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ミッション8 王都進出と娯楽品
263 『巡回定時便』
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エントラール公爵領都では、ひと月程前から決められたルートをほぼ指定時間ぴったりで走る『巡回定時便』という乗車賃さえ払えば誰でも乗れる魔導車が走っている。
見た目は赤い三角屋根の長細い家のよう。側面の上の方には、窓が沢山並んでいる。この窓は物理も魔法攻撃も全て弾く安心仕様だ。もちろん、側面も屋根も保護してある。
そして、それを運転するのは、ペンギン型の魔導人形だ。見た目はコウテイペンギンの子ども。ふわふわ感が人気だ。灰色と黒、白が綺麗に分かれているペンギンらしい見た目だった。小さな運転手用の帽子も被っていて、とても可愛らしい。
久し振りにこの領都に訪れた行商人の父子が、見慣れぬその魔導車を見て、目を丸くし、休憩所に駆け込む。そして、見知った住民達に訪ねた。
「すみませんっ。あの乗り物はなんでしょうかっ」
「おや。久し振りだねえ。あれは『巡回定時便』と言ってね。あ、丁度時間も良いんじゃないかい? そろそろ説明の映像が出るよ」
「えっ、なら、アレもセイスフィア商会の!?」
「そうさ。ほら、始まるよ」
休憩所には、セイスフィア商会の商品を紹介する映像が一時間ごとに流れるようになっている。中央にある石の台座に魔力を注ぎ込むことによって、内容は変わるのだが、ひと月程前からは、商品の前に魔導車の説明が必ずある。
ポロロン
ポロロン
ロンロンロ~ン
竪琴の音が映像が映るのと同時に響き、見た事もない服を着た可愛らしい女性、クラルスと相棒のピンク色のクマ、ローズが映し出される。
服装は、辺境伯領でもお披露目したバスガイドのようなもの。長いマーメイドラインのスカートがとても美しくクラルスによく似合っていた。
『ごきげんよう♪ みなさんはもう乗ってみましたか? まずは『巡回定時便』について説明しま~す!』
「「……」」
「何回見ても、クーちゃんとローズちゃんは可愛いねえ」
「本当よね。クーちゃんを見るとなんだか元気になるわ」
「あの笑顔が良いのかしらねえ」
おしゃべりに来ていた奥様達が娘を見るような目で嬉しそうに見ていた。
『この魔導車は、エントラール領都内を朝の八時から夜の八時まで三十分毎に三台が運行します、二台はこの領都の商業ギルドの前から左右に向かって発車し、一台がセイスフィア商会から南に向けて出発します』
このエントラール領の大まかな地図と、映像の端に赤い三角屋根の魔導車が映る。商業ギルドの隣には大きな空き地があり、そこから左右に分かれて二台ずつ、定時に魔導車が発進していくようだ。
一方は時計回りに、もう一方は反時計回りに走る。そうして出来た中央の空白地帯を、セイスフィア商会から出た魔導車が一台走る。
丁度『中』という字が浮かび上がるコースだ。
『乗り降りのできる停留所は主要施設前が多く、徒歩で約二、三十分の距離毎に設置されています。このマークがある場所で待っていてくださいね♪』
クラルスが手の平を上にして、そこに現れたのは地球ではお馴染みのバス停。だが、時刻の書かれた下の四角い板はペンギン型。停留所の名を記す丸い板はクマの顔を形取っていた。
『乗り方は簡単♪』
クラルスが魔導車に乗り込んでいく。真ん中の入り口のステップを上がると、右側に『触れてください』と文字の書かれた手のひらの形の板があり、そこに手を当てる。
『これに触れるだけで、個別の魔力で登録されます。どこから乗ったかが記録されるんです。これは、距離によって乗車における金額が変わるからです』
『《きんがくのいちらんは、こちらです》』
『エントラール領都内は一駅毎に、30セタとなります。お子さんは五才頃までは無料、十才頃までは一駅10セタです』
『《かんこうするには、いちりつ300セタの【一日乗車券】がおとくです》』
「あのカード、ひと月毎で絵柄が変わるんですって」
一日乗車券はカードの形をしている。その絵柄は写真のように綺麗な画像のもの。
「えっ!? そうなの!?」
『《うりばは、セイルブロードの【チケット屋さん】としょうぎょうギルドの【販売窓口】。それと、まどうしゃのなかでもかえます!》』
「最初のは、ローズちゃんだったわよね!? え? じゃあ、もう変わっちゃった!?」
「うん。ほら」
《こんげつの【絵柄】は……コレ!》
映像を指差すと、ローズがカードをアップで映していた。それは、エプロンをしたペルタが、飲み物を差し出している絵柄だった。
「っ、うっそ! ペルタさんじゃない!?」
「ペルタさんだ!! いやぁぁぁっ! 買ってくる!!」
「俺も行く!!」
「セイスフィア商会の方が近いわねっ」
「ペルタさぁぁぁんっ!!」
「「……え……」」
休憩所にいた大多数の若い冒険者達や住民達が手を止めて立ち上がり、駆け出して行った。
「あらあら。落ち着きがないわね~」
「そういうあんたは、買わないのかい?」
「もう買った」
「……っ、抜け駆けね!」
「いやあねえ。丁度、定期便に乗って出かける日が二日前にあったのよ」
「もうっ。でも、ペルタさんのカードは欲しいわねっ」
ペルタは老若男女、誰にでも人気がある。本来は魔導車の管理担当なのだが、たまに商店の手伝いにも入っていたのだ。そこでしっかりとファンを作っていた。なぜか『さん』付けで広まっている。
映像の中のクラルスは、カードを片手に、ウインクする。
『このカードには、利用する日付けが刻印されるので、大事な人との記念日にお出かけした記念にもなります♪ カードの回収は致しません』
「これ、思わず買いたくなるわよね」
「うんっ……買うわ……」
「買うわよね」
更にと、クラルスはローズから受け取った額を見せる。いわゆるポストカードサイズのもので、カードが中心に入っていた。
『このカード用の額もセイルブロードの【チケット屋さん】で販売中です♪ 壁にかけるのではなく、こうしてちょっとした棚や机の上に置けちゃうから嬉しいよね♪』
『《ほかんようのファイルもありま~す。いれかえてつかってね~》』
「アレはずるいよね」
「額の色も色々あったわよ」
「えっ、もう確認してきたの?」
「だって、欲しいじゃん」
「「「欲しい」」」
「「……」」
商人の父子は、罠だと絶句する。そして、日付だけでも売れることに驚愕していた。その上にそれを飾るための額まで用意するなんて、やられたと思った。
次にクラルスは魔導車の中で一人掛けの椅子の背もたれの肩の部分に触れる。
『椅子には、清浄化の魔法陣が組み込まれています。なので、背もたれのここにある魔石に魔力をほんの少し込めることで発動し、泥汚れや水濡れも綺麗になくなります』
座面にあった土の汚れや、汚れた水が消える所が見えた。
『《すわっているときには、はつどうしません》』
「あれ、助かるわよね」
『冒険者の方も、遠慮なく使ってくださいね♪』
「そうそう。やっぱり、汚れるんじゃないかって気になるものね」
「あんな綺麗な椅子の馬車なんて、お貴族様の乗るものだものねえ」
「ほら、乗る時にって案内があるけど、降りる時に綺麗してから降りる人が多いみたい」
「『そういうマナーって大事だよな』って、フィル君にこの前、褒められちゃった♪」
「「「えっ、いいな~」」」
フィルズはお母さん達に絶大な人気がある。それが商人達にとっては、会う事もほとんど出来ないセイスフィア商会の商会長だとは、商人父子は気付かない。
「そうそうっ。私らこの前っ、ここでお茶してたら、フィル君に試作品のクッキーの味見を頼まれちゃったわっ」
「「ね~」」
「「「えっ、ずるい!!」」」
「「めちゃくちゃ美味しかったね~」」
「「「ずるい!!」」」
「「……」」
女性達の言い合いが始まる中、商人父子は、頭を低くして、映像に目を向けた。彼女達に話を聞く上で、こういうことは想定済みだ。彼らはまだ冷静だった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
見た目は赤い三角屋根の長細い家のよう。側面の上の方には、窓が沢山並んでいる。この窓は物理も魔法攻撃も全て弾く安心仕様だ。もちろん、側面も屋根も保護してある。
そして、それを運転するのは、ペンギン型の魔導人形だ。見た目はコウテイペンギンの子ども。ふわふわ感が人気だ。灰色と黒、白が綺麗に分かれているペンギンらしい見た目だった。小さな運転手用の帽子も被っていて、とても可愛らしい。
久し振りにこの領都に訪れた行商人の父子が、見慣れぬその魔導車を見て、目を丸くし、休憩所に駆け込む。そして、見知った住民達に訪ねた。
「すみませんっ。あの乗り物はなんでしょうかっ」
「おや。久し振りだねえ。あれは『巡回定時便』と言ってね。あ、丁度時間も良いんじゃないかい? そろそろ説明の映像が出るよ」
「えっ、なら、アレもセイスフィア商会の!?」
「そうさ。ほら、始まるよ」
休憩所には、セイスフィア商会の商品を紹介する映像が一時間ごとに流れるようになっている。中央にある石の台座に魔力を注ぎ込むことによって、内容は変わるのだが、ひと月程前からは、商品の前に魔導車の説明が必ずある。
ポロロン
ポロロン
ロンロンロ~ン
竪琴の音が映像が映るのと同時に響き、見た事もない服を着た可愛らしい女性、クラルスと相棒のピンク色のクマ、ローズが映し出される。
服装は、辺境伯領でもお披露目したバスガイドのようなもの。長いマーメイドラインのスカートがとても美しくクラルスによく似合っていた。
『ごきげんよう♪ みなさんはもう乗ってみましたか? まずは『巡回定時便』について説明しま~す!』
「「……」」
「何回見ても、クーちゃんとローズちゃんは可愛いねえ」
「本当よね。クーちゃんを見るとなんだか元気になるわ」
「あの笑顔が良いのかしらねえ」
おしゃべりに来ていた奥様達が娘を見るような目で嬉しそうに見ていた。
『この魔導車は、エントラール領都内を朝の八時から夜の八時まで三十分毎に三台が運行します、二台はこの領都の商業ギルドの前から左右に向かって発車し、一台がセイスフィア商会から南に向けて出発します』
このエントラール領の大まかな地図と、映像の端に赤い三角屋根の魔導車が映る。商業ギルドの隣には大きな空き地があり、そこから左右に分かれて二台ずつ、定時に魔導車が発進していくようだ。
一方は時計回りに、もう一方は反時計回りに走る。そうして出来た中央の空白地帯を、セイスフィア商会から出た魔導車が一台走る。
丁度『中』という字が浮かび上がるコースだ。
『乗り降りのできる停留所は主要施設前が多く、徒歩で約二、三十分の距離毎に設置されています。このマークがある場所で待っていてくださいね♪』
クラルスが手の平を上にして、そこに現れたのは地球ではお馴染みのバス停。だが、時刻の書かれた下の四角い板はペンギン型。停留所の名を記す丸い板はクマの顔を形取っていた。
『乗り方は簡単♪』
クラルスが魔導車に乗り込んでいく。真ん中の入り口のステップを上がると、右側に『触れてください』と文字の書かれた手のひらの形の板があり、そこに手を当てる。
『これに触れるだけで、個別の魔力で登録されます。どこから乗ったかが記録されるんです。これは、距離によって乗車における金額が変わるからです』
『《きんがくのいちらんは、こちらです》』
『エントラール領都内は一駅毎に、30セタとなります。お子さんは五才頃までは無料、十才頃までは一駅10セタです』
『《かんこうするには、いちりつ300セタの【一日乗車券】がおとくです》』
「あのカード、ひと月毎で絵柄が変わるんですって」
一日乗車券はカードの形をしている。その絵柄は写真のように綺麗な画像のもの。
「えっ!? そうなの!?」
『《うりばは、セイルブロードの【チケット屋さん】としょうぎょうギルドの【販売窓口】。それと、まどうしゃのなかでもかえます!》』
「最初のは、ローズちゃんだったわよね!? え? じゃあ、もう変わっちゃった!?」
「うん。ほら」
《こんげつの【絵柄】は……コレ!》
映像を指差すと、ローズがカードをアップで映していた。それは、エプロンをしたペルタが、飲み物を差し出している絵柄だった。
「っ、うっそ! ペルタさんじゃない!?」
「ペルタさんだ!! いやぁぁぁっ! 買ってくる!!」
「俺も行く!!」
「セイスフィア商会の方が近いわねっ」
「ペルタさぁぁぁんっ!!」
「「……え……」」
休憩所にいた大多数の若い冒険者達や住民達が手を止めて立ち上がり、駆け出して行った。
「あらあら。落ち着きがないわね~」
「そういうあんたは、買わないのかい?」
「もう買った」
「……っ、抜け駆けね!」
「いやあねえ。丁度、定期便に乗って出かける日が二日前にあったのよ」
「もうっ。でも、ペルタさんのカードは欲しいわねっ」
ペルタは老若男女、誰にでも人気がある。本来は魔導車の管理担当なのだが、たまに商店の手伝いにも入っていたのだ。そこでしっかりとファンを作っていた。なぜか『さん』付けで広まっている。
映像の中のクラルスは、カードを片手に、ウインクする。
『このカードには、利用する日付けが刻印されるので、大事な人との記念日にお出かけした記念にもなります♪ カードの回収は致しません』
「これ、思わず買いたくなるわよね」
「うんっ……買うわ……」
「買うわよね」
更にと、クラルスはローズから受け取った額を見せる。いわゆるポストカードサイズのもので、カードが中心に入っていた。
『このカード用の額もセイルブロードの【チケット屋さん】で販売中です♪ 壁にかけるのではなく、こうしてちょっとした棚や机の上に置けちゃうから嬉しいよね♪』
『《ほかんようのファイルもありま~す。いれかえてつかってね~》』
「アレはずるいよね」
「額の色も色々あったわよ」
「えっ、もう確認してきたの?」
「だって、欲しいじゃん」
「「「欲しい」」」
「「……」」
商人の父子は、罠だと絶句する。そして、日付だけでも売れることに驚愕していた。その上にそれを飾るための額まで用意するなんて、やられたと思った。
次にクラルスは魔導車の中で一人掛けの椅子の背もたれの肩の部分に触れる。
『椅子には、清浄化の魔法陣が組み込まれています。なので、背もたれのここにある魔石に魔力をほんの少し込めることで発動し、泥汚れや水濡れも綺麗になくなります』
座面にあった土の汚れや、汚れた水が消える所が見えた。
『《すわっているときには、はつどうしません》』
「あれ、助かるわよね」
『冒険者の方も、遠慮なく使ってくださいね♪』
「そうそう。やっぱり、汚れるんじゃないかって気になるものね」
「あんな綺麗な椅子の馬車なんて、お貴族様の乗るものだものねえ」
「ほら、乗る時にって案内があるけど、降りる時に綺麗してから降りる人が多いみたい」
「『そういうマナーって大事だよな』って、フィル君にこの前、褒められちゃった♪」
「「「えっ、いいな~」」」
フィルズはお母さん達に絶大な人気がある。それが商人達にとっては、会う事もほとんど出来ないセイスフィア商会の商会長だとは、商人父子は気付かない。
「そうそうっ。私らこの前っ、ここでお茶してたら、フィル君に試作品のクッキーの味見を頼まれちゃったわっ」
「「ね~」」
「「「えっ、ずるい!!」」」
「「めちゃくちゃ美味しかったね~」」
「「「ずるい!!」」」
「「……」」
女性達の言い合いが始まる中、商人父子は、頭を低くして、映像に目を向けた。彼女達に話を聞く上で、こういうことは想定済みだ。彼らはまだ冷静だった。
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