壁乳

リリーブルー

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6回目。この指が知ってる、ぬくもり

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職場で、昼間。

涼真がコピー機の前で袖をまくってる。
腕。一見、白くて細い。けど意外と筋肉もあり、体温が高そうで。

(やっぱり、あの肌の色に……似てるな)

俺は、壁乳の手を思い出していた。

(……いや、乳首にほくろある人なんて他にもいるし)

チラッと胸元を見る。
ワイシャツから、インナーのラインがうっすら透けている。

(あのときは涼真だと確信してたけど、よく考えると違うかも……。涼真といっしょに行かないときもいるし。違ったら、職場の後輩だと思い込んでイクとか、ただの変態だろ、俺)

そんな風に、ぼんやり考えながら、無意識に、涼真の身体を、じろじろ見ていると――

「先輩~? 何見てるんですかぁ?」

不意に肩を抱かれ、耳元に涼真の声。
近っ……!

「もしかして俺の体、気になってるんですか?」

にやーっと笑う。清潔そうな白い歯がまぶしい。小悪魔め!

「……ち、ちげーし!」

笑顔で距離を詰められて、
冗談だとわかっていても、心臓が跳ねる。

「先輩ったら、俺の身体を無意識にじろじろ見ちゃうほど……溜まってるんですねぇ? ふふふっ、明日、行きましょう?」

「お前が行きたいんじゃないか……!」

「そうですけど? 何か?」
開き直りやがる。

「しょうがねぇなぁ。つきあってやるわ」
俺は、しぶしぶのように応じる。

職場では理性と疑惑の狭間で揺れる俺。
プライベートでは、確信を煽るようなスキンシップで涼真が追い込んでくる。
そして、「涼真であってほしい」と自分が思っていることにも気づいてしまっていた……。

壁の向こうの柔らかな温もり。
名前を呼ばなくても伝わる、
想いと欲望のにじむ触れ合い。嗚呼……。


   ◆



 俺はまた、W-87の個室にいた。
 もう慣れたはずの薄暗い部屋なのに、なぜか――緊張していた。

 (また……来てしまった)

 罪悪感のような、落ち着かない気持ち。期待する気持ち。半々。

 壁の穴が開き、
 ゆっくりと、白い肌と、淡い桃色の乳首が、俺の目の前に現れる。

 左の乳首のすぐ下に、小さなほくろ。

 (やっぱり……風呂屋で見たときと、同じだ。そして、いつもと同じ)

 ごくりと唾を飲み込む。動悸が高まる。

 (いや……でも、似てるだけかもしれない……)

 そんな、毎度、行きつ戻りつするお馴染みの思考も、迷いも、
 指をのばせば、もうどうでもよくなる。



 そっと乳首に触れると、
 ぷるっと震える。

 舌を這わせ、唇で吸うと、向こうの肌がぴくんと反応する。

 さらに手を伸ばす。
 指先が、乳首のすぐ下の肌に触れる。なめらかで、ほんのり汗ばんでる。

 ゆっくり、下へなぞる。

 くびれの少し上――お腹。

 人肌のやわらかさと、しなやかさと、
 その奥にある、腹筋の弾力。

 指が軽く押し返されるたびに、
 (……この胴体が服を着た姿を、知ってる気がする)
 と思ってしまう。



 穴の奥から、手が伸びてきた。
 俺の手を探し当て、そっと包むように重ねてくる。

 (……向こうも俺だってわかってるのか?)

 思わず、絡めた指をぎゅっと握り返す。

 そのとき――穴の奥の腹筋が、ぴくん、と跳ねた。

 (……感じてる)



 たまらず、片方の乳首を吸いながら、
 触れ合っている指を優しくこする。

 もう片方の手で、そっと、そっと、腹の下に向けて撫でていくと――

 奥から、かすかな声がもれた。

 「ん……ぁ……」

 (この声、やっぱり……涼真、なのか……?)



 ほんの少し、手を止めた。

 自分の心臓の音がうるさい。

 (もし、問いただして、違ってたら……恥ずかしい。怖い)

 『は? 何言ってんですか? 気持ち悪いこと言わないでください。そんなこと想像してしてたんですか?』
 軽蔑した表情の涼真を思い浮かべてしまう。

 (でも……もし、これが涼真で――)

 それを望んでいる俺がいる。

 (だったら、俺……)

 だったら、どうすればいいのか。


 プレイ終了の合図が鳴る。
 乳首と肌が、ゆっくりと壁の奥へと戻っていく。

 最後に、指を離す瞬間――
 向こうの手が、ぎゅっと俺の手を、もう一度だけ強く握った。愛しい。切ない……。壁越しの関係。



 脱衣室で服を着ながら、指先を見つめる。

 涼真の指だったんじゃないか――
 そう思うと、熱が戻ってくるようだった。

   ◆

 更衣室を出て待合室に行くと、既に涼真がいた。

 「今日もお疲れさまでした~。いや~、やっぱり指名っていいですね!」

 「……おう」

 涼真はにこにこと笑いながら、
 俺の肩に自然に手を回してくる。

 「なんか、触れ合いの感じがすごく“通じ合ってる”って感じで……。
 相手の反応、今日はすごく良かったんです。先輩は?」

 「……まぁ、悪くなかった」

 「ふふっ、やっぱり? そんな顔してますもん。やっぱ、手も触れられるって、いいですよねぇ。前より反応すごくなってませんでした?」

 (お前の方こそ、どうなんだよ)



 「……次の、領域拡張、楽しみですよねぇ。もっと、ちゃんと触ってほしい……な、って……思いません?」

 俺の耳元で、やわらかく囁いてくる涼真。

 距離が近い。
 香水じゃないけど、涼真の肌のにおいがする。いい匂い。

 (やばい。もう……壁、いらないんじゃないか? 涼真と、直接会えば……)

 でも、会いたいとは、まだ言えなかった。



 ――あともう少し。
 あと何回、壁越しに触れ合えば……お前に、触れられるようになるんだろう。



📘次回:7回目。
もっと知りたい。
もっと触れたい。
なのに壁越し。

恋が、性が、じわじわと、溶けあっていく――

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