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クロス・ストリート ~蛍視点~
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「桜井さんは不思議に思いませんでしたか? 隠せたはずの関係を、どうして、わざわざ伝えてきたのか、と。昭弘さんはゲイじゃない。父と別れ、女性と付き合う可能性だってあった。未来は無限に広がっていたはずです。親に問い詰められたわけでもなく、あなたのところへ行ったのは、たぶん」
相手は無言で、蛍を見つめた。
「たぶん、男を好きになった不安を、あなたに払拭して欲しかったんだと思います。あなたを、尊敬していたから」
老紳士が目を見開く。
加賀島が口にした、昭弘の最大のストレスの原因は、ここなのだと思った。
高校生のとき、昭弘に二人で幸せになろうと伝えた。
自分は頓馬だ。
昭弘の本当の幸せは、二人だけじゃ掴めないものなのに。
また来るからと昭弘の手に触れ、男に頭を下げて病室を後にした。
外に出ると、夜空に星が輝いていて、冷気に身震いした。
バス停へ行き、たっぷりと半時間待ってから、やって来たバスに乗った。
これでアパートの最寄りの駅まで運んでもらえる。
窓の外でネオンが煌めいている。
蛍は瞼を閉じた。
ワンショルダーバックの中で、携帯電話がバイブする。
取り出すと、非通知からの着信だった。
バス内では出られない。
蛍は、携帯電話を握りしめ、再び、目を瞑った。
アパートへ戻り、論文を書くため、パソコンを開いた。
体制を立て直してみせる。
久しぶりに資料に目を通す。
やらなければいけないことに、蛍は集中した。
朝方までキーボードを打ち、目処がついたところで、十五分仮眠をし、コーヒーで脳みそを起こして、携帯電話を操作し、司法書士事務所へ電話をかけた。
保坂が河原に電話を取り次いでくれ、蛍は長期間、休みをとっていることを、改めて謝罪し、明日から出勤することを約束した。
通話を切り、携帯電話を握りしめたまま、畳の上に横になる。
しっかりしてみせる。昭弘の隣にいても、誰からも文句を言われない、男になってみせる。
肩の力を抜く。
と、玄関のドアノブが、乱暴に回される音がした。
鍵がかかっていることはわかるはずなのに、相手はやめようとしない。
近隣に迷惑をかけた覚えはないし、家賃は払っているはずだ。
放っておこう、と両目に手の甲を当てる。
だが、今度はドアが思いっきり叩かれだし、蛍は腰を上げた。
廊下が見える台所の窓をわずかに開ける。
黒色のフード付きパーカーを着た男が、こちらを振り向いた。
マスクをしているため、顔をはっきりと見られないが、眼鏡をかけた瞳だけで充分だった。
「赤城?」
ハッとして、男が階段へと駆ける。
蛍は施錠もせずに追ったが、廊下へ出たときには、相手はすでにいなかった。
昼、病院へ行ったなら、昭弘が入院していた部屋は、綺麗に片付けられていて、立ち尽くしていると、看護師から声をかけられた。
朝早く、転院をしたのだと言う。
昭弘の父親の連絡先は知らない。
看護師にどこへ移ったのか尋ね、親族から口止めされていると、俯かれた。
「そうですか。ありがとうございます」
背を向けると呼び止められた。
看護師は何かを言いたげにし、それも言うなと言われているのか、もどかしさに表情を曇らせた。
蛍は力なく微笑み、会釈をして彼女に背を向けた。
吉村も三田も社長も加賀島も、昭弘が転院したことすら知らなかった。
昭弘の父親に会った高校へと時間を見つけては足を運んだが、彼は現れなかった。
相手は無言で、蛍を見つめた。
「たぶん、男を好きになった不安を、あなたに払拭して欲しかったんだと思います。あなたを、尊敬していたから」
老紳士が目を見開く。
加賀島が口にした、昭弘の最大のストレスの原因は、ここなのだと思った。
高校生のとき、昭弘に二人で幸せになろうと伝えた。
自分は頓馬だ。
昭弘の本当の幸せは、二人だけじゃ掴めないものなのに。
また来るからと昭弘の手に触れ、男に頭を下げて病室を後にした。
外に出ると、夜空に星が輝いていて、冷気に身震いした。
バス停へ行き、たっぷりと半時間待ってから、やって来たバスに乗った。
これでアパートの最寄りの駅まで運んでもらえる。
窓の外でネオンが煌めいている。
蛍は瞼を閉じた。
ワンショルダーバックの中で、携帯電話がバイブする。
取り出すと、非通知からの着信だった。
バス内では出られない。
蛍は、携帯電話を握りしめ、再び、目を瞑った。
アパートへ戻り、論文を書くため、パソコンを開いた。
体制を立て直してみせる。
久しぶりに資料に目を通す。
やらなければいけないことに、蛍は集中した。
朝方までキーボードを打ち、目処がついたところで、十五分仮眠をし、コーヒーで脳みそを起こして、携帯電話を操作し、司法書士事務所へ電話をかけた。
保坂が河原に電話を取り次いでくれ、蛍は長期間、休みをとっていることを、改めて謝罪し、明日から出勤することを約束した。
通話を切り、携帯電話を握りしめたまま、畳の上に横になる。
しっかりしてみせる。昭弘の隣にいても、誰からも文句を言われない、男になってみせる。
肩の力を抜く。
と、玄関のドアノブが、乱暴に回される音がした。
鍵がかかっていることはわかるはずなのに、相手はやめようとしない。
近隣に迷惑をかけた覚えはないし、家賃は払っているはずだ。
放っておこう、と両目に手の甲を当てる。
だが、今度はドアが思いっきり叩かれだし、蛍は腰を上げた。
廊下が見える台所の窓をわずかに開ける。
黒色のフード付きパーカーを着た男が、こちらを振り向いた。
マスクをしているため、顔をはっきりと見られないが、眼鏡をかけた瞳だけで充分だった。
「赤城?」
ハッとして、男が階段へと駆ける。
蛍は施錠もせずに追ったが、廊下へ出たときには、相手はすでにいなかった。
昼、病院へ行ったなら、昭弘が入院していた部屋は、綺麗に片付けられていて、立ち尽くしていると、看護師から声をかけられた。
朝早く、転院をしたのだと言う。
昭弘の父親の連絡先は知らない。
看護師にどこへ移ったのか尋ね、親族から口止めされていると、俯かれた。
「そうですか。ありがとうございます」
背を向けると呼び止められた。
看護師は何かを言いたげにし、それも言うなと言われているのか、もどかしさに表情を曇らせた。
蛍は力なく微笑み、会釈をして彼女に背を向けた。
吉村も三田も社長も加賀島も、昭弘が転院したことすら知らなかった。
昭弘の父親に会った高校へと時間を見つけては足を運んだが、彼は現れなかった。
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