獅子の末裔

卯花月影

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28.揺らぐ天下

28-3. 諸人、地に祈るとき

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 高山右近は、一族郎党を伴い、小西行長の領地である小豆島へ旅立つと言っていた。
 波静かな瀬戸内の島――その地では、小西行長の尽力によってイエズス会の宣教師、グレゴリオ・デ・セスペデスが南蛮寺を新たに築き、人々に福音の光を伝えているという。
 騒のささやきに耳を澄ますようなその島では、異国の鐘が朝ごとに鳴り、祈りの声が風とともに天へ昇ってゆく。
 日々を労し、なおも貧しき者、病める者、蔑まれし者たちが、祈りのうちに生きている。
 堺へ帰る途中の道すがら、忠三郎はふと漏らした。
「キリシタンの教えはなにゆえ、かように多くのものたちを引き寄せるのでござりましょうな」
 右近はわずかに目を細め、微笑を浮かべて答えた。
「――幸いなるかな、心の貧しき者。天の国はその人のものなり、と。世の理に背を向けられし者こそが、真に福音を聞き入れる耳を持つものかと。飢え、嘆き、虐げられてきた者たちが、伴天連の語る『創造主の愛』に、はじめて自らの価値を見出すのでござります」
 右近の声に熱がこもる。
「幸いなるかな、悲しむ者。その人は慰められん。癩を病み、村の外れに追いやられた者のために宿が建てられ、さらには、穢れとされた者たち――穢多・非人と呼ばれ、人としての名すら奪われた者たちに、食事を備え、共に祈り、共に生きる道を示す。それは世の秩序に反するようでいて、まことの天の国の姿なのでございます」
 その光景は、まるで天地創造の最初の朝――神が“光あれ”と言われたときのように、新しき命をこの地に息づかせていた。

 やがて、アルメイダ神父が天竺より取り寄せた薬、大風子油が島に届けられた。
 それを受け取ったセスペデス神父と信者たちは、癩を患う者たちのもとへと日々足を運ぶ。
 恐れることなく傷口を洗い、包帯を巻き、癒しの祈りを捧げるその姿は、まさしく主の御業そのものだった。

 癩の者たちは、幾度も涙した。
 この世で捨てられ、見放された己の身に、初めて人の手が触れ、祈りが与えられた瞬間。
 そこに在ったのは奇蹟であり、愛の化身であった。

 小豆島のキリシタンたちは、皆が「兄弟」となった。
 朝には賛美の歌が海風とともに響き、夜には一つの灯がともり、創造主の言葉を分かち合う。
 争いも、隔ての壁もなく、誰もが『神の子』としてそこにいた。

 それは、忠三郎がこれまで見たことのない景色だった。
 剣もなく、位もなく、それでも揺るがぬ心で立つ者たちの姿。
 右近が目指した信仰の道が、まさしくそこにあった。
 刀や名誉に頼らずとも、人の心を変え、救いをもたらすものが、確かに存在していた。
 それは、時に邪教と呼ばれ、疎まれながらも、なお人々の心に深く、静かに根を下ろしてゆく――光を宿す奇蹟だった。


 その日、小西隆佐のもとを辞してからの帰り道、忠三郎は堺の町を歩いた。
 ふと見上げると、秋の夜空には星が瞬き、家々の灯が海へ滲んでゆく。
 右近が語った話――癩の者に手を差し伸べ、穢れとされた者と食事をし、天を仰いで祈る人々。
 それはこの国にあって、異質でありながら、確かに美しく、正しいもののように思えた。

(わしの歩んできた道は……果たして、正しかったのだろうか)

 忠三郎の中に、いつしか消えたはずの問いが、また息を吹き返していた。
 血と名誉の道では届かぬものが、たしかに存在する。
 それは決して弱さではなく、強さのかたちだった。

 思わず立ち止まったそのとき、秋風がそっと袂を揺らした。
 その風に乗って、どこからともなく鐘の音が響いた気がした。
 それは現し世の音ではなかった。――心の奥に、静かに鳴る鐘。
 まるで、神の方へと歩み出せ、と告げるように。


 天正十五年も、残りわずかとなったある晩のこと。松坂城で、忠三郎は囲炉裏の火を見つめながら、一通の文に目を落としていた。
 それは、ようやく肥後の一揆が鎮められたという知らせであった。
「一揆の因果は、佐々様の御政道に瑕瑾ありとのことにござります」
 そっと言葉を落としたのは、町野左近である。静かな口調ながら、その奥には、何か腑に落ちぬ思いがにじんでいた。
 忠三郎は火の粉を払うように、扇を軽くあおぎながら言葉を継いだ。
「内蔵助殿は、越中において長年よく国を保ち、民を治めてきた御仁にてあろう。それが、かような一揆を呼ぶほどの失策をなすなど、いささか合点がゆかぬ」
 言葉の端に、ふと翳りが射した。
 ――何かが、見えぬところで動いている。
 佐々成政の「失策」とされる噂は、ただ一介の噂にとどまらない。
  秀吉が九州や四国の諸将に宛てた書状にも、あえてその言葉が用いられていたという。

 まるで、誰かの失をことさらに強調し、諸大名にそれを知らしめるがごとく。
 その文の行間から墨のような影が滲む。

(……あれは、本当に内蔵助殿の誤りであったのか?)

 忠三郎の心に、淡い霧のような疑念が立ちのぼる。
 豊臣秀吉――かつては信長公の下で、戦功を重ねてのし上がった男。
 しかし、天下を望むその眼差しには、時折、測りがたい深さと冷たさが宿ることがあった。
 栄華の裏に、ひとつ、またひとつと落ちてゆく影。
 失政とされ、討たれ、排されてゆく者たち――。
 それは果たして、己が咎によるものなのか、それとも――。


 春がめぐり、天正十六年の卯月。
 京の空はうららかに晴れわたり、桜の名残を惜しむ風が聚楽第の堀端を吹き抜けていた。

 忠三郎は、なんとなく心に靄のようなものを抱えたまま、松坂を発って上洛した。
 それは、肥後の一揆が残したざらついた記憶のせいか、あるいは、伴天連禁制のためか。

 秀吉が力を尽くして造り上げた聚楽第は、絢爛そのものだった。
 かの帝を迎えるため、諸将がそれぞれ威を競うかのように装い、声をひそめては世の趨勢を語り合っていた。
 そのなかで、忠三郎もまた、帝の御前にて和歌を奉じた。

「仰ぐ代の 人の心の たねとてや ちとせを契る 松のことの葉」

 声はよく通り、堂々たる詠みぶりであった。
 その場に居並ぶ公卿・大名たちの間には、感嘆の声があがる。
「見事なる詠みぶり」「まこと、武と文の両道に通ずる御方よ」と、賞賛の声が忠三郎のもとに押し寄せた。
 だが、当の忠三郎の胸には、不思議と晴れやかな思いが湧かなかった。
 言葉は確かに選び抜かれ、調べも整っていた。けれども、そこに宿るべき心が、自らの内に見い出せていなかった。

 あの歌に込めた「人の心のたね」とは、果たして誰の心のことだったのか。
 帝か、秀吉か、自らか――。

 大広間の障子をすかして、やわらかな春の陽が射していた。
 その光はあたたかく、すべてを照らすかのように見えながら、忠三郎の胸の内にうずまく影だけは、決して届かぬ場所にあった。
(……この栄華のうちに、どこか、音もなく崩れてゆくものがある)
 そう呟くように、心の奥底で何かがそっと鳴った。
 声にはならぬその響きだけが、歌の余韻にまぎれて、忠三郎の耳に残りつづける。

 聚楽第の華やぎから離れ、屋敷へと戻る道すがら、忠三郎の足取りは、どこか覚束なかった。
 京の春はなお穏やかで、屋敷に戻るまでの道すじには、花の余香と柔らかな陽が差していたが、そのどれもが心を晴らすには至らなかった。
 胸の奥に澱のように沈むもの――。それは、秀吉の笑顔の奥に垣間見えた冷たい影であり、聚楽第の壁にひそかに揺らめいていた未来への不安でもあった。

 門をくぐり、袴の裾を払って上がったそのとき、不意に侍女が囁いた。
「黒田官兵衛様がお越しにございます」
 蒲生家の隣に館を構えるその知略の士――だが、今日の官兵衛の面差しには、いつもの冷静さに翳りが差していた。
 額に薄く汗が浮いている。目の下には、かすかに疲労の影が刻まれていた。
「官兵衛殿。ご無事で何よりにございます」
 忠三郎は座しながら、静かに言った。
 官兵衛は口元にわずかな笑みを浮かべたが、それもすぐに霧のように消えた。
「いくつか、御身にお知らせせねばならぬことがあり、こうして参上つかまつりました」
「知らせることとは……?」
 官兵衛は襟元を正し、声を潜めるようにして告げる。

「まずは――高山右近殿のこと」
 その名に、忠三郎の胸がわずかに波立つ。
「右近殿に何か?」
「小西殿が、小豆島から肥後へと移封となりました」
「小西殿が、肥後へ」
 その言葉の意味するところを、忠三郎はすぐに悟った。
「では……内蔵助殿は」
「佐々殿は、すでに大坂まで来ておられるのでござる」
「大坂へ……」
「殿下に詫びを入れると仰せになり、周囲の制止も聞かず、御目通りを願うておるが……未だ許されず、謹慎のまま」
 官兵衛は淡々と告げたが、その口調の底には、深く測りかねぬ思いが潜んでいた。
「……右近殿は、今、いずこに」
 忠三郎の問いに、官兵衛はしばし目を伏せた。
「これもまた、難儀なこと。殿下は、右近殿を伴天連から引き離したいとお考えゆえ……キリシタンのいない地を選び、ひそかに落ち延びてもらうより他に道はなきかと」
 忠三郎は返す言葉もなく口をつぐんだ。

 障子の隙間を縫って、細く鋭い風が吹き込んだ。
 春の訪れを告げるはずの季節に、どこか秋の終わりを思わせる冷たさが混じっている。
 花は咲けど、心はほころばぬ。忠三郎は、胸の奥にわだかまるものを抱えたまま、官兵衛の前に静かに座していた。
 その官兵衛は、いつもと変わらぬ姿である。
 甲冑を脱ぎ、簡素な直垂に身を包んだその身からは、戦や政の疲れを見せる気配はなく、ただ淡々と、無駄のない口調で言葉を紡いでいく。

「――小西殿が小豆島より肥後に移封となりました。それにより、右近殿は孤立するかたちになりますな」
「……なるほど」
 忠三郎の声はかすかに揺れていた。

 右近を排し、佐々成政を「失政」の名のもとに処す――
 それは表向きの理屈ではあるが、秀吉の胸中にある真の意図は、もっと深い場所に潜んでいる。
 人の心を読み、笑みの奥に刃を忍ばせるあの男の手並みは、もはや誰の目にもあらわとなっていた。

 だが、官兵衛はそれについて善悪の論を語らない。
 ただ一人、冷たい川の中を裸足で歩むように、情に溺れることなく事実だけを伝える。
 それが、この男の強さであり、また哀しさでもあるのかもしれない。
「佐々殿は、すでに大坂へ入られました」
「大坂へ……?」
「殿下に詫びを入れたいとのことで、周囲の制止も聞かずに上ってこられた。されど、未だ謁見は許されておりませぬ」
 言葉は乾いていた。無情ではないが、情を交えぬ声。
 忠三郎は小さく息を呑み、問う。
「……では、右近殿は?」
 官兵衛は一瞬、目を伏せた。その瞳の奥に、ほんのわずかに影が揺れた気がした。
「殿下は、右近殿を伴天連から遠ざけたいと思し召しじゃ。キリシタンの少ない地に移ってもらうよりありますまい」
「……そうか」
 声に出したものの、その言葉は、喉の奥で絡まりそうだった。

 障子の隙間をすり抜けて吹き込む春の風は、どこか季節にそぐわぬ冷たさを帯びていた。
 炉の火はほのかに赤く揺れ、その光が、黒田官兵衛の面差しをぼんやりと照らす。その顔には、戦を知る者特有の翳りがある。
 同時に、どこか温かな気配があった――それは、幾多の命の重さを胸に抱えながら、確かな信仰に生きる者の眼差しだった。

「佐々殿が、忠三郎殿にお目にかかりたいと仰せで」
 官兵衛の声は落ち着いていた。だがその言葉の奥に、沈みきった湖底のような静かな哀しみが滲む。
「内蔵助殿が?」
 春の風がまた、障子の隙間をすり抜けて、静かに室内を撫でてゆく。
「それがしに会いたいと申されたのですか」
 忠三郎の声は、静かであったが、奥底にある微かなざわめきは隠しきれない。
 長きにわたる軍務の中で顔を合わせたことこそあれ、言葉を深く交わした覚えはない。むしろ、互いに一線を保ちつつ歩んできた関係だ。

 なぜ、今――この時に、自分を呼ぶのか。
 官兵衛は、その問いにすぐさま答えることなく、炭火の揺らめきを見つめていた。
 やがて、静かに口を開く。
「……内蔵助殿は、今、大坂にて謹慎の身。目通りの許しは未だ下らぬままにござる。殿下のお気持ちは、如何ともしがたく……もはや、これ以上なにかを許される見込みは薄いと思われまする」
 言葉は穏やかであったが、その奥にある断ちがたい響きは、忠三郎の耳に確かに届いた。
 切腹――その言葉を、官兵衛は使わなかった。
 だが、用いずとも、そこに至る運命をすでに受け容れている者の声であった。

 忠三郎は、静かに息を吐く。
 たとえ言葉を濁そうと、官兵衛のような男は、真を隠し通す術を心得ている。
 それゆえに――余計に、それが伝わる。
「……官兵衛殿。内蔵助殿は……まことに、それがしを望んでおられるので?」
 問いかける声に、官兵衛は目を細める。
 まなざしはやや伏し目がちに、しかし、どこか祈るような静けさを帯びていた。
「お応えはいたしませぬ。されど……お心のままに」
 それは、拒まず、勧めもせず、ただ“委ねる”という、キリシタンらしい温かみを滲ませた返答だった。
 忠三郎は、しばし思いを巡らせた。
 なぜ、かつて深く交わらぬままに過ぎた男が、自分を呼ぶのか。
 その理由は、今もって分からない。
 だが、武に生き、信に仕え、名を背負い、時に人を斬り、そしていま――迷いのただ中にある己に、何かを託したい者がいるのだとしたら。
(……行かねばなるまい)
 思いは言葉にならず、ただ胸の奥でひとつ、灯がともったように澄んでゆく。
 忠三郎は立ち上がり、火の前で袴を正すと、官兵衛に向き直ってひとつ深く頭を下げた。
「お知らせ、かたじけなく存じまする」
 官兵衛は、その姿をじっと見つめながら、黙してうなずいた。
 それは、策をめぐらす軍師としてではなく、ひとりの信仰者として、ひとの決意を見送る眼差しだった。
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