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28.揺らぐ天下
28-3. 諸人、地に祈るとき
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高山右近は、一族郎党を伴い、小西行長の領地である小豆島へ旅立つと言っていた。
波静かな瀬戸内の島――その地では、小西行長の尽力によってイエズス会の宣教師、グレゴリオ・デ・セスペデスが南蛮寺を新たに築き、人々に福音の光を伝えているという。
騒のささやきに耳を澄ますようなその島では、異国の鐘が朝ごとに鳴り、祈りの声が風とともに天へ昇ってゆく。
日々を労し、なおも貧しき者、病める者、蔑まれし者たちが、祈りのうちに生きている。
堺へ帰る途中の道すがら、忠三郎はふと漏らした。
「キリシタンの教えはなにゆえ、かように多くのものたちを引き寄せるのでござりましょうな」
右近はわずかに目を細め、微笑を浮かべて答えた。
「――幸いなるかな、心の貧しき者。天の国はその人のものなり、と。世の理に背を向けられし者こそが、真に福音を聞き入れる耳を持つものかと。飢え、嘆き、虐げられてきた者たちが、伴天連の語る『創造主の愛』に、はじめて自らの価値を見出すのでござります」
右近の声に熱がこもる。
「幸いなるかな、悲しむ者。その人は慰められん。癩を病み、村の外れに追いやられた者のために宿が建てられ、さらには、穢れとされた者たち――穢多・非人と呼ばれ、人としての名すら奪われた者たちに、食事を備え、共に祈り、共に生きる道を示す。それは世の秩序に反するようでいて、まことの天の国の姿なのでございます」
その光景は、まるで天地創造の最初の朝――神が“光あれ”と言われたときのように、新しき命をこの地に息づかせていた。
やがて、アルメイダ神父が天竺より取り寄せた薬、大風子油が島に届けられた。
それを受け取ったセスペデス神父と信者たちは、癩を患う者たちのもとへと日々足を運ぶ。
恐れることなく傷口を洗い、包帯を巻き、癒しの祈りを捧げるその姿は、まさしく主の御業そのものだった。
癩の者たちは、幾度も涙した。
この世で捨てられ、見放された己の身に、初めて人の手が触れ、祈りが与えられた瞬間。
そこに在ったのは奇蹟であり、愛の化身であった。
小豆島のキリシタンたちは、皆が「兄弟」となった。
朝には賛美の歌が海風とともに響き、夜には一つの灯がともり、創造主の言葉を分かち合う。
争いも、隔ての壁もなく、誰もが『神の子』としてそこにいた。
それは、忠三郎がこれまで見たことのない景色だった。
剣もなく、位もなく、それでも揺るがぬ心で立つ者たちの姿。
右近が目指した信仰の道が、まさしくそこにあった。
刀や名誉に頼らずとも、人の心を変え、救いをもたらすものが、確かに存在していた。
それは、時に邪教と呼ばれ、疎まれながらも、なお人々の心に深く、静かに根を下ろしてゆく――光を宿す奇蹟だった。
その日、小西隆佐のもとを辞してからの帰り道、忠三郎は堺の町を歩いた。
ふと見上げると、秋の夜空には星が瞬き、家々の灯が海へ滲んでゆく。
右近が語った話――癩の者に手を差し伸べ、穢れとされた者と食事をし、天を仰いで祈る人々。
それはこの国にあって、異質でありながら、確かに美しく、正しいもののように思えた。
(わしの歩んできた道は……果たして、正しかったのだろうか)
忠三郎の中に、いつしか消えたはずの問いが、また息を吹き返していた。
血と名誉の道では届かぬものが、たしかに存在する。
それは決して弱さではなく、強さのかたちだった。
思わず立ち止まったそのとき、秋風がそっと袂を揺らした。
その風に乗って、どこからともなく鐘の音が響いた気がした。
それは現し世の音ではなかった。――心の奥に、静かに鳴る鐘。
まるで、神の方へと歩み出せ、と告げるように。
天正十五年も、残りわずかとなったある晩のこと。松坂城で、忠三郎は囲炉裏の火を見つめながら、一通の文に目を落としていた。
それは、ようやく肥後の一揆が鎮められたという知らせであった。
「一揆の因果は、佐々様の御政道に瑕瑾ありとのことにござります」
そっと言葉を落としたのは、町野左近である。静かな口調ながら、その奥には、何か腑に落ちぬ思いがにじんでいた。
忠三郎は火の粉を払うように、扇を軽くあおぎながら言葉を継いだ。
「内蔵助殿は、越中において長年よく国を保ち、民を治めてきた御仁にてあろう。それが、かような一揆を呼ぶほどの失策をなすなど、いささか合点がゆかぬ」
言葉の端に、ふと翳りが射した。
――何かが、見えぬところで動いている。
佐々成政の「失策」とされる噂は、ただ一介の噂にとどまらない。
秀吉が九州や四国の諸将に宛てた書状にも、あえてその言葉が用いられていたという。
まるで、誰かの失をことさらに強調し、諸大名にそれを知らしめるがごとく。
その文の行間から墨のような影が滲む。
(……あれは、本当に内蔵助殿の誤りであったのか?)
忠三郎の心に、淡い霧のような疑念が立ちのぼる。
豊臣秀吉――かつては信長公の下で、戦功を重ねてのし上がった男。
しかし、天下を望むその眼差しには、時折、測りがたい深さと冷たさが宿ることがあった。
栄華の裏に、ひとつ、またひとつと落ちてゆく影。
失政とされ、討たれ、排されてゆく者たち――。
それは果たして、己が咎によるものなのか、それとも――。
春がめぐり、天正十六年の卯月。
京の空はうららかに晴れわたり、桜の名残を惜しむ風が聚楽第の堀端を吹き抜けていた。
忠三郎は、なんとなく心に靄のようなものを抱えたまま、松坂を発って上洛した。
それは、肥後の一揆が残したざらついた記憶のせいか、あるいは、伴天連禁制のためか。
秀吉が力を尽くして造り上げた聚楽第は、絢爛そのものだった。
かの帝を迎えるため、諸将がそれぞれ威を競うかのように装い、声をひそめては世の趨勢を語り合っていた。
そのなかで、忠三郎もまた、帝の御前にて和歌を奉じた。
「仰ぐ代の 人の心の たねとてや ちとせを契る 松のことの葉」
声はよく通り、堂々たる詠みぶりであった。
その場に居並ぶ公卿・大名たちの間には、感嘆の声があがる。
「見事なる詠みぶり」「まこと、武と文の両道に通ずる御方よ」と、賞賛の声が忠三郎のもとに押し寄せた。
だが、当の忠三郎の胸には、不思議と晴れやかな思いが湧かなかった。
言葉は確かに選び抜かれ、調べも整っていた。けれども、そこに宿るべき心が、自らの内に見い出せていなかった。
あの歌に込めた「人の心のたね」とは、果たして誰の心のことだったのか。
帝か、秀吉か、自らか――。
大広間の障子をすかして、やわらかな春の陽が射していた。
その光はあたたかく、すべてを照らすかのように見えながら、忠三郎の胸の内にうずまく影だけは、決して届かぬ場所にあった。
(……この栄華のうちに、どこか、音もなく崩れてゆくものがある)
そう呟くように、心の奥底で何かがそっと鳴った。
声にはならぬその響きだけが、歌の余韻にまぎれて、忠三郎の耳に残りつづける。
聚楽第の華やぎから離れ、屋敷へと戻る道すがら、忠三郎の足取りは、どこか覚束なかった。
京の春はなお穏やかで、屋敷に戻るまでの道すじには、花の余香と柔らかな陽が差していたが、そのどれもが心を晴らすには至らなかった。
胸の奥に澱のように沈むもの――。それは、秀吉の笑顔の奥に垣間見えた冷たい影であり、聚楽第の壁にひそかに揺らめいていた未来への不安でもあった。
門をくぐり、袴の裾を払って上がったそのとき、不意に侍女が囁いた。
「黒田官兵衛様がお越しにございます」
蒲生家の隣に館を構えるその知略の士――だが、今日の官兵衛の面差しには、いつもの冷静さに翳りが差していた。
額に薄く汗が浮いている。目の下には、かすかに疲労の影が刻まれていた。
「官兵衛殿。ご無事で何よりにございます」
忠三郎は座しながら、静かに言った。
官兵衛は口元にわずかな笑みを浮かべたが、それもすぐに霧のように消えた。
「いくつか、御身にお知らせせねばならぬことがあり、こうして参上つかまつりました」
「知らせることとは……?」
官兵衛は襟元を正し、声を潜めるようにして告げる。
「まずは――高山右近殿のこと」
その名に、忠三郎の胸がわずかに波立つ。
「右近殿に何か?」
「小西殿が、小豆島から肥後へと移封となりました」
「小西殿が、肥後へ」
その言葉の意味するところを、忠三郎はすぐに悟った。
「では……内蔵助殿は」
「佐々殿は、すでに大坂まで来ておられるのでござる」
「大坂へ……」
「殿下に詫びを入れると仰せになり、周囲の制止も聞かず、御目通りを願うておるが……未だ許されず、謹慎のまま」
官兵衛は淡々と告げたが、その口調の底には、深く測りかねぬ思いが潜んでいた。
「……右近殿は、今、いずこに」
忠三郎の問いに、官兵衛はしばし目を伏せた。
「これもまた、難儀なこと。殿下は、右近殿を伴天連から引き離したいとお考えゆえ……キリシタンのいない地を選び、ひそかに落ち延びてもらうより他に道はなきかと」
忠三郎は返す言葉もなく口をつぐんだ。
障子の隙間を縫って、細く鋭い風が吹き込んだ。
春の訪れを告げるはずの季節に、どこか秋の終わりを思わせる冷たさが混じっている。
花は咲けど、心はほころばぬ。忠三郎は、胸の奥にわだかまるものを抱えたまま、官兵衛の前に静かに座していた。
その官兵衛は、いつもと変わらぬ姿である。
甲冑を脱ぎ、簡素な直垂に身を包んだその身からは、戦や政の疲れを見せる気配はなく、ただ淡々と、無駄のない口調で言葉を紡いでいく。
「――小西殿が小豆島より肥後に移封となりました。それにより、右近殿は孤立するかたちになりますな」
「……なるほど」
忠三郎の声はかすかに揺れていた。
右近を排し、佐々成政を「失政」の名のもとに処す――
それは表向きの理屈ではあるが、秀吉の胸中にある真の意図は、もっと深い場所に潜んでいる。
人の心を読み、笑みの奥に刃を忍ばせるあの男の手並みは、もはや誰の目にもあらわとなっていた。
だが、官兵衛はそれについて善悪の論を語らない。
ただ一人、冷たい川の中を裸足で歩むように、情に溺れることなく事実だけを伝える。
それが、この男の強さであり、また哀しさでもあるのかもしれない。
「佐々殿は、すでに大坂へ入られました」
「大坂へ……?」
「殿下に詫びを入れたいとのことで、周囲の制止も聞かずに上ってこられた。されど、未だ謁見は許されておりませぬ」
言葉は乾いていた。無情ではないが、情を交えぬ声。
忠三郎は小さく息を呑み、問う。
「……では、右近殿は?」
官兵衛は一瞬、目を伏せた。その瞳の奥に、ほんのわずかに影が揺れた気がした。
「殿下は、右近殿を伴天連から遠ざけたいと思し召しじゃ。キリシタンの少ない地に移ってもらうよりありますまい」
「……そうか」
声に出したものの、その言葉は、喉の奥で絡まりそうだった。
障子の隙間をすり抜けて吹き込む春の風は、どこか季節にそぐわぬ冷たさを帯びていた。
炉の火はほのかに赤く揺れ、その光が、黒田官兵衛の面差しをぼんやりと照らす。その顔には、戦を知る者特有の翳りがある。
同時に、どこか温かな気配があった――それは、幾多の命の重さを胸に抱えながら、確かな信仰に生きる者の眼差しだった。
「佐々殿が、忠三郎殿にお目にかかりたいと仰せで」
官兵衛の声は落ち着いていた。だがその言葉の奥に、沈みきった湖底のような静かな哀しみが滲む。
「内蔵助殿が?」
春の風がまた、障子の隙間をすり抜けて、静かに室内を撫でてゆく。
「それがしに会いたいと申されたのですか」
忠三郎の声は、静かであったが、奥底にある微かなざわめきは隠しきれない。
長きにわたる軍務の中で顔を合わせたことこそあれ、言葉を深く交わした覚えはない。むしろ、互いに一線を保ちつつ歩んできた関係だ。
なぜ、今――この時に、自分を呼ぶのか。
官兵衛は、その問いにすぐさま答えることなく、炭火の揺らめきを見つめていた。
やがて、静かに口を開く。
「……内蔵助殿は、今、大坂にて謹慎の身。目通りの許しは未だ下らぬままにござる。殿下のお気持ちは、如何ともしがたく……もはや、これ以上なにかを許される見込みは薄いと思われまする」
言葉は穏やかであったが、その奥にある断ちがたい響きは、忠三郎の耳に確かに届いた。
切腹――その言葉を、官兵衛は使わなかった。
だが、用いずとも、そこに至る運命をすでに受け容れている者の声であった。
忠三郎は、静かに息を吐く。
たとえ言葉を濁そうと、官兵衛のような男は、真を隠し通す術を心得ている。
それゆえに――余計に、それが伝わる。
「……官兵衛殿。内蔵助殿は……まことに、それがしを望んでおられるので?」
問いかける声に、官兵衛は目を細める。
まなざしはやや伏し目がちに、しかし、どこか祈るような静けさを帯びていた。
「お応えはいたしませぬ。されど……お心のままに」
それは、拒まず、勧めもせず、ただ“委ねる”という、キリシタンらしい温かみを滲ませた返答だった。
忠三郎は、しばし思いを巡らせた。
なぜ、かつて深く交わらぬままに過ぎた男が、自分を呼ぶのか。
その理由は、今もって分からない。
だが、武に生き、信に仕え、名を背負い、時に人を斬り、そしていま――迷いのただ中にある己に、何かを託したい者がいるのだとしたら。
(……行かねばなるまい)
思いは言葉にならず、ただ胸の奥でひとつ、灯がともったように澄んでゆく。
忠三郎は立ち上がり、火の前で袴を正すと、官兵衛に向き直ってひとつ深く頭を下げた。
「お知らせ、かたじけなく存じまする」
官兵衛は、その姿をじっと見つめながら、黙してうなずいた。
それは、策をめぐらす軍師としてではなく、ひとりの信仰者として、ひとの決意を見送る眼差しだった。
波静かな瀬戸内の島――その地では、小西行長の尽力によってイエズス会の宣教師、グレゴリオ・デ・セスペデスが南蛮寺を新たに築き、人々に福音の光を伝えているという。
騒のささやきに耳を澄ますようなその島では、異国の鐘が朝ごとに鳴り、祈りの声が風とともに天へ昇ってゆく。
日々を労し、なおも貧しき者、病める者、蔑まれし者たちが、祈りのうちに生きている。
堺へ帰る途中の道すがら、忠三郎はふと漏らした。
「キリシタンの教えはなにゆえ、かように多くのものたちを引き寄せるのでござりましょうな」
右近はわずかに目を細め、微笑を浮かべて答えた。
「――幸いなるかな、心の貧しき者。天の国はその人のものなり、と。世の理に背を向けられし者こそが、真に福音を聞き入れる耳を持つものかと。飢え、嘆き、虐げられてきた者たちが、伴天連の語る『創造主の愛』に、はじめて自らの価値を見出すのでござります」
右近の声に熱がこもる。
「幸いなるかな、悲しむ者。その人は慰められん。癩を病み、村の外れに追いやられた者のために宿が建てられ、さらには、穢れとされた者たち――穢多・非人と呼ばれ、人としての名すら奪われた者たちに、食事を備え、共に祈り、共に生きる道を示す。それは世の秩序に反するようでいて、まことの天の国の姿なのでございます」
その光景は、まるで天地創造の最初の朝――神が“光あれ”と言われたときのように、新しき命をこの地に息づかせていた。
やがて、アルメイダ神父が天竺より取り寄せた薬、大風子油が島に届けられた。
それを受け取ったセスペデス神父と信者たちは、癩を患う者たちのもとへと日々足を運ぶ。
恐れることなく傷口を洗い、包帯を巻き、癒しの祈りを捧げるその姿は、まさしく主の御業そのものだった。
癩の者たちは、幾度も涙した。
この世で捨てられ、見放された己の身に、初めて人の手が触れ、祈りが与えられた瞬間。
そこに在ったのは奇蹟であり、愛の化身であった。
小豆島のキリシタンたちは、皆が「兄弟」となった。
朝には賛美の歌が海風とともに響き、夜には一つの灯がともり、創造主の言葉を分かち合う。
争いも、隔ての壁もなく、誰もが『神の子』としてそこにいた。
それは、忠三郎がこれまで見たことのない景色だった。
剣もなく、位もなく、それでも揺るがぬ心で立つ者たちの姿。
右近が目指した信仰の道が、まさしくそこにあった。
刀や名誉に頼らずとも、人の心を変え、救いをもたらすものが、確かに存在していた。
それは、時に邪教と呼ばれ、疎まれながらも、なお人々の心に深く、静かに根を下ろしてゆく――光を宿す奇蹟だった。
その日、小西隆佐のもとを辞してからの帰り道、忠三郎は堺の町を歩いた。
ふと見上げると、秋の夜空には星が瞬き、家々の灯が海へ滲んでゆく。
右近が語った話――癩の者に手を差し伸べ、穢れとされた者と食事をし、天を仰いで祈る人々。
それはこの国にあって、異質でありながら、確かに美しく、正しいもののように思えた。
(わしの歩んできた道は……果たして、正しかったのだろうか)
忠三郎の中に、いつしか消えたはずの問いが、また息を吹き返していた。
血と名誉の道では届かぬものが、たしかに存在する。
それは決して弱さではなく、強さのかたちだった。
思わず立ち止まったそのとき、秋風がそっと袂を揺らした。
その風に乗って、どこからともなく鐘の音が響いた気がした。
それは現し世の音ではなかった。――心の奥に、静かに鳴る鐘。
まるで、神の方へと歩み出せ、と告げるように。
天正十五年も、残りわずかとなったある晩のこと。松坂城で、忠三郎は囲炉裏の火を見つめながら、一通の文に目を落としていた。
それは、ようやく肥後の一揆が鎮められたという知らせであった。
「一揆の因果は、佐々様の御政道に瑕瑾ありとのことにござります」
そっと言葉を落としたのは、町野左近である。静かな口調ながら、その奥には、何か腑に落ちぬ思いがにじんでいた。
忠三郎は火の粉を払うように、扇を軽くあおぎながら言葉を継いだ。
「内蔵助殿は、越中において長年よく国を保ち、民を治めてきた御仁にてあろう。それが、かような一揆を呼ぶほどの失策をなすなど、いささか合点がゆかぬ」
言葉の端に、ふと翳りが射した。
――何かが、見えぬところで動いている。
佐々成政の「失策」とされる噂は、ただ一介の噂にとどまらない。
秀吉が九州や四国の諸将に宛てた書状にも、あえてその言葉が用いられていたという。
まるで、誰かの失をことさらに強調し、諸大名にそれを知らしめるがごとく。
その文の行間から墨のような影が滲む。
(……あれは、本当に内蔵助殿の誤りであったのか?)
忠三郎の心に、淡い霧のような疑念が立ちのぼる。
豊臣秀吉――かつては信長公の下で、戦功を重ねてのし上がった男。
しかし、天下を望むその眼差しには、時折、測りがたい深さと冷たさが宿ることがあった。
栄華の裏に、ひとつ、またひとつと落ちてゆく影。
失政とされ、討たれ、排されてゆく者たち――。
それは果たして、己が咎によるものなのか、それとも――。
春がめぐり、天正十六年の卯月。
京の空はうららかに晴れわたり、桜の名残を惜しむ風が聚楽第の堀端を吹き抜けていた。
忠三郎は、なんとなく心に靄のようなものを抱えたまま、松坂を発って上洛した。
それは、肥後の一揆が残したざらついた記憶のせいか、あるいは、伴天連禁制のためか。
秀吉が力を尽くして造り上げた聚楽第は、絢爛そのものだった。
かの帝を迎えるため、諸将がそれぞれ威を競うかのように装い、声をひそめては世の趨勢を語り合っていた。
そのなかで、忠三郎もまた、帝の御前にて和歌を奉じた。
「仰ぐ代の 人の心の たねとてや ちとせを契る 松のことの葉」
声はよく通り、堂々たる詠みぶりであった。
その場に居並ぶ公卿・大名たちの間には、感嘆の声があがる。
「見事なる詠みぶり」「まこと、武と文の両道に通ずる御方よ」と、賞賛の声が忠三郎のもとに押し寄せた。
だが、当の忠三郎の胸には、不思議と晴れやかな思いが湧かなかった。
言葉は確かに選び抜かれ、調べも整っていた。けれども、そこに宿るべき心が、自らの内に見い出せていなかった。
あの歌に込めた「人の心のたね」とは、果たして誰の心のことだったのか。
帝か、秀吉か、自らか――。
大広間の障子をすかして、やわらかな春の陽が射していた。
その光はあたたかく、すべてを照らすかのように見えながら、忠三郎の胸の内にうずまく影だけは、決して届かぬ場所にあった。
(……この栄華のうちに、どこか、音もなく崩れてゆくものがある)
そう呟くように、心の奥底で何かがそっと鳴った。
声にはならぬその響きだけが、歌の余韻にまぎれて、忠三郎の耳に残りつづける。
聚楽第の華やぎから離れ、屋敷へと戻る道すがら、忠三郎の足取りは、どこか覚束なかった。
京の春はなお穏やかで、屋敷に戻るまでの道すじには、花の余香と柔らかな陽が差していたが、そのどれもが心を晴らすには至らなかった。
胸の奥に澱のように沈むもの――。それは、秀吉の笑顔の奥に垣間見えた冷たい影であり、聚楽第の壁にひそかに揺らめいていた未来への不安でもあった。
門をくぐり、袴の裾を払って上がったそのとき、不意に侍女が囁いた。
「黒田官兵衛様がお越しにございます」
蒲生家の隣に館を構えるその知略の士――だが、今日の官兵衛の面差しには、いつもの冷静さに翳りが差していた。
額に薄く汗が浮いている。目の下には、かすかに疲労の影が刻まれていた。
「官兵衛殿。ご無事で何よりにございます」
忠三郎は座しながら、静かに言った。
官兵衛は口元にわずかな笑みを浮かべたが、それもすぐに霧のように消えた。
「いくつか、御身にお知らせせねばならぬことがあり、こうして参上つかまつりました」
「知らせることとは……?」
官兵衛は襟元を正し、声を潜めるようにして告げる。
「まずは――高山右近殿のこと」
その名に、忠三郎の胸がわずかに波立つ。
「右近殿に何か?」
「小西殿が、小豆島から肥後へと移封となりました」
「小西殿が、肥後へ」
その言葉の意味するところを、忠三郎はすぐに悟った。
「では……内蔵助殿は」
「佐々殿は、すでに大坂まで来ておられるのでござる」
「大坂へ……」
「殿下に詫びを入れると仰せになり、周囲の制止も聞かず、御目通りを願うておるが……未だ許されず、謹慎のまま」
官兵衛は淡々と告げたが、その口調の底には、深く測りかねぬ思いが潜んでいた。
「……右近殿は、今、いずこに」
忠三郎の問いに、官兵衛はしばし目を伏せた。
「これもまた、難儀なこと。殿下は、右近殿を伴天連から引き離したいとお考えゆえ……キリシタンのいない地を選び、ひそかに落ち延びてもらうより他に道はなきかと」
忠三郎は返す言葉もなく口をつぐんだ。
障子の隙間を縫って、細く鋭い風が吹き込んだ。
春の訪れを告げるはずの季節に、どこか秋の終わりを思わせる冷たさが混じっている。
花は咲けど、心はほころばぬ。忠三郎は、胸の奥にわだかまるものを抱えたまま、官兵衛の前に静かに座していた。
その官兵衛は、いつもと変わらぬ姿である。
甲冑を脱ぎ、簡素な直垂に身を包んだその身からは、戦や政の疲れを見せる気配はなく、ただ淡々と、無駄のない口調で言葉を紡いでいく。
「――小西殿が小豆島より肥後に移封となりました。それにより、右近殿は孤立するかたちになりますな」
「……なるほど」
忠三郎の声はかすかに揺れていた。
右近を排し、佐々成政を「失政」の名のもとに処す――
それは表向きの理屈ではあるが、秀吉の胸中にある真の意図は、もっと深い場所に潜んでいる。
人の心を読み、笑みの奥に刃を忍ばせるあの男の手並みは、もはや誰の目にもあらわとなっていた。
だが、官兵衛はそれについて善悪の論を語らない。
ただ一人、冷たい川の中を裸足で歩むように、情に溺れることなく事実だけを伝える。
それが、この男の強さであり、また哀しさでもあるのかもしれない。
「佐々殿は、すでに大坂へ入られました」
「大坂へ……?」
「殿下に詫びを入れたいとのことで、周囲の制止も聞かずに上ってこられた。されど、未だ謁見は許されておりませぬ」
言葉は乾いていた。無情ではないが、情を交えぬ声。
忠三郎は小さく息を呑み、問う。
「……では、右近殿は?」
官兵衛は一瞬、目を伏せた。その瞳の奥に、ほんのわずかに影が揺れた気がした。
「殿下は、右近殿を伴天連から遠ざけたいと思し召しじゃ。キリシタンの少ない地に移ってもらうよりありますまい」
「……そうか」
声に出したものの、その言葉は、喉の奥で絡まりそうだった。
障子の隙間をすり抜けて吹き込む春の風は、どこか季節にそぐわぬ冷たさを帯びていた。
炉の火はほのかに赤く揺れ、その光が、黒田官兵衛の面差しをぼんやりと照らす。その顔には、戦を知る者特有の翳りがある。
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「佐々殿が、忠三郎殿にお目にかかりたいと仰せで」
官兵衛の声は落ち着いていた。だがその言葉の奥に、沈みきった湖底のような静かな哀しみが滲む。
「内蔵助殿が?」
春の風がまた、障子の隙間をすり抜けて、静かに室内を撫でてゆく。
「それがしに会いたいと申されたのですか」
忠三郎の声は、静かであったが、奥底にある微かなざわめきは隠しきれない。
長きにわたる軍務の中で顔を合わせたことこそあれ、言葉を深く交わした覚えはない。むしろ、互いに一線を保ちつつ歩んできた関係だ。
なぜ、今――この時に、自分を呼ぶのか。
官兵衛は、その問いにすぐさま答えることなく、炭火の揺らめきを見つめていた。
やがて、静かに口を開く。
「……内蔵助殿は、今、大坂にて謹慎の身。目通りの許しは未だ下らぬままにござる。殿下のお気持ちは、如何ともしがたく……もはや、これ以上なにかを許される見込みは薄いと思われまする」
言葉は穏やかであったが、その奥にある断ちがたい響きは、忠三郎の耳に確かに届いた。
切腹――その言葉を、官兵衛は使わなかった。
だが、用いずとも、そこに至る運命をすでに受け容れている者の声であった。
忠三郎は、静かに息を吐く。
たとえ言葉を濁そうと、官兵衛のような男は、真を隠し通す術を心得ている。
それゆえに――余計に、それが伝わる。
「……官兵衛殿。内蔵助殿は……まことに、それがしを望んでおられるので?」
問いかける声に、官兵衛は目を細める。
まなざしはやや伏し目がちに、しかし、どこか祈るような静けさを帯びていた。
「お応えはいたしませぬ。されど……お心のままに」
それは、拒まず、勧めもせず、ただ“委ねる”という、キリシタンらしい温かみを滲ませた返答だった。
忠三郎は、しばし思いを巡らせた。
なぜ、かつて深く交わらぬままに過ぎた男が、自分を呼ぶのか。
その理由は、今もって分からない。
だが、武に生き、信に仕え、名を背負い、時に人を斬り、そしていま――迷いのただ中にある己に、何かを託したい者がいるのだとしたら。
(……行かねばなるまい)
思いは言葉にならず、ただ胸の奥でひとつ、灯がともったように澄んでゆく。
忠三郎は立ち上がり、火の前で袴を正すと、官兵衛に向き直ってひとつ深く頭を下げた。
「お知らせ、かたじけなく存じまする」
官兵衛は、その姿をじっと見つめながら、黙してうなずいた。
それは、策をめぐらす軍師としてではなく、ひとりの信仰者として、ひとの決意を見送る眼差しだった。
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「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
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