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第一巻
しおりを挟む私は幼少期に八岐大蛇伝説について、母から聞いたことがある。
その怪物は八ツの頭と八ツの尻尾があり、口からは火を吹いたという。
ー(八岐大蛇伝説)ー
高天原を追放された須佐男之尊は、出雲国の肥河の上流の鳥髪の地に天降った。
すると、川上から箸が流れて来たので、『人が住んでいる』だろうと考え川を遡ると、一人の娘を真ん中にして泣いている老夫婦に出会う。
老夫婦は国津神であるアシナヅチとテナヅチ。娘は、櫛名田比売であった。
漢字表記は、
足名椎と手名椎であり日本神話に登場する神である。
須佐男之尊が老夫婦に泣いている理由を尋ねると、老父は「私たちには八人の娘がいました。でも毎年、山から八岐大蛇が降りて来てやって来ては娘を一人ずつ食べていったのです。今年も八岐大蛇が来る時期になり、最後に残った娘
も食べられてしまいます。それが悲しくて泣いているのでございます」と答えたのである。
老父アシナヅチによれば、その大蛇は一つの胴体に八つの頭と八つの尾をもち、目は〝ほおづき“のように真っ赤である。
しかも身体中に檜や杉が生えカヅラが生い茂り、八つの谷と八つの丘にまたがるほど巨大で、腹のあたりはいつも血が滲んでいるのだ。
話を聞いた須佐男之命は、老夫婦に櫛名田比売との結婚を条件に八岐大蛇を退治することを持ちかけたのだ。
須佐男之命は天照大御神の弟で、天上から降り立ったばかりであることを知った老夫婦は、喜んでこの申し出を承諾したのです。
須佐男之命は早速、準備に取りかかります。まず、櫛名田比売の安全を守るため、彼女を爪形の櫛に変えて自分の髪にさしました。そして老夫婦に、家の周囲に垣根を張り巡らせ、その垣根に八つの門を設けること、さらに門ごとに全部で八つの桟敷を作ること、そこに何度も醸造した強い酒を満たした桶を置いて置くこと、などの指示をしました。
こうして準備が整い、待ち構えていると、すさまじい地響きとともに八岐大蛇がやって来ました。
芳醇な香りが漂う酒を見つけた八岐大蛇は八つの桶にそれぞれ頭を突っ込んで酒を飲み始めました。やがてすべての酒を飲み干してしまうと、八岐大蛇は酔っぱらって、眠り込んでしまいました。
須佐男之命が腰に差している剣を抜き放ったのはその時です。八岐大蛇に切りかかり、身体を刻み始めたのです。そして刃が八岐大蛇の尾に達し、切り開いたときに、中から見事な太刀が出てきました。この太刀を姉の天照大御神に献上しました。これが、のちに草薙の剣といわれ、皇室の三種の神器の一つとされるのです。
ー(日本最古の和歌は須佐男之命の作品です)ー
八岐大蛇を退治した須佐男之命は、自分の宮を造るのに相応しい土地を求め、須賀にたどり着きます。この地が大いに気に入った須佐男之命は「我が御心清々しい」と言ってこの地に須賀宮を造りました。この宮が現在の雲南市の須我神社です。
このとき雲が立ちのぼったのを見て詠んだ歌です。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」
皆さんも声を出して読んで下さい。
きっと皆さんの身魂が浄化されますよ。
「今に善く 善き心 善き言葉 善き行いを励むこそ善き」
これは、日月神示の原文から読み解くことが出来る「善一筋」の生き方なのです。
さて、須佐男之命が詠んだ和歌の解説です。
「盛んに沸き起こる雲が八重の垣をめぐらしてくれる。新妻を守る為に八重垣をめぐらすことよ。あの素晴らしい八重垣よ」
これは日本最古の和歌として今に伝えられています。
ー(洪水と治水の歴史)ー
この地で須佐男之命は、櫛名田比売との間に子孫をもうけましたが、その五世の孫(『日本書紀』では子、または五世の孫あるいは六世の孫とする)が
大国主なのです。
一方、退治された八岐大蛇は古代においては、蛇は水神であり、山神であり、雨・水を司る神とされていました。雨はしばしば雷を伴い、稲光が蛇の形に似ていることから雷神ともされていました。そして、稲の成育には水が必要なことから農耕とも結びついていたと考えられます。
古代の肥河は、農耕に必要な水を供給すると同時に、しばしば洪水を引き起こしました。洪水は一時的には農耕に害を与える一方で、肥沃な土地を生み出すことから、肥河=大蛇=農耕の神と理解することも出来るのだ。
八岐大蛇退治は肥河の氾濫と治水を象徴しているという解釈もされるくらいなのだ。
また、櫛名田比売は、『日本書紀』では、「奇稲田姫」と表記されており、「クシ」は美称で、稲田を賛美したものと考えられ、田の神様に仕える処女神とも考えられます。このように考えると、八岐大蛇と櫛名田比売との関係を水神と田の神との婚姻とも解釈することが出来るのです。
ー草薙の剣ー
この草薙の剣は天照大御神に献上した剣です。
須佐男之命が八岐大蛇を切り殺したときに、大蛇の尾から出てきたのが草薙の剣です。須佐男之命は、この剣を高天原の天照大御神に献上したという由来を持ち、後には皇位の象徴でもある三種の神器の一つとされるようになります。
草薙の剣は、「都牟羽の大刀或いは天叢雲の剣とも呼ばれています。
そして草薙の剣という名称の由来は、日本武尊の伝説の英雄の物語へと伝承されるのです。
ー(「草薙」には二つの意味があります)ー
日本武尊は第十二代・景行天皇の皇子であり、九州の熊襲に行き征伐し平定します。すると今度は東部の蝦夷征伐に行くように父親の景行天皇に命じられます。父親の景行天皇は息子である日本武尊が怖かったのです。それは武勇に優れていて頭脳明晰であった為でした。
その為日本武尊はたった数名の友と一緒に熊襲と蝦夷征伐に行ったのです。
熊襲の征伐の時は日本武尊は女装をして熊襲の頭目に近づくといきなり短剣を抜き刺し殺したのです。
熊襲タケルは言いました。
「以後、ヤマトタケルとなのれ」と。
当時は討ち取られた頭目は討ち取った英雄に自分の名前を名乗らせ、死後も後世に名を残すということを考えたのでした。
さて、日本武尊は遠征をくり返したヒーローとして有名です。そのヤマトタケルが九州の熊襲平定を成し遂げて戻ると、今度は東国の蝦夷を征伐するように景行天皇に命じられます。ヤマトタケルは、東へ向かう途中、伊勢神宮に立ち寄り、倭姫から剣を授けられます。これが草薙の剣です。ヤマトタケルは駿河に至り、そこで賊にあざむかれ、あやうく焼き殺されそうになりますが、この剣で草をないだところ火が逆流して賊を倒すことが出来ました。その族は父親が放った刺客だったのです。
そこでこの剣を草薙の剣と呼ぶようになったのです。
この話とは別に、「クサ」は「臭し」の語幹であり、「ナギ」は蛇のことであり、獰猛な蛇から出現した剣という意味でもあるという逸話があります。
ー(八岐大蛇は「出雲」そのものである!)ー
草薙の剣の由来も興味深いものですが、この剣の現れ方も、また興味を惹かれます。というのは、須佐男之命が八岐大蛇を退治した剣よりも、大蛇の尾から出てきた草薙の剣の方がより重視されているからです。八岐大蛇を切った剣は十挙剣と称されていますが、本来ならば大蛇を切り殺したこの剣が重んじられてもよい筈です。 実は、八岐大蛇退治のポイントは、この草薙の剣に秘められているのではないかと私は思います。
須佐男之命が大蛇を切り殺し、その尾から出現した剣を高天原の天照大御神へ献上するということは、天照大御神に対する須佐男之命の忠誠心を示すとともに、大蛇を完全に征服したことを意味します。
この場合、大蛇は出雲そのものと考えることが出来るのです。
つまり、天照大御神の弟である須佐男之命が出雲の象徴である八岐大蛇を倒し、そこから出て来た草薙の剣を高天原へ献上することによって服従を誓うという構造がかいまみられる訳です。このように考えると、八岐大蛇退治伝説は、国譲りや天孫降臨伝説の伏線の役割を果たしていて、草薙の剣はなくてはならない存在と言えるのです。
私はこの八岐大蛇伝説に古代ロマンを感じるのです。
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