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壁のない夜 2
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ビジネスホテルのエレベーターが、静かに開いた。
男二人でチェックインしても、フロントは何も言わない。
出張や、友人同士の宿泊も多い場所だから――
変な目では見られない。
だけど俺たちは、今夜――
“そういう理由”でここにいる。
チェックインしたのは、都内のビジネスホテル。
涼真は、予約をしてくれていたらしい。
「小さい部屋ですけど……」と照れたように言っていた。
ちゃんとツインルームを取ってあった。
ベッドがふたつ、並んでいる。
セミダブルサイズで、男がひとり寝るにはまあ十分。
でも――二人で寝るには、ちょっと狭い。くっつくしかない。
小さなテーブルと椅子。
白い壁紙と、控えめな照明。窓の外はもう真っ暗だった。
「……ほんとはさ、こういうの、
先輩がちゃんとシティホテルとか取るべきですよね」
涼真がぽつりと笑う。
「初めてなんですよ? ちゃんと……全部って」
「お前が勝手に予約したんだろ」
「だって先輩、なんも言ってくれないから……!」
「……悪かったよ」
「……許してあげます。その代わりいろいろ頑張ってもらいますからね?」
「がんばれって言われても……俺は、初めてなんだよ、男とするのは」
「僕だってそうですよ?」
「えっ、そうなのか?」
「そうですよ。僕を何だと思ってるんですか」
「……そうなのか」
部屋は端の部屋で、隣は空き部屋らしく静かだった。
照明も優しくて――
この夜には、十分すぎる場所のように思えた。俺にとっては。
「こっちのベッド、俺の」
涼真が、自分のベッドを子どもみたいにぽんぽん叩く。
「……じゃあ、俺はこっち」
そう言って、もう一つのベッドに腰かけたけど、
何となくそのまま、涼真が隣に座ってきた。
ベッドに並んで座って、
お互いの顔をまともに見ることができないでいた。妙に照れくさい。
「……壁、ないね」
「うん。……ない」
汗ばむ手のひら。
息がうまく整わない。
先に動いたのは、涼真だった。
沈黙のあと、
涼真がそっと手を伸ばしてきた。
「……先輩のこと、ちゃんと触れてみたかったんです」
涼真の指先が、そっと俺の頬に触れた。
あの店では味わえなかった、肌のぬくもり。
体温と鼓動と、指の震えが、全部伝わってくる。
「やっと……触れられた」
頬に触れた指は、震えていたけれど、
まっすぐに俺を求めていた。
その手を取って、俺の胸にあてる。
「ドクドク、って……やば。緊張してます?」
「……お前に会ったら、毎回こんなだよ」
「俺もです……。でも、壁があったから、平気だった」
「もう、ないぞ。……全部、触れてこい」
Tシャツを脱がせ合った。
涼真の体は、思っていたより細く、けれどしなやかだった。
汗ばんだ胸に、唇を寄せて――
涼真が、俺の乳首をそっと吸った。
「ん……っ、いきなり……」
くすぐったさと、熱に打ちのめされそうになる。
「先輩がしてくれたこと……全部、返します」
甘くて、くすぐったくて、
唇ひとつで、ちゃんと“愛されてる”のがわかる。
(この温度、忘れない)
唇を重ねた。
舌が触れ合い、ぬるく、熱い呼吸が絡み合う。
涼真の腰に手をまわして、下腹部をそっと撫でると
「……んっ……っ、せんぱ……い……」
耳の奥を痺れさせる、甘えた声がもれた。
「……お前、ずるいよ。そんな顔で、そんな声で……」
「ずるくていいです。やっと……やっと触れてるんですから」
キスを交わしながら、
いつのまにか俺たちは、片方のベッドに寄り添っていた。
唇がやわらかくて、
舌があたたかくて、
あの“壁の向こう”にいた彼が、今――
俺の隣に、ちゃんと存在していた。
セミダブルは、野郎二人には狭い。
でも――こんなに、近くにいられる。それが嬉しかった。
そのまま、肌を重ねて、
太ももに指を這わせながら、
ゆっくりと、下着を脱がせる。
初めて見る、涼真の熱。
(ちゃんと、こっちを向いてる)
壁越しに触れていた“熱”が、今――
はっきりと、俺の目の前にある。
少し恥ずかしそうに、
涼真が目をそらした。
「……見ないで……」
「見たかったんだよ。ずっと」
俺は脚の間に体を沈め、
そっと先端に、舌を這わせた。
「ひっ……あ、だめっ、そこ……急にぃ……っ」
ぴくんと跳ねて、太ももが震える。
逃げる腰を引き寄せて、
もう一度、舌を這わせた。
先端を咥えて、
掌で根元を支えながら、ゆっくりと口内に吸い込む。
「はっ、あっ……せんぱ……いっ、……あぁぁ……っ」
声を押し殺すように、涼真が喘ぐ。
この狭いホテルの部屋で、
声を漏らすまいと、枕に口を押しあてる姿がたまらなく愛しい。
俺の口の中で、熱がどんどん膨れ上がっていく。
舌で触れて、
彼の声を聞いて、
唇で包み込んで――
狭いホテルの壁にこだまする、小さな喘ぎ声。
「せんぱいっ、……あ、ああ、もう、いくっ……!」
「……気持ちいいか?」
「は、い……っ……っ、もう、だめ……せんぱい……」
そして、熱が舌先で弾けた。
ぬるくて、甘くて、涼真の体のすべてが俺に届く。
彼の絶頂を見届けたあと、
そっと抱き寄せた涼真の額に、口づけた。
ベッドに横たわって、
涼真を胸に抱いたまま、髪をゆっくり撫でる。
涼真が、胸元でぽつりと呟いた。
「……やっと、先輩の腕の中にいられた」
「やっと……名前で呼べるよな、涼真」
「……うん。先輩……」
もう、壁はなかった。
目の前の涼真を、
本当に愛せた夜だった。
「……ねえ、先輩」
「ん?」
「……このまま、こっちのベッドで寝ちゃってもいいですか?」
「ベッド、狭いぞ?」
「……そのほうが、いいんです」
俺の胸に顔を押しつけながら、
涼真が幸せそうに呟いた。
「ねえ先輩……次は、もっと高いホテル取ってくれてもいいんですよ? スイートとかあるとこ」
「……うるせぇ。会社に給料上げるように言ってくれ」
男二人でチェックインしても、フロントは何も言わない。
出張や、友人同士の宿泊も多い場所だから――
変な目では見られない。
だけど俺たちは、今夜――
“そういう理由”でここにいる。
チェックインしたのは、都内のビジネスホテル。
涼真は、予約をしてくれていたらしい。
「小さい部屋ですけど……」と照れたように言っていた。
ちゃんとツインルームを取ってあった。
ベッドがふたつ、並んでいる。
セミダブルサイズで、男がひとり寝るにはまあ十分。
でも――二人で寝るには、ちょっと狭い。くっつくしかない。
小さなテーブルと椅子。
白い壁紙と、控えめな照明。窓の外はもう真っ暗だった。
「……ほんとはさ、こういうの、
先輩がちゃんとシティホテルとか取るべきですよね」
涼真がぽつりと笑う。
「初めてなんですよ? ちゃんと……全部って」
「お前が勝手に予約したんだろ」
「だって先輩、なんも言ってくれないから……!」
「……悪かったよ」
「……許してあげます。その代わりいろいろ頑張ってもらいますからね?」
「がんばれって言われても……俺は、初めてなんだよ、男とするのは」
「僕だってそうですよ?」
「えっ、そうなのか?」
「そうですよ。僕を何だと思ってるんですか」
「……そうなのか」
部屋は端の部屋で、隣は空き部屋らしく静かだった。
照明も優しくて――
この夜には、十分すぎる場所のように思えた。俺にとっては。
「こっちのベッド、俺の」
涼真が、自分のベッドを子どもみたいにぽんぽん叩く。
「……じゃあ、俺はこっち」
そう言って、もう一つのベッドに腰かけたけど、
何となくそのまま、涼真が隣に座ってきた。
ベッドに並んで座って、
お互いの顔をまともに見ることができないでいた。妙に照れくさい。
「……壁、ないね」
「うん。……ない」
汗ばむ手のひら。
息がうまく整わない。
先に動いたのは、涼真だった。
沈黙のあと、
涼真がそっと手を伸ばしてきた。
「……先輩のこと、ちゃんと触れてみたかったんです」
涼真の指先が、そっと俺の頬に触れた。
あの店では味わえなかった、肌のぬくもり。
体温と鼓動と、指の震えが、全部伝わってくる。
「やっと……触れられた」
頬に触れた指は、震えていたけれど、
まっすぐに俺を求めていた。
その手を取って、俺の胸にあてる。
「ドクドク、って……やば。緊張してます?」
「……お前に会ったら、毎回こんなだよ」
「俺もです……。でも、壁があったから、平気だった」
「もう、ないぞ。……全部、触れてこい」
Tシャツを脱がせ合った。
涼真の体は、思っていたより細く、けれどしなやかだった。
汗ばんだ胸に、唇を寄せて――
涼真が、俺の乳首をそっと吸った。
「ん……っ、いきなり……」
くすぐったさと、熱に打ちのめされそうになる。
「先輩がしてくれたこと……全部、返します」
甘くて、くすぐったくて、
唇ひとつで、ちゃんと“愛されてる”のがわかる。
(この温度、忘れない)
唇を重ねた。
舌が触れ合い、ぬるく、熱い呼吸が絡み合う。
涼真の腰に手をまわして、下腹部をそっと撫でると
「……んっ……っ、せんぱ……い……」
耳の奥を痺れさせる、甘えた声がもれた。
「……お前、ずるいよ。そんな顔で、そんな声で……」
「ずるくていいです。やっと……やっと触れてるんですから」
キスを交わしながら、
いつのまにか俺たちは、片方のベッドに寄り添っていた。
唇がやわらかくて、
舌があたたかくて、
あの“壁の向こう”にいた彼が、今――
俺の隣に、ちゃんと存在していた。
セミダブルは、野郎二人には狭い。
でも――こんなに、近くにいられる。それが嬉しかった。
そのまま、肌を重ねて、
太ももに指を這わせながら、
ゆっくりと、下着を脱がせる。
初めて見る、涼真の熱。
(ちゃんと、こっちを向いてる)
壁越しに触れていた“熱”が、今――
はっきりと、俺の目の前にある。
少し恥ずかしそうに、
涼真が目をそらした。
「……見ないで……」
「見たかったんだよ。ずっと」
俺は脚の間に体を沈め、
そっと先端に、舌を這わせた。
「ひっ……あ、だめっ、そこ……急にぃ……っ」
ぴくんと跳ねて、太ももが震える。
逃げる腰を引き寄せて、
もう一度、舌を這わせた。
先端を咥えて、
掌で根元を支えながら、ゆっくりと口内に吸い込む。
「はっ、あっ……せんぱ……いっ、……あぁぁ……っ」
声を押し殺すように、涼真が喘ぐ。
この狭いホテルの部屋で、
声を漏らすまいと、枕に口を押しあてる姿がたまらなく愛しい。
俺の口の中で、熱がどんどん膨れ上がっていく。
舌で触れて、
彼の声を聞いて、
唇で包み込んで――
狭いホテルの壁にこだまする、小さな喘ぎ声。
「せんぱいっ、……あ、ああ、もう、いくっ……!」
「……気持ちいいか?」
「は、い……っ……っ、もう、だめ……せんぱい……」
そして、熱が舌先で弾けた。
ぬるくて、甘くて、涼真の体のすべてが俺に届く。
彼の絶頂を見届けたあと、
そっと抱き寄せた涼真の額に、口づけた。
ベッドに横たわって、
涼真を胸に抱いたまま、髪をゆっくり撫でる。
涼真が、胸元でぽつりと呟いた。
「……やっと、先輩の腕の中にいられた」
「やっと……名前で呼べるよな、涼真」
「……うん。先輩……」
もう、壁はなかった。
目の前の涼真を、
本当に愛せた夜だった。
「……ねえ、先輩」
「ん?」
「……このまま、こっちのベッドで寝ちゃってもいいですか?」
「ベッド、狭いぞ?」
「……そのほうが、いいんです」
俺の胸に顔を押しつけながら、
涼真が幸せそうに呟いた。
「ねえ先輩……次は、もっと高いホテル取ってくれてもいいんですよ? スイートとかあるとこ」
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