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26.筑紫の国
26-6. 抜刀隊
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四月一日。
月明かりのない新月の夜。
黒々と沈む夜の闇は、忍びの者にとっては絶好の帳。音もなく動き、気配を溶かし込むには、これ以上の時はなかろう。
「義太夫殿。あれにかがり火が…」
ひそやかな声が闇を裂く。
高木の梢にしがみつき、城内を伺っているのは、滝川助九郎。
義太夫は、口の端を持ち上げると、短く命じた。
「よし、降りて参れ。もう少し近くへ行き、火矢を放とうではないか」
風が吹く。
しかも、都合のいいことに、火を運ぶにうってつけの風だ。
義太夫は音もなく城壁へ向かう。
その後ろには、助太郎、助九郎、そして日本右衛門が影のように続いた。
「義太夫殿」
ふいに、日本右衛門が二人を追い越し、義太夫の隣に並んだ。
「此度の大役。それがしにお任せくだされ」
「お、おぉ。自信があるか?」
「はい。殿も義太夫殿も、若き頃より火を操る術に長けておられたと聞き及びました。火を操ってこそ、本物の素破――かようなこともあろうかと、それがし、火の中を歩く修行を積んで参りました」
――火の中を歩く?
暗がりで顔色こそ見えぬが、どうやら大まじめに言っているらしい。
(何ゆえ、そんな奇妙なことを……)
怪訝に思っていると、日本右衛門は、さも無念そうにこう続けた。
「されど、口から火を噴く技は習得できず…」
義太夫は、一瞬、何を言われたのか分からず、聞き返しそうになった。
「手から火を出すことも、未だままなりませぬ」
……いやいや、それはもう、忍術を超えて妖術の領域ではないか?
「さ、然様か」
義太夫は言葉を選びつつ、微妙な相槌を打つ。
火の中を歩く修行など、放下師(大道芸人)に扮するときですら試したことはない。
ましてや、口から火、手から火など――いや、それはもう火薬を仕込む以外にないではないか。
(甲賀の里では、ずいぶんと妙な話が広まっておるようじゃ……)
伝説の仙人や呪術師というものも、こうした妙な噂が積もり積もってできたものなのだろうか。
義太夫は苦笑しつつ、ぽつりと呟いた。
「世には伝説の武人も多いが、得てして人伝いに話が伝わり、奇妙なものになっていくものよ」
「はっ、まことに!」
日本右衛門はなぜか誇らしげに頷く。
その顔は、己もまた伝説のひとつにならんとする者のようであった。
「まあよい。手頃な屋根を狙い、矢を放て。括りつけた焙烙から火薬が飛び出せば、あとは勝手に燃え広がる」
「ハハッ!」
三人は、軽々と木に登り、城内を窺う。
義太夫が持たせたのは、火攻めの際に常用する焙烙玉ではない。
棒火矢――大鉄砲を改良したもので、矢を放ち、着弾と同時に火縄が引火し、火薬が爆発する仕組みだ。
この仕掛けは、かつて一益が考案したものであり、義太夫が受け継ぎ、完成させたものだ。
三人は、闇の中で静かに矢を番えた。
一瞬、風が凪ぎ――
次の瞬間、火矢が夜の城へ向けて、放たれた。
その軌跡は、まるで闇に閃く赤き龍のごとし。
そして、暫しの静寂――
(おや…)
城内は、まるで何事もなかったかのように静まり返っている。
(そろそろ爆発音が聞こえてもよいころじゃが……)
義太夫は腕を組み、じっと耳を澄ます。
しかし、待てども待てども、夜の闇は沈黙したままだ。
(火薬の量を間違えたか? いや、そんなことは……)
仕方がないので、木の上にいる三人に合図し、もう一度矢を撃たせる。
「……?」
耳をそばだてるが、やはり何も聞こえてこない。
(おかしい……)
その時――
「あっ!」
唐突に、日本右衛門が木の上で声を上げた。
そして、驚くほど素早く木から滑り降り、地面に着地する。
「大声を出すな。敵に知られるではないか!」
義太夫が慌てて制すると、日本右衛門は地面に手をつき、深々と頭を下げた。
「義太夫殿! どうかお許しを……」
「如何した?」
日本右衛門は涙目で、震える声で言った。
「それが……よく燃えるようにと、火縄に少し油を染みこませたつもりが……どうやら、水と油を間違えていたようで……」
「……何!? 火縄に水を染みこませたと!?」
義太夫は思わず声を上げる。
水を染み込ませた火縄では、せっかく火をつけても、矢が刺さるころにはすっかり消えてしまっているだろう。
「お許しくだされ……!」
「ムム……」
義太夫が唸っていると、異変を察した助太郎と助九郎も木から降りてきた。
「如何なされる? このままでは夜が明けてしまいまする」
三人が、義太夫の指示を待つように顔を見つめる。
義太夫は腕を組み、しばし考えた。
「三人とも、矢を放った場所は覚えておるか?」
「それがしは、あちらの屋根に……」
「わしは向こうの木に……」
「わしは手前の屋敷に……」
義太夫はフムフムと頷く。
三人がそれぞれ放った火矢は、火薬をたっぷり含んでいた。
位置的には、一番風上にある火薬が引火すれば、火が建物に燃え移り、そこから他の二箇所にも引火するはずだ。
――いずれにせよ、城を焼き尽くすつもりはない。
小火(ぼや)程度でも、城兵を驚かせ、士気を下げるには十分だ。
義太夫は決断した。
「致し方ない。わしが城に忍び込み、火をつけよう。」
その言葉に、三人が驚愕の声を上げる。
「エッ!?」
「では、わしも御供仕ります!」
「いや、わしが!」
「いや、ここはわしが!」
全員がついて来る気満々である。
「待て待て待て! 皆で行くとかえって目立つわ!」
義太夫は、やれやれとため息をつきつつ、手で制した。
「助太郎と日本右衛門はここで待て。煙を見たら、大手門の蒲生勢と搦め手(からめて)の前田勢に知らせ、門を破って中へ入るように伝えよ」
「しかし……!」
「よいから、これは命令じゃ!」
二人が不満げな顔をしつつも、仕方なく頷く。
義太夫は、それを見届けると、城壁近くの大木に目を向けた。
「さて……では、行ってくるか」
そして、音もなく身を翻し、するすると木を登り始める。
夜の闇に、義太夫の姿が溶けていった。
風が、そっと吹いた。
岩山に築かれた城だけあって、門以外の場所から侵入することなど想定外だったのだろう。人の気配はない。
義太夫は静かに飛び降り、辺りを伺う。
それを見た助九郎も後に続いた。
「義太夫殿、あちらに!」
助九郎が指さす方向には、二の丸館の屋根が見える。
(あそこか)
義太夫は、矢筒から火矢を取り出し、巻きつけた油紙に火を灯す。
狙いを定め――放つ。
(よし! 狙い通り!)
矢は屋根に突き刺さり、しばしの沈黙の後――
「ボンッ」
小さな音と共に、煙がふわりと舞い上がった。
「さすが義太夫殿! 見事、火薬に引火したようで!」
二人は期待に胸を膨らませながら、爆発を待った。
……待った。
……さらに待った。
だが、待てど暮らせど、大爆発は起きない。
「……こりゃ、火薬の量を間違えてしもうたか」
「義太夫殿!」
助九郎が慌てた声を上げる。
「大声を出すなと……あっ!」
二の丸門の付近から、松明を掲げた人影が続々と現れた。
――荒武者たちが、猛然とこちらへ向かってくる!
「拙い! 助九郎、屋根に登れ!」
二人は木に飛びつき、屋根へと飛び移った。
見下ろせば、左手に松明、右手に大刀を持った屈強な武者たちが、雄叫びをあげながら捜索している。
「恐ろしや……あ、あれはいったい……」
「城将・熊井越中守が率いる抜刀隊。これが恐ろしい剣の使い手ばかりで、抜刀隊の突撃から逃れた者はおらぬとか」
助九郎が、大友家の家人から聞いた話を震えながら思い出す。
「抜刀隊!? 何故、そんな恐ろしい者どもがいると先に言わぬのじゃ!」
「義太夫殿。先ほど義太夫殿は日本右衛門に『世には伝説の武人も多いが、得てして人から人へと話が伝わり、奇妙な話となるもの』と仰せられたではありませぬか。わしも、ただの噂と思うたのでござります」
「あれが伝説に見えるか!?」
下には、伝説どころか生々しい荒武者たちが、抜き身の大刀を携え、血眼になって侵入者を探している。
「如何なされる? 煙が上がらねば、寄せ手は攻め入らぬのでは?」
「うーむ……」
その時――
「梯子を掛けております!」
「なにぃ!? それは一大事じゃ!」
義太夫は慌てて立ち上がり、梯子を蹴り飛ばすと、懐から鳥の子を取り出した。
「助九郎! 鳥の子を巻きながら逃げるのじゃ!」
白い粉が宙に舞い、辺り一面に煙が立ち込める。
二人はその隙に屋根から飛び降り、闇の中を全力で駆けた。
「義太夫殿! まだ火薬に火をつけておりませぬぞ!」
「まずは逃げるのじゃ! 血の気の多そうな連中じゃ、まともに相手をしては命がいくつあっても足りぬわい!」
二の丸を抜け、三の丸へと走る頃には、追手の数は三倍に膨れ上がっていた。
「如何なされる?」
助九郎が息を切らしながら問いかける。
義太夫は足を止めることなく、走りながら草鞋の紐を締め直す。
そして、深く息を吸い込むと――
「いざ参らん! 助九郎、死に物狂いで走るのじゃ!」
「ハハッ!」
二人は全速力で本丸大手門を目指して駆け出した。
一方、その頃――
本丸の外で煙が上がるのを待っていた助太郎と日本右衛門。
「……一向に煙が見えませぬ」
何度も木に登って城内を見張っていた日本右衛門が、焦れたように木から飛び降りた。
助太郎は腕を組みながら首を傾げる。
「いや……先ほど、火薬が引火したにしては小さいが、確かに煙を見たぞ」
ふと、風がかすかな煙の香りを運んできた。
助太郎も木に登り、目を凝らすと――確かに、わずかだが煙がたなびいているのが見える。
しかし、それを見た日本右衛門は怪訝な顔をした。
「されど、あれは鳥の子では?」
――鳥の子。
それを聞いた助太郎も、思わず目を細める。
確かに、あの白い煙は火薬の爆発によるものではない。義太夫が敵に見つかったときに投げる「煙幕」……つまり、敵に見つかり、逃げているのではないか?
助太郎は険しい顔で息を呑んだ。
「……これ以上待っても無駄かもしれぬ。早々に軍勢を中に入れねば、義太夫殿と助九郎が危うい」
迷う暇はなかった。
二人は、即座に駆け出す。
助太郎は忠三郎のいる大手門へ、日本右衛門は前田孫四郎のいる搦め手口へ。
義太夫と助九郎が、今まさに追われているその間に――
城を討つための軍勢が、動き出そうとしていた。
月明かりのない新月の夜。
黒々と沈む夜の闇は、忍びの者にとっては絶好の帳。音もなく動き、気配を溶かし込むには、これ以上の時はなかろう。
「義太夫殿。あれにかがり火が…」
ひそやかな声が闇を裂く。
高木の梢にしがみつき、城内を伺っているのは、滝川助九郎。
義太夫は、口の端を持ち上げると、短く命じた。
「よし、降りて参れ。もう少し近くへ行き、火矢を放とうではないか」
風が吹く。
しかも、都合のいいことに、火を運ぶにうってつけの風だ。
義太夫は音もなく城壁へ向かう。
その後ろには、助太郎、助九郎、そして日本右衛門が影のように続いた。
「義太夫殿」
ふいに、日本右衛門が二人を追い越し、義太夫の隣に並んだ。
「此度の大役。それがしにお任せくだされ」
「お、おぉ。自信があるか?」
「はい。殿も義太夫殿も、若き頃より火を操る術に長けておられたと聞き及びました。火を操ってこそ、本物の素破――かようなこともあろうかと、それがし、火の中を歩く修行を積んで参りました」
――火の中を歩く?
暗がりで顔色こそ見えぬが、どうやら大まじめに言っているらしい。
(何ゆえ、そんな奇妙なことを……)
怪訝に思っていると、日本右衛門は、さも無念そうにこう続けた。
「されど、口から火を噴く技は習得できず…」
義太夫は、一瞬、何を言われたのか分からず、聞き返しそうになった。
「手から火を出すことも、未だままなりませぬ」
……いやいや、それはもう、忍術を超えて妖術の領域ではないか?
「さ、然様か」
義太夫は言葉を選びつつ、微妙な相槌を打つ。
火の中を歩く修行など、放下師(大道芸人)に扮するときですら試したことはない。
ましてや、口から火、手から火など――いや、それはもう火薬を仕込む以外にないではないか。
(甲賀の里では、ずいぶんと妙な話が広まっておるようじゃ……)
伝説の仙人や呪術師というものも、こうした妙な噂が積もり積もってできたものなのだろうか。
義太夫は苦笑しつつ、ぽつりと呟いた。
「世には伝説の武人も多いが、得てして人伝いに話が伝わり、奇妙なものになっていくものよ」
「はっ、まことに!」
日本右衛門はなぜか誇らしげに頷く。
その顔は、己もまた伝説のひとつにならんとする者のようであった。
「まあよい。手頃な屋根を狙い、矢を放て。括りつけた焙烙から火薬が飛び出せば、あとは勝手に燃え広がる」
「ハハッ!」
三人は、軽々と木に登り、城内を窺う。
義太夫が持たせたのは、火攻めの際に常用する焙烙玉ではない。
棒火矢――大鉄砲を改良したもので、矢を放ち、着弾と同時に火縄が引火し、火薬が爆発する仕組みだ。
この仕掛けは、かつて一益が考案したものであり、義太夫が受け継ぎ、完成させたものだ。
三人は、闇の中で静かに矢を番えた。
一瞬、風が凪ぎ――
次の瞬間、火矢が夜の城へ向けて、放たれた。
その軌跡は、まるで闇に閃く赤き龍のごとし。
そして、暫しの静寂――
(おや…)
城内は、まるで何事もなかったかのように静まり返っている。
(そろそろ爆発音が聞こえてもよいころじゃが……)
義太夫は腕を組み、じっと耳を澄ます。
しかし、待てども待てども、夜の闇は沈黙したままだ。
(火薬の量を間違えたか? いや、そんなことは……)
仕方がないので、木の上にいる三人に合図し、もう一度矢を撃たせる。
「……?」
耳をそばだてるが、やはり何も聞こえてこない。
(おかしい……)
その時――
「あっ!」
唐突に、日本右衛門が木の上で声を上げた。
そして、驚くほど素早く木から滑り降り、地面に着地する。
「大声を出すな。敵に知られるではないか!」
義太夫が慌てて制すると、日本右衛門は地面に手をつき、深々と頭を下げた。
「義太夫殿! どうかお許しを……」
「如何した?」
日本右衛門は涙目で、震える声で言った。
「それが……よく燃えるようにと、火縄に少し油を染みこませたつもりが……どうやら、水と油を間違えていたようで……」
「……何!? 火縄に水を染みこませたと!?」
義太夫は思わず声を上げる。
水を染み込ませた火縄では、せっかく火をつけても、矢が刺さるころにはすっかり消えてしまっているだろう。
「お許しくだされ……!」
「ムム……」
義太夫が唸っていると、異変を察した助太郎と助九郎も木から降りてきた。
「如何なされる? このままでは夜が明けてしまいまする」
三人が、義太夫の指示を待つように顔を見つめる。
義太夫は腕を組み、しばし考えた。
「三人とも、矢を放った場所は覚えておるか?」
「それがしは、あちらの屋根に……」
「わしは向こうの木に……」
「わしは手前の屋敷に……」
義太夫はフムフムと頷く。
三人がそれぞれ放った火矢は、火薬をたっぷり含んでいた。
位置的には、一番風上にある火薬が引火すれば、火が建物に燃え移り、そこから他の二箇所にも引火するはずだ。
――いずれにせよ、城を焼き尽くすつもりはない。
小火(ぼや)程度でも、城兵を驚かせ、士気を下げるには十分だ。
義太夫は決断した。
「致し方ない。わしが城に忍び込み、火をつけよう。」
その言葉に、三人が驚愕の声を上げる。
「エッ!?」
「では、わしも御供仕ります!」
「いや、わしが!」
「いや、ここはわしが!」
全員がついて来る気満々である。
「待て待て待て! 皆で行くとかえって目立つわ!」
義太夫は、やれやれとため息をつきつつ、手で制した。
「助太郎と日本右衛門はここで待て。煙を見たら、大手門の蒲生勢と搦め手(からめて)の前田勢に知らせ、門を破って中へ入るように伝えよ」
「しかし……!」
「よいから、これは命令じゃ!」
二人が不満げな顔をしつつも、仕方なく頷く。
義太夫は、それを見届けると、城壁近くの大木に目を向けた。
「さて……では、行ってくるか」
そして、音もなく身を翻し、するすると木を登り始める。
夜の闇に、義太夫の姿が溶けていった。
風が、そっと吹いた。
岩山に築かれた城だけあって、門以外の場所から侵入することなど想定外だったのだろう。人の気配はない。
義太夫は静かに飛び降り、辺りを伺う。
それを見た助九郎も後に続いた。
「義太夫殿、あちらに!」
助九郎が指さす方向には、二の丸館の屋根が見える。
(あそこか)
義太夫は、矢筒から火矢を取り出し、巻きつけた油紙に火を灯す。
狙いを定め――放つ。
(よし! 狙い通り!)
矢は屋根に突き刺さり、しばしの沈黙の後――
「ボンッ」
小さな音と共に、煙がふわりと舞い上がった。
「さすが義太夫殿! 見事、火薬に引火したようで!」
二人は期待に胸を膨らませながら、爆発を待った。
……待った。
……さらに待った。
だが、待てど暮らせど、大爆発は起きない。
「……こりゃ、火薬の量を間違えてしもうたか」
「義太夫殿!」
助九郎が慌てた声を上げる。
「大声を出すなと……あっ!」
二の丸門の付近から、松明を掲げた人影が続々と現れた。
――荒武者たちが、猛然とこちらへ向かってくる!
「拙い! 助九郎、屋根に登れ!」
二人は木に飛びつき、屋根へと飛び移った。
見下ろせば、左手に松明、右手に大刀を持った屈強な武者たちが、雄叫びをあげながら捜索している。
「恐ろしや……あ、あれはいったい……」
「城将・熊井越中守が率いる抜刀隊。これが恐ろしい剣の使い手ばかりで、抜刀隊の突撃から逃れた者はおらぬとか」
助九郎が、大友家の家人から聞いた話を震えながら思い出す。
「抜刀隊!? 何故、そんな恐ろしい者どもがいると先に言わぬのじゃ!」
「義太夫殿。先ほど義太夫殿は日本右衛門に『世には伝説の武人も多いが、得てして人から人へと話が伝わり、奇妙な話となるもの』と仰せられたではありませぬか。わしも、ただの噂と思うたのでござります」
「あれが伝説に見えるか!?」
下には、伝説どころか生々しい荒武者たちが、抜き身の大刀を携え、血眼になって侵入者を探している。
「如何なされる? 煙が上がらねば、寄せ手は攻め入らぬのでは?」
「うーむ……」
その時――
「梯子を掛けております!」
「なにぃ!? それは一大事じゃ!」
義太夫は慌てて立ち上がり、梯子を蹴り飛ばすと、懐から鳥の子を取り出した。
「助九郎! 鳥の子を巻きながら逃げるのじゃ!」
白い粉が宙に舞い、辺り一面に煙が立ち込める。
二人はその隙に屋根から飛び降り、闇の中を全力で駆けた。
「義太夫殿! まだ火薬に火をつけておりませぬぞ!」
「まずは逃げるのじゃ! 血の気の多そうな連中じゃ、まともに相手をしては命がいくつあっても足りぬわい!」
二の丸を抜け、三の丸へと走る頃には、追手の数は三倍に膨れ上がっていた。
「如何なされる?」
助九郎が息を切らしながら問いかける。
義太夫は足を止めることなく、走りながら草鞋の紐を締め直す。
そして、深く息を吸い込むと――
「いざ参らん! 助九郎、死に物狂いで走るのじゃ!」
「ハハッ!」
二人は全速力で本丸大手門を目指して駆け出した。
一方、その頃――
本丸の外で煙が上がるのを待っていた助太郎と日本右衛門。
「……一向に煙が見えませぬ」
何度も木に登って城内を見張っていた日本右衛門が、焦れたように木から飛び降りた。
助太郎は腕を組みながら首を傾げる。
「いや……先ほど、火薬が引火したにしては小さいが、確かに煙を見たぞ」
ふと、風がかすかな煙の香りを運んできた。
助太郎も木に登り、目を凝らすと――確かに、わずかだが煙がたなびいているのが見える。
しかし、それを見た日本右衛門は怪訝な顔をした。
「されど、あれは鳥の子では?」
――鳥の子。
それを聞いた助太郎も、思わず目を細める。
確かに、あの白い煙は火薬の爆発によるものではない。義太夫が敵に見つかったときに投げる「煙幕」……つまり、敵に見つかり、逃げているのではないか?
助太郎は険しい顔で息を呑んだ。
「……これ以上待っても無駄かもしれぬ。早々に軍勢を中に入れねば、義太夫殿と助九郎が危うい」
迷う暇はなかった。
二人は、即座に駆け出す。
助太郎は忠三郎のいる大手門へ、日本右衛門は前田孫四郎のいる搦め手口へ。
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