのは問題だった。こういったことが度々起きて今後傍にいられなくなれば非常に困る。
「私の加護のせいで…ごめんね」
「ううん、ノアは全然悪くなくて。この加護か呪詛なのかわかんないやつのせいだから」
乃愛にとってのこの加護は少し過保護気味だけど守られている安心感もある善き存在だが、やはりそれぞれ感じ方は違ってくるようだ。
参ってしまっているその様子を見ていられなくて、目を伏せた。せめて出来ることとして、“彼”に沙奈の加護への干渉を今後控えてもらえないかお願いしてみる。するとすごく落ち込んだ感情が伝わってきて、慌てて日頃の感謝も併せて伝えた。もしかしたら意図しないことだったのかもしれず、安易に考えたことを反省する。
乃愛も溜め息を零すと、沙奈が気まずげに口を開いた。
「愚痴みたいになってごめん。私のは邪神だからね…ノアのところとはちょっと性質が違うのかも。個人的には帰還よりもこっちの問題の方が重要なくらいなんだけど、何か気づいたことがあったら教えてくれると助かるな」
「…うん、わかった」
力無く言う沙奈に頷くことしかできず、その場がしんと静まる。
空気を変えたくて、気になっていたことを尋ねてみることにした。
「あの…サナちゃんって、いつも美味しそうに食べるよね。食べるのが好きなの?」
乃愛の唐突な話題転換に沙奈は目を瞬かせたが、数瞬考えるような仕草をして首を傾げた。
「…どうだろ。好き嫌いとかはない方だけど…これまで口に入れば何でも良かったから、よくわからないな」
「そうなんだ。でも…ふふ。食べてるとき、すごく幸せそうな顔してるよ」
言いながらこれまでのことを思い出して思わず頬が緩む。感情は伝播してくるものなので、見ていてこちらまで幸せな気持ちになるのだ。
沙奈は気恥ずかしげに視線を彷徨わせて口を尖らせた。
「う…じゃあ好きなのかな。ノアは少食すぎな気がしてたけど、食べるのは苦手なの?」
「そんなこともないけど、どちらかというと、食べるよりは作る方が好きかな」
「そ、そう…料理上手だったもんね。また食べたいなぁ」
薄々そうではないかと思っていたが、沙奈は他人のことはよく見ているのに、自分のことには無頓着なところがあるような気がする。傍から見ていてどことなく危うげに感じてしまうのは、そのせいかもしれなかった。
「下手の横好きなもので良ければ、またそのうちにね」
「あ、そうだ。向こうに着いたら買い物できるか、後で聞いてみよう」
沙奈との会話は肩肘が張らずに済んでとても心地が良い。家族と過ごしているのと変わらないほど自然に話せて楽しい気分でいると、いつの間にかお昼になっていたようで、食事が運ばれてきた。
せっかくなので、バルコニーにあるテーブルに並べてもらう。
「ここで良かったの?」
「うん、もう大丈夫。風も気持ち良いし、絶景だよね」
「そう…!じゃあいただきます」
先ほどは乃愛の都合やアクシデントでゆっくりできなかったため、気分転換も兼ねてと思っての提案だったが、眺めなんか放って口をもぐもぐと動かし始めた沙奈を見て、また笑みが溢れた。
「はぁ…おいし」
ナッツとチョコチップの食感や風味が良く、コーヒーとの相性が抜群だ。毎回、砂糖やミルクが添えられていないのをみるに、コーヒーは無糖ブラックが基本で、甘味をつけ合わせるのがここのスタイルなのかもしれない。
甘いもので癒されてひと心地ついたところで、沙奈が改まって話し始めた。
「ノアの結界で音が外に漏れないようにできる?」
「…うん。できると思う」
「今、少しだけお願いしていい?私のやり方はこういう時あんまり向いてなくて」
「この部屋全体にかけるね。…たぶん、できた」
防ぐことに万能を発揮する結界は、条件付けができるため特に苦も無く張ることができた。
これまで見てきたことを思い返すと、沙奈の隠密能力は自身のみか対象者がはっきりとしている場合に限られるのかもしれない。
内緒話、となると、先ほどの件だろうか。
「ありがとう。さっきのレッドドラゴンなんだけどね、私についてる加護の火神と何か関係があるらしいの。あの場でゆっくり話なんてできなかったから、詳しくはわからないんだけど」
「会話、少し聞こえてたけど、悪い関係では無さそう?」
「あ、そうなんだ。…たぶんね。悪意はなさそうだったかな」
「なんで襲ってきたの…?」
「襲った自覚はないみたいで…ただ話がしたくて近づいたら攻撃されて、反射的にちょっと抵抗しちゃっただけなんだって。あんなに大きな姿で前触れもなくいきなり近寄られたら誰でもびっくりするからもうやめてとは言っておいたけど。まぁ言ってたように、興奮気味であんまり周りが見えてなかったのかもね」
「そっか…用はなんだったの?」
「さぁ…とにかく自分の巣?とやらにきて欲しそうだったから、またの機会にしてもらったよ。神関連なら、こっちが欲しい情報を持ってるかもしれないし、そのうち行ってもいいかなと思って。それにしても…」
沙奈は言い淀むように話を区切ると、伺うような目を向けて乃愛を見つめた。
「ノアの加護も何か反応があった?」
「あ…うん…あのとき何かすごく怒ってた。でも今は落ち着いてるよ」
「じゃあそれの影響なのかな?私の加護はすごい面倒くさそうにしてたのに、嫌々あのドラゴンを押さえつけに行ったんだよね。私じゃなくて、加護が勝手に」
「え…そうだったんだ…突然消えるから焦っちゃった」
「いやほんとにもう…勝手に動かれるの、精神的に割としんどいのよね。はあぁ…これも早くなんとかしたい…」
盛大に溜め息を吐いた沙奈は、両手で顔を覆い隠して俯いてしまった。
今回に限らずこれまでもそういうことがあったのだろうか。確かにそこまであからさまに動かれるようなら、操られているようであまり気分はよくないのかもしれない。
しかし、加護間で影響を与えることがあるというのは問題だった。こういったことが度々起きて今後傍にいられなくなれば非常に困る。
「私の加護のせいで…ごめんね」
「ううん、ノアは全然悪くなくて。この加護か呪詛なのかわかんないやつのせいだから」
乃愛にとってのこの加護は少し過保護気味だけど守られている安心感もある善き存在だが、やはりそれぞれ感じ方は違ってくるようだ。
参ってしまっているその様子を見ていられなくて、目を伏せた。せめて出来ることとして、“彼”に沙奈の加護への干渉を今後控えてもらえないかお願いしてみる。するとすごく落ち込んだ感情が伝わってきて、慌てて日頃の感謝も併せて伝えた。もしかしたら意図しないことだったのかもしれず、安易に考えたことを反省する。
乃愛も溜め息を零すと、沙奈が気まずげに口を開いた。
「愚痴みたいになってごめん。私のは邪神だからね…ノアのところとはちょっと性質が違うのかも。個人的には帰還よりもこっちの問題の方が重要なくらいなんだけど、何か気づいたことがあったら教えてくれると助かるな」
「…うん、わかった」
力無く言う沙奈に頷くことしかできず、その場がしんと静まる。
空気を変えたくて、気になっていたことを尋ねてみることにした。
「あの…サナちゃんって、いつも美味しそうに食べるよね。食べるのが好きなの?」
乃愛の唐突な話題転換に沙奈は目を瞬かせたが、数瞬考えるような仕草をして首を傾げた。
「…どうだろ。好き嫌いとかはない方だけど…これまで口に入れば何でも良かったから、よくわからないな」
「そうなんだ。でも…ふふ。食べてるとき、すごく幸せそうな顔してるよ」
言いながらこれまでのことを思い出して思わず頬が緩む。感情は伝播してくるものなので、見ていてこちらまで幸せな気持ちになるのだ。
沙奈は気恥ずかしげに視線を彷徨わせて口を尖らせた。
「う…じゃあ好きなのかな。ノアは少食すぎな気がしてたけど、食べるのは苦手なの?」
「そんなこともないけど、どちらかというと、食べるよりは作る方が好きかな」
「そ、そう…料理上手だったもんね。また食べたいなぁ」
薄々そうではないかと思っていたが、沙奈は他人のことはよく見ているのに、自分のことには無頓着なところがあるような気がする。傍から見ていてどことなく危うげに感じてしまうのは、そのせいかもしれなかった。
「下手の横好きなもので良ければ、またそのうちにね」
「あ、そうだ。向こうに着いたら買い物できるか、後で聞いてみよう」
沙奈との会話は肩肘が張らずに済んでとても心地が良い。家族と過ごしているのと変わらないほど自然に話せて楽しい気分でいると、いつの間にかお昼になっていたようで、食事が運ばれてきた。
せっかくなので、バルコニーにあるテーブルに並べてもらう。
「ここで良かったの?」
「うん、もう大丈夫。風も気持ち良いし、絶景だよね」
「そう…!じゃあいただきます」
先ほどは乃愛の都合やアクシデントでゆっくりできなかったため、気分転換も兼ねてと思っての提案だったが、眺めなんか放って口をもぐもぐと動かし始めた沙奈を見て、また笑みが溢れた。
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