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1章

16.魔力の泉と学校の七不思議

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 夕方、ニールはレオンハルトと待ち合わせていた魔法学校庭園の東屋に向かった。

 レオンハルトは約束の時間に少し遅れてやってきた。
 
「ニール!お前・・それはどうしたんだ?!」
「それとは?」
「闇の魔力を感じる・・レオノーラか?」
「ああ、そうなんです。今日、王女殿下と魔力を流す練習を、私の身体を使って行いましたので。」
「身体を使ってなんて・・よせ!だって、お前・・!」
「自分でする分には加減が分かるので大丈夫です。しかも、その甲斐あって、王女殿下は魔法を使えるようになりました!」
「・・ニール。今後そのやり方はやめろ。レオノーラの魔力を入れるな。」
 レオンハルトはニールの腕を掴んで引き寄せた。同時に掴まれた腕から、レオンハルトの魔力が流れてくる。
 どうやら、レオノーラの魔力を上書きして出すつもりらしい。

「お、お待ちください!」

 まさか外で、はしたないことをする訳にはいかない。
 ニールは詠唱して、闇魔法で黒猫を出した。
 一匹、二匹と順に出して、三匹目は白猫になった。やっとレオノーラの闇の魔力が無くなったようだ。
 レオンハルトは「念の為だ」と、ニールの手を握って、魔力を流した。魔力を流した後、一度ニールから離れて、ニールが光の魔力に包まれたのを念入りに確認した。

 確認が終わるとレオンハルトは「魔力の泉に行こう。」と言った。

「魔力の泉?」
「そうだ。魔力の泉があるから、庭園の花はいつも満開なんだ。」

(なるほど、魔法学校の庭園の花が魔力で咲く仕掛が、
魔力の泉ということなんだな?)

 ニールはそう理解した。
 

 魔法学校の庭園は、左右を魔法学校と寄宿舎に挟まれている。ニールとレオンハルトは"魔力の泉"があると言う、寄宿舎の奥の森まで歩いて移動した。

 森の中腹の、少し開けたところにその泉はあった。"魔力の泉"の周辺には白く光る花が咲いており、森の中の薄暗い環境下でもキラキラと輝いていた。泉の水は、色々な魔力属性を秘めているからだろうか、七色に発光している。

「わあ!綺麗ですね!」
 ニールが感嘆の声を上げると、レオンハルトは顔を綻ばせた。
「そうだろう?これは、先々代の王が作ったんだ。」
「と、いうと、人工の物なのですか?」
「そうだ。泉は元々湧き出ていたんだが、ただの水だった。それを、魔石で囲んで、更に魔力を注いで、庭園まで循環させている。」
「なるほど、それで庭園の花はいつも満開なのですね?」
 レオンハルトは答える代わりに、微笑んだ。レオンハルトが微笑んで瞳を細めると、その度まつ毛の振動で魔力が弾けて飛んでくる。ニールはそれを受けるだけでクラクラした。

「今は父と私が交代で、魔力を注いでいる。」

 レオンハルトは、実際に、泉に魔力を注いで見せた。

(光属性のレオンハルト殿下とレイノルド陛下の魔力だから、発光しているんだな。それに・・)
  
 レオンハルトの魔力が泉に注がれると、七色に発光しながら溶けていった。ニールはその美しさに思わず息を呑んだ。

(美しい人というのは、髪の毛一本一本から、魔力まで美しいんだな・・。)

 レオンハルトは魔力を流し終わると、隣にニールを呼び寄せた。やってみろ、という事らしい。
 ニールが魔力を注ぐと、また、泉は発光した。レオンハルトは泉を背にして、近くの花の蕾を指差した。ニールも姿勢を変えて、蕾を見てみると、徐々に、花弁が開いていった。

「すごい・・!」
「先々代の王は土地の改良に精通していたようで、この泉の魔石は、腐葉土を作るように調合されている。だから、この泉の周辺と、泉が循環している庭は土地が豊かなんだ。・・少し、材料が高価すぎるから、一般向きでは無いのか残念だ。もう少し安価なもので代用できないか・・調べている。」
「殿下が?」
「そうだ。」
「素晴らしいです!もしそれが分かれば、瘴気被害に苦しむ人達には、大変な救いになるはずです!私も、もし宮廷魔術師になれたら・・。」

 ニールはそこまで言ってハッとした。
 ニールは、少ない自己魔力だけで成績を残さなければならないから、宮廷魔術師になるには必須の魔法学校の卒業資格を得るのは難しいのではと、脳裏を過って言い淀んでしまった。

「宮廷魔術師になんか、ならない方がいい。もっと自由な方が、ニールには合う気がする。」

 慰めるでもない、レオンハルトの言葉にニールは救われた。宮廷魔術師になることは、一つの目標ではあるけれど、それはやりたいことの手段であって目的ではないのだから・・・。そう言ってもらったように感じた。

 ニールが嬉しくなって笑いかけると、レオンハルトは少し、いたずらっ子のような顔をして笑った。


「この泉には、伝説があるんだ。」
「伝説?」
「そう、昔魔法学校の生徒が成績不振を苦にして、この泉に身を投げた。この世に未練を抱えたその生徒は、勉強に励む生徒をここへ招いては、泉の中へと誘うんだ。その被害を食い止めるため、先々代の王が魔石と魔力を注いで、帰天させようとしたのがこの泉の始まりだと。」
 ニールはゴクリと唾を呑んだ。
 レオンハルトは真剣な顔をしている。

「しかし、今もその者は、泉の中から現れるらしい。魔法ばかり練習していて外出しなかったせいで日に焼けていない、白い手が泉の中から・・・。」

 ニールは背筋がゾクリとした。
 まるで、冷たい水で、背中を撫でられているみたいに・・。

「ニール後ろ!!」

 レオンハルトが叫んだのでニールが振り返ると、泉から伸びてきた手に背中を撫でられていた。さらに肩を掴まれていて、ぐいと、泉に引き込まれそうになった。


「◎△$♪×¥●&%#!!!」


 ニールは声にならない叫び声をあげて飛び退くと、泣きながら、とにかく一心不乱に伸びてきた手に攻撃魔法をかけた。


「ニ、ニール!よせ!」
 
 レオンハルトは解術の魔法を掛けた。

 ニールを襲った手は、バシャン、と音を立てて水に戻った。その水を頭から被って、ニールはずぶ濡れになった。暴れて攻撃魔法も使ったから、細かく散った草や土などが身体について、ひどい有様だった。

 訳が分からず涙目でレオンハルトを見ると、レオンハルトはバツが悪そうな顔をしていた。

「すまない、やり過ぎた・・!ニールがこんなに、簡単に信じるとは思わなかったから・・・。」

「こ、これは、殿下の魔法だったんですか?!
 信じるとは思わなかったなんて・・!わ、私を馬鹿にしているんですか?!ひどいっ!ひど過ぎます!!」

「そんなに怒るな!冗談だ!」

  レオンハルトは、びしょ濡れのニールに近づいて、手を伸ばした。魔法を詠唱して、汚れを取り除こうとしてくれたのかもしれなかったが、ニールは頭にきて、その手を振り払った。

「冗談?!こんなことを冗談でするなんて・・信じられない・・!殿下なんて、き、嫌い!!触らないで!」

「き、きらい・・!?」
 


 二人はしばし、沈黙した。
 
 沈黙が長くなるにつれ、ニールは少し頭が冷えてきた。

(言いすぎた・・でも・・。)


 言い過ぎだとは思ったが、ニールの方から謝るのも違う気がして、沈黙を守った。

 沈黙を破ったのは、レオンハルトの方だった。

「すまない。ニールに魔法を習ってから、無属性魔法が少し上達したから、それを見せて驚かせたかったんだ。さっきの話は、魔法学校の七不思議で生徒の間では有名だから、冗談ですむと思って・・・。でも、ここに住んでいる私はともかく、ニールは知らないよな・・。それを失念していた。」

 レオンハルトは今度こそニールに魔法をかけた。びしょ濡れだったニールの髪も身体も、すっかり綺麗になった。  

「・・すまなかった・・。」

 レオンハルトが思いの外、沈んだ調子で言うので、ニールも少し申し訳ない気持ちになった。


 レオンハルトは先ほど、ニールが魔力を流して咲かせた花を摘んで、ニールの髪に飾った。

「・・でも、きらいはないだろう・・。」
「・・・。」

 ニールは、小さな声で詠唱すると、泉の水で手を作った。先ほどよりもずっと大きく。
 魔法の手は、後ろからレオンハルトの腕を掴んで引っ張った。レオンハルトが驚いて転んだのに合わせて魔法を解いて、レオンハルトを水浸しにした。

「おいっ!!」
「殿下に怒る権利、ありますか?!」
「あるだろ!」

 レオンハルトは今度は魔法は使わずに、直接泉の水を手ですくって、ニールにかけた。ニールも負けじと、手でレオンハルトに水をかけた。

 二人はバシャバシャと水を掛け合う内に、一緒に泉の中に落ちた。
 中は案外浅くて、腰の下位までしか、水位はなかった。

「こんな浅い泉で溺れたと?!」
「だから"不思議"なんだ!!」

 ニールとレオンハルトは二人で大笑いした。 

「七不思議はあと六個あるから、入学したら教えてやる。」

 ニールには入学する楽しみが、六個できた。


(将来の色々な不安は、取り敢えず置いておいても良いだろうか・・。学生生活は、大人になるまでの猶予期間モラトリアムだ。どうか、楽しく過ごせますように・・。)


 ニールは祈らずにはいられなかった。


 
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