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第一章

こっそりと

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♦︎

 —- ♩*。♫.°♪*。♬꙳♩*。♫

「「……」」

 もうかれこれ十分は経過しただろうか。
 吹奏楽の陽気な生演奏を前に、どう思えばいいのか。

 レッドカーペットが一直線に敷かれた先には真っ白で大きな館が見えていて、おそらくそこへ招かれようとしているのだろうが、一歩も進ませてくれないまま、延々と演奏を聴かされている。


 飛行船は昨晩のうちに現地に到着していた。
 夕食が済んだあともうじき着くと言われたが、中途半端に持て余した時間を過ごしているなかで、室内にあった風呂の誘惑に抗いきれず入ってしまった。乃愛には風呂の中でのぼせるという前科があったので、この時はスマホのアラームをセットして問題なくゆっくり楽しむことができたことに気分が昂ったまま、ベッドで寝落ちしてしまった。その後に入った沙奈も同じ状態になったようで、目覚めた頃には既に明け方だった。
 気を遣って起こさないでいてくれて—と思いたいが実際は乃愛が張っていた結界に阻まれて中に入れなかったのだろう—、着陸した状態のまま船内で一晩過ごしてしまったらしい。
 居た堪れない気持ちで朝食をもらってようやっと降機し、そして始まる歓迎の儀(?)、現在に至るというわけだ。


 道筋となる幅広のカーペットの両脇にはスーツ型の軍服を着た人たちが一糸乱れぬ動きで儀式めいた動作をしている。それに合わせて音が奏でられている様は圧巻なのだろうが、一連の流れに気圧されてガチガチに緊張しすぎた頭には何も入ってこない。

 一刻も早くこの場から立ち去りたい思いで乃愛が白目を剥きかけた時、音楽がピタリと止んだ。
 ようやく終わったのかとほっとするのも束の間、横からスーツ姿の中年男性とフォーマルなドレスを纏った妖艶な女性が現れた。

「遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。ようこそ魔国へ。私は首長のアキム=コーヴィナと申します。こちらは妻のマルファです」
「マルファ=コーヴィナにございます。お目にかかることができて光栄です。お二方を歓迎いたします」

 和かに微笑みを向ける夫妻の瞳はブラウンで。少年以外で初めて見る魔族の素顔を見て少し安堵したものの、首長とは国のトップにあたる人だったような、とふわふわしてきた頭で考えが通り過ぎる。

 沙奈が何やら応対しているのをぼうっと見ていると、気づけば広間のような場所にいた。

「あ、あれ…?」
「ふふ…気がついた?ここまでのこと覚えてる?」
「ごめん…演奏聴いてたあたりから、ちょっと記憶が…」
「え、そこから?…でもまぁ大したことはなかったし、気にしなくてもいいよ。ここが滞在する間の私たちに与えられた部屋になるんだって」
「え…?」

 ここは広間ではなく個室だった。
 辺りを見回すが、大きなシャンデリアが豪華な調度品を反射して、部屋全体をキラキラと輝かせていてとても眩しい。宮殿もかくやといった煌びやかなホール—おそらくリビング—で呆然と立ち尽くす。
 あちこちにいくつもの間仕切り扉が見えるが、まさかここはまだ一部だったりするのだろうか。

「最初は別々の部屋が用意されてたんだけどね…一部屋だけでもこれだし、まとめてもらったの。今さらだけど一緒の部屋でも良かった?」
「うん…それは全然…良いんだけど…」

 数日前までは硬い地面に皆で仲良く雑魚寝をしていたのだ。それに比べれば天と地ほどの差だ。生活環境を整えたいとは思っていたが、ここまでくると分不相応過ぎてもはやテント生活の方が良かったまである。いや、風呂がないので欲を言えばログハウスくらいの水準は欲しい。早くも恋しくなってくる、あの何とも言えない落ち着く空間に思いを馳せる。

「あ、例の結界お願いしていい?」

 また内緒話だろうか。乃愛と沙奈の周囲には常時攻撃を防ぐ結界を個別に張っているが、それとは別に遮音タイプのものも部屋全体にかけて頷いた。

 沙奈は口端を上げて悪戯っ子のような笑みを向ける。

「ありがとう。それでね、ちょっとここら辺をこっそり探検してみない?」
「え、でも…勝手に動き回っちゃだめって…」
「そうなんだけどね。こんなことされる謂れもないのに、さすがに不気味というか、このままだとなんだか落ち着かないもの。それにここにいたところですることもなくて退屈だし」

 つまらなさそうに肩を竦める沙奈は、要するに暇なのだろう。
 確かに行動を制限されて監視されているような今の状況は、何をすることもできないため窮屈であることは同感だ。

「えっと、このあとの予定とかはもうないの?」
「今日は晩餐会があるとは言ってたけど、外に出歩けるのは明日以降になるみたい。でもそれまでこんなところにずっといても仕方ないしさ。夕方まで人払いもお願いしたから」
「でももしバレちゃったらせっかく歓迎?してくれたのに、台無しになっちゃうよ?」
「こんなあからさまな態度、どうみても怪しんでくださいって言ってるようなものだし、もうそこは今さら、お互い様じゃない?」

 開き直りにしても早過ぎる気はするが、こんな状態がいつまでも続くかと思うと今から気が滅入りそうなので、用件が早く済むことに越したことはないと協力する方向で頭を捻る。

「うーん…あ、そうだ」

 今の遮音結界に防犯センサーの機能を盛り込むことを閃いた。お願いしていても急用で訪ねてくる人もいるかもしれないし、出入り禁止に加えて扉に触れると離れていたところでも感知できるようにしよう。それで沙奈の転移で戻れば誤魔化せそうだ。
 その事を説明すると沙奈も便乗してきた。

「じゃあ私は寝ているように見える幻影をベッドに置いておこうかな。ノアみたいに永続はできないけど、半日くらいなら問題なさそう」
「入って来れないのに?」
「あ、いや…考えたくないけど、部屋の中まで監視されてる可能性もなくはないかなぁって。魔法がある世界だし、カメラとかなくても私たちが知らない方法はいくらでもありそう」
「え…」

 思いもよらなかったことを言われて想像してしまい、悍ましくて鳥肌が立った。これまでは大丈夫だったのだろうか。

 顔色が悪くなっていく乃愛に、沙奈は慌てて言葉を付け加える。

「そういうことも含めて探検して確認できたら、少しは安心もできるよね?あと、昨日までもちゃんと幻影かけてぼかしてたから大丈夫だよ。言うの忘れててごめん、ノアは見えてなかったんだよね」

 それを聞いて少し安堵するものの、見られているとすれば気分が悪い。まだそうと決まったわけではないが、信頼関係が出来上がっていない中で、無条件に信じる段階ではないだろう。特に今は、理由も分からず一方的に善意を受けている状況だ。でもそれは相手も同じようなものかもしれなかった。なぜ自分たちがこの国に来たがったのか、正直な理由を答えてはいない。

「それに…晩餐会は魔族と同席した食事になるから、目の前で堂々とあれは使えなさそうで、その対策も考えたいし…まぁ最悪は幻影で乗りきるつもりだけどね」

 あれとは、有毒チェックができる魔道具のことだ。初回に使用してから今まで、供された飲食物には一応全てにチェックを通してきた。未だに検知はされていない。それはそれで良いことなのだが、その魔道具が本当に機能しているのかの確認はできないでいた。

 沙奈が寝室で幻影をかけている間に、乃愛も結界の設定を変更した。

 どこか楽しそうな様子の沙奈を見て、気分を切り替える。

「はい、手を握ってね。じゃあ行きますか」

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