夢の橋

夢人

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伯爵19

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 西郷が隠れ住んで1月になる。その夜伯爵が5人の女性を連れてきて宴会をした。10時にはそれぞれがまた人力車で帰ることになった。西郷の送別会を開いたのだ。女性が帰るのはそれぞれ違うようで曲がり角で別れて行く。やはり見張りをしている私服の警官が後ろを付けている。
 その一つに西郷が乗っている。これは伯爵の作戦だ。人力車を引いているのは蜘蛛だ。道を照らして歩いているのは仕込み杖を持た総司だ。私は別の道で先回りして一番危ない港への入り口を見張っている。港には鹿児島に向かう船が停船している。ここには伯爵が東京に残っている薩摩の藩士を30人配置している。5台の人力車を使うことで追跡の人数は5人ほどに減っている。
 だが初めからこの場所に目をつけていた男がいる。斎藤一だ。私は総司に合図を送る。斎藤一がいると言うことを知らせた。それと同時に薩摩の藩士にも合図を送る。藩士たちが駆け出してくる。一は草むらを走って姿を現さない。蜘蛛が走り出した。後ろの密偵も走り出す。密偵と薩摩藩士とぶつかった。
 船まであと50メートルになった。草むらはここで途切れる。後は桟橋だ。私は人力車と同じ速度で走り出していた。黒い影が人力車に迫った。蜘蛛がその陰に飛びかかった。その影は蜘蛛を切り払うと構えることが出来なくて人力車を押し倒した。影は斎藤一だ。
「またお前か?」
 一の前に立ちはだかったのは総司だ。すでに剣を抜いて上段に構えている。切り払われた蜘蛛は起き上がってこない。私は駆け寄って抱き起す。あの時間隙間を作ることができるか心配だ。総司とは長い付き合いのように感じている。どうも一は総司と構える時どことなくぎこちない。なぜだろう。双方が一閃をした。まだ総司はまともな剣の戦いを挑んでいる。少しの間に総司は腕を上げている。
「お前は生まれ変わりか?」
「私と剣を交えたことがあるのか?」
「ある。殺そうとしたことがある。だが遠い昔のことだ」
 もちろん総司には分からない。総司は総司の生まれ変わりではないからだ。総司と一は過去に何かあったのだ。今度は総司が攻めた。一は紙一重で躱すと降ろした剣を撥ねた。総司の額から鮮血が流れる。ほとんど同時に私が目を歪めて時間の間を走っている。体ごとぶつかった。
 次の瞬間押し倒された一は転がりながら草むらに姿を消していた。同時に総司の平手打ちを食らっていた。



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