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壁のない夜へ。やっと抱きしめられた夜 1
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「……会って、話そうぜ」
涼真にそうLINEを送ったのは、プレイの次の日の夜だった。
――このまま“壁”を挟んだままじゃ、もう気持ちがもたない。
返信は、すぐに来た。
【はい。会いたいです】
短い文章。
けれど、スマホの画面に触れる指先まで震えるほど、俺の胸に沁みた。
◆
夜の公園。
照明の少ない広場。
芝生に囲まれた、人気のないベンチの前。
向こうから歩いてくる姿にすぐ気づいた。
いつものスーツじゃない。
白いTシャツにデニム。キャップを深くかぶって、両手をポケットに突っ込んだまま――
ほんの少し、俯きがちに歩いてくる。
(涼真……)
どこか、会うのが怖いような、でも嬉しそうな、そんな表情をしていた。
「……おう」
俺が先に声をかけると、涼真が顔を上げた。
「……こんばんは、先輩」
その声は、少しだけ震えていた。
ほんの一言だったのに、もう限界だった。
“壁の向こう”じゃない、“目の前の涼真”を見た瞬間――
堰を切ったように、身体が動いた。
俺は、歩み寄って、言葉も挟まず、その俺より少し背の高い細身の身体の肩を抱きしめた。
「……っ!」
息をのむ気配がした。
でも、涼真は拒まなかった。
Tシャツ越しの背中に腕をまわし、
ぐっと力をこめて、胸に引き寄せる。
抱きしめた感触は、思っていたよりずっと――温かかった。
「やっと……抱きしめられた」
喉の奥からこぼれた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
涼真は、俺の肩に額をつけたまま、小さく震えていたけれど、やがて、ゆっくりと――
俺の背中に、腕をまわしてきた。
「……ずっと、こうしたかったです」
ほんの数秒だったのに、
これまでの10回の“壁越しの記憶”が、一気に溢れ出した。
乳首を吸った舌。
手のひらに感じた熱。
重ねた指と、震える声。
でもそれ以上に――
今この腕の中の涼真が、すべてを超えていった。
顔を離して、見つめ合う。
「……お前、あそこで、バイトしてたのか?」
苦笑混じりに訊くと、涼真は、ふるふると首を横に振った。
「まさか、です。してません。あのときだけ、特別に、です。いつも、先輩が帰るときつけていて、先回りして予約してました。カップル向けのサービスで。本当に、ごめんなさい。だますみたいなことして……」
「ふうん。よくわからないけど。結果オーライだから……今回だけは、許す。まあ、何回もされたからな、その埋め合わせはしてもらうぞ。それはいいとして、じゃあ、なんで……」
「相手は、先輩だけなんです。最初から、ずっと。信じてください」
涼真のまっすぐな瞳が、真夜中の街灯に照らされて光った。
「“W-87”ってコードも、俺が選んだんです。……先輩の席、8番7番で」
「……」
何も言えなかった。
胸の奥がじわじわと熱くなる。
「バレてるって、途中でわかってました。
でも……先輩が、もう来てくれなくなるんじゃないかと思って……」
「バカ。来るに決まってんだろ」
「……ほんとですか?」
「ほんとだよ。10回も指名してんだぞ」
「……っ……俺も、同じくらい……触れてほしかった」
「……俺だって、ずっと触れたかった」
「……先輩……」
沈黙のあと、
涼真が俺の肩に額を寄せて、ぽつりと呟いた。
「俺……ずっと、ちゃんと触れてもらいたかった。
……壁越しじゃなくて、ちゃんと、全部、先輩に――
会いたかったんです。どうしても、ちゃんと……先輩に、触れたくて」
俺は、腕を緩めず、ただその体温を確かめるように抱きしめ続けた。
「……なあ」
「はい……?」
「今夜……お前を、ちゃんと、抱いていいか?」
一拍、ふた拍、間があって――
涼真が、頷いた。
ゆっくりと顔を上げて、
頬をほんのり染めて、笑った。
「……はい」
「先輩に、全部……もらってほしいです」
壁の向こうじゃなくて、ちゃんと触れたい。
この腕の中で、ちゃんと愛したい。
涼真にそうLINEを送ったのは、プレイの次の日の夜だった。
――このまま“壁”を挟んだままじゃ、もう気持ちがもたない。
返信は、すぐに来た。
【はい。会いたいです】
短い文章。
けれど、スマホの画面に触れる指先まで震えるほど、俺の胸に沁みた。
◆
夜の公園。
照明の少ない広場。
芝生に囲まれた、人気のないベンチの前。
向こうから歩いてくる姿にすぐ気づいた。
いつものスーツじゃない。
白いTシャツにデニム。キャップを深くかぶって、両手をポケットに突っ込んだまま――
ほんの少し、俯きがちに歩いてくる。
(涼真……)
どこか、会うのが怖いような、でも嬉しそうな、そんな表情をしていた。
「……おう」
俺が先に声をかけると、涼真が顔を上げた。
「……こんばんは、先輩」
その声は、少しだけ震えていた。
ほんの一言だったのに、もう限界だった。
“壁の向こう”じゃない、“目の前の涼真”を見た瞬間――
堰を切ったように、身体が動いた。
俺は、歩み寄って、言葉も挟まず、その俺より少し背の高い細身の身体の肩を抱きしめた。
「……っ!」
息をのむ気配がした。
でも、涼真は拒まなかった。
Tシャツ越しの背中に腕をまわし、
ぐっと力をこめて、胸に引き寄せる。
抱きしめた感触は、思っていたよりずっと――温かかった。
「やっと……抱きしめられた」
喉の奥からこぼれた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
涼真は、俺の肩に額をつけたまま、小さく震えていたけれど、やがて、ゆっくりと――
俺の背中に、腕をまわしてきた。
「……ずっと、こうしたかったです」
ほんの数秒だったのに、
これまでの10回の“壁越しの記憶”が、一気に溢れ出した。
乳首を吸った舌。
手のひらに感じた熱。
重ねた指と、震える声。
でもそれ以上に――
今この腕の中の涼真が、すべてを超えていった。
顔を離して、見つめ合う。
「……お前、あそこで、バイトしてたのか?」
苦笑混じりに訊くと、涼真は、ふるふると首を横に振った。
「まさか、です。してません。あのときだけ、特別に、です。いつも、先輩が帰るときつけていて、先回りして予約してました。カップル向けのサービスで。本当に、ごめんなさい。だますみたいなことして……」
「ふうん。よくわからないけど。結果オーライだから……今回だけは、許す。まあ、何回もされたからな、その埋め合わせはしてもらうぞ。それはいいとして、じゃあ、なんで……」
「相手は、先輩だけなんです。最初から、ずっと。信じてください」
涼真のまっすぐな瞳が、真夜中の街灯に照らされて光った。
「“W-87”ってコードも、俺が選んだんです。……先輩の席、8番7番で」
「……」
何も言えなかった。
胸の奥がじわじわと熱くなる。
「バレてるって、途中でわかってました。
でも……先輩が、もう来てくれなくなるんじゃないかと思って……」
「バカ。来るに決まってんだろ」
「……ほんとですか?」
「ほんとだよ。10回も指名してんだぞ」
「……っ……俺も、同じくらい……触れてほしかった」
「……俺だって、ずっと触れたかった」
「……先輩……」
沈黙のあと、
涼真が俺の肩に額を寄せて、ぽつりと呟いた。
「俺……ずっと、ちゃんと触れてもらいたかった。
……壁越しじゃなくて、ちゃんと、全部、先輩に――
会いたかったんです。どうしても、ちゃんと……先輩に、触れたくて」
俺は、腕を緩めず、ただその体温を確かめるように抱きしめ続けた。
「……なあ」
「はい……?」
「今夜……お前を、ちゃんと、抱いていいか?」
一拍、ふた拍、間があって――
涼真が、頷いた。
ゆっくりと顔を上げて、
頬をほんのり染めて、笑った。
「……はい」
「先輩に、全部……もらってほしいです」
壁の向こうじゃなくて、ちゃんと触れたい。
この腕の中で、ちゃんと愛したい。
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