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プロローグ
パスコリの詩
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クラスは、僕のような万年初級の生徒にも配慮して、文法の解説もしてくれたが、テーマは、イタリア詩だった。特に、僕たちの心を打ったのが、ジョバンニ・パスコリの詩だった。
パスコリは幼い時、星降る聖ロレンツォの日に、帰宅途上の父を殺されて失った。その事件への怒りと悲しみを、巣に帰る途中で死んだ親燕と巣で待つ子燕になぞらえて詠った『八月十日』の詩が、中でも僕は一番好きだった。
僕は、その詩を、弓弦さんが朗読した時のことを忘れない。絶望的な怒りとあきらめと悲しみのこもった、暗い情熱に満ちたあの声を。静かなたたずまいのあの人のどこに、こんな暗い闇と、燃え尽きる流れ星の最後のきらめきのような痛々しい熱が、ひそんでいたのかと、僕はあやしんだ。怒りに震える声、たぎるような、生命の力。その破壊。祈り。
教室中が、しばらく呆然としていたように思う。それほど、弓弦さんの心情と、詩がリンクして説得力を持っていたのだろう。僕は、圧倒的な力に組み伏せられたような気がした。ほとんど官能的なまでの、暗い情熱の力で。
僕は、そのとき、すでに、弓弦さんの魅力に、完全に引き込まれていた。
「僕の、部屋の軒先にも、毎年燕が巣を作るんですよ」
僕は、授業の後、弓弦さんに話しかけた。なにか、なんでもいいから、話しかけたかったから。彼の注意を僕に向けて、彼を引き止めたかったから。彼の魅力に匹敵するほどの何かを、僕が持っているとは、思えなかったけれども。
「燕が軒先に巣を作る家は、幸福だというね」
弓弦さんは、僕のことばに微笑んだ。
「でも、燕が軒先に巣を作る理由は、燕が非力な鳥だかららしいね。あえて、人の通る場所に巣を作って、外敵から身を守る」
「非力な鳥だから、詩のような目にもあってしまうのですね」
僕は、美しく小さな生き物の命を、哀れんで、そう言った。
パスコリは幼い時、星降る聖ロレンツォの日に、帰宅途上の父を殺されて失った。その事件への怒りと悲しみを、巣に帰る途中で死んだ親燕と巣で待つ子燕になぞらえて詠った『八月十日』の詩が、中でも僕は一番好きだった。
僕は、その詩を、弓弦さんが朗読した時のことを忘れない。絶望的な怒りとあきらめと悲しみのこもった、暗い情熱に満ちたあの声を。静かなたたずまいのあの人のどこに、こんな暗い闇と、燃え尽きる流れ星の最後のきらめきのような痛々しい熱が、ひそんでいたのかと、僕はあやしんだ。怒りに震える声、たぎるような、生命の力。その破壊。祈り。
教室中が、しばらく呆然としていたように思う。それほど、弓弦さんの心情と、詩がリンクして説得力を持っていたのだろう。僕は、圧倒的な力に組み伏せられたような気がした。ほとんど官能的なまでの、暗い情熱の力で。
僕は、そのとき、すでに、弓弦さんの魅力に、完全に引き込まれていた。
「僕の、部屋の軒先にも、毎年燕が巣を作るんですよ」
僕は、授業の後、弓弦さんに話しかけた。なにか、なんでもいいから、話しかけたかったから。彼の注意を僕に向けて、彼を引き止めたかったから。彼の魅力に匹敵するほどの何かを、僕が持っているとは、思えなかったけれども。
「燕が軒先に巣を作る家は、幸福だというね」
弓弦さんは、僕のことばに微笑んだ。
「でも、燕が軒先に巣を作る理由は、燕が非力な鳥だかららしいね。あえて、人の通る場所に巣を作って、外敵から身を守る」
「非力な鳥だから、詩のような目にもあってしまうのですね」
僕は、美しく小さな生き物の命を、哀れんで、そう言った。
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