獅子の末裔

卯花月影

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26.筑紫の国

26-4. 堅城・岩石城

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 義太夫の足取りは軽やかだった。
 向かう先は蒲生勢の隣に陣を張る――前田孫四郎(利長)の陣。
 忠三郎は訝しげに目を細める。

「ここは孫四郎の……」
 前田孫四郎利長――利家の嫡男。
 本能寺の変の際、偶然にも南近江にいたため、安土から日野へと避難してきた。
 忠三郎の六つ年下。
 忠三郎は、物珍しそうに日野の街並みを見つめる利長を気に入り、城を案内し、蔵書を披露し、気さくに話しかけた。
 それ以来、顔を合わせると気軽に声をかける間柄となった。

「然様。わしの遠縁じゃ。殿の妹、つまりわしの叔母が孫四郎の父・又左(利家)の兄・利久の女房じゃ」
 傾奇者として名高い前田慶次郎の母のことらしい。

「それはまた……ずいぶんと遠いのう……」
 忠三郎は微妙な表情になる。
 それでも、前田家と縁があるのは悪くない。

――だが。
「されど、前田慶次とは確か、おぬしの子であるという噂の……」
 忠三郎が言いかけた途端、義太夫はそしらぬ顔でスッ…と歩を早め、さっさと帷幕に向かってしまう。
(あからさまに避けおったな)
 忠三郎が半ば呆れながらその背を追うと、義太夫はすでに前田家の家人を捕まえ、取次ぎを頼んでいた。
(……手際がよすぎる)
 程なくして、近侍が現れ、二人を中へと通す。

***

「これは忠三郎殿と……珍しいこともあるものじゃ、義太夫殿か」
 前田利長は少々驚いた様子だった。
 彼の傍には、側近らしき武将たちが控えている。
 義太夫は当たり前のように床几を引き寄せ、ドカリと腰を下ろすと、にやりと笑い、
「孫四郎も大きゅうなったもんじゃ。幼き頃は、わしがよう尻を拭いてやったものよ」
 ……と、堂々たる虚言を吐いた。
「それは……知りませなんだ……」
 さすがに利長も困惑する。
「して、急なお越しじゃが、一体、何事で?」
「おぉ、ひとつ、わしと、ここにおるおぬしの盟友、蒲生忠三郎のために、一肌脱いでもらいとうて参ったのじゃ。のう、鶴」
 いきなり話を振られ、忠三郎は「エッ?」と驚きつつも、なんとか話を合わせる。
「い、いかにも。此度のことは孫四郎の力を借りねば成し遂げられぬ」
 利長はまじめな顔で頷く。
「この孫四郎でできることであれば、なんなりとお申しつけくだされ」

(――言ったな?)
 義太夫は内心、「しめた」と思いつつ、そしらぬ顔で話を続ける。
「何、造作もないこと。我等もせっかく遠路はるばる豊後まで参ったのじゃ。ひとつ手柄を立てて帰りたいと話しておってのう」
「はい、それはそれがしも同じ思いで」
 素直に頷く利長。
「……であろう? のう、鶴。さすがは孫四郎じゃのう」
「然様。槍の又左と恐れられた父に勝るとも劣らぬ武士と名高い孫四郎のことゆえ、そう言うと思うておった」
 と忠三郎が話を合わせると、義太夫がコツンと小突いてくる。
(……わしに言えというておるのか)
 しぶしぶ、忠三郎は切り出した。
「それゆえ――我等で城を落としてしまおうかと話しておったのじゃ」
「……城を……でござりまするか?」
 何のことか分かっていない利長は、家臣と顔を見合わせる。
「されど、我等だけでは心もとない。そこでひとつ、我が縁戚の孫四郎に力添えを願ってはどうかと言うたら――」

 ここで、義太夫はサッと忠三郎に視線を送る。
「鶴……ではなく、忠三郎曰く、孫四郎が加われば如何なる敵が相手であっても恐るるに足らず。故右大臣様(信長)にも格別目をかけられていた孫四郎に、是非とも加勢願うべし、とそう申してのう」
「それは……構いませぬが、城とは……?」
 利長が言いかけた瞬間――
 忠三郎が、殊更に大きな声で言い放つ。
「おぉ! これで決まった! 天下のことはこうでなくてはならぬ! のう、義太夫!」
「いかにも! これで千人力じゃ! いや、まことに目出度い、目出度い!」
「では明日の軍議の際に、このこと、関白に進言する故、よろしゅう頼む!」

 二人は畳み掛けるように捲し立て、同時に立ち上がった。
「……あ、孫四郎。明日の軍議までは、このこと、又左には内密にのう」
「父には内密に、とは……如何なる理由で……?」
「これは親孝行と思え。おぬしが並み居る諸将の前で勇ましい姿を見せれば、又左も『孫四郎め、立派になった』と涙流して喜ぶであろう」
 義太夫は、適当なことを言い残すと、あっけに取られている利長を尻目に、早々に帷幕を後にした。
 忠三郎も、その後ろ姿を追いながら、心の中でつぶやく。
(――うまく丸め込まれたな、孫四郎)
 そして、ふと視線を戻すと――
 利長は、未だに状況が呑み込めぬ顔で、しばし呆然と立ち尽くしていた。
 
 忠三郎と義太夫は、陣営に戻る道すがら、珍しく口数が少なかった。
 二人とも、どこか不安を拭いきれぬまま、あれこれと思案を巡らせていたからだ。
 義太夫にとっては――これは初めて一益のいない戦。
(殿がおらぬ戦など、これが初めてよ)
 義太夫は、一益がそばにいた頃を思い返しながら、すでに岩石城攻めの算段を考えていた。
(搦め手を探し、兵を忍ばせ、火攻めを仕掛ける……)
 敵を一気に混乱させ、瓦解させるには火攻めが手っ取り早い。
 しかし、それもまた慎重に計画せねばならぬ。

 一方、忠三郎もまた、己の役目を果たさねばならぬことを痛感していた。
(城攻めを願い出たとして、関白が許すとは思えぬが……)
 豊臣勢は先の敗戦で大きな損害を受けた。
 秀吉としても、これ以上の敗戦は避けたいはず。
 たとえ忠三郎がどれほど強く願い出たとしても、そう易々と「よい」とは言うまい。

 だが――

(此度ばかりは、引くわけにはいかぬ)
 何としても秀吉から許しを得ねばならない。
 強引にでも押し通し、岩石城を攻め落とす。
 それこそが、己の目的を果たすための第一歩となるのだから。

***

 翌朝。
 軍議が始まる。
 忠三郎は、いつになく気を引き締め、秀吉の前に座していた。
 義太夫もまた、無言で控えている。
 それぞれの胸の内に意気込みと不安を抱えながら――
 
 想像通り、秀吉は堅城・岩石城攻撃を後回しにて、先に筑前にある秋月城を攻めると決めた。
「蒲生勢と前田勢を岩石城の抑えとして留め、我らは筑前へ向かうことといたす」
 そう言い放った秀吉の声が軍議の間に響く。
 忠三郎は拳を握った。
(やはり、許されぬか)
 だが――ここで黙って従えば、何のために九州へ来たのか分からぬ。
「しばし、しばしお待ちを!」
 己の苛立ちを押し殺しながら、忠三郎は一歩前へ進み出た。
「岩石城の攻略は、我らにお任せくだされ」
 はっきりとした声だった。
 軍議の場が静まり返る。

 秀吉は冷ややかに忠三郎を見つめ、
「音に聞こえた堅城。これを攻めあぐねたとなれば、全軍の士気にかかわる大事となろう。ここは危うい橋を渡らず、秋月城を落として、薩摩を目指すべきと考えたが…」

「さにあらず!」
 忠三郎の声が割って入る。
 静寂を切り裂くような強い声だった。
「音に聞こえた堅城なればこそ、これを落とせば、我らに歯向かうものどもは、たちどころに降伏を願い出てくるというもの」
 忠三郎は迷いなく言い切った。
「ここにいる前田孫四郎も、滝川義太夫も同心致しておりまする」
 突然、自分の名を出され、孫四郎が目を見開く。
「孫四郎、それはまことか?」
 すかさず父・利家が尋ねる。
 孫四郎は言葉に詰まり、下を向いた。

 すると末席に控えていた義太夫が、飄々とした声で言った。
「友思いの孫四郎は、忠三郎が城攻めすると言いだしたために、友を案じて同心致したのじゃ。のう、孫四郎」
 視線を集められた孫四郎は、観念したように、かろうじて頷いた。
 忠三郎はなおも食い下がる。
「何卒、城攻めのお許しをいただきたく…」
 軍議の場が重苦しい沈黙に包まれた。
 秀吉は黙り込み、じっと忠三郎を見つめる。

(許さぬなら、それでもよい)
 忠三郎の苛立ちは、すでに抑えきれないほど膨れ上がっていた。
 ここで許されなければ、もう何もかもどうでもよい――
 その思いが表情に出ていたのか、秀吉の唇がわずかに歪む。

 やがて、秀吉は静かに顔をあげ、低く言い放った。
「よかろう。許す」

 忠三郎の眉がわずかに動く。
「豊臣秀勝を総大将とし、その方らであれなる城を攻略せよ。ただし、攻めあぐねるようであれば、飛騨守、その方が腹を切れ」
 冷ややかに突きつけられた言葉に、孫四郎が青ざめる。

 しかし――忠三郎は顔色ひとつ変えず、口を開いた。
「攻めあぐねるようであれば、討死するまで」
 そして、すぐに続ける。
「されど、もし、あれなる城を見事落とした暁には、葉月殿をお返しくだされ」
 秀吉の目が細められる。
 静寂の中、忠三郎は何も言わずに立ち上がった。
 振り返ることなく、そのまま帷幕の外へ出て行く。
 義太夫は思わず苦笑する。
(まこと、鶴らしいやり口よ)

 孫四郎はなおも血の気の引いた顔で、父・利家を横目で窺っている。
 秀吉は、そんな忠三郎の背を見送りながら、かすかに笑みを浮かべていた。
 

 軍議を終え、外に出ると、忠三郎の姿はどこにも見当たらなかった。

「鶴はどこへ消えた?」
 義太夫が周囲を見回しながら尋ねると、待っていた助九郎が首を傾げる。
「早くも自陣に戻られたかと。何やら只ならぬ剣幕でござりましたが、中で何があったので?」
 義太夫は、うーんと顎に手を当てて考え込み、しばしの間を置いてからぽつりと答えた。
「城攻めが思うようにいかぬときは、腹切れと言われ、鶴の奴、攻めあぐねたら敵と戦って死ぬと、そう言うたのじゃ」
 助九郎の顔が一瞬で青ざめる。
「それでは…売り言葉に買い言葉。そのようなことを軍議の場で仰せになれば…!」
「引っ込みつかなくなろう」
 義太夫は肩をすくめると、ため息をついた。
「まぁ、関白にしてみれば、いちいち面倒なことをするあやつが消えてくれた方がよいであろうが」
 助九郎は心配そうに義太夫の顔を伺う。
「義太夫殿、それは…まことに討死なさるつもりでは?」
 義太夫は苦笑しながら、空を仰いだ。
「どうかのう。あやつ、こうと決めたら後には引かぬ。かといって、やすやすと死ぬとも思えぬが…」

(やれやれ、困ったものよ)
 忠三郎がむきになるのは今に始まったことではない。
 だが、一度意地を張りだすと、どこまでも譲ろうとはしない。
「まぁ、いずれにせよ、岩石城を落とさねばならぬ」
 義太夫はそう言いながら、腰の刀を軽く叩く。
「さて、早速、下見に行くとしよう。ここはもう一工夫、必要かもしれぬな」

(まったく、鶴め。己の意地を通すために、どれほどの無茶をするつもりか)
 義太夫は小さく頭を振ると、助九郎を引き連れて歩き出した。
 
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