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第七章 ギルドと集団暴走
275 アレが当たり前なの?
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時刻は六時。
昇り始めた日の光が、外壁の向こうを薄く照らしていた。後三十分ほどで最後の戦いが始まる。
集合を告げる鐘の音で集まってきた冒険者達の表情は緊張気味だ。
「みんな、集まったかな? まだノロノロ起き上がってる子もいるかもしれないけど、声は聞こえてるはずだから始めちゃうね」
タリスには三時間ほど眠ってもらったので、疲れなど見えない。
外壁を登る階段の真ん中辺りに立ち。下に集まった冒険者達を見下ろす。コウヤもその後ろに控えた。
「これから起きる集団暴走は、この場に居る誰もが体験したことのない。未知のものだ。一個体がAランクのものも沢山出てくる。普段は迷宮で隠れてやり過ごす魔獣も、今回は残らず倒さなければこの町は終わる」
誰もが息を呑んだ。それほどのことが起きるのだということを改めて認識した。
「普通にいって、Aランクの集団暴走なんて起きたら、町が失くなって当然のものなんだよ。けど、それはなんの対策もなく起きた場合ね。今回はもう、御膳立ても全部済んでる。これでダメなら、潔く諦めよう」
「……っ」
「ふふ。冗談だよ。そんなことにはならないから心配しないで」
タリスは散々脅しながら笑った。けれど、全て事実だ。今までのBランクの集団暴走の延長だと考えていてはいけない。BランクとAランクでは、大きな差があるのだから。
「これまでの戦いぶりを見ていたけど、ベルセンの子達は慣れてきたとはいえ、やっぱり練度が足りないね。だから、はじめの三十分から四十分までくらいで撤退するように」
「っ、そ、それはランクに関係なくですかっ」
納得できていないのだろう。ロインが声を上げる。
「そう。AランクでもEランクでもね」
「そんなっ。俺達、できます!」
「そうよ! 私たちの町よ!」
「俺らが頑張らなくてどうすんだっ」
ベルセン組が盛り上がっていく。それに、タリスはパンパンと手を叩いてやめさせる。
「こらこら。勝手に盛り上がらない。これは決定だよ。まあ、納得できないのもわかる。けど、多分君たち、半分が限界だよ。もし、後半もできそうなら別にいいけど、一度でもダメだと思ったら引かないと……死ぬよ」
「っ……」
少し低くなったタリスの声に、緊張が走った。
「言ったよね? 体力と精神力のどっちか一方が破綻したら、死ぬ確率が上がるって。Aランクはね。このバランスが傾いたら死が確定するんだよ。それだけ、今までとは隔絶したものになる。どうも、君たちは甘いねえ。Aランクってのはね。判断ミスが出来ないんだよ。でも、心配しないで。迷わないように完璧な作戦を立てたからね」
時間もあるし、進めなければならないので、そのまま作戦の説明に移行するつもりらしい。ロイン達へ向けていた視線を外した。
「コウヤちゃん。説明を頼むよ」
「はい。こちらをご覧ください」
立体映像で、外壁の外の地形を大きく拡大して見せる。ザワザワと驚きの声が上がるが構ってやる時間は用意していない。なので、間髪入れず説明に入った。
「これは、この小休止の間に魔法師の方達で作り上げたフィールドです。いつもは迷宮という用意されたフィールドがありますよね。先の四回の集団暴走でお分かりになったと思いますが、遮蔽物もなく真っ直ぐに向かってくる魔獣の群れというのは、野生のものという意識に変えても対応が難しかったと思います」
これに、冒険者達は頷き、話し合う。
「確かに……なんか勝手が違うっていうか……」
「平原とか更地でって経験もあるけど、それって、同じ種類のそこに生息する魔獣だもんな。戦い方の対策も頭に入ってる」
「うん。けど、今回のは岩山にいる奴も、沼地にいる奴も、森の中のも全部ごっちゃだもんね」
平原などのなんの遮蔽物もない場所で戦うことになる魔獣は、たいていその場で一種類だ。環境やら生態から考えても、群れの場合も多い。それでも、その一種類の魔獣の生態や倒し方さえ頭にあればなんとかなる。
けれど、集団暴走の場合は群れは群れでも様々な種の群れだ。あっちはこの対策で、こっちはこの手でと目まぐるしく対策を変えなくてはならない。
中には、その生息地にある遮蔽物があるから対策できるものもある。それが出来ないのだから必死だ。
「そこで、最前線に段階を経て種類を分けられるように、分岐を作りました。ここでは、Bランク以上の魔法師の方数人に詰めていただき、仕分けを行なっていただきます」
「それって……まさか……」
そんなことが出来るのかという質問より先に、彼らは浮かんでいる立体映像から読み取った。
分岐から伸びる先にいくつもアリの巣のようにして出来上がっているのは、迷宮内で見たことのあるフィールドだ。
「見てお分かりの通り、階層毎のフィールドを作らせていただきました。残念ながら、広さは迷宮内の比ではありませんが、かなり近い地形や環境にしてあります」
それが正しいと気付いたのは、当然だが『大蛇の迷宮』をよく知るベルセンの冒険者達だ。
「……ねえ。あれって木が生えてんの? 森とか作れるものなの?」
「あの部屋は滝……川? 見たことある地形……マジで迷宮内のフィールドなんだけど……」
「嘘でしょ……洞窟とかあるし……」
こんなことが可能なのかと半信半疑だ。
しかし、魔法師達はやり切ったような顔をしている。その表情に気付いた者が、疑問を持つ者達に指差し教え、納得していく。
一方、端の方に集まっているギルド職員達。
「……こ、コウヤさんの指示なんですよね?」
「私たち……こんな指示出せない……」
「アレが当たり前なの?」
「違うに決まってんだろ……あんなん、普通に指示出来るかよ……」
全体的に顔色が悪い。疲れもあるかもしれないが、自分たちだけではここまでのことは出来なかったと理解したのだ。そして、これができなければ、この町は失くなるのだということを改めて実感していた。
そんな彼らの声はコウヤには聞こえていなかった。次の準備をしていたのだ。
「次にこちらのそれぞれのフィールドの振り分けを発表いたします。こちらの二つはベルセンの方です。右がパーティの方。左がソロの方です」
同じように立体映像でフィールドごとで名前が表示されている。そのフィールドには1から5の番号が振られていた。
「次に、こちらがユースールの方。同じように右がパーティ。左がソロです。これらに表示がない方は中央と後方になります」
少し斜めにして、上空に表示したそれらを冒険者達は指差し、大盛り上がりで確認していく。
「ね、ねえ! あの名前! アルキス様!」
「嘘っ! あのアルキス様!?」
そんな声も聞こえるが続ける。
「これはこのまま表示しておきます。表示にあった方は、今から後ろにフィールドごとで集まってください。フィールド番号のフダを持った者がいますので、そこにお願いします」
ズルズルと人が移動していく。
「次に、中央と後方です。少し前の方にお願いします」
残っていた者たちが前の方に移動してくる。綺麗に分かれた。まだ後ろの方では移動が続いている。
「中央をお願いするのはこちらの方々です。右がベルセンの方。左がユースールです。こちらの方々は、先の集団暴走と変わりません。Aランクの魔獣はそれぞれのフィールドに分けます。気負いなく、ただし、油断しないようにお願いします。絶対はありません」
中央の地形は特に弄っていない。多少、隠れられる場所は作ったが、それだけ。フィールドの壁があり、魔獣が向かってくる道は狭い。それが扇型に後方に広がっていく。
「では、中央を担当していただく方は右手側に集まってください。後方の方はこちらの左手側に」
これで全ての担当が場所ごとに分かれた。
「それぞれの担当ごとでこの後、細かい打ち合わせを行います。リーダーとなる方には既に資料をお渡ししておりますので、これより十五分、説明をお願いします」
コウヤは後方支援の方の説明に向かった。
「皆さんには、俺から説明させていただきます。後方と言っても、外壁を北までカバーしていただくことになります。先の戦闘の前に言いましたが、最も警戒すべきものが『オールロックタートル』です。専用のフィールドも用意しましたが、分岐の手前でこちらに来られてはどうにもなりません。なので、魔法師の方はここで外壁の防衛に徹していただきます」
「あ、そのために、私たちは後方に……」
後方に割り振られた者の中には、なぜ自分が後方なのかと不満に思う者も居たようだ。これは予想していた。
「後方と聞いて、不満がある方も居ると思います。ですが、後方だからと下に見る必要はありません。皆さんが居なければ防衛対策が完成しないんです。あなた方が瓦解すれば、前線にも影響があると心得てください」
「っ……わ、私たちが……」
「でも、俺らはランク低いし……」
逆に重く感じてしまった者が居るらしい。だが、コウヤはそんな彼らに笑みを向けた。
「出来ないことをやれとは言いません。あなた方一人一人の精一杯の力を出し切ってください。後方だから安全だとは、誰も断言できないんです。ですが、限りなく勝利に近い成果が出る作戦を立てています。怖がらず、自身の力を試す機会だと思って立ち向かってください」
「っ……」
「試す機会……」
これで、怯えは払拭できた。残るのは、自分に出来るかどうかという不安だけ。
「では、皆さん一人一人に必勝法を授けますね」
「必勝法?」
「そんなの……あるの?」
そうして、コウヤは細かくこれまで見てきた一人一人の最善の戦い方を教えていった。
十五分が経ち、再びコウヤはタリスの隣へ戻る。
「時間です。最後にセーフティエリアについて確認します」
再び全体の地形の立体映像を出し、セーフティエリアの場所を黄色く光らせて示した。
「それぞれのフィールドにもセーフティエリアを設けています。現場で確認してください。同時に抜け道の確認もお願いします」
それぞれ頷くのを確認して、コウヤは続ける。
「半分の時間で合図の鐘を鳴らします。最初にマスターが言ったように、ベルセンの方々はここで退いてもらいます。もちろん、可能であればそのまま参戦していただいて構いません。ですが、不本意であっても、前半に全力を出してください。あなた方の全力をもって当たらなくてはならない。そういう戦いです」
「……全力……」
ようやく、納得を示す表情になってきた。どうしても不本意だったのだろう。そのまま現場に行ってもらっては困る。話し合いの最中に折り合いを付けた者も居るが、全員でなくては意味がない。隙などあってはならないのだから。
タリスが先に言ったのは、このコウヤの説得も込みの計算だ。
「後方に下がってもらうといっても、それぞれのフィールドの後方に下がるだけです。セーフティエリアからでも、ユースールの冒険者のサポートをお願いします」
「サポート……か」
「必要……だよな」
「まあ、見てて分かったけど、俺らユースールの奴らほど体力ないしな……」
「それある……全然疲れてなさそうだし……」
実感も伴い、これで全員が納得したようだ。
「体力や魔力の配分には気をつけてください。十分ごとにお知らせは入れます。俺からは以上です。マスター」
「うん。みんな、気を楽にね。これは、君たちの日々の延長でしかないよ。目の前の魔獣を倒す。単純なことだよね」
冒険者達はここで意識を変えた。これだけ御膳立てされているのだ。単純に目の前にきた魔獣を倒すだけのこと。
「これは絶望じゃないよ。あっちから獲物が来てくれるんだから、ラッキーだよね。ボクらにとったら、ご飯がおかず背負ってきてくれてるみたいなものだよ。移動時間、攻略の短縮を引き換えに、ちょっと数が多いだけ」
「……そうかも……」
「俺らじゃ辿り着けない階層のと戦えるんだから……ラッキーかも」
確かに気楽にやってほしいが、これはこれで単純過ぎやしないかとコウヤはちょっと目をそらした。
「普段戦えないのとも戦えるってワクワクするでしょ? それも、今回は獲物も多いけど、仲間も多いんだよ? ベテラン勢の戦い方や、他のパーティの戦い方を見るチャンス! 憧れのあの人と一緒のパーティとして戦えて嬉しくない? とっても素敵な実地訓練だと思わない?」
「っ、マジか……お得じゃん!」
「おっちゃんと同じフィールド……うん」
「パ、パーティ……初めて……っ」
中には、ソロばかりでパーティで戦ったことのない者もいる。パーティに誘おうと思っている相手もいる。それをそれぞれ確認して、一気に空気が明るくなった。熱気が伝わってくる。
こんなに単純でいいのだろうか。だが、これも見込んだ割り振りでもある。
「最後に。君たちの後ろにはこの町がある。けど、その間に頼もしい『聖魔教』の神官さん達が居るんだ。即死しない限り、君たちは死なない」
タリスが手で示した先に、数人の神官の姿。
「え?」
「そ、そういえば、すごい神官だって……」
「本当に?」
「本当だぜ! 俺らも冒険者に復帰できたからな!」
「あっ、おっちゃん。足動くのか!?」
「すげえんだよ! あの人らは本物の神官だぜ!」
本物ってなんだろうと思うコウヤとタリス。だが、ユースールの冒険者達はうんうんと自慢げに頷いていた。
「で、ユースールの子たちに言っておくよ。君たちでもキツくなるだろうけど、最後の十五分、ボスが出てくる辺りね。ここで、神官さん達投入予定だから♪」
「「「「「っ……うっしゃぁぁぁ!!」」」」」
「絶対勝つじゃん!」
「なんの不安もねえな!」
ユースールの冒険者達は勝利を確信した。
「なんならボクやコウヤちゃんも出るし、テンキちゃんも居るからね。どう? 安心して訓練できそう?」
「もちろんだぜ!!」
「特別訓練! やったらあ!」
もう終わったような喜びよう。取り残されるベルセン組。
「……え? どういうこと?」
訓練に神官。ベルセンの者たちには謎だ。だが、そんな疑問は実際に始まった戦いを目にして理解することになる。
「さあ! ラストだ! 気合い入れて行くよー!!」
「「「「「おぉぉぉぉっ!!」」」」」
神官達を知っているユースールの冒険者達も、ラスト十五分で驚愕することになるとは、この時誰も思いもしなかった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
昇り始めた日の光が、外壁の向こうを薄く照らしていた。後三十分ほどで最後の戦いが始まる。
集合を告げる鐘の音で集まってきた冒険者達の表情は緊張気味だ。
「みんな、集まったかな? まだノロノロ起き上がってる子もいるかもしれないけど、声は聞こえてるはずだから始めちゃうね」
タリスには三時間ほど眠ってもらったので、疲れなど見えない。
外壁を登る階段の真ん中辺りに立ち。下に集まった冒険者達を見下ろす。コウヤもその後ろに控えた。
「これから起きる集団暴走は、この場に居る誰もが体験したことのない。未知のものだ。一個体がAランクのものも沢山出てくる。普段は迷宮で隠れてやり過ごす魔獣も、今回は残らず倒さなければこの町は終わる」
誰もが息を呑んだ。それほどのことが起きるのだということを改めて認識した。
「普通にいって、Aランクの集団暴走なんて起きたら、町が失くなって当然のものなんだよ。けど、それはなんの対策もなく起きた場合ね。今回はもう、御膳立ても全部済んでる。これでダメなら、潔く諦めよう」
「……っ」
「ふふ。冗談だよ。そんなことにはならないから心配しないで」
タリスは散々脅しながら笑った。けれど、全て事実だ。今までのBランクの集団暴走の延長だと考えていてはいけない。BランクとAランクでは、大きな差があるのだから。
「これまでの戦いぶりを見ていたけど、ベルセンの子達は慣れてきたとはいえ、やっぱり練度が足りないね。だから、はじめの三十分から四十分までくらいで撤退するように」
「っ、そ、それはランクに関係なくですかっ」
納得できていないのだろう。ロインが声を上げる。
「そう。AランクでもEランクでもね」
「そんなっ。俺達、できます!」
「そうよ! 私たちの町よ!」
「俺らが頑張らなくてどうすんだっ」
ベルセン組が盛り上がっていく。それに、タリスはパンパンと手を叩いてやめさせる。
「こらこら。勝手に盛り上がらない。これは決定だよ。まあ、納得できないのもわかる。けど、多分君たち、半分が限界だよ。もし、後半もできそうなら別にいいけど、一度でもダメだと思ったら引かないと……死ぬよ」
「っ……」
少し低くなったタリスの声に、緊張が走った。
「言ったよね? 体力と精神力のどっちか一方が破綻したら、死ぬ確率が上がるって。Aランクはね。このバランスが傾いたら死が確定するんだよ。それだけ、今までとは隔絶したものになる。どうも、君たちは甘いねえ。Aランクってのはね。判断ミスが出来ないんだよ。でも、心配しないで。迷わないように完璧な作戦を立てたからね」
時間もあるし、進めなければならないので、そのまま作戦の説明に移行するつもりらしい。ロイン達へ向けていた視線を外した。
「コウヤちゃん。説明を頼むよ」
「はい。こちらをご覧ください」
立体映像で、外壁の外の地形を大きく拡大して見せる。ザワザワと驚きの声が上がるが構ってやる時間は用意していない。なので、間髪入れず説明に入った。
「これは、この小休止の間に魔法師の方達で作り上げたフィールドです。いつもは迷宮という用意されたフィールドがありますよね。先の四回の集団暴走でお分かりになったと思いますが、遮蔽物もなく真っ直ぐに向かってくる魔獣の群れというのは、野生のものという意識に変えても対応が難しかったと思います」
これに、冒険者達は頷き、話し合う。
「確かに……なんか勝手が違うっていうか……」
「平原とか更地でって経験もあるけど、それって、同じ種類のそこに生息する魔獣だもんな。戦い方の対策も頭に入ってる」
「うん。けど、今回のは岩山にいる奴も、沼地にいる奴も、森の中のも全部ごっちゃだもんね」
平原などのなんの遮蔽物もない場所で戦うことになる魔獣は、たいていその場で一種類だ。環境やら生態から考えても、群れの場合も多い。それでも、その一種類の魔獣の生態や倒し方さえ頭にあればなんとかなる。
けれど、集団暴走の場合は群れは群れでも様々な種の群れだ。あっちはこの対策で、こっちはこの手でと目まぐるしく対策を変えなくてはならない。
中には、その生息地にある遮蔽物があるから対策できるものもある。それが出来ないのだから必死だ。
「そこで、最前線に段階を経て種類を分けられるように、分岐を作りました。ここでは、Bランク以上の魔法師の方数人に詰めていただき、仕分けを行なっていただきます」
「それって……まさか……」
そんなことが出来るのかという質問より先に、彼らは浮かんでいる立体映像から読み取った。
分岐から伸びる先にいくつもアリの巣のようにして出来上がっているのは、迷宮内で見たことのあるフィールドだ。
「見てお分かりの通り、階層毎のフィールドを作らせていただきました。残念ながら、広さは迷宮内の比ではありませんが、かなり近い地形や環境にしてあります」
それが正しいと気付いたのは、当然だが『大蛇の迷宮』をよく知るベルセンの冒険者達だ。
「……ねえ。あれって木が生えてんの? 森とか作れるものなの?」
「あの部屋は滝……川? 見たことある地形……マジで迷宮内のフィールドなんだけど……」
「嘘でしょ……洞窟とかあるし……」
こんなことが可能なのかと半信半疑だ。
しかし、魔法師達はやり切ったような顔をしている。その表情に気付いた者が、疑問を持つ者達に指差し教え、納得していく。
一方、端の方に集まっているギルド職員達。
「……こ、コウヤさんの指示なんですよね?」
「私たち……こんな指示出せない……」
「アレが当たり前なの?」
「違うに決まってんだろ……あんなん、普通に指示出来るかよ……」
全体的に顔色が悪い。疲れもあるかもしれないが、自分たちだけではここまでのことは出来なかったと理解したのだ。そして、これができなければ、この町は失くなるのだということを改めて実感していた。
そんな彼らの声はコウヤには聞こえていなかった。次の準備をしていたのだ。
「次にこちらのそれぞれのフィールドの振り分けを発表いたします。こちらの二つはベルセンの方です。右がパーティの方。左がソロの方です」
同じように立体映像でフィールドごとで名前が表示されている。そのフィールドには1から5の番号が振られていた。
「次に、こちらがユースールの方。同じように右がパーティ。左がソロです。これらに表示がない方は中央と後方になります」
少し斜めにして、上空に表示したそれらを冒険者達は指差し、大盛り上がりで確認していく。
「ね、ねえ! あの名前! アルキス様!」
「嘘っ! あのアルキス様!?」
そんな声も聞こえるが続ける。
「これはこのまま表示しておきます。表示にあった方は、今から後ろにフィールドごとで集まってください。フィールド番号のフダを持った者がいますので、そこにお願いします」
ズルズルと人が移動していく。
「次に、中央と後方です。少し前の方にお願いします」
残っていた者たちが前の方に移動してくる。綺麗に分かれた。まだ後ろの方では移動が続いている。
「中央をお願いするのはこちらの方々です。右がベルセンの方。左がユースールです。こちらの方々は、先の集団暴走と変わりません。Aランクの魔獣はそれぞれのフィールドに分けます。気負いなく、ただし、油断しないようにお願いします。絶対はありません」
中央の地形は特に弄っていない。多少、隠れられる場所は作ったが、それだけ。フィールドの壁があり、魔獣が向かってくる道は狭い。それが扇型に後方に広がっていく。
「では、中央を担当していただく方は右手側に集まってください。後方の方はこちらの左手側に」
これで全ての担当が場所ごとに分かれた。
「それぞれの担当ごとでこの後、細かい打ち合わせを行います。リーダーとなる方には既に資料をお渡ししておりますので、これより十五分、説明をお願いします」
コウヤは後方支援の方の説明に向かった。
「皆さんには、俺から説明させていただきます。後方と言っても、外壁を北までカバーしていただくことになります。先の戦闘の前に言いましたが、最も警戒すべきものが『オールロックタートル』です。専用のフィールドも用意しましたが、分岐の手前でこちらに来られてはどうにもなりません。なので、魔法師の方はここで外壁の防衛に徹していただきます」
「あ、そのために、私たちは後方に……」
後方に割り振られた者の中には、なぜ自分が後方なのかと不満に思う者も居たようだ。これは予想していた。
「後方と聞いて、不満がある方も居ると思います。ですが、後方だからと下に見る必要はありません。皆さんが居なければ防衛対策が完成しないんです。あなた方が瓦解すれば、前線にも影響があると心得てください」
「っ……わ、私たちが……」
「でも、俺らはランク低いし……」
逆に重く感じてしまった者が居るらしい。だが、コウヤはそんな彼らに笑みを向けた。
「出来ないことをやれとは言いません。あなた方一人一人の精一杯の力を出し切ってください。後方だから安全だとは、誰も断言できないんです。ですが、限りなく勝利に近い成果が出る作戦を立てています。怖がらず、自身の力を試す機会だと思って立ち向かってください」
「っ……」
「試す機会……」
これで、怯えは払拭できた。残るのは、自分に出来るかどうかという不安だけ。
「では、皆さん一人一人に必勝法を授けますね」
「必勝法?」
「そんなの……あるの?」
そうして、コウヤは細かくこれまで見てきた一人一人の最善の戦い方を教えていった。
十五分が経ち、再びコウヤはタリスの隣へ戻る。
「時間です。最後にセーフティエリアについて確認します」
再び全体の地形の立体映像を出し、セーフティエリアの場所を黄色く光らせて示した。
「それぞれのフィールドにもセーフティエリアを設けています。現場で確認してください。同時に抜け道の確認もお願いします」
それぞれ頷くのを確認して、コウヤは続ける。
「半分の時間で合図の鐘を鳴らします。最初にマスターが言ったように、ベルセンの方々はここで退いてもらいます。もちろん、可能であればそのまま参戦していただいて構いません。ですが、不本意であっても、前半に全力を出してください。あなた方の全力をもって当たらなくてはならない。そういう戦いです」
「……全力……」
ようやく、納得を示す表情になってきた。どうしても不本意だったのだろう。そのまま現場に行ってもらっては困る。話し合いの最中に折り合いを付けた者も居るが、全員でなくては意味がない。隙などあってはならないのだから。
タリスが先に言ったのは、このコウヤの説得も込みの計算だ。
「後方に下がってもらうといっても、それぞれのフィールドの後方に下がるだけです。セーフティエリアからでも、ユースールの冒険者のサポートをお願いします」
「サポート……か」
「必要……だよな」
「まあ、見てて分かったけど、俺らユースールの奴らほど体力ないしな……」
「それある……全然疲れてなさそうだし……」
実感も伴い、これで全員が納得したようだ。
「体力や魔力の配分には気をつけてください。十分ごとにお知らせは入れます。俺からは以上です。マスター」
「うん。みんな、気を楽にね。これは、君たちの日々の延長でしかないよ。目の前の魔獣を倒す。単純なことだよね」
冒険者達はここで意識を変えた。これだけ御膳立てされているのだ。単純に目の前にきた魔獣を倒すだけのこと。
「これは絶望じゃないよ。あっちから獲物が来てくれるんだから、ラッキーだよね。ボクらにとったら、ご飯がおかず背負ってきてくれてるみたいなものだよ。移動時間、攻略の短縮を引き換えに、ちょっと数が多いだけ」
「……そうかも……」
「俺らじゃ辿り着けない階層のと戦えるんだから……ラッキーかも」
確かに気楽にやってほしいが、これはこれで単純過ぎやしないかとコウヤはちょっと目をそらした。
「普段戦えないのとも戦えるってワクワクするでしょ? それも、今回は獲物も多いけど、仲間も多いんだよ? ベテラン勢の戦い方や、他のパーティの戦い方を見るチャンス! 憧れのあの人と一緒のパーティとして戦えて嬉しくない? とっても素敵な実地訓練だと思わない?」
「っ、マジか……お得じゃん!」
「おっちゃんと同じフィールド……うん」
「パ、パーティ……初めて……っ」
中には、ソロばかりでパーティで戦ったことのない者もいる。パーティに誘おうと思っている相手もいる。それをそれぞれ確認して、一気に空気が明るくなった。熱気が伝わってくる。
こんなに単純でいいのだろうか。だが、これも見込んだ割り振りでもある。
「最後に。君たちの後ろにはこの町がある。けど、その間に頼もしい『聖魔教』の神官さん達が居るんだ。即死しない限り、君たちは死なない」
タリスが手で示した先に、数人の神官の姿。
「え?」
「そ、そういえば、すごい神官だって……」
「本当に?」
「本当だぜ! 俺らも冒険者に復帰できたからな!」
「あっ、おっちゃん。足動くのか!?」
「すげえんだよ! あの人らは本物の神官だぜ!」
本物ってなんだろうと思うコウヤとタリス。だが、ユースールの冒険者達はうんうんと自慢げに頷いていた。
「で、ユースールの子たちに言っておくよ。君たちでもキツくなるだろうけど、最後の十五分、ボスが出てくる辺りね。ここで、神官さん達投入予定だから♪」
「「「「「っ……うっしゃぁぁぁ!!」」」」」
「絶対勝つじゃん!」
「なんの不安もねえな!」
ユースールの冒険者達は勝利を確信した。
「なんならボクやコウヤちゃんも出るし、テンキちゃんも居るからね。どう? 安心して訓練できそう?」
「もちろんだぜ!!」
「特別訓練! やったらあ!」
もう終わったような喜びよう。取り残されるベルセン組。
「……え? どういうこと?」
訓練に神官。ベルセンの者たちには謎だ。だが、そんな疑問は実際に始まった戦いを目にして理解することになる。
「さあ! ラストだ! 気合い入れて行くよー!!」
「「「「「おぉぉぉぉっ!!」」」」」
神官達を知っているユースールの冒険者達も、ラスト十五分で驚愕することになるとは、この時誰も思いもしなかった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
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そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
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