恋。となり、となり、隣。

雉虎 悠雨

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第一章 隣の部屋に住む人は

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 年が明けてしばらくすると、すっかり年末年始の雰囲気もなくなって新鮮味のない日常が巷に流れていた。
 ゆきは寒さに辟易しながら、いつも通りの厚手のストールを首にぐるぐる巻きにしてなんとか外の寒さに耐えていた。

「ゆきちゃん?」

 昼過ぎ、バイト帰りのゆきがマンションの玄関ドアを開けようとしていると、後ろから声を掛けられた。

「え、はい」

 知らない男性に戸惑いながらも、名前を呼ばれたことからどっかで会ったかとゆきは記憶を巡りながら返事をした。
 警戒させないようになのか、男性は柔和な笑顔を浮かべてゆきの方にさらに歩いてきた。

「ごめん、驚かせて。俺、目雲の友達、さっきエントランスのところでチャイム押してたでしょ」

 友達と言うその男性は、明るめのブラウンにカラーリングされた髪をマッシュベースにカットして全体にウェーブが掛かっていて、それをふわりと七三分けにしてワックスで遊ばせていた。
 服装も白のパンツにボリュームのあるカーキのボアジャケット、その首元から柄物のシャツが覗いていた。
 そしてそれがよく似合っていて、目雲とは対照的な印象だ。

「そうなんですね、こんにちは」

 ゆきはとりあえずきちんと振り返り軽く頭を下げた。
 確かにチャイムを押して開けてもらっている人物がいたことは覚えているし、その後からゆきがマンション内に入りエレベーターを待っていたが、小さな子供連れの親子もいて、さらにその様子を見たからかエレベーターには乗らず階段を昇って行ったので特別気にはしていなかった。
 階段でも上がって来られる階数ではあるが、気にすべきだったかとゆきがやや警戒をしていることが伝わっていないのか、こんにちは、と返した相手はどこか楽しそうに笑っている。

「本当に隣りに住んでるんだね」

 廊下の奥までやってきていて名前を呼ばれたことも含め、目雲が話しているのだろうと、ゆきは頷いた。目雲の性格なら誰彼構わず、あの時あったことを話さないだろう思ったからだ。

「お世話になってます」
「お世話になってるのはあいつの方でしょ?」

 つまり目雲が玄関で倒れた時のことを詳しく説明している相手だと分かり、その目雲の信用をゆきも信用する。

「たまたまですよ、きっちりされてる方だと分かってます」

 少し警戒心を解いた雰囲気を感じ取ったのか、相手はさらに親し気に話し出す。

「今日あいつ休みとってるけど、一緒に行く?」
「え?」
「一緒に遊ばないかなって」

 ゆきはいきなりで驚きながら、慌てて手も顔も左右に振った。

「いえいえ、せっかくお友達が来られてるのにお邪魔になりますよ」
「嫌だった?」
「嫌ではないですけど、この後実はまだ仕事しなくちゃいけなくて」

 これは断るための口実ではなく、本当にやらなくてはならない案件があったからだ。

「そうなんだ。じゃあ夜は? 夜までずっと仕事?」

 そこまで締め切りに追われてはいない。嘘をつく必要も感じなかったゆきは素直に答えた。

「夜は、まあ、大丈夫です」
「じゃあ夕飯一緒に食べようよ、目雲の部屋でごちそうする」

 あまりの軽いノリにゆきは笑ってしまった。まるで自分の部屋かのような言い方に親しさも滲んでいて、目雲とこの友人との関係が気の置けない間柄なのだとゆきはさらに安心した。

「そんな勝手に決めちゃって大丈夫ですか?」

 笑いながらゆきが聞けば、テンションが上がったのか嬉しそうにはしゃぐ。

「大丈夫、大丈夫。何か食べたい物ある? 焼き肉でもする?」
「焼き肉はきっと目雲さん嫌がりませんか? お部屋に臭いついてしまいますから」

 あくまでも想像の目雲だったが、ゆきはそう聞いた。けれど、気にすることないとその友人が言う。
「そんなの二、三日のことだよ。焼き肉がいい?」

 同意するのは気が引けたゆきは少しはマシで簡単そうなメニューを考える。

「せめてお鍋くらいの方が」
「じゃあお鍋にしよう」

 適当に考えたメニューが採用されそうになってゆきは慌てる。

「いえいえ、なんでも食べますから目雲さんと相談してから」
「そう? でも鍋だったら鍋でもいい?」
「目雲さんが良いと言われたなら、有り難くいただきます」

 ゆきはこの目雲の友人のペースにもう乗っかることにした。遠慮のない様子の慣れた間柄ならばうまくやってくれるだろうと、提案を受け入れる。

「じゃあどっさり買い物してくる、お酒大丈夫?」
「そんなに強くない物なら飲めます」

 ゆきがグッドとハンドサインで示せば、友人は小さなガッツポーズで返す。

「チューハイとか?」
「だと嬉しいです」
「オッケー」
「後でお金請求してくださいね」

 これだけは言っておかねばと、ゆきがしっかり伝えると、ぷっくりと頬を膨らませる。

「何言ってんのぉ、それぐらいの甲斐性はあるよー」
「私もそれくらいは払えますよぉ」
「なになに、真似してくれたの?」
「つられちゃいました」

 相手のペースに乗っかると、ゆきも同じように話してしまうのはゆきの癖のようなものだった。子供の頃にしゃべることを疎かにした弊害だと自覚している。

「面白いねぇ、でも今回は驕られちゃってよ。俺を立てると思って」
「そうですか? 初対面ですよ、大丈夫ですか?」
「気にしない気にしない! じゃあ仕事終わったらいつでも来てね」

 これから友人の家に行く人のセリフとは思えずやはりゆきは笑ってしまう。

「本当に自分のお家ですね」
「そうそう、じゃあまたあとでね」
「はい」

 ゆきは宮前が目雲の部屋のチャイムを鳴らし目雲が反応するのを見て本当に友人らしいと確信してから、部屋に入ると素早く支度をして、早速とばかりに仕事にとりかかった。
 一方、目雲の部屋のチャイムを押して招き入れられた目雲の友達の宮前は、その友人の長年の関係だから分かる訝し気な顔と対峙していた。

「なに、その微妙に渋い顔」
「エントランスからここまでくるのに時間かかり過ぎじゃないか?」
「ああ、それ」

 宮前はボアジャケットを脱いで、ソファーに座る。
 すでに用意してあったのか目雲がコーヒーを宮前の目の前に置くと、自分の分は用意せずその近くの床に腰を下ろす。

「何してたんだ?」
「そこでゆきちゃんに会ってさ」
「は?! 何してんだ!」

 思わず腰を上げそうにある目雲に尻目に、コーヒーを啜る。

「別におしゃべりしただけ、かわいい子だな。笑顔が多いのがいい」

 これが率直な宮前の感想だった。

「お前変なこと言ってないだろうな」
「夕飯誘った」
「っ、なに?」
「一緒に遊ばないかって言ったんだけど、今から仕事あるからって。だから夕飯」
「お前な」

 呆れたように言ったのに、宮前はにやりと笑った。
「ファインプレーだろ」
 言葉が紡げずがくりと頭を落とす。そして頭を手で支えると唸る。

「お前」
「ちゃんと警戒されてたな」

 なぜか楽しそうにそう言う宮前を目だけで睨んだ。

「……どういうつもりだ」
「いや、そういうの気にしないタイプなのかと思ってからさ、意外と俺がちゃんとエントランスのドア開けてもらえるまで先に入っていったりしなかったし、さっきも俺がちゃんと周弥に招き入れられるか確認してた」
「だから」

 問いつめようとするも宮前はそんな目雲を気にするそぶりも見せず、前のめりで話を進める。

「鍋にしようぜ」
「は? なんでだ」

 宮前を見た目雲の眉間の皺が深くなった。

「ゆきちゃんとそういう話になったから」
「鍋?」

 どうやったらそういう流れになるのか、目雲が考える中、宮前が答えを伝える。

「いやか? 本当は焼き肉って言ったんだけど、臭いが付くのをお前が嫌がるだろうって」
「別に焼き肉でも」
「ゆきちゃんのためなら臭いくらいってか」
「そういうわけじゃない」

 明らかなからかいを分かってため息をつく目雲を無視して話し続ける。

「なんかいい肉食べさせてあげよかなって思ったんだけど、ゆきちゃんが気を使って鍋くらいがって言ってくれたからさ」
「鍋か」

 目雲はすでにその内容とサイドメニューを考え始めていた。

「別にいいだろ? それとももっと良いもん食べさせてあげるか?」
「ゆきさんが良いなら鍋にしよう」
「おし、決まり! どうする早速買い物行っとくか?」
「ああ」

 善は急げと二人とも立ち上がると、コートを着る目雲に宮前が楽し気に宣言する。

「ちなみに代金は俺が出すしな」
「別にいいが、今更なんだ? 今までも適当にやってきただろ」
「ゆきちゃんに驕ってあげるって宣言してきちゃったから」

 目雲はこめかみを押さえた。そんな目雲をみて宮前はニタニタ笑っている。

「払いたかった?」
「払う」
「残念、今回は譲らない」
「隼二郎」
「ダメ。俺の甲斐性の見せ所だから」
「なんだ甲斐性って」
「甲斐性は、甲斐性だろ。ゆきちゃんとの約束だからねぇ」
「もうわかった。行くぞ」

 考えることを放棄した目雲は、意識を晩御飯に向け、玄関を出た。




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