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第2話 転移魔法
しおりを挟む「ありがとうございます。それではこちらの契約書にサインをお願いします」
「はい」
「はい、確かに。それでは改めまして、喜屋武あんりと申します」
「へっ? きゃんですか?」
「はい、こう書いてきゃんと読みます。沖縄では見かける名字ですね。私は沖縄県出身なのです」
「ああ、なるほど」
名刺をもらって漢字を確認した。沖縄では結構珍しい名字などがある。子供の頃に与那覇くんとか東風平さんとかすごい名字の人もいたな。
「それでは詳細な説明をさせていただきます。まずこちらが連絡用のスマホになります。今後はこちらを通して連絡をお願いします。翌日の予定もこのスマホでご連絡ください」
「わかりました」
「それでは要人の説明をさせていただきます」
報酬が高額なところをみると、この要人がよっぽどな人物である可能性が高い。あまり英語は喋れないから、できれば外国人ではなく日本人だと助かるな。
「異世界のルビアール国の第五王女様で、エルフのルビアール=ミルネ様です」
「………………はい?」
俺の耳がおかしくなったのだろうか? それともこの喜屋武さんがふざけているのだろうか?
「信じられないという気持ちもわかります。佐藤さんは先日この日本にも異世界への扉が開いたことはご存知でしょうか?」
「そりゃあれだけニュースでやっていたら……って、まさかそういうことですか!?」
「はい。日本と繋がった先は異世界のルビアールという国でした。日本はかの国と友好的な関係を築き上げることに成功し、互いの国より交換留学といった形で何名かの要人を受け入れることとなりました。そしてミルネ様はこの国にとても関心を持ち、日本に滞在している間は日本中を巡って楽しみたいと希望されました」
……それで全都道府県を巡るという話になったわけか。それにしてもエルフにお姫様とかいきなりファンタジーな話にぶっ飛んだな。
「でもそれなら別に俺ではなくて別の人でも案内できるのでは?」
「そこで移動方法の問題となります。実は異世界には魔法が存在します。ミルネ様は転移魔法が使えますが、それには条件があり、同行できる者は2名のみで、転移できる場所は自分か同行者が行ったことがある場所にしかいけないそうです」
「転移魔法……」
他の国で異世界からやってきた人達が魔法を使う動画があったが、転移魔法なんてものまであるのか。なるほど、日本一周を経験したことがある人しか同行ができないとはそういう理由か。
「転移魔法という移動方法は危険なんですか?」
確か喜屋武さんのさっきの話では、移動方法に危険があるかもしれないとのことだった。
「いえ、すでに検証は成功しています。10回ほど転移魔法を試してみた際にはなんの異常も見つかりませんでした。ミルネ様のお話でも何十回転移しても問題ないと仰っております。しかし、実際にこちらの世界で長期的に何十回も転移をしても大丈夫なのかは、実際に試してみないとわからないので、危険性は完全にゼロと言えないというわけです」
「……なるほど」
危険とはそういうことか。確かに魔法が人体に与える影響なんてすぐに分かるわけがないか。
「転移魔法の詳細につきましてはこちらに記載してあります。説明は以上となります。時間がなくて申し訳ありませんが、佐藤さんには明後日の朝までに大まかなルートと宿泊の準備をお願いします」
「はい」
時間があまりないな。基本的なルートは前回のルートを参考にするとして、イベントを調べたり、以前に行ったお店や観光地がまだやっているのか調べる必要もある。
「それでは佐藤さんの家までお送りします。明後日の昼に家の前までお迎えにあがります」
「わかりました」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして約束の日の昼、家の前に一台の黒い車が停まった。
「こんにちは、佐藤さん。本日からよろしくお願いします」
「こんにちは、喜屋武さん。こちらこそよろしくお願いします」
いよいよ今日から日本一周の案内が始まる。とりあえず大まかにだが、ルートやイベントなどを調べておいた。
車で先日のビルまで移動し、部屋に案内される。いよいよ異世界のエルフのお姫様とのご対面である。
「それでは佐藤さん、くれぐれも失礼のないようお願いします」
「もちろんです」
部屋のドアが開き、ひとりの女性が入ってきた。
「初めましてじゃな、ルビアール=ミルネじゃ!」
「………………」
まだ幼い面影が残る少女。年齢は見た目通り10歳と聞いている。美しく輝く金色の髪、透き通った宝石のような碧眼、まるで西洋人形のように整った容姿。事前にお姫様の写真を見せてもらっていたが、実物は写真よりも遥かに可愛らしい女の子であった。
そしてエルフであるという彼女の耳は長く尖っている。だがそれ以外はこちらの世界の人と同じように思える。これならニット帽で耳を隠せば、外国人に見えるだろう。まあ綺麗な女の子だから目立つことは間違いないが……
服装はこちらの世界の服に合わせてくれたようだ。黄色と黒色のパーカーに、多少は歩く必要もあるため、ちゃんとスカートではなくデニムとスニーカーで来てくれている。
……いや、ツッコミみたいのは容姿や服装じゃないな。なぜにのじゃ?
「タケミツじゃな。この度は案内をよろしく頼むのじゃ!」
「……なぜかミルネ様の翻訳魔法ではこのような言葉遣いに変換されてしまうのです」
よくわからない翻訳魔法だな。まあ魔法の仕組みなんてこちらの世界の人には理解できるわけないか。……それにしても翻訳魔法ねえ。こんな魔法が一般人も使えるようになったら、語学教室なんてすべて廃業だな。
「ミルネ様、お会いできて光栄です。佐藤武光と申します。こちらこそよろしくお願いします」
ミルネ様に向かって頭を下げた。
「それでは簡単な挨拶も終わりましたので、早速転移魔法での移動をお願いします」
「オッケーなのじゃ! それでは手を貸してもらってもよいか?」
「は、はい!」
ミルネ様の言葉遣いに若干の違和感を覚えつつ、手を差し出す。事前に説明があったのだが、転移魔法を使うためには使用者の身体に触れている必要があり、俺が行きたい場所をイメージする必要があるらしい。
女の子の柔らかな手の感触が伝わってくる。異世界人といっても、耳以外は普通の女の子にしか見えない。いかんいかん、俺は目を瞑って転移先をしっかりとイメージしないと!
「……いけそうじゃな。そのまま転移先をイメージしたままで頼む」
「はい」
「テレポート!」
その瞬間、身体がぐにゃりとねじ曲がるような感覚がした。そして天地がどちらを向いているのか分からない感覚に陥っていく。
「ぷはあ!」
目を開けるとそこは神奈川県横浜駅の目の前に立っていた。俺がイメージしていた場所に本当に転移してきたようだ。
「おお、すごい人じゃな」
目の前ではミルネ様が、駅前の人集りに驚いているようだった。
ピリリリッ
「うわっと!?」
ポケットに入れていたスマホが鳴り響く。喜屋武さんから渡されていた連絡用のスマホだ。急いでスマホを取り出して電話に出る。というか、ミルネ様とずっと手を繋ぎっぱなしだった。
「はい佐藤です」
「喜屋武です。GPSでは無事に横浜に転移できているようですが、大丈夫でしょうか?」
「はい、無事に予定通り横浜駅前まで転移できたみたいです」
このスマホと俺が右手につけている時計にはGPSが内蔵されている。同様にミルネ様の時計にもGPSが内蔵されていて居場所が分かるようになっている。
「それは何よりです。初めての転移魔法はどのような感覚でしたか?」
「……今まで味わったことのない感覚でした。天地がどっちだか分からなくなりましたし、フリフォールに乗りながらジェットコースターに乗っているようなおかしな感覚でした」
「……なるほど、参考になります。体調的には問題ないですか?」
「転移の瞬間だけ一瞬気持ち悪くなりましたね。今はもう大丈夫です。他に問題もなさそうかな。これなら一瞬だけ我慢すれば、転移魔法に耐えられそうです」
これから1日に何回も転移するわけだからな。これでひどい痛みが伴うとかだとヤバいところだった。
「ふむふむ、とても参考になります。夜に細かいチェックや血液検査などもお願いしますね。それと詳細なレポートの提出もお願いします」
「……あの、事前に検証はしたんですよね。それならそこまで詳細な検証は必要ないんじゃないですか?」
まるで初めて人で試すような扱いだ。でも事前に検証はしていると言っていたからな。
「ええ、検証はしましたよ。……チンパンジーで」
「おい、聞いてないぞ!! えっ、なに、もしかして人で試すのは初めてなの!?」
「大丈夫ですよ、ミルネ様の許可はもらっております」
「俺の許可は!?」
また一番大事な本人の意思確認が抜けているだろうが!
「知っていますか、佐藤さん。チンパンジーの遺伝子は人間と数%しか変わらないそうですよ」
「知らねえよ!」
そんなこと初めて知ったわ! だからチンパンジーで検証したら大丈夫だとでも言うつもりか!
「ちなみにバナナの遺伝子は人間と50%以上同じらしいです」
「どうでもいいわ!」
たぶんその豆知識は一生使うことがないぞ!
「それでは契約通りに1千万円を佐藤さんの口座に振り込みました。後ほどご確認ください」
「………………」
契約では報酬の1億円を適宜分割して払うと言っていた。どうやら今の転移魔法の成功により1千万円が振り込まれたらしい。とはいえ、俺が途中でこの依頼を辞退した場合は返さなければならない。向こうの都合により依頼が中断される場合には、それまでもらった報酬は貰えるようだ。大人って汚い……
「……次から命の危険が少しでもある場合には、ちゃんと事前に伝えてください。でないと本気でこの依頼を辞退しますから」
「承知しました。とはいえ、転移魔法が問題ないようでしたら、もう命の危険はありませんよ」
「ちなみにこの段階で何かあったら、どうするつもりだったんですか?」
「その場合には現地におりますスタッフにより、その後のフォローする予定でした。救急車も予め付近に待機させております」
「………………」
アフターケアも万全だね、俺以外のだけれど!
「どうしたのじゃ、大丈夫そうか?」
大声で叫んでいたらミルネ様を心配させてしまったようだ。この反応を見ると、ミルネ様は今の転移魔法で俺に危険があったとは疑っていないんだろうな。こちらの世界では魔法なんて何が起こっても不思議はないが、異世界で魔法は身近だから危険性など感じていなかったのだろう。
「いえ、問題ありませんよ。大丈夫です、それでは行きましょうか」
「うむ!」
「それでは佐藤さん、引き続き案内をよろしくお願いします」
「………………」
とりあえず喜屋武さんにはいろいろ言いたいこともあるが、まずはミルネ様をしっかりと案内するとしよう。
応援ありがとうございます!
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