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ミッション8 王都進出と娯楽品

303 随分と感情豊かに……

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二日後。この日、セイスフィア商会王都支部がオープンした。

今日は、明日には学園の寮に入る予定のセルジュやカリュエル、リサーナも手伝いをしてくれている。

「兄さん、休憩してきてくれ」
「あ、うん。分かった。それにしても、フィルはすごいね。本当は開店まであと三日はあったでしょう?」

当初の予定では、週末にオープンさせるつもりだった。宣伝ももっとできていたはずだ。それを前倒しにしたのは、ミラナからの要請だった。

「仕方ねえよ。王都の経済が停止なんてことになったら、他国にもいい笑いものだ」
「確かに、それはマズいね」

ただでさえ、不作や政変などの問題を抱える多くの国に囲まれているのだ。弱みは見せない方が良い。

「王都は他国の間諜も多いからな」
「えっ、やっぱりそういうのあるの?」
「ああ。けど大丈夫だ。隠れ蓑にしてた組織は潰したしな」
「フィルって本当……そういうのに容赦ないよね」
「手え出して来た奴しか相手にしてねえよ?」
「うん。充分だと思うよ?」

そう言って目を向けた先には、商業ギルド長だったタルブに復讐しようとしていた執事やメイド長とその家族、それと今日めでたくタルブとの離婚が成立した元夫人とその婚約者が働いてくれていた。

「あっ、子どもが居るんだから、無理するなって言ってんのに……」

そんなフィルズの呟きを聞き、セルジュはフィルズの視線の先を確認する。

「あの人? 捕まった商業ギルド長の所のメイド長だっけ」
「そう。働き者で困るぜ」

笑顔で接客する彼ら。きっと、ここ十数年で久しぶりに心から笑っている。

「うちの屋敷のメイド長も、妊娠中でも構わず働き続けてたみたいだよ? その時はまだメイド長じゃなかったって言っていたけど」
「なんでそんな事知ってんだ?」
「トールさんにメイド長の情報を流そうと、使用人達皆んなで協力してるからね」
「あ~……上手くいくといいんだがな」
「そうだね」

近衛騎士であり、ファスター王の友人でもあるトールという騎士を、カリュエルとリサーナと共に預けられた。その昔、辺境伯家のスイルに惚れ、告白したらしいが、玉砕したという。そのままその初恋をずっと引きずってきたトールは、シングルマザーである公爵家のメイド長に惹かれるようになった。現在、猛アタック中だ。お陰で、王都に帰らない宣言している。セルジュ達と来なかったという事は、ファスター王も説得されたのだろう。

「まあ、あっちは好きにやってもらうとして、本当にアレは無理しそうだな。後で母さんから注意入れといてもらうか」

楽しくて仕方がないという表情で接客を続ける元メイド長を見て、眉根を寄せた。同じ女性からの言葉の方がきちんと聞くだろう。後で指示を出さなくてはと、腰のマジックバッグから取り出したメモに書き残す。

「無理もないよ。ここで働くのは楽しいからね」
「あ、マジ?」
「うん。明日から学園に行きたくない」
「……それは、行こうぜ……昨日の実力テストの結果出たんだろ?」

到着した翌日、カリュエルとリサーナもだが、学園で実力テストを受けた。貴族の子息子女は、入学試験がないらしい。入学試験を受けるのは、商家や教会から推薦された子どもなどだ。内容は変わらないらしい。ただ、貴族の子息子女は、成績が悪くても入れるというわけだ。

入学試験を受けた者たちは、その成績によって入学金や授業料が免除されたり、減額されたりするため、力の入り方は違う。

試験は三日間の内、好きな日に受けに行けば良い。セルジュとカリュエル、リサーナは、最終日に受けることにしていたのだ。そんな試験の結果が、昨日出た。

貴族の子息子女は、手紙で届き、商家や一般の推薦者は学園の外に張り出された結果を見に行く必要がある。

セルジュ達のテスト結果は、ここに届くようになっていた。今朝方届いたらしいとフィルズに報告が来たが、結果は聞いていなかった。流石に店のことで指示に徹していたフィルズに余裕はなかった。

セルジュにこうして会ったのも今日はじめてだ。オープン前、全職員の前での挨拶の時に、セルジュ達も当たり前のように制服を着てしれっと混ざっているなと思っていたが、声はかけなかった。

この国の一番上と二番目の地位を持つ家の子息子女が、飛び込みで店の手伝いに入れるという奇妙な現状だが、誰も不思議に思わない。それだけここでは自然なことになっていた。

セルジュが、思い出したというように、腰につけている小さなマジックバッグからその紙を取り出して開いて見せる。

「そうだった! 見てよ! 首席だった!」
「マジかっ。すげえじゃんっ」
「リーリル様やファリマス様、ルーク様にもこの国の歴史とか、他国のこととか教えてもらったりしたしねっ。あっ、お二人にも伝えないと!」
「おう。報告してやってくれ」

先王ファイラルークまでもが、楽しそうにセルジュ達の勉強を見てくれていたのだ。

「けど、何より、フィルが教えてくれたそろばんでの計算練習とか、書庫にあった辞書とかもすごく為になったと思うんだ」

フィルズが一から作り上げた屋敷の書庫。そこにあるものは、どこのものよりも正確で、歴史書一つとっても国が残したものと流民から見た真実だけを記した歴史書をセットで用意してある。完璧を求めるフィルズならではの拘りが作用した結果だ。

因みに、先王が教師役をするようになったのは、この書庫に通っていたからだ。そこでセルジュ達が勉強をしていることを知り、それならばと教えてくれたというわけだ。

「ルーク様が、王宮や学園の蔵書より、フィルの書庫が一番だって仰っていたよ。普通は、三、四冊ずつ同じ写本でただ棚を埋めてるだけらしくて。うちの書庫も、そんな感じだったしね」
「貴族って、見た目で見栄張るからな……」
「意味分かんないよね」
「おいおい。そんな意味ない見栄張る奴らばっかの所に明日から行くんだぞ~」
「……っ、リュブラン達みたいに、私もここで働くよ!」
「首席は辞退出来ないって聞いた」
「あぁぁぁぁっ」

分かりやすく頭を抱えて崩れ落ちた。

「因みに、さっき、カリュとリサも同じように頭抱えてた。アイツら、二人とも満点だったらしくてさっ」
「満点!? すごい!! うわぁぁん、学園行きたくないぃぃぃっ」
「うんうん。誰もが一度は通る道だな。随分と早い。かなりフライング気味だけど。一日くらい行ってから言おうぜ?」
「一日行ったら出て来られないじゃないかっ」
「いや、そんな囚人みたいな……一日、二日の短期の外出届けは、結構ゆるゆるで出るって聞いたぜ?」

地面にうずくまるセルジュの肩を叩いて励ますフィルズを、セルジュは本気の涙目を浮かべて見上げる。そんなに嫌かと、フィルズは笑みがぎこちなくなるのを自覚しながら続けた。

「あ~……ほら、兄さんやカリュ達が少しでも過ごしやすくなるように考えるからさ。それに、ここには、兄さんの部屋もあるし、公爵邸に行っても良い。その日の気分でタダで泊まれる別荘が三つあるって考えたら楽しくないか? それに、授業自体は楽しみなんだろ?」
「っ、うん……」
「まあ……教師陣も一部クズだが……」
「うん?」
「いや。是非とも、次期公爵として、兄さんの優秀さを知らしめてきてくれ」

立つようにと手を差し出せば、涙目だったのも乾いていた。その手を取ってセルジュは立ち上がる。

「うん……公爵家の者として頑張らないと……カティ様達にも申し訳ないしね」
「ん? なんでカティ?」

屋敷に向かって歩き出すと、そう言ってセルジュが立ち直る。その内容に首を傾げる。

「あ、あのさ。屋敷を出る時、カティ様やレヴィ様が、エルセリアの教育係を買って出てくれたんだ。ほら……私たちの世代の女性で、身分順でいうと、リサーナの次が……」
「……そういえば……」
「あれでもっ……コウシャクレイジョウダカラ……っ」
「言いたくねえのは分かった」

心底口にしたくないという顔もされた。相当不本意らしい。そんなエルセリアの教育係に、前王妃であるカティルラと王妹のレヴィリアがなってくれたのだ。少しは安心できるだろう。

「あれでも、前よりはちゃんと勉強するようになったろ? まだ認めてねえの?」
「うん。まだまだ甘いよ。フィルの妹を名乗らせる訳にいかない」
「俺かよ」

真顔で何を言うかと思えば、そういうことらしい。

「だって、こんなすごい商会を運営する商会長の妹ってことにもなるんだよ!? 絶対に調子に乗る!」
「……」
「そうなったら、思いっきり殴る自信があるねっ。今までだって、腕を組んで、なんとか手を出さないように気を付けてきたんだから!」
「兄さん……随分と感情豊かに……」

いつも冷静で、声も荒げることなく淡々としていた頃が懐かしいとフィルズは少し遠い所を見そうになった。

その後、まあ落ち着けとセルジュを宥めながら屋敷に戻り、同じく休憩に入ろうとしていたリュブラン達に預けて来た。それから、今日もまだ会議室で資料をまとめる作業をしている者達へお茶を持って行くようにダイナに頼み、フィルズは一人執務室へと向かった。

「あ、兄さんに親父へも報告したか聞くの忘れた……」

きっと、あの様子ではリゼンフィアがテスト結果を知るのは一番最後だろう。リゼンフィアも現在、通常の仕事にプラスして回収された契約書の精査もあるので、自立心のあるセルジュのことまで気にかける余裕はない。セルジュならば問題になるほどの成績はとらないだろうという信頼もあるだろう。

「まあ、大丈夫だろう」

この日の夜遅く、屋敷に滞在していたリゼンフィアとセルジュがたまたま同じタイミングで浴場で一緒になり、二人で広い湯船に並んで浸かりながら、そこでセルジュが報告した。

「首席でした」
「そうか」
「はい」
「……無理を……」
「……はい?」
「無理をすることはない……やれるだけ、頑張りなさい」
「っ……はい」

会話はそれだけだったようだが、それで充分だったようだ。

そんな会話を、フィルズは少し離れた一人用の壺湯の中で聞いていた。

「父親らしいことも言えるじゃんか」

フィルズは、ちょっと満足そうに笑ってから、そっと浴場を後にする。

「よしっ。明日も頑張りますか~」

今日は皆、疲れたのだろう。完全に寝静まった屋敷内をフィルズは大きくノビをしながら歩く。

まだまだ課題は山積みだが、一つずつこなすまでだ。








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読んでくださりありがとうございます◎
次回新章です。
よろしくお願いします◎
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