夢の橋

夢人

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伯爵3

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 頭の心が割れるように痛い。枕の目覚まし時計を無意識に止めた。1年の就職浪人を経てようやくここに入ったのだ。だがまだ1年も経たないうちに合併が発表された。
「乾、入れ」
 今日は支社から本社に呼び出されている。ここは人事の応接室だ。
「合併の話は聞いたか?」
「はい。吸収合併だと?」
「そうだ。せっかく入社してきたのになあ。君は就職活動を希望しなかったので新しい部署に配属されることになった」
 アンケートを配られてそう答えた記憶がある。もうあの就職活動は体が受け付けない。
「今日から統合準備室に配転される。私は取締役の室長だ。全員で12名、1年の準備期間でこの室は閉ざされる。その以降はまだ何もない白紙だ。君がここでは唯一の新人になる」
 その後、本社の地下にある一室に入る。部屋に入ると誰も気にかけず黙々と資料を見ている。私は一番奥の机が与えられる。そこにはファイルがぎっしり積み上げられている。まず読めと言うことらしい。3時間読み続ける。どうも2社の不良債権が集められているようだ。
 両社はそれぞれの財閥系の不動産会社としてライバルとして競ってきた。それがバブルで崩壊した。それでこの合併劇が行われることになった。1社を墓場に埋めて1社を健全な会社で残すようだ。ここの12人は私を下に50歳までの男女が座っている。どよんした空気が流れている。
 6時になれば一斉に立ち上がってめいめいに出て行く。こういう職場は私には合っているようだ。本社の裏口から外に出る。私のアパートまでは有楽町から乗り継いで蒲田に出る。まだ外は明るい。まるで引きつけられるように暖簾を潜る。
「酒かい?」
「冷でいい」
 私は就職してからここで夕食をするようになっている。




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